第5話 リコ
説明がちょっとくどいかもしれませんが。
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「―――で、セリーナさん。いつまで付いてくるつもりですか?」
僕とセリーナは町の目抜き通りから、一本奥に入った路地裏を歩いていた。
「仕方ないじゃない。ユノと一緒に帰んないと、わたし爺っちゃに殺されちゃうよ?」
「そんな大袈裟な。せいぜいゲンコツを落とされる程度でしょ?」
「そのゲンコツが死ぬほど痛いのよ」
真面目な顔でそう言うセリーナ。
正直、知らんがな。とも思ったが、あえて黙っておく。
路地裏と言っても、アクーラ自体、ひたすら長閑なので、子供が二人でふらふら出歩いても全く危なくない。
雰囲気的には日本の郊外にある路地裏のような、どこかのんびりとした空気が漂っている。
景色だけで言えば、全く似ていないのに不思議なもんだ。
この裏通りには僕が懇意にしている魔道具店があった。
その店の名前を『ファベルの魔道具店』という。
実にシンプルで分かりやすい。
『至高のなんちゃらかんちゃら』とか『究極のうんたらかんたら』みたいな変に歪んだセンスの店名じゃないところが、店主の実直な人柄を示しているようで好感が持てる。
何より人目を気にせず入れるのがいい。
そのファベル魔道具店の入り口にあるプレートには、緑青が浮き出ており、木製の白いドアには真鍮で出来たドアノブが。
出窓に飾られているのは、店主であるファベルが製作したであろう、短杖である。
火の魔晶石が嵌め込まれたソレは特に華美な装飾が施されている訳でもないのに、一種の機能美が備わっており、人の目を惹きつけて止まない。
僕はいつもなら、出窓に張り付いて、短杖を鑑賞するのだけど、セリーナの手前、何となく恥ずかしかったので止めておくことにした。
僕は、後ろ髪を引かれる思いをしながら、店のドアを押し開くと、頭上のカウベルがカランコロンと鳴った。
セリーナは当然のように僕の後ろを付いて来る。
もー。帰ればいいのに。そしてジオ爺にゲンコツ落とされればいいのに。
「いらっしゃい」
と、声が上がる。
見れば、そこには顔馴染みの店員である、リコの姿があった。
鳶色の髪に、どこか理知的な瞳。
柔和な笑みを湛えたその少年は、見た感じ、セリーナとさほど変わらない年齢だと思われる。
リコはワーキングシューズにオーバーオールという格好をしており、彼は魔道具作家である、ファベルさんの一番弟子だ。
「やぁ。ユノ君にセリーナじゃないか。今日はどうしたの?」
カウンターで暇を持て余していたらしいリコは、僕たちを見つけると嬉しそうな表情を浮かべる。
どうやら、セリーナとは顔見知りらしい。
まぁ、アクーラは小さな町なので、それほど、おかしい話でもない。
「魔石の買取をお願いしたくて来ました」
僕はそう言いつつ、皮袋の中身を散らばらないよう気を付けながら、カウンターにぶら下がりつつ、トレイへと拡げた。
「魔石の買取だね? 光属性の最下級魔石が・・・・、ええーっと。全部で22個。今日は特に多いね?」
リコは店の金庫から、ミゼル大銅貨とエナス小銅貨を数枚ずつ取り出してカウンターへと並べる。
「これって、もしかしてザンザーラの魔石?」
横合いから声がしたかと思うと、手が伸びてトレイから魔石が一粒、摘まみ取られた。
セリーナは橙色した仄かな光を放つソレを興味深そうにマジマジと観察する。
「うん。そうですよ。レモーネ畑に湧いたザンザーラを退治して手に入れました」
「へー。ユノって見かけによらず、意外と運動神経いいんだ?
わたしなんか、半日追い掛け回して、6匹くらいしか退治できなかったよ」
感心したようにそう言って、セリーナは魔石をトレイへと戻した。
へー。セリーナもザンザーラ退治に苦労させられたんだー。
よし、後で殺虫剤のこと教えてやろうっと。
どんな顔するか、今から楽しみだ。
ウケケケー。と内心で黒く笑う。
僕は並べられた銅貨の枚数を確認すると、皮袋の口を緩め、銅貨を放り込む。
「そうじゃないよセリーナ。ユノ君は精霊魔術師の卵だからね。何をするにも腕力だのみの君とは違うんだよ」
リコがからかうように言った。
いやいや、リコさん? こう見えて僕だって、けっこう動けるんですけど?
「へー。ユノって魔法が使えるんだ? まだ小さいのに偉いのね」
セリーナが「エライエライ」とか言いつつ、僕の頭をグリグリと乱暴に撫でる。
ちょ、やめ、やーめーろーよ。手荒に扱うなっての!
俺の毛根、いつ死滅してもおかしくないんだぞ!?
セリーナの手から必死に逃れようとする僕。
「あ、じゃあ丁度いいんじゃない?」
僕の頭をグリグリしていたセリーナが唐突に声をあげて、リコを見た。
「?」
僕の頭にハテナマークが浮かぶ。
「ユノを仲間にすれば魔術師確保じゃない! わたしって、ザンザーラみたいな細かい敵って大嫌いなのよねー。こっちの攻撃全く当たんないし。
同じ虫系モンスターでも『装甲アリ』とかならメイスで一撃なんだけど」
んー? 話しが見えないなー。
―――って、そんなことよりセリーナが『装甲アリなら一撃で』とか、なんとか言った?
装甲アリって、アリのくせに体長が1メルテ以上あって、鎧の素材になるぐらいクソ頑丈な甲殻を持つ、あの装甲アリのこと?
それを一撃って、なんつー腕力してんだよ?
イロイロと規格外過ぎるだろーが? 何なんだコイツ? 将来、伝説の勇者とかにでもなる気か?
僕はネコなせいか、動体視力や運動神経、特にバランス感覚は人よりズバ抜けていたものの、こと腕力となるとそうもいかない。
まだ5歳ということもあって、僕はとことん非力だった。
でも、ま。僕の成長期はこれからだし、今後に期待だな。
ちなみに、装甲アリは5匹1ユニットで狩りを行い、地中に1000匹ほどのコロニーを形成する。
性格は獰猛極まりなく、ゴブリンやコボルト程度なら問題なくエサにするというデタラメなアリんこだ。
もちろん魔物に分類され、体内には魔石を有している。
「アハハー、冗談ですよねー?」
乾いた口調でそう尋ねる僕に、リコが答えをくれる。
「いや、ホントだよ? セリーナって戦神『テュレオス』の加護持ちだからね」
「ええっ! そうだったんですか! 道理で。馬並みの体力してると思ったら、そのせいだったんですね!?」
ことさら驚く僕に、気を良くしたのか「ふふん」とふん反り返るセリーナ。
―――が、それも束の間。
「―――って、わたしみたいな可憐な美少女に向かって馬並みとか言うな!」
そう、ムキになって僕へと噛み付くセリーナの姿は可憐というには程遠く、むしろどこか猿っぽい。
ちなみにこの世界ディ・ファールには精霊や魔物の他に、神霊が身近に存在している。
このディ・ファールを創造したとされる神々は、自分たちに縁のある種族をエコヒイキする、困った傾向にあった。
それがいわゆる『加護』というやつで、だいたい300人に1人という割と高い確率で加護を授かり、人によっては複数の神々に複数の加護を授かる人もいるらしい。
戦神『テュレオス』の加護は、そのほとんどが、セリーナのように身体能力が大幅に上昇するというもので、数多いる神々のうち、とりわけ人間種族に肩入れしている神として知られている。
まー、それは人間種がもっとも戦争しているからだと言われていて、その真偽がどうあれ、あんまり誇れるものでもない。
「ま。セリーナさんが可憐かどうかは、この際どうでもいいとして、それよりも僕を仲間にするとかって何の話です?」
僕の言葉に、セリーナが「どうでもいいって何よ?」とか言ってるがそれも無視。
ムキーッとさらにむくれるセリーナへとリコが目配せをする。
それに気付いたセリーナとの間で、視線だけのやり取りが続いて―――、
「あー。僕たち、実はギルドに登録しようかと思っててね?」
と、僕の反応を伺うように、そう切り出したのはリコだった。
「でも、元服を迎えていない、わたし達じゃ、あまりにも危険だからって理由で『個人』じゃ登録できないって言われちゃったのよ」
「でも、最低でも4人、上限6人のパーティーでなら、ギルドに登録してもいいって言うんだ」
「もちろん、最低限の実力が必要だから、実技試験はあるし、合格しても、しばらくの間は『見習い』扱いらしいんだけど。
それでね? ユノが仲間になってくれれば、ギルドに登録できる最低人数の4人に届くのよ!」
二人して代わりばんこに口を開く。
興奮した口ぶりで、鼻息も荒いセリーナと、いつもと変わらない柔和な笑みを浮かべるリコ。
なんか仲良いなー。この二人。
性格も対照的だし、将来結婚とかしそうだな。
「はー。何となく事情は飲み込めましたけど・・・」
突然のこととはいえ、僕にしてみれば、断る理由も無い。
元々、町の外にまで行動範囲を広げるつもりだったし、むしろこっちからお願いしたいぐらいだ。
何せ、セリーナは加護持ちだし、リコだって魔道具作家の卵だ。
魔道具作りには付与魔術や錬金術に精通している必要があったし、何より目利きが出来なければ、お話しにならない。
『目利きにより、満足出来る素材を仕入れることから魔道具作家は始まるのだ』
というのはリコの受け売りだったりする。
多分、リコも師匠であるファベルさんからの受け売りだろうけど。
考えるまでもなく、僕が1人で町の外に出て、売れそうな素材を集めるよりも、リコを手伝う方が効率はいいだろうし、僕も勉強になる。
それに何より、この年齢でギルドに登録できるのは有り難い。
僕には元服を迎える15歳まで、悠長に待っている暇はないのだ。
ま、依頼料が頭割りされるのは仕方がないけど、そこに目を瞑れば僕にとってもメリットだらけだ。
黙り込んだ僕の様子にリコが慌てて、
「ああ、もちろんユノ君の意思は尊重するよ? 無理強いするつもりはないからね」
と、付け加える。
別に迷ってる訳じゃないんだけどね。
「うん。分かりました。ぜひ僕も仲間に入れて下さい」
「本当かい? よしっ! これでどうにか人数が揃うよ。ありがとうユノ君。これからよろしく!」
差し出されるリコの手を、僕はしっかりと握った。
でも、5歳児な僕が仲間になって大丈夫なのかなーってちょっと、思わなくないんだけど。
ま、なるようになるか。
リコはいいお兄さん的役回り。
セリーナのせいで気苦労が絶えないのが、目下の悩み。