第36話 交戦①
―――ユノ視点―――
音もなく、ケルピーは僕の間合いを侵す。
振り下ろされる剣閃は鋭く、僕は影を盾に防戦一方。
とはいえ、太陽の下では影の盾は脆く、大剣の一撃をまともに受ければ、影ごと僕の体は両断されることだろう。
大剣が振り下ろされるその寸前、僕は影を操り、剣の腹を横合いからほんの少しだけ押してやる。
それだけで、剣の軌道はほんの少し変わり、その分だけ僕の命を永らえさせた。
ラケルタの膂力は凄まじく、大剣をまるで木の枝みたいに振り回す。
そこへ確かな技量が乗っかるのだ。
正直、堪ったもんじゃない。
とはいえ、僕の動体視力と運動神経なら、かわせないほどでもなかったりする。
むしろ問題なのは、ケルピーの方だ。
ケルピーの足元には常に水が流動しており、どうやらこのケルピー、僕が影を操るように、水を操ることが出来るらしい。
僕が機を見て撃ち出した魔力弾をケルピーの水壁があっさりと防ぐ。
一息に、僕との間合いを潰すケルピー。
すかさず、振り下ろされる大剣に、僕は後ろへと跳躍して、その一撃をかわした。
僕はたたらを踏むようにして、リザードマンで作られる壁へと突っ込むと、乱暴に輪の中央へと押し戻される。
くっそー! 狭い! ケルピーうざい!
泣くぞコノヤロー! 5歳児相手に何てヤツらだ! お前らウチのとーちゃんか!
毒づいた所で、状況は変わらない。
ま、当然だよねー。
―――セリーナ視点―――
走るわたしへと、4体のリザードマンが通せんぼするようにして、前を塞いだ。
もぅ! 邪魔!
思わず、ブン殴りたくなったけど、ここはグッと我慢。
リコもあんま、戦うなって言ってたし。
でも、コイツらを大きく避けて進むのも時間の無駄なんだよね。
しょうがないから、真ん中を突っ切ろう。
そう決めたわたしは、リザードマンに向かって、突っ込んで行く。
わたしを迎え撃つようにして、4体のうち、2体のリザードマンが突出した。
2体のリザードマンはハバドールを力任せに振り回す。1体はわたしの首を、もう1体はわたしの胴を狙って。
足を止めて打ち合ってる時間はない。わたしは刃と刃の間をスリ抜けるようにして、身を投げ出した。
頭から飛び込む形になったわたしの、上と下をハバドールの刃が行き過ぎる。
背を丸めて、地面を転がるわたしは、受身を取ると、その勢いを殺さぬまま立ち上がった。
すぐさま走り出したわたしの目へと、2体の弓兵が矢を番えるのが見えて、ほぼ同時に放たれた2本の矢を、わたしは足を止めることなく、前方へと突き出した丸盾へと魔力を注ぎ『不可視の障壁』を発動させて、あっさりと吹き散らしてやる。
それに慌てたらしい、リザードマンの弓兵は、それまで大人しく『お座り』していたスケイルドックを、わたしへと嗾けた。
「ガウガウ」と吠え立てつつ、こちらへと殺到して来る10匹以上のスケイルドックへと向け、わたしは大きく息を吸い込むと、ありったけの殺気を籠めて「わっ!」と、大声を張り上げた。
その途端、ビクリと身を震わせて、スケイルドックの動きが止まる。
そんなスケイルドックの頭上を一足飛びに飛び越えたわたしは、再度、矢を番えようとする弓兵の間を走り抜けるついでに、リザードマンが握る長弓を、丸盾とメイスの一撃で、それぞれ破壊してやった。
―――リコ&リヴィ視点―――
セリーナと別行動を取った僕らは、ほどなくして、魔物と遭遇することもなく、無事にコンテナへと辿り着いていた。
荷台内に入った僕は、自分で持ち込んだ僕専用の棚へと取り付くと、一番下の抽斗を棚から丸ゴト抜き出して、僕はリヴィへと声を掛けた。
「悪いんだけど、リヴィ。コンテナの屋根に出て貰えるかな? 僕もこれ持って、すぐ出るから」
「うん。別にいいけど。どうして?」
「ほら、僕は御者台でライノセロスを操らなきゃならないだろ? だから、リヴィにイザッて時の攻撃を担当して貰おうと思って」
リヴィは備え付けの梯子を登りながら、しきりに下にいる僕へと顔を向け、
「ええっ! わ、わたしが攻撃するの??? そんなのムリよ。怖い! リコがしてよぉ」
と、涙目になりつつ、泣きべそを掻く。
その思わぬ破壊力に、僕は「ガフッ!」と、目に見えない血を3ガロンほど吐血する。
「だ、大丈夫だから。そんな難しいことじゃないよ。僕の説明を聞いて、どうしても出来そうにないって思ったら、やらなくてもいいし」
そう宥めつつ、リヴィの下を続いて梯子を登る僕。
目の前にはフワフワなリヴィの尻尾があって、思わず、触ってみたい欲求に駆られたものの、獣人種の尾っぽは、人によっては物凄く敏感らしいので、僕はギリギリのところで自重した。
荷台の屋根へと出た僕は、使い捨て魔道具の詰まった抽斗を慎重に置くと、その中身である円筒形の物体を彼女へと手渡した。
「何これ?」
リヴィは、ちょっとだけ鼻をグズグズ言わせつつ、僕の顔を上目使いで見やる。
「えーと。何て説明したらいいか。まー、詳しい仕組みは置いとくとして、これは敵に投げて使う魔道具さ。セリーナに渡したヤツと使い方は同じだけど、これはそれなりに威力があって、ゴブリン程度なら10体まとめて吹っ飛ばせる」
これに似た構造の魔道具に、火のクズ魔石を利用した使い捨ての照明用アイテムがある。
その照明用の魔道具が、出来るだけ燃焼速度を抑えて、少しでも長く燃え続けるよう調整されているのに対し、僕が作ったのはその逆、燃焼速度を限界まで早めたものだ。
つまり、どういうことかというと、このアイテムの天辺に、魔力を流して3秒経つと大爆発を起こすのである。
しかも、これ。物質的にはかなり安定しているらしく、魔力を通さない限り、たとえ火にくべたとしても、ブスブスとゆっくり燃えるだけで爆発しないのだ。
スゴクなーい? 自画自賛だけど、スゴクなーい?
うー。早くユノ君に自慢したい。本当は行きしなに披露するつもりでいたんだけど、ユノ君。ライノセロスに大興奮してて、それどころじゃなかったからなー。
とまぁ自己陶酔はここまでにしておくとして。
僕はリヴィに魔道具の詳しい使い方を説明すると、一度、コンテナ内へと戻り、茶色の液体が入った小さな小瓶と、自作のかなり長大な機工杖を取り出して、御者台へと向かった。




