第32話 ラケルタ①
エンデラッフェの湿地帯を進むことしばし、僕らは車輪が泥濘に取られない内に、比較的、乾いた場所でコンテナを降りると、薬草採取に勤しんでいた。
ちなみにアクーラで薬草といえば、一般的にシエル草のことを指す。この薬草は前世でいうところのヨモギみたいな草で、ギルドが買い取ってくれるのも、このシエル草のことだ。
シエル草は『蛮族の傷薬』と呼ばれる魔法薬の原料としてだけではなく、根っこを乾燥させて、お茶にすれば気管支炎や喘息の特効薬になったし、ちょっとした沈静効果も望める。
軽く揉んで患部に張れば、腰痛など関節痛の症状を緩和してくれたりもするため、用途の幅は驚くほど広い。
その上、安価で入手しやすいとなれば、冒険者のみならず、一般人にとってもなくてはならない必需品となるのも当然だろう。
とりわけ、アクーラにおけるシエラ草の信頼度は異様に高く、ほぼ万能薬扱いされてたりする。
たとえば、子供が急に高熱を出したら、すり潰して飲ませてみたり、歯が痛いとなったら、虫歯に詰めてみたりと、もはや何でもアリだ。
それが正しい用法なのかは甚だ疑問の残るところだけど、病は気からって言葉もあるし、案外プラシーボ効果でどうにかなっちゃうんだろう。
ちなみに根っこの沈静作用から女の人が、しつこいナンパ男に「シエル草の根っこでも煎じて飲めば?」というのが、お断りの常套句になってたりする。
ま、それだけ身近にある薬草だってコトだねー。
みんなでシエル草の採取をしている時に、そういう話になって、セリーナが「一度でいいから言ってみたい」とか呟くのを、聞いてしまった僕。
どうやらリコにも聞こえたらしく、二人して顔を見合わせてしまう。
んー? セリーナに色恋かー。何だろ? 全く想像つかないや。
二人して微妙な顔をしていたら、リヴィが「わたし、最初の発情期の時に、言われた」と、悲しそうにポツリと漏らした。
あー。言われた方ね。
―――って、発情期チョー怖いのな。僕も気をつけよう。
ちなみに僕らがせっせと集めているのは、何もシエラ草だけじゃなかったりする。
他にも一夜草とかラウラ茸、ユミルの球根、ミズクの実なんかも集めていた。
こういうのはファベルさんを通して、アクーラの職人たちがギルドを通さず買い取ってくれることになっている。
一夜草は毒草で、誤って口にすると一晩持たないことから付いた名前だ。
一夜草はアルコールに溶けやすい性質の毒素を持ち、火酒に漬けておくだけで、簡単に毒を抽出することが出来る。
そのことから『貧者の毒』と呼ばれ、矢毒として狩人なんかが好んで使っていた。
一般的には数百倍に希釈して農薬として使ったり、濃度を調整すれば大型の魔獣でも昏倒させ得る強力な麻酔としても使えるため、意外と使い道は多い。
んで、ユミルの球根は鎮痛剤に、ミズクの実は染料として使えるらしい。
そしてラウラ茸は、すごくオイシイ。なので今日のお昼に僕らでオイシく頂きます。
薬草採取において、意外な活躍を見せたのはリヴィである。
「薬学は教会で教えてくれるから得意なんだよねー」
とか、言いつつ、次々と色んな薬草を摘んで来る。
「ほら、ユノ君。この香草にはね、整腸作用があるんだよ。こっちのは疲れた時に煎じて飲めば効果があるの」
リヴィは嬉しそうに、僕やリコへ色々とレクチャーしてくれる。
意外なことにリコも薬学いは疎いみたいで、リヴィの説明に「なるほど」と感心しきりだった。
「ほらほら、ユノ見てみ。この葉っぱをね。こうやって擦るとすっごく臭いの。
でね。こっちの葉っぱは腕とかに擦り付けると、ほら。ミミズ腫れみたいになる」
横合いからイロイロと変なマメ知識を披露して来るのはセリーナだ。
どうやら、リヴィに変な対抗意識を燃やしているらしい。
セリーナの剥き出しにされた腕にはミミズ腫れが走り、右手の親指と人差し指からは悪臭が漂ってくる。
「うわっ! クッサ! あはは。何だコレ!? メッチャ臭い!」
思わず笑ってしまう僕。
もー。セリーナ変な匂い嗅がせるなよなー。
僕は魔力察知を使って、周囲を警戒しつつ、ハイドランジアの革で出来たシートの上で、クレイゴーレム達が次々と運んで来る薬草やハーブなんかを、ただひたすらに整理整頓していた。
僕は一度に30体のクレイゴーレムを作り出し、使役していた。
クレイゴーレムを10体3グループに分け、それぞれへと命令を与えている。
それは、たとえば『セリーナに付いて行き、セリーナに渡された物を僕の所まで持って来い』という命令だ。
もちろん、他のグループにはリコとリヴィに付き纏うよう、指示している。
これは言ってしまえば、作業効率を重視した結果である。
みんなでリヴィの後ろを付いて回るよりも、それぞれが知ってる薬草や素材を採取するほうが早いと思ったからだ。
薬学に疎いリコとセリーナはシエラ草を中心に採取をしていて、二人に付いて行ってるクレイゴーレムの何体かは暇そうに丸まっていた。
逆にリヴィなんかは、それこそ目に付いたであろう、ありとあらゆる薬草やら香草を引っこ抜いてはクレイゴーレムに渡していたようで、クレイゴーレムたちの動きもどこか慌ただしい。
なんか、こうやって見るとクレイゴーレムって意外に個性豊かなんだなー。
あっちのクレイゴーレムは丸くなったまま、頑なに動こうとしないし、こっちのなんかは逆に、両手を上に伸ばし、リヴィに小さくジャンプしつつ『早く、ちょうだい』みたいなアピールをしていて、ゴーレムとは思えないぐらい元気。
中には二体で協力して、木の枝みたいなのを運んで来るものもいる。
あ。転んだ。二体まとめて。
―――と、最初の内こそ人間観察ならぬ、クレイゴーレム観察に精を出してた僕も、すぐにそんな暇はなくなっていた。
次々と運ばれて来る草花とか、良く分からない素材らしきものや、ゴミにしか見えない何かに、僕は軽くパニックになっていた。
えーと、これはシエラ草でこれは一夜草。こっちのはアグニ茸で食べると爆発して歯が全損する。
んで、これは何だろ? んー? ま、保留ってことで。
これはシエラ草か? 裏が白いんだけど? よく分かんないなー。とりあえず別にしとくか。
何だ? このクレイゴーレム。頭に巻貝が刺さってて角みたいになってるし、こっちのは頭に苔を乗っけてて、何となくアフロみたいになってる。
あー。セリーナだな。薬草採取に飽きて、クレイゴーレムに悪戯してんだ。
つーか。この石ころなに? ゴミなの? 使えるの? リコが持ってこさせたのか、セリーナの悪戯なのか判断が付かない。
あ。クレイゴーレムが3体まとめて潰れた。魔力察知にモンスターらしき反応はないから、多分、セリーナが壊しちゃったんだろう。
僕はリヴィの容赦ない薬草攻めに、セリーナのイタズラ、何に使うのか謎の素材を持って来させるリコという三者三様のイレギュラーっぷりに翻弄され、すっかり頭がこんがらがっていた。
それでも僕はクレイゴーレムが運んで来る色んな物を、自分なりに整理し続けていた。
そうして、どれぐらいの時間が経っただろう。
僕がいい加減、うがー! と、なって何もかもを投げ出したくなる前に、みんなが戻ってくれたのは幸いだった。
戻って来た3人は、3人ともどこか満足げな笑顔を浮かべていた。
リヴィは思う存分、薬草採取をしたお陰か、ニコニコしていたし、リコもどこかホクホク顔だ。思いの外、良い素材でもあったんだろう。うん。セリーナはいっぱい遊んだね。
「ごめんね? ユノ君。夢中になりすぎちゃった」
「僕もだよユノ君。さすがギルドの指定する危険区域。色んな素材があっちこっちに」
「もう夢中になっちゃって、途中から薬草採取とかしてる場合じゃなかった」
うん。そだねー。セリーナが一番、イキイキしてたねー。縦横無尽にあっちこっち駆け回るもんだから、それに付いてくクレイゴーレムが可愛そうになるほど右往左往してたよ。
追いつけないもんだから、諦めて丸くなるヤツも続出してたし、最後なんかドミノ倒しになって、5体ほど潰れちゃってたし。
「遊ぶのに夢中になっちゃって、何だかユノに悪いからお土産持って来たー」
そう言って、セリーナは後ろ手に背中へと隠していた物を僕へと渡す。
それはダンゴ虫だった。それも、僕の顔より大きいヤツ。
何だそのでっかいダンゴ虫ー! オ○ムの幼生かーっ! ここは何だー! 風の○かー! ○の谷なのかー!
テンション爆アゲの僕は、
「うわー! うわー! 何このダンゴ虫! デッカー! これくれるんですか! ほんとに! セリーナさん大好きー!」
セリーナの太ももへと「ひし」と、抱き付く。
「どうしよう。ユノに愛の告白されちゃったよー。―――あ、そだ」
セリーナが何かを思い出したらしく、ちょっとすました顔をしてから「フン」と、ソッポを向く。
「ユノ、お生憎様。わたし、そんな軽い女じゃないから。シエル草の根っこでも煎じて飲めば?」
とか、そんなようなことを言い出した。
えーっと。セリーナ? そんなんでいいの? 言ってて虚しくなんない?
「やったー。言えたー」とかって喜んでるとこ悪いケド。
普通、5歳児の言う、好きなんて「お肉入りのシチューが好きー」とか「ライノセロスが好きー」とか、それこそ「ダンゴ虫が好きー」っていうのと何一つ、変わらないんだよ?
子供にしてみたら、人も物も動物も昆虫もアヒルだってメダカだってアメンボだって、何もかもが同列なんだよ?
よし。ここは僕が心を鬼にして、セリーナにはさらなる高みを目指して貰うべく、人肌脱ごうじゃないか。
そう心に決めると僕は、セリーナへと「ええーっ!?」と、これみよがしに不満の声を上げてやる。
「残念ですねー。僕、ダンゴ虫の次にセリーナさんのこと好きなのにー」
「何ソレ。全然嬉しくない」
ハシャいでたセリーナが途端にトーンダウンする。
「そういえば、僕も小さい頃、ダンゴ虫、好きだったな。ポケット一杯にギュウ詰めにしてたっけ?」
リコが朗らかに笑ってそんなようなことを呟いた。
へー。リコもそうなんだ。僕なんかついこの間やったよ。前世でもやったし。
何だろねー。子供ってダンゴ虫集める呪いでも掛かってんのか?
「ポ、ポイ! ポイだよユノ君! あっちにポイしなさい!」
と、リヴィが青い顔をして必死の形相をしている。
へー、ほー、ふーん。リヴィってダンゴ虫嫌いなんだ?
僕はイタズラっぽく「ニカ」と笑って見せると、試しにリヴィへと巨大ダンゴ虫を勢い良く突き出してみる。
リヴィは「ヒッ!」と、喉の奥に詰まるような悲鳴を上げて、リコの背中へと隠れた。
「ユノ君! ヤメて! ウソでしょ? 泣くよ? それ以上近づいたら、わたし泣いちゃうからね? 泣き出したら最後、めったなことでは泣き止みませんからね!」
にじり寄る僕に、リヴィはよく分からない脅し文句(?)を口走りつつ、リコへと背後からギュウと抱き着いている。
抱き着かれているリコは急に押し黙ると、どうにか「何でもないですよ」って顔をしてるけど、多分、全神経を、押し当てられてる背中に、総動員してんだろなー。
あ。リコの鼻の穴が膨らんだ。よし、後で何か奢ってもらおー。
「何だろねー。男子ってたまにあんな顔するけど、なんか無性に腹立つのよねー」
セリーナが腕を組み、不愉快そうに眉根へとシワを寄せている。
あー。そこは仕方ないかなー。思春期の男子ってそんなもんだよ。
いや、もー。ホントに思春期の頃って奇行に次ぐ奇行で、その黒歴史っぷりったら、他に追随を許さないほどだからねー。思い出しただけで、軽く身悶えするぐらい恥ずかしいから。
僕はリヴィが本気で嫌がったので、ダンゴ虫を湿原にリリースすることにした。
今度、ここに来ることがあったら、前もってダンゴ虫を飼う用の箱とか持って来ておこう。
ワタワタと逃げだしたダンゴ虫を見送りる僕。
僕はみんなが、コンテナへと採取した薬草やら素材を積み込むのを尻目に、ダンゴ虫との別れに浸っていた。
達者で暮らすんだぞ。
「ユノもボーッとしてないで、積み込み手伝いなさいよねー」
という声は聞こえなかったことにする。
もー。せっかくの気分が台無しじゃないかー。
それに忘れてるかもしれないけど、これでも一応、僕って、お貴族様だぞー? 準が付くけどー。貧乏だけどー。
と、無視してたら、セリーナにゲンコツ落とされた。
容赦ない。この娘、5歳児に全く容赦ない。
僕は頭に大きなタンコブをこさえ、仕方なく積み込みを手伝った。
ほどなくして、僕らは積み込みを終えると、次の標的であるゴブリンを探して周囲をウロつくことにした。
カナル大堰で出会ったオッチャンの忠告は無視することになるけど、幸いここからはリザードマンの生息域からは遠いみたいで、ラケルタはおろか、普通のリザードマンの姿すら見かけない。
それどころか、ゴブリンの姿すらなかったりする。
でもまー。それも仕方ないか。
エンデラッフェの湿地帯がいくらギルドの管理下にある危険区域だからといって、モンスターがそこら中を跋扈している訳じゃない。
目当ての魔物に、ホイホイ出くわす方がオカシいのだ。
それにエンデラッフェに生息している魔物は、何もゴブリンやリザードマンばかりじゃないみたいで、僕らは結構な頻度で魔物の襲撃を受けていた。
前言撤回。
そこら中にモンスター、跋扈しまくってました。
ちなみに、どんな魔物かというと、それは鱗犬や川馬なんかがそうだ。
鱗犬は文字通り、毛皮の変わりに鱗が全身にびっちり生えたブルドッグみたいな生き物で、四肢には水掻きがついており、尻尾は縦に平べったく、どうやらエラまで付いているようだ。
その姿はまるっきり『水中に適応した犬』といった感じだ。
んで、ケルピーはというと、カエルを無理やり、馬っぽくしたようなモンスターで大きさもちょうど馬並みだ。
顔はカエルで皮膚感もカエルという残念な姿をした魔物だった。ちなみに体色は個体によって様々でそれこそ、ガマガエルっぽい茶色から始まって、トノサマガエルみたいな緑に黒のストライプが走ってるやつ、アマガエルを思わせる翡翠っぽいのや、中には赤に黒のドット柄のまでいて、何かと色とりどりである。
んー? ケルピーの革で女性物のバッグとか作ったら売れたりしないかなー?
あの何が入るのか分かんないぐらい小っこい、おしゃれバッグ。
ぼんやり考えゴトをしてたら、僕の魔力察知に反応があった。
あー。この反応はあれだ。スケイルドッグ。またまたハズレー。
もー。ホントにいるのか、ゴブリン?
と、思ったら、ゴブリンの反応もちゃんとあった。
どうやら、逃げるスケイルドッグ4匹を7体ほどのゴブリンが追いかけているようだ。
んー? 狩りでもしてんのかなー?
そう思った矢先、スケイルドッグの反応が1つ消えた。
間違いない、ゴブリンは狩りをしているらしい。
しかも、スケイルドッグとゴブリンの間に、それなりの距離があったことから、ゴブリンが何らかの射程武器を使ったようだ。
たぶん、槍か何かの投擲武器だろう。
人が使ってた武器を見よう見真似で使ってるにしろ、ゴブリンって、最低でも類人猿並みの知能はあるってことになる。
ま、油断しないに越したことはないけど、多少頭が良くても雑魚であることに違いはないんだけどね。
「左後方50メルテ、スケイルドッグ3、ゴブリン7。こちらへと近づいて来ます」
僕が上げた声に、セリーナが面倒臭そうな顔をしたものの、ゴブリンと聞いて、その表情が一転する。
「やたー。ようやくゴブリン出たー。よし。右耳置いてけコンニャロー!」
セリーナは右手に握ったメイスを意味なくブンブンと振り回し、すでにヤる気満々だ。
「セリーナさん。気を付けて下さい。多分、ゴブリン、投擲武器を使ってますよ」
僕の忠告にセリーナが、怪訝な顔をしたものの、それも束の間「うん。わかった。気を付ける」と、素直に応じてくれる。
エンデラッフェの湿地帯は、そこかしこに背の高い葦が繁茂していて、見通しはすこぶる悪い。
その葦を割って最初に飛び出して来たのはスケイルドッグである。
セリーナが動くより早く、リコの構える機工杖がスフィアに封じられている魔術を履行する方が早かった。
瞬時にして、魔象図形が展開したかと思うと、リコの機工杖が立て続けに水飛沫を上げた。
瞬きする間もあればこそ、3匹のゴブリンは、まるでアメリカのカートゥンに出てくるチーズみたいに穴だらけになる。
うはー。凄まじいのなー。
一発一発の威力はそれほどでもないものの、あの一瞬に数十発を越える水弾を叩き込まれたら、さすがに一たまりもないない。まさに『機銃掃射』だ。
ちなみに僕の見立てでは、リコが使っているファベルさんお手製の機工杖に搭載されているアクアベーゼという魔術式は、どうやらオリジナルであるらしい。
恐らく水の下位精霊魔術『アクアブリッド』の改良版だと思う。
そもそもアクアブリッドという精霊魔術は発動と同時に3つの水弾を生み出し、敵を穿つ魔術なんだけど、ファベルさんはソレを『同時』ではなく『連射』になるようイジッたようだ。
しかも、水弾は3つから5つに増量している。
もちろん、その分、水弾一発の威力は落ちるものの、手数は圧倒的に増えることになる。
さらには、スフィアが魔術を履行する際、コンマ秒単位の間隔を空けて魔術が発動するように調整されているらしく、僕の動体視力と魔力察知を総動員して観察した結果、秒間6つか7つの魔術式を展開しているのが視えた。
つまるところ、一秒間に最大、35発の水弾が標的へと叩き込まれる計算になる。
んー。水にそれほど適性のない僕だと、到底、レジストし切れないだろうなー。
それなら、火の中位精霊魔術『ファイアウォール』で対消滅狙いかなー?
ま、僕が使える火の精霊魔術って、下位までだから、ファイアウォールなんて使えないんだけどねー。
―――って、普通に土の精霊魔術『ペトラウォール』なら、簡単に防げたりして?
それにしても魔道具って、思ってた以上に鬼だなー。もはや、武器っていうより兵器だよなー。
普通の農夫に機工杖持たせて、自警団でも組織したら、オークの2、3匹ぐらいなら問題なく撃退できそうな気がする。
もし、そうなったらギルドに持ち込まれる依頼も激減するだろなー。騎士団の存在意義も薄れるだろうし。
魔道具の普及が革命の引鉄になったりして。
とか、僕が考えゴトをしている間に、葦原を掻き分け、ゴブリンが次々と僕らへと襲いかかって来た。
3匹のゴブリンがあっと言う間に蜂の巣になり、残りの4匹をセリーナが迎え撃つ。
身構える僕とリヴィが見守る先で、セリーナがゴブリンを苦もなく蹴散らしていく。
残り一匹にまで数を減らしたゴブリンを、セリーナが丸盾でカチ上げて、キレイな弧を描がかせるのに要した時間はほんの数秒だった。
おおー。軽く10メルテは飛んでったな。あのゴブリン。
セリーナがどんどん人間離れしてくよー。動きは洗練されてるのに、どこか獣っぽく感じるのはなんでだ? どっちかといえば、僕の方がケモノ寄りなハズなのにねー。
それにしたってセリーナさん? シュナイゼス坑洞の時とは状況が違うとはいえ、ゴブリン4匹を1人で秒殺って、なんなんですかアナタ?
まー。元々それだけの実力はあったんだろうけど。
それよりもなによりも、ゴブリンが投げつけて来た粗末な槍を、丸盾の能力である『不可視の障壁』を展開することで、あっさりと防いで見せたのには驚いた。
セリーナは、ファベルさんに貰ったばかりの装備を、ぶっつけ本番で使いこなし「めっちゃベンリー」とかって、呑気に笑ってる。
なに? その順応性? 戦闘センス、ズバ抜け過ぎじゃないですかー? 流石は戦神テュレオスに加護を受けているだけのことはある。
セリーナのことだし、理論より直感の天才肌タイプなんだろなー。戦闘のコツとか聞いたって、どうせ「ガーッと行って、グワワーッてして、最後にゴツンだよ」とか、言い出すに違いないのだ。
まー。別にいいけどね。
僕、精霊魔術師だし。契約精霊のパステトなんてチョー強いし。しかもチョー可愛いし。セリーナと可愛さ勝負したらパステトの圧勝だし。
だから全然、羨ましくないもんねー!
―――って、なんかちょっと虚しくなってきた。
どうでもいいけど、今日の僕、ぜんぜん戦ってないや。
楽できていいけど。
戦ってない分、ゴブリンの耳ぐらい回収しとこう。
僕は、動かなくなったゴブリンの元へとトボトボ歩いてく。
そして、その最中、あることに気付いてしまった。
―――ああ。なるほど。こうやって斥候職の人って、雑用係りみたいになってくんだ。
いやいや違う。僕、斥候職じゃないからー! 精霊魔術師ですからー! せーれー魔術師ー!
内心で、誰にという訳でもなく、というか主にパステトに、言い訳をする僕。
すると、すぐさまパステトから慰めるような気配が伝わって来た。
うん。僕、頑張るよパステト。一緒に強くなろうね。でも今はちょっとだけ泣いていい?
ゴブリンを倒した僕たちは、休憩がてら作戦会議をしていた。
というのも、このエンデラッフェの湿地帯、ゴブリンの一大生息地のはずが、あまりに広大過ぎるせいか遭遇率が意外に低いのだ。
効率重視ってわけじゃないけど、目当てのモンスターが出てこないとイライラするのが一人いるのだ。
「うーん。索敵はユノ君任せになっちゃてるからねー。ユノ君の負担を減らすためにも、どうにか効率の良い索敵方法を模索しないとダメだねー」
木の枝に刺したラウラ茸のバター炒めをハフハフいいながら完食したリコが、開口一番そう言った。
「敵を探すのに使えそうな、付与魔術とか魔道具ってないの?」
セリーナは大きめの木製マグカップの中身を、木の匙で掬いながらそう言った。
もー。セリーナ。リコはベンリ道具出してくれる、青いネコ型ロボットじゃないんだぞ?
そう都合良く行くわけないじゃないか。
「ちょっと思い付かないなー。5感を鋭敏化する付与魔術はあるけど、それで魔力察知の範囲が広がる訳でもないし、何よりユノ君の負担が減る訳でもないしね。あと、魔道具にしても固定式の広範囲を警戒するのはあるけど、それを小型化するにしても、2、3日はかかっちゃうし、今すぐどうこうって訳にはいかないよ?」
あー、2、3日あればどうにかなっちゃうんだ。
「うーん。それならいっそのこと、エンデラッフェとは別の危険区域に移動するっていうのはどうですか?」
何となく思い付きで、そう提案する僕。
僕は手にした木製マグカップの中身をぐびりと一口飲んだ。
中に入ってるのは、ミルクベースのパン粥だ。
セリーナが握るマグカップの中身も同じ物が入ってて、お料理担当はリヴィである。
食材とか調理器具は全部、リコの不思議バッグから出て来たものだ。
どことなく、シーフードっぽい味がするのは、リヴィがちょちょいと、そこらで摘んで来たハーブのお陰だったりする。そのハーブはオイスターリーフっていうらしい。その名前の通り、牡蠣のような風味を持つ香草だ。
パン粥って離乳食のイメージだけど、めちゃウマなのなー。
リヴィの腕がいいんだろうけど。
「まー。これ以上、コンテナから離れると帰りが面倒だしねー」
僕の意見に真っ先に賛同したのは、リコだ。
「わたしは別にどこでもいいよ?」
「わたしも別に、ゴブリンが大量発生してる場所ならどこでもいい。あ、シュナイゼス坑洞はナシね?」
リヴィとセリーナの二人も異論はないらしい。
「あー。でも、自分から提案しててなんですけど、アクーラにあるギルド指定の危険区域って、後コラテラルビーチの一部区間ぐらいですよねー? そこってゴブリンいましたっけ?」
「いないねー。でも、あの事件以来、シュナイゼス坑洞周辺ならウヨウヨしてるって話だよ? 瘴気のせいで、モンスターが自然発生してるらしいよ」
へー。あれから3日ぐらいしか経ってないのに、すでにそんなことになってんだ。
「植生もすっかり変わっちゃってて、普通にマンドラゴラとか生えてるらしいし。でも、ほんとのところを言うと、もうちょっと実力付けてから挑みたかったんだけどね」
「えー! シュナイゼス坑洞はナシっていったじゃん!? わたし行かないからね!」
「大丈夫。坑洞内には絶対、入らないから平気だって。ムスッペルの怪人もダンジョンの外には出て来られないってユノ君も言ってたろ?」
シュナイゼス坑洞と聞いて、セリーナがダダをコネだした。
僕としても、シュナイゼス坑洞に潜るにはまだ早いと思うけど、その周辺をウロつくぐらいなら、どうとでもなるんじゃないかなー。と、思わなくもない。
それに、坑洞周辺がどんな感じになってるのか、すごく興味あるしねー。
もはや駄々っ子を通り越して、拗ね始めたセリーナは、両目一杯に涙を浮かべていた。
「イヤだって言ってるのに、リコのイジワル!」とか口走りつつ、服の裾をギュウと握っている。
目を瞑った拍子に、大粒の涙が頬をツツーと伝った。
リヴィは「セリーナちゃん。可愛い」とか、呟きつつ、パン粥をオイシそうに食べてるだけで、セリーナを慰めることもリコを責めることもしない。ただニコニコ笑ってるだけだ。
セリーナを宥めているリコはというと、それどころじゃないらしく、頬を伝う涙を見て、盛大に冷や汗を掻いていた。
あんなのだって、一応女の子。どうやら異世界でも女の涙は有効らしい。
―――にしてもリヴィ。楽しそうだねー。なんか昼ドラ見ながら煎餅食べてる専業主婦みたいになってるよ。
ま、傍観してるって点で言えば僕も同類だけど。
というより、僕オシッコしたくなって来ちゃったんだよねー。
なんか、取り込んでるみたいだし、黙って行くか。
そう思って、そっと立ち上がった僕を見咎めたのは、意外にもセリーナだった。
「どこ行くのユノ?」
ちょっとだけ、しゃくり上げながら、僕へと視線を向ける。
リコはセリーナの気が逸れたことで、あからさまにホッとしている。
オシッコしたいだけなんだけどなー。
一応、軽くとはいえ、ご飯食べてる最中だし、オシッコとか口に出して言うのも、何となく憚れるし。
ここはアレだ。比喩的表現で切り抜けよう。
「あー、えーっと。お花を摘みにちょっとそこまで」
「何言ってんのユノ? 花とか草なら、さっき散々摘んだじゃん?」
うん。当然のように通じなかったー。
あー、どうしたもんかなー。
とか、思ってると、僕の脳裏に閃くものがあった。
「あっ! アレですよ。3日に1度のブルーベリーの日!」
「ええーっ! う○こー? ヤメテよねー。ご飯食べてる最中に。せめて風下でやりなさいよねー!」
ちがうわー! デリカシー皆無かーっ!!
―――って、今のは僕が悪いか。
「オシッコです」
もはや、どうでも良くなって率直にそう言う僕。
「それなら、最初からそう言いなさいよね」
「ユ、ユノ君がヒドいこと言う」
セリーナはちょっと八つ当たり気味に僕へとそう愚痴り、突然、流れ弾を食らった形のリヴィは驚愕の表情を浮かべていた。
「付いて来ないで下さいよ?」
僕は、そんな二人には構わず、腰を上げると、そそくさと葦原の方へと歩いて行く。
「大丈夫? 一人でちゃんと出来る? 後ろから抱えてシーシーって、言ったげましょうか?」
「いりません! 僕もう5歳ですよ? それぐらい一人で出来ます!」
何だその羞恥プレイ。三十路で中学生ぐらいの娘に、ンな真似されたら、流石に泣くわ!
つーか。変な性癖に目覚めたらどうしてくれる!
僕は魔力察知を使って、誰も付いて来ないことを確認しつつ、オシッコによさそうな場所へと移動する。
男なら、やっぱりカナル大河に放尿するのが爽快でいいと思う。
僕は、ちょっとだけ歩いて、カナル大河の川っぺりに立っていた。
マントコートの裾をたくし上げ、かぼちゃパンツを膝の後ろまで下ろす。
僕は若干背筋を反らせると、勢い良くオシッコを飛ばした。
放物線を描き、水面へとジョボジョボと吸い込まれるように落ちて行く。
う、くっ。もうちょっと、もうちょっと遠くまで飛ばせるハズだ。
僕は自分の限界へと挑んでいた。
―――と、水面がユラリと揺らいだかと思うと、そこからザバーッと何かが顔を出した。
それは、どうやらリザードマンであるらしい。
し、しまったー! オシッコ飛ばしに夢中になりすぎて、索敵忘れてたー!
しかも、間の悪いことに、そのリザードマンへと僕のオシッコがビタビタと掛かっていた。
あー。無理。オシッコ急に止まらない。
でも大丈夫だよねー。カエルの面に小便って諺もあるぐらいだし。
こっちにもなかったかなー? リザードマンの面に小便って諺? あ、ないやー。




