第3話 害虫退治
少しグロあり。
誤字脱字修正[4/9]
僕の住む町は『アクーラ』と呼ばれる、イタリアのヴェネチアを彷彿とさせる港町で、父カフドはこのアクーラを所領する準貴族である。
町民のほとんどが漁業で生計を立てていたものの、一応、交易港としての側面もあった。
港で取り扱う荷の量は、まだまだ少なかったが、それでも色んな国から様々な品が流入する。
地図や図鑑を始め、錬金術の手引書や魔導力学の専門書など、この世界における最先端の情報が手に入るのは有り難かった。
特に僕個人としては魔道書が手に入ったのが大きい。
ケットシー族は獣人種の中でも取り分け魔力の保有量が多く、魔術の素養も高いので、母フェリスが僕の将来を見越して買ってくれたものだ。
もちろん中2病を、前世から絶賛拗らせ中の僕が食いつかない訳がなく、貪るように魔導書を読み耽り、有り余る時間をひたすら、魔術の研鑽に費やした結果、僕は5歳にして、精霊魔術の初級までではあるが、独学で身に付けていた。
ネコな僕が、得意とする属性は闇と地の2系統だ。
その2属性と相反する、光と風の属性はからっきしで、火と水はそれなりに使えた。
母フェリスは闇にのみ適正を持ち、闇の下位精霊を問答無用で使役する高位の精霊魔術師だ。
ちなみに父カフドは、魔術の初歩である、魔力操作を発展させて編み出された兵方術を得意としていた。
兵方術とは、近年になって体系付けられた魔術の一種で、魔力をそのまま弾丸として撃ちだしたり、不可視の障壁を張ったり、身体強化を行ったりと、汎用性が高いのが特徴だ。
父カフドは23年前の戦働きで、準貴族となったのだが、その際に敵召喚師が喚び出したレッサーデーモンを魔力を籠めたグーパンで撲殺したという逸話の持ち主だ。
もちろん、父にせがんで兵方術の手解きも受けている。
そんな父は今、アクーラの新たな特産品を生み出すために躍起になっていた。
ちなみに、今、アクーラが目玉としている特産品は『小魚の塩漬け』である。
というか、それのみである。
なので、当然のごとく貿易収支は赤字だった。
そもそも『小魚の塩漬け』一本で、利益を出そうというのが甘いのだ。
とはいえ、そのことは父カフドも痛感しているらしく、そのための特産品開発なのだった。
今、僕がいるこの場所も、父が試験運用している果樹園である。
ここではレモーネと呼ばれる、味も見た目もレモンそっくりな果樹を育てていた。
気候や土壌がよっぽど合うのか、ほとんど手を掛けていないのに、年に2度ほど大量の実をつける。
僕の父カフドは、このレモーネで作ったリキュールを、アクーラの新たな特産品にするつもりでいるらしい。
僕の仕事はレモーネの実を狙う、小型の魔物を見つけて退治することだった。
魔物と言ってもザンザーラと呼ばれるガガンボみたいなヤツで、大きくても大人の掌ぐらいの大きさのソレは、人っぽい顔と胴体を持ち、手足は糸のように細く、背には蚊そのものの羽肢が生えているというもので、人を襲うことはないものの、見た目が気持ち悪い上に、果樹や畑を見境無く荒らすのだ。
もちろん、農家の皆さんには目の敵にされており、下手をすればゴブリンよりも毛嫌いされている。
それはともかく、ザンザーラは酸味が強く、害虫のほとんど付かないレモーネでも、おかまいなしに食い荒らし、あまつさえ卵を産み付けるという厄介な害虫なのだ。
僕はザンザーラを探して、果樹園内をウロウロと巡回する。
この果樹園は小高い丘の斜面にあって、ここからだとアクーラの町と海が一望できる。
白で統一された町並みと、海の青が相俟って、眩しいほどにキレイな風景が広がっている。
僕はそんな景色には目も暮れず、周囲へと魔力を展開し、世界を満たすマナの流れを、つぶさに感じ取っていた。
これは『魔力察知』と呼ばれる技能で、これが出来ないことには魔術は使えない。
この果樹園は風の通りが良く、常に乾燥していて、降水量も少ないためか、風のマナ濃度がとりわけ高く、さほど意識を集中させずとも、風の原始精霊が微生物のようにフヨフヨと漂っているのが視える。
僕の魔力察知の有効範囲は80メルテ(1メルテ≒1メートル)ほどだ。
ザンザーラの魔力波形はすでに覚えているので、魔力察知で標的を見つける度、僕は魔力弾を撃ち出す。
この魔力弾は魔力察知の有効範囲内なら、僕の意思通りにコントロール出来る。
僕が集中力を切らせば、魔力弾もコントロールを失うので、あんまり欲張らず一匹一匹確実に仕留めて行く。
今も僕は3発の魔力弾を撃ち出し、逃げ惑うザンザーラを追尾させていた。
逃げ損なったザンザーラが魔力弾を食らって「キュイィ」と断末魔の声を上げ、バラバラに砕け散る。
それと入れ違うように、ポトリと地面に落ちたのは、橙色した小指の爪ほどの小石だった。
「よし! 当ったり!」
ザンザーラは低確率で最下等級の魔石をドロップする。
魔石は魔導力学において重要なエネルギー源であり、ザンザーラがドロップする魔石はミゼル大銅貨2枚、日本の感覚で言えば、200円程度で取引されている。
むー。チリ積もも、チリ積もだなー。
大体6匹倒して1個ぐらいの割合でドロップ、しかも200円って本気でチリだなー。
僕は内心でそうボヤくと、思わず「ハァ」とタメ息を吐いた。
それでも魔石を拾って腰の皮袋へとしまうのは前世からの貧乏性ゆえだ。
「目標金額、シュルツ大金貨3枚。ミゼル大銅貨換算で3万枚。日本円換算で300万か。
5歳児がホイホイ気軽に稼げる金額じゃないわなぁ」
思わず声に出して呟いてしまう。
僕にはどうしても、纏まったお金が必要だった。
僕は学術都市『エンブレイム』にある『ウォーフレイム戦術学園』に入学したくて、そのための資金を稼ぐ必要があったのだ。
グランドール家は準貴族とはいえ、それほど裕福ではない。
そもそも、アクーラ自体が貧しいのだ。
だからこそ、港を大型の外洋船でも停泊できるよう拡張し、交易を始めたのだ。
ま、今のところ赤字続きだが。
それにグランドール家はアクーラ城塞を居城としており、そこの駐屯している70の兵士とその家族、軍馬25頭に、その世話をする馬飼い、馬具を始め、兵士の使う剣や鎧をメンテナンスする職人達、それに城のあれこれを執り仕切る執事やメイド、コックの給金を払うと、かなりの金額になる。
しかも僕は3人姉弟の末っ子だったし、あまつさえ、僕は妾腹なのだ。
あんまり家に負担は掛けられない。
長子であり、家督を継ぐはずの長女セシリアは、3年前、17歳の時、冒険者になると言い残し、出奔してしまっていて、父カフドはセシリア姉さんを最早、いないものとして扱っており、将来は長男のリオンへと家督を譲るつもりでいる。
腹違いの兄であるリオンは今、父の知己である、とある王侯貴族の下へと行儀見習いに出されている。
それは有力貴族達にツテを作るためという側面もあり、たびたび多額の金を工面しては兄へと送金しているらしく、僕にまでお金を回すゆとりはないのだった。
僕は8歳までに、ウォーフレイム戦術学園の入学資金と学園のあるエンブレイムへの渡航費や滞在費などを自分で調達するつもりでいるのだ。
まー。まだ5歳だけど、前世と通算したら、三十路だしなー。
それに、こんな世界だし、早めの親離れも仕方ないっちゃ仕方ない。
ちなみにウォーフレイム戦術学園は12年制の上級仕官を育成する大陸最高峰の教育機関であり、一定の金額さえ納入すれば、庶民や女性、亜人に外国人でも入学でき、優秀な人材なら最短3年で卒業できる。
卒業者の内、外国人の中で希望者がいれば、5年の実務を経て、この国『ジグルディア帝国』の国籍を取得できるのも大きな特徴だろう。
とはいえ『5年の実務』というのが、クセモノで、卒業生は上級仕官扱いながら、どういう訳かほとんどの場合、紛争地帯や小競り合いの絶えない国境地帯へと配備され、戦場へと身を投じることになる。
晴れてジグルディアの国籍を取得できるのは多く見積もって10人に2人ほどとされており、その確率を高いとみるか低いとみるかは、その人次第だろう。
ジグルディアがいかに大国で情勢がそれなりに安定しているとはいえ、多種族に対する偏見は根強く、外国人が就ける職種は限られており、人種によっては奴隷よりはちょっとマシ程度のヒドい扱いを受けるのも珍しくないらしい。
むー。そこら辺の事情は、あんまり知られてないのかな? 死ぬような思いまでして、やっとこ国籍取得したのに、奴隷並みの扱い受けるって正直、割りに合わないよなー。
ま、ジグルディアにしたって、自国の戦死者を減らすために作った制度だろうし。
仕方がないっちゃ仕方ないか。
あんまり楽しい話じゃないけど、だからって、それを『正してやろう』とかゆーつもりは全くなかったりする。
「そもそも大金貨3枚すら用意できない5歳児が何言ってんだって話しだけどね」
どっちにしろ当面の課題は金策であることに変わりない。
地獄の沙汰も金次第とは言うが異世界の沙汰も金次第なんだよなー。
世知辛いねー。
通貨についての補足を。
エナス小銅貨≒10円
ミゼル大銅貨≒100円
シエン小銀貨≒1000円
アルフ大銀貨≒1万円
バルクス小金貨≒10万円
シュルツ大金貨≒100万円
シンフォニア白金貨≒1000万円
と、なります。