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第35話 ラケルタ④

 ラケルタは、おもむろに背中の大剣を抜き放った。

 ケルピーが、まるで馬が嘶くようにして、首を大きく上下させると、水掻きの付いた爪先で泥濘を掻いている。


 僕の背筋をぞわりぞわりと、殺気が競り上がる。

 僕の周囲を囲むのは、100を越えようかという武装したリザードマンだ。

 しかも、どういう訳か、揃いの金属製武器である。

 6メルテはあろうかという槍斧(ハルバート)を携え、長方形の盾を装備し、腰には片手剣を佩いている。

 しかも、そのどれもが、錆び止めの魔術式でも付与されてるのかってぐらい、新品同然なのである。

 リザードマンの中には、長弓を背中に担いでいるヤツもチラホラいて、そいつらが手にしている鎖の束は、さっきから僕へと煩く吠え立てているスケイルドックの首輪へと繋がっていた。


 何だろ? 斥候(スカウト)職?

 ―――つーか、コイツら、まんま軍隊みたいなのなー?

 それも、ウチのより上等な装備だし。

 自分の置かれた状況も忘れて、僕の脳裏を疑問が過ぎる。


 リザードマンたちは、40メルテほどの距離を開け、僕とラケルタを囲んでいる。

 その様子は、僕がここから逃げ出さないよう、壁を作っているかのようで、まるで一騎打ちを見守る野次馬のようでもある。


 うむぅ。よく分からんなー。コイツらの統率が取れてるのは、ラケルタの支配下にあるからだとして、あの大量の武器はどっから湧いた?

 リザードマンの鍛冶屋さんでも居んのか?

 んな訳ないよねー。

 じゃ、どっかの誰かさんが、リザードマンに武器流してるってことか!?

 ―――いや、さすがにそれは、僕の考え過ぎかな?

 むー。でもなー魔人復活騒動だって、どっかの(イクスロード)かさんのせいだった訳だし。

 いやいや、黒幕がイクスロード家って決まった訳じゃないし、それに何の利益があるの? リザードマンの一部族を操ったからって帝国転覆には程遠い。

 それに、僕ん家に対するイヤがらせって、線も薄いだろう。

 んなことして、後々、裏で糸引いてたのがイクスロード家でした。ってなろうもんなら、僕ん家に宣戦布告したようなもんだし、最悪の場合、ギルドまで敵に回しかねない。

 ただの嫌がらせにしちゃ、ハイリスク過ぎだろ?

 いつだったか、イクスロード家の現当主と会ったことあるけど、あのジイさん、そこまでアホには見えんかったしな。ギラギラしてる印象はあったけど。

 ……もしかして。呆け入ってるとか?

 もし、そうなら、二尾狼まで使って、邪神像を盗み出そうとした理由も『呆けてて、訳分かんなくなってたから』って言うことで説明付くし。

 まー。地球の歴史でも、ボケた支配者のせいで滅んだ国とか別に珍しくもないしなー。

 でも、あのジイさんが呆けてないとしたら、どうなんだろう?

 シュナイゼス坑洞の魔人復活と、このラケルタの出現と、何らかの関係性があるとしたら?

 ま。今はどうでもいいか。まずは生き残らないとねー。


 んー。相手の出方を見るのも、何か癪だし、こっちから仕掛けるか? どうせこの数相手に、戦略もクソもないし。

 ―――いや。ヤケクソになっちゃ駄目だ。

 もし、コイツらがきちんと一騎打ちを守ってくれるなら、出来るだけ時間稼ぎして、日没を待つのもいい。

 ―――って言うか、皆どうしてるかな? 異変に気付いて逃げててくれたら嬉しいんだけど。

 ついでに援軍とか呼んで来てくれるとなお嬉しい。サイアクなのは僕を助けようとすることだ。後先考えないセリーナなら、真っ先に飛んで来そうだけど。さすがにそれは、リコがどうにかしてくれるだろう。


 とか、んなことを考えてた矢先、目の前のラケルタが、抜き身の大剣を何もない虚空へと一閃させた。

 その凄まじい剣圧に、下生えが吹き散らされる。

 まるで、こっちを見ろ。と言わんばかりの態度だ。

 その途端、僕の中にいるパステトが「フーッ!」と威嚇しつつ、毛を逆立てるイメージを送って来る。

 まだだよパステト。挑発に乗っちゃ駄目だ。夜まで待つんだよ?

 興奮するパステトを宥める僕。パステトの感情に引きずられて、僕まで冷静さを失うのはマズイ。


 ―――と、リザードの囲みを掻き分け、ラケルタの横へと並んだのは、小さな人影である。

 ま、人と言っても当然のように亜人だ。

 まんまカエルである。鳥獣戯画にあるような、二足歩行するカエル。そのカエルは仕立ての良い服に身を包み、手にはスクロールを持っていた。

 僕は訝しげに思ったものの、ラケルタに動きはない。

 そのカエルはスクロールをバッと上下に広げると、


「拝聴セヨ!」


 と、どことなく聞き取り難い声で、そう言った。

 ―――って、このカエル喋れるの!?

 驚愕する僕を無視して、カエルはスクロールの内容を読み上げる。

 ―――つーか。字とか読めんの?


「―――リザードの中のリザードにシテ、ラケルタの中のラケルタ。鱗持ツ者ノ王ニして水底の支配者。我ラガ『いるでくーば』様がリザード8部族ヲ率い、ニンゲン共へと宣戦ス。

 ()く降伏セヨ! サスレバ家畜トして生キル道ヲ与えヨウ。我ラは無駄な血ガ流れルヲ良シとセヌ――――、繰り返ス」


 あー。宣戦布告かー。全然オモシロくない。

 一気に面倒臭くなって来た僕。


「繰り返さなくていいですよ。一度聞けば分かるので。宣戦布告なんでしょ? でも、それを僕みたいな子供に聞かせてどうするんですか?」


 僕の正論に、カエルが無表情で固まる。どうやら、あんまり意味が分かってないらしい。

 お前、使者なんだろ? こん中でも賢い方なんだろ? もうちょっとしっかりせーよな。

 半ば以上に、盛大に呆れて見せる僕に、


「手首ノ礼ダ」


 と、応えたのは目の前にいるラケルタだ。


「うわっ! ビックリした! 喋れたんですね?」思わず、そう声を上げる僕に、

「―――自分ノ殺サレル理由グライ、知ッテオキタイダロウ?」と、唇のない口をニヤリと歪めるラケルタ。


 おおー! 喋るだけでも珍しいのに、笑う爬虫類なんて、超レアな!

 軽く感動する僕。


「ふーん。それで? あなたがイルデなんとかって、言うトカゲの王様ですか?」

「違ウ。俺ノ名ハ『ぞうらたうた』ダ」

「ま、どうでもいいですけどね。でも、あなた方は使者なんでしょ? こんな所で道草食ってていいんですか?」

「問題ナイ。サホド時間モカカラヌダロウ?」


 うひー。見逃す気、皆無ですかー!


「マズハ我ラガ母ナル大河ヲ穢セシ、人間共ヲ血祭リニ上ゲ、宣戦ノ供物トシテクレヨウ!!」


 あー。カナル大河にいる人皆殺しって訳ですね?

 ってことは、もしかして、湿原にトカゲな人、溢れ返ってます?

 うわー。宣戦布告の意味分かってないなコイツら? これじゃ普通に奇襲だよ?

 でもま、そもそもリザードマンってモンスター扱いだし、コイツらが戦争のつもりでも、人間にとっちゃ、ただの暴走(スタンビート)扱いだろうけどね。


 とりあえず状況が変わったな。どうにかして、囲みを突破して皆と合流しないと。





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