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第4話 セリーナ

ヒロイン登場。




誤字脱字修正[4/9]

 そもそもな話、僕だってザンザーラの魔石だけで、大金貨3枚なんて大金、稼げるとは思っていない。

 それなのに、何故ザンザーラ退治なんかをやっているのかと言うと、それは父カフドに命じられてのことだった。


 しかも父カフドには、ザンザーラ退治には兵方術(フォルス)のみを使うよう厳命されていた。

 精霊魔術はおろか、手でパーンってやるのも駄目だって。

 まー、やんないけど。


 というのも、兵方術(フォルス)は、元々が魔力操作から派生した魔術だけあって、使えば使うほど、魔力の使い方が洗練されていき、極めれば、ほぼ手足の延長のように、半ば意識せず魔力を使いこなすことが出来るようになるとのことだ。


 それに魔力の使い方に精通すればするほど、僕が得意とする精霊魔術の精度も上がり、消費魔力も若干ではあったが、確実に少なくなっているのが実感できた。

 しかも毎日毎日、魔力を枯渇一歩手前まで消費していたお陰か、魔力総量も随分と増えたし、全体的に地力が上がったのは間違いない。


 ザンザーラ退治は、レモーネを守ることよりも、僕の修行がメインだったというわけだ。

 なにせ、ザンザーラを退治するのに、わざわざ魔術を使う必要なんてなかったのである。

 というのも、ザンザーラはパルミエという木の樹液から抽出できる、自然由来の殺虫成分に致命的なまでに耐性がなく、水で数百倍に希釈した液体を霧吹きでシュッと一吹きするだけで、あっさり死ぬのだ。


 僕がそのことに気が付いたのは、3日前のことである。

 たまたま、うちの果樹園で働くおっちゃんが、ザンザーラへと霧吹きをシュッシュッと、吹きかけた途端「イヒィ」と悲鳴を上げ、シオシオと萎れるようにして地面に落ちるのを目撃したのだ。

 その時の僕が、愕然とした表情を浮かべていたのは言うまでもない。


 最近じゃ、大分、慣れてきたお陰で、ザンザーラも楽に退治できるようになったとはいえ、最初の頃はそれこそ魔力察知すらロクに出来なくて、随分と悔しい思いをしたものだ。


 だというのに。

 それがシュッシュって。

 シュッシュって。簡単に。

 まー、別にいいんだけど。なんかなー。


 その時の僕が、ちょっと複雑な気分になったからって、それは仕方のないことだろう。並みの5歳児だったら、キレて泣き叫んでるとこだよ?

 いや、まー。三十路が何言ってんだって話しだが。

 ま、結果だけみれば、精霊魔術の威力も上がったし、小金も溜まったし、別にいいんだけどね。



 そんなことより、そろそろザンザーラより、強い魔物と戦っても大丈夫じゃないかなー、と思う今日この頃。

 手頃なところで、ゴブリンとか。ヤれそうじゃね?

 そろそろ本格的に魔物狩りに出かけてもいい頃なんじゃないかなと、思う訳だ。


 それに出来ればギルドにも登録しておきたいし。

 いや、5歳でギルドに登録できるかどうか、知らないけど。

 でも、まー。出来なくたって、魔石狙いで魔物を狩っちゃダメってことはない。

 どちらにせよ、まずは町の外にどんな魔物がいるのか、見ておきたいし、もちろん僕の精霊魔術が、どの程度使い物になるのか試してみたい。

 それで運良く、なんか弱っちぃ魔物でも倒せたらラッキーじゃないか。


 それにたとえ、お金にならなかったとしても、経験は無駄にはならないだろう。多分。

 とはいえ、死んだら元も子もないので、ちょっとでもヤバそうだと思ったら、全力で逃げるけどねー。



 そう決意した僕は、とりあえずザンザーラの魔石を、売り払うことに決めて、いつもお世話になっている、町の魔道具店へ顔を出すことにした。


 僕は果樹園を転ばないように、下っていく。

 等間隔に植わったレモーネの果樹はたわわに実を付け、そろそろ収穫時期らしく、黄色く色づき始めていた。

 完熟すると実が落ちてしまうため、4割ほど黄色くなったら収穫し、室で完熟させるのだ。

 今も果樹園で働く下男が、梯子に登り、もいだレモーネを籠にポンポンと放り込んでいく。

 僕の姿を認めると、作業の手を休め、わざわざ帽子を脱ぐと、こちらへと会釈をした。


 前世の記憶がある僕は、日本人の感覚が抜け切らず、いちいち会釈を返してしまう。

 一応、異種族の血が混じっているとはいえ、準貴族の子息が、わざわざ下男へと挨拶を返す必要もないのだが、何と言うか、会釈を返さないと落ち着かないのだ。


 父のカフドなんかは元平民とはいえ、根が大雑把を絵に描いたような人なので、頭を下げるようなことはないが「ビッ」と手を挙げ応じたりする。

 その様子は堂に入っており、なかなかカッコ良かった。


 ただなー。『アンタどこの独裁者だよ?』ってカンジだったし、僕の見た目と精神構造じゃ、ちょっと真似すんのは無理だなー。

 ま、どうせ家督を継ぐのはリオン兄さんだし、僕には関係ないっちゃ関係ない。



 そんなことをボンヤリ考えていた僕は、それほど時間も掛からず、果樹園のウェルカムゲートを潜った。

 その途端、横合いから僕へと声が掛けられる。


「おお。坊ちゃん、ご精が出ますなぁ」


 見ると、そこには荷車の御者台に座るジオ爺の姿があった。

 果樹園に横付けされた、その荷車にはレモーネの満載された籠が荷台の半ばにまで積まれていた。

 ジオ爺はウチの厩番であり、馬車の御者をやってくれている。


「坊ちゃん。お屋敷に戻られるのでしたら、乗って行かれませんかな?」


 旨そうにパイプを燻らせるジオ爺に、僕は首を横に振って見せる。


「いえ、町に用があるので遠慮しておきます」

「ふむ。お一人でお出掛けですかな? どなたかお付の方はいらっしゃらないので?」

「はい。僕一人ですけど」

「それはいけませんな。坊ちゃん、少しお待ち願えますかな?

 ―――セリーナ。おおい! セリーナはおらんか?」


 後ろを振り返り、声を張り上げるジオ爺。


「何よ。爺っちゃ? 大声出さなくても聞こえてるよー?」


 そう不満そうに声を上げた少女は、レモーネの籠を二つほど軽々と抱え、荷台へと積み込んでいる最中だった。


 赤い髪に赤い瞳、頬にはソバカスが散り、ちょっとムッとした表情を浮かべている。

 見た目は12歳ぐらいだろうか。

 とはいえ、こっちの世界の子って、みんな大人びて見えるからなー。

 この子も見た目よりも、もうちょい下の年齢かもしれない。


 ジオ爺に何か言う度、八重歯が覗く。

 表情がくるくると変わり、そのせいか快活な印象を受けた。


「セリーナここはいいから、お前は坊ちゃんの護衛に付きなさい」

「ごえい? 子守の間違いじゃないの?」


 セリーナは頭の後ろで腕を組むと、口を尖らせ、横を向く。

 むー。失敬な。

 とはいえ、それも仕方ないか。

 見た目、5歳だしな。

 実際、たった数年前までよちよち歩きで、事あるゴトにオシメをこんもりさせてたのだ。

 セリーナとかいう、小娘の態度も仕方ないっちゃ仕方ない。

 まー。中身は生まれながらにオッサンだったけどなー。


「申し訳ありませんな。坊ちゃん。セリーナはわしの孫娘なのですが、この有様で。どこで躾を間違えたのやら」


 ジオ爺は悲しげに首を左右に振って見せる。

 いやいや、愚痴られても知らんがな。


「ええ! 坊ちゃんって、もしかしてグランドール家の次男坊!?」


 驚きの声を上げるセリーナ。

 そうだよー。お貴族様だよー。準だけどー。お金ないけどー。


「ユノ=グランドールです。初めましてセリーナさん」


お行儀良く頭を下げて見せる僕に、セリーナは目を見開いた。


「ええ! この可愛らしいお子様が? ウッソだー! お館様はあんななのに?

 ―――あ、そっか。お前って奥方様似なんだ? ネコみたいな耳生えてるし」


 僕を指差し、声を上げるセリーナに「コリャ! 口を慎まんか!」と、ジオ爺がゲンコツを落とす。

 どうやらセリーナは思ったことが、そのまま口に出るタイプらしい。


「いっ()ぅ!」


 と、目尻に涙を溜め、頭を押さえるセリーナ。

 微笑ましい光景ではあるものの、僕としては護衛も子守もいらない。

 町の外で魔物狩りをするつもりでいるのだ。

 危険だからと反対されるのも面倒だし、逆に一緒に付いてこられても困る。

 正直、今の僕に他人を守る力があるとは思えない。

 僕の我侭でセリーナを危険な町の外へ連れて行く訳にもいかないしな。


「すぐに戻りますから、心配しないで下さい」


 そう言って、ペコリと頭を下げた僕は、二人を尻目に町へと続く道を歩き出す。


「あっ。ちょっと待ちなさ―――、じゃなくて待って下さい!」


 ジオ爺にギロッと睨まれ、言い直すセリーナ。

 声へと振り向いた僕の目に、ジオ爺の背後から黒い陽炎じみた何かが立ち昇っているのが見えた。

 セリーナはジオ爺から発散される異様な気配を敏感に感じ取ったのか、こちらへと素早く駆け寄り、僕の右手をガシッと両手で握る。


「ユノ様! わたしもぜひ、お供させて下さい! お願いします! 切実に!」


 セリーナ越しに、ジオ爺が満面の笑顔を張り付けているのが見えた。

 目は笑っていない。

 こ、怖ぇぇよ。この人。

 その迫力に思わず、僕までチビりそうになる。


 その無言の圧力に耐えかねたのだろう。

 セリーナは僕の返事も待たず、僕の背後へと回り込んだかと思うと、そのまま僕を軽々と抱き上げた。


「わーい! ユノ様から、お供のお許しが出たぞー。一生付き纏って離れませんからねー」


 セリーナが半分棒読みでそう言った。

 おおー。このセリーナって女の子。ジオ爺に怒られたくないばっかりに、僕のこと盾にしてるな?


 ジオ爺の表情が怒りを通り越し、呆れたものへと変わる。

 毒気を抜かれたジオ爺が、幽鬼じみた気配を霧散させるのを見逃さず、セリーナは僕を小脇に抱え直すと、脱兎のごとく逃げ出した。


「おお!」


 僕は思わず感嘆の声を上げる。

 早い。

 セリーナは幼児とはいえ、子供一人を抱えているとは思えないスピードで走って行く。

 緩やかな下り坂であることを差し引いても早い。

 さっきもレモーネ満載の籠を軽々と、二つも持ち上げてケロッとしていたし、何かあるなこの娘。

 僕はそう確信した。





 セリーナの小脇に抱えられながら、道を揺られることしばし、僕たちは馬車よりも早く、町の目抜き通りにまで到達していた。

 石畳の敷かれた大通りには、市場(マルシェ)が出ている。


 今朝水揚げされたばかりの魚が並ぶ店や、色とりどりの果物や野菜。

 麻袋に詰め込まれた唐辛子に翠やオレンジ色した豆などの食料品を始め、木彫りの人形とか珊瑚で作った宝飾品を売る露天もある。

 ここは町一番の目抜き通りだけあって、それなりに賑わっていた。


「よし。さすがに、ここまで来たら爺っちゃも追ってこないよね?」


 息切れ一つなく、そう呟いたセリーナは僕を石畳の上へと降ろしてくれる。


「セリーナさんって、強引な上に馬並なんですね」


 脚力が。

 とは心の中だけで。


「ちょ、何とんでもないこと口走ってんのかなこの子は!?」


 セリーナは頬を赤らめ、周囲へと視線をやる。

 買い物途中らしいオバさんが数人、こちらをチラチラと盗み見しつつ、不審な表情を向けている。

 僕は「え? 何か僕、おかしなこと言いましたか?」と、イノセントな笑顔でセリーナを見上げてやる。

 もちろん確信犯だ。




セリーナは、残念仕様の、がさつな女の子。

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