表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/36

第31話 それってやっぱり、フラグなんでしょうか?

 鎧竜ライノセロスは竜とは名ばかりの生き物で、その見た目は前世でいうところのアルマジロとサイを足して2で割ったような生き物だ。

 鎧竜は騎乗には向かないものの、荷駄としてはそれなりに優秀だった。

 馬に比べ、足は鈍いがパワーがあり、粗食に耐え、病気知らずで持久力にも富む。

 一刻を争う商隊には不人気だったが、特に先を急ぐでもないその日暮らしの冒険者にはそれなりに人気がある。

 何より、荒事を生業にする冒険者にとって、鎧竜の頑強な外殻は何よりも頼りになる防盾だ。

 防御体勢を取った鎧竜はゴブリン程度の攻撃にはビクともせず、オークの一撃すら問題なく耐えるのだ。

 性格は温厚で物怖じせず、少々のことではパニックに陥らないのも強みだろう。

 さらに値段が安いということも見逃せない利点だ。

 優秀な軍馬ともなれば場合によっては白金貨ン枚で取引されることも珍しくない。

 ところが、鎧竜は高くともせいぜい大銀貨数枚ていどで取引されていて、しかも荷駄としての価値よりも革としての価値の方が高かったりする。


 何かといいこと尽くしの鎧竜だったが、とはいえ、その値段設定から分かるように、鎧竜には安いなりの欠点があった。

 例えば、軍馬でいう人馬一体という言葉がある。だが、鎧竜に馬並みのコミュニケーション能力を期待するのは間違いである。

 なにせ、鎧竜の生存戦略は『何かあったら丸まる』の一択なのだ。

 それでだいたいの脅威から身を守れてしまうのだから逆にスゴいっちゃスゴいんだけど、一個体でどうにかなってしまうということは、群れを作る必然性がないということで、群れを作らないということは、他の個体と意思の疎通を図る必要もないということだ。

 繁殖期を除けば鎧竜は一日中食っちゃ寝していて、何かあったら丸まるという日々を過ごしている。

 事実、手綱を通して鎧竜に指示できるのは、せいぜいが直進、停止、右折、左折、減速ぐらいしかない。

 で、たいがい言うことを聞かないという。

 そういった、不便なところが鎧竜の価値を落としている所以だろう。

 そんな何かとザンネンな鎧竜ではあるものの、僕はそれでも鎧竜が大好きなのである。

 特に年経た鎧竜は体も大きく、その巨体に見合うだけのパワーを備えていて、たとえば6頭立ての馬車だろうと、たった一匹で楽々と引っ張ってしまうのだ。

 鎧竜ライノセロススゴくねー?


 なのに、だというのに、ファベルさんは「このライノセロスが寿命で死んだら、セリーナ君に革鎧を作ってあげよう」とか言い出して、それに気を良くしたセリーナが「わーい。ヤッター! 早く死なないかなー。ライノセロスー!」とか、酷いことを言ったので、僕はセリーナに3発ほどローキックをお見舞いしてやったら、反撃に頭にゲンコツを落とされてしまった。そのあまりの痛さに涙が出て、僕はリヴィに抱き付くと、彼女のお腹に顔を押し当てて、ちょっと間だけ泣いた。




「ライノセロスはカッコいいー。何かあると丸くなるー。何もなくても丸くなるー。パステトだって丸くなるー。眠い時とか丸くなるー。そして僕も丸くなるー。落ち込んだ時とか丸くなるー。姉さんにモフられた翌日なんて、そりゃーもーこれでもかってぐらい丸くなるー」


 僕はライノセロスに寝そべり、テキトーな歌を口ずさんでいた。


「ユノ君。その歌、なんて歌だい?」


 御者台で手綱を握るリコにそんなことを聞かれた。


「えーっと。『そしてみんな丸くなった』って歌です」


『えーっと』も、なにも僕がテキトーに作ったオリジナルソングなので、題名なんてそれこそ何でもいいのである。


「ふーん。ちょっと猟奇的な感じがするのは、どうしてだろうねー」


 僕らは今、鎧竜ライノセロスの引く荷台コンテナに乗って、エンデラッフェの湿地帯を目指しているところだった。

 僕はライノセロスの上、リコは御者台、セリーナとリヴィの二人は荷台コンテナ内でまったりと英気を養っている。というか、まーぶっちゃけ、ダラダラしている。

 パステトは、お昼間ということもあって、僕の影にエスケープしていた。

 ちなみに、エンデラッフェの湿地帯はアクーラ領とイクスロード領の両方に跨って広がっている。

 でもまー。湿地帯そのものはアクーラギルドの管理下にあるので、僕が湿地帯でウロチョロしてる間に知らずイクスロード領に入っちゃったとしても、問題はない。多分。


 エンデラッフェの湖沼は大小100を越え、水深も深く、もし全身甲冑フルプレートアーマーなんかを着込んで沼とかに落っこちようもんなら、二度と浮き上がって来れなくなるだろう。

 そんな湿地帯を流れる河はカナル大河の一つだけである。

 そのカナル大河はイクスロード領にあるオゼロ巨大湖から始まり、アクーラ領内を縦断して、海へと注ぐ唯一の排水河川でもある。

 父カフドは、この大河を大型の外洋船でも航行できるよう整備し、内陸への交易路を作り上げるつもりでいたのだけど、イクスロード公爵家の頑強な反対にあい、頓挫していた。

 父カフドはとりあえず、アクーラ領内だけは整備しているので諦めてはいないみたいだけど。それもこれも、外交下手の父にかわり、政務で国中を飛び回っている、僕にとっての義母、レイナ母さんの外交手腕に掛かっている。

 とはいえ、父カフドは外交の最終手段である『戦争』に関してはエゲツないまでの能力を発揮するらしいので、ある意味で外交上手とも言えなくもないけど。

 ちなみに、レイナ母さんは父カフドの正妻で、姉のセシリアや兄リオンの実母にあたる。

 姉セシリアの美貌は完全に義母レイナ譲りだ。

 レイナ義母さんの逸話は姉セシリアを上回るほどだけど、今それに言及したら、それこそ二、三日はかかるので、またの機会にしておくことにする。




 ちなみに、僕らは今、カナル大河の川っぺりを上流のエンデラッフェへと向け、のんびりと進んでいた。

 ここら一帯はまだ、町からも近く、ゴブリンの姿すら見かけない安全地帯だ。

 それでも一応、魔力察知を使って、周囲の警戒に務める僕。

 何だか、斥候職スカウトが板に付いてきちゃったなー。

 ま、いいけどねー。

 にしても、メチャメチャ長閑なんですけどー?

 カナル大河は空の青を映し込んでキラキラしてたし、川っぺりには白い小さな花が一面に咲いていて、白い絨毯みたいになっている。

 その花を摘んで花冠を作って遊ぶ女の子たちに、少し離れた場所には木剣を振り回し、騎士団ゴッコをする男の子たちの姿がある。


 うわー。いいなー。騎士団ゴッコ。僕も混ざりてー。

 5歳児な部分がウズウズしてくる。

 でも僕があそこに混じったら、僕の一人勝ちだろうなー。

 あ、でも僕が乱入したら、絶対にセリーナも参戦して来るだろなー。


 とか、ボンヤリとそんなようなことを思う。

 んー。ヤバい寝ちゃいそー。

 僕はあまりの心地良さに、うつらうつらとしていたら、唐突に上がった「ライノセロスだー!」という子供の声にハッと、目を覚ました。

 とはいえ、その声に反応したのは僕だけじゃない。

 ワラワラと子供たちがこちらへと駆け寄って来るのが見えた。


「コラコラー! 危ないよー!」


 御者台に座るリコがそう声を張り上げて、僕らのコンテナに併走する子供たちを怪我させないよう、ライノセロスをゆっくり歩かせる。

 それを機と見た男の子たち数人がライノセロスを取り囲むと、木剣でガシガシ叩いたり、一心不乱に蹴りを入れ続ける子もいる。

 ライノセロスは面倒そうに、その場へとうずくまると、そのまま丸くなった。

 その様子に、さらに調子に乗る子供たち。

「うおー。俺のひっさつワザが全然、効かねー」とか「ちょーカテー!」とか「ライノセロス、カッケー!」とか、そんな声が口々に上がる。


 ふはははー! 無駄無駄ー! そんな貧弱な攻撃がライノセロスに通じるものかーっ!!

 内心で勝ち誇ってる僕に、一人の男の子が気付いた。


「あー! ライノセロスの上にネコが乗ってるー! いいなー」


 そう声を張り上げる男の子。

 なんだとー? ネコって僕のことかよー。まー。間違ってないけどー。


「わー。ホントだー」「ズルいー!」「ボクも乗るー!」「オレが先だぞ!」「あたしも乗りたい!」


 口々にワーワー騒ぎ出す子供たち。

 その内の一人がライノセロスにハシッと張り付き、ロッククライミングのごとくヨジヨジとよじ登り始める。

 それを見て、触発されたらしい何人かの子供たちも、我先にとライノセロスの体にしがみ付く。


「みんな! ダメだって!」


 リコが堪りかねたように、そう叫ぶ。

 んー。いまいち迫力不足なせいか、子供たち、全く言うことを聞きませんなー。


 と、その時、コンテナから御者台へと顔を覗かせたのは、セリーナだった。

 突然、動かなくなったコンテナに何かあったのかと顔を出したらしい。

 そこに、ライノセロスへと群がる子供たちの姿を見つけ、セリーナは柳眉を跳ね上げると、大音声を上げた。


「コラーッ!! あんた達、何してのっ!!!!!」


 その声に体をビクッとさせる子供たち。

 もー。セリーナ。いきなり、おっきな声出さないでよねー。

 しかも、無意識のうちに兵方術フォルスでも使ってたせいか、声に魔力が籠もってたみたいで、ほぼ真正面から声の衝撃を受けた僕は、ちょっとした軽い魔力ダメージを食らってたりする。


「げっ! セリーナだ!」「ヤバい! ち○こ守れ! 蹴り上げられるぞ!」「出たー! 『邪神ち○こ置いてけ』だー!」


 男の子たちが好き放題な悲鳴を上げるとギャーギャー叫びつつ、クモの子を散らすように逃げて行った。


「誰が邪神よ! あんたら全員顔覚えたからなー! 帰ったら全員キン○マ蹴り上げてやる!」


 鬼の形相で叫ぶセリーナ。

 もー。ヤメたげてー。女の子には分かんないだろうけど、ちょっと打つだけでも息出来ないぐらい痛いんだよ?

 それを力一杯蹴り上げようもんなら、死ぬよ? 男として。

 それに、んなことばっかしてるから『邪神ち○こ置いてけ』と同列視されるんだよ。


 その矢先、不意にライノセロスが立ち上がった。

 セリーナの魔力混じりな大声にビックリしたのは、僕や子供たちの他に、どうやらライノセロスもそうだったらしい。

 ライノセロスがパニックになりにくいとはいえ、大型の肉食系モンスターが相手となると、そうもいかない。セリーナの怒気と、声へと籠められた結構な密度の魔力に一瞬とはいえ、セリーナはライノセロスにモンスター認定されたらしい。


 立ち上がると同時、ちょっとだけ走るライノセロス。

 咄嗟にバランスを取る僕。

 その背後から「わわ。ちょ、落ちるー!」という悲鳴が上がった。

 慌てて、そちらへと視線をやると、そこには逃げ遅れたらしい男の子の姿があった。

 男の子は大きくバランスを崩し、僕が見ている先でライノセロスから転落した。


「危ない!」


 僕は一声叫ぶと、咄嗟に少年へと駆け寄り、手を伸ばす。少年も僕の手を捕まえようと必死に手を伸ばしていた。

 少年の手が空しく空を切り、僕の手を無情にもすり抜けた。

 駄目だ。間に合わなかった!

 少年は僕の見ている先で、恐怖と呆けたような感情をない交ぜにした複雑な表情を浮かべ落ちて行く。


 ――と、少年を助けたいという、僕の感情に応えてくれる存在モノがいた。

 言わずもがな。パステトである。


 ――途端、僕の影が隆起した。平面から立体へ。影と同化したパステトが僕の影を操っているらしい。

 僕の影はウネウネと蠢いたかと思うと「にゅいん」と伸びて、落下して行く少年を空中でキャッチしたのだった。


 なに、今の? 尻尾? パステトの?

 うん。どっちにしてもスゴいねー。パステト、そんなことも出来るんだ。いよいよ何でもアリだねー。


「スッゲー! 今の何! 影がビヨーンって。ネコすっげー!」


 僕の影から開放された少年が目をキラキラさせて「スゲー!」を連呼している。

 あうー。ホントにスゴいのはパステトなんだけどね。少年の純粋真っ直ぐな目がイタイのー。


「何かスゴいね。ユノ君もパステトも。魔道具職人としての限界を感じるよ」


 なんか、リコが凹んだようにそう言って、ライノセロスへと手綱で鞭を入れると、すっかり落ち着きを取り戻したライノセロスはゆっくりと前進を始めるのだった。

 





 それから程なくして、僕らはバカでっかい堰へと突き当たっていた。

 カナル大河を横断するその巨大な堰は、そのまんまカナル大堰と呼ばれている。

 このカナル大堰はアクーラがイクスロード領だった頃からあったらしく、あちこちガタが来ていたのをギルドが改修したものだ。

 カナル大堰の目的は、河の水量調整ではなく、今も昔もモンスターの封じ込めにある。

 そのため、水の流れをせき止めてしまわないよう、堰はアーチ型になっており、そのアーチには見るからに頑丈そうな鉄格子が嵌め込まれていた。


「うはー。どんだけバカでっかいのよ?」

「そうだね。レンガ屋さん、大もうけだよねー」


 セリーナとリヴィが二人して「ホケー」とカナル大堰を見上げていた。

 いい加減にしとかないと首とか痛くなるよー?

 でも、二人の気持ちも分からなくはない。カナル大河の川幅は優に1リグル(1リグル≒1キロ)以上はあったし、堰の高さも30メルテはある。

 前世で高層建築物や巨大建造物を見慣れてる僕でも、ちょっと感動する。

 このほとんどが、手作業や人力のクレーンなんかで造られたかと思うと、素直にスゴいなーって思う。


「おーい。そこのコンテナ、こっから先は通行止めだぞ。ここから先は危険区域に指定されてるエンデラッフェの湿地帯になる。民間人の立ち入りは許可されていない」


 カナル大堰の上から、ギルドの職員なのだろう。男の人がこちらへ向けて大声を張り上げている。


 いや、通行止めも何も、カナル大堰は陸地部分にも大きくハミ出しており、僕らの目の前にあるのはやたらと頑丈そうな巨大鉄扉である。進んでいいって言われたって、開けても貰わないことには進みようがない。


「大丈夫ですよー! 僕たち、こう見えて冒険者ですからー!」


 御者台の上から、そう叫び返すリコ。

 そだぞー。見た目で判断するなー。鉄扉開けろー。


「なんだってー!? お前らまだガキだろ! ウソ付くんじゃねー!」

「ホントですよー! ギルドカードもちゃんと持ってますからーっ!」

「マジか!? ちょっとそこで待ってろ。今確認しに行くから!」


 そう言い残して、顔を引っ込めるギルド職員らしき男。

 やおらしてカナル大堰に備え付けられてる通用門から顔を覗かせたのは、何となくベテラン臭漂うナイスミドルなおっちゃんだった。

 僕らはコンテナの横に「ビシッ!」と、きょうつけして横並びに整列すると、おっちゃんへとギルドカードを提示する。


「いや、思ってた以上に子供だな。最年少で5歳だと!? 何考えてんだギルド? まだおしゃぶりしてるじゃねーか」


 ギルドカードを確認して、愕然とする。


「いくら自己責任ったって、ホントに大丈夫かお前ら? 子供だろう見習いだろうと、冒険者が危険地域の湿地帯に入りたいって言うんなら、俺に止める権利なんかないんだが。とはいえ、クソッ! 俺が非番なら付いてってやれるんだけどよ」


 とか、内心で葛藤しつつも、おっちゃんはカナル大堰内にいる仲間へと合図を送る。

 うん。意外に優しいなおっちゃん。

 バカでかい鉄扉が重々しい音を立て、ゆっくりと開いて行く。

 軍用の大型武装コンテナでも二列縦隊で楽々通れそうな大きな門だ。


「いいか? あんまり長居すんじゃねーぞ。ここ最近、リザードマンの上位種『ラケルタ』の目撃例も増えてるんだ。適当に薬草採取して戻って来い。

 少しでも危ないと思ったら、一目散に逃げるんだぞ? 変な意地張るな? 死んだら元も子もねーからな。大きい子は小さい子の面倒を良く見るんだぞ?」


 僕らが門を通過する間、おっちゃんはすぐ隣を併走しつつ、声を掛け続けてくれる。

 何だお前、お父さんか? あんま優しくされると懐いちゃうぞ? ウチの父って基本スパルタだからねー。

 結局、おっちゃんは、エンデラッフェ側の門扉の外にまで付いて来た。

 僕はコンテナの上へと登り、おっちゃんへとブンブカ手を振る。

 おっちゃんは「気をつけろよー!」と、声を上げつつ、僕へと手を振り返してくれた。ちょっと嬉しくなる。


 にしても『ラケルタ』かー。それって絶対フラグだよね。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ