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第29話 今後の指針

 僕らの目の前へと、ドカドカと音すら立てて置かれていくのは、シチューの入った木製の器や、僕の顔ほどはあろうかという大きな黒パンだ。

 僕らは思わず「おおー!」と、驚嘆とも付かぬ歓声を上げていた。


 無料ということで、てっきり、見るからにマズそうな料理が出て来るものとばかり思ってたら、意外とオイシそうなのでビックリである。

 何より目を引くのは、やたら具だくさんなシチューの上に、鎮座まします器からハミ出さんばかりに大きくカットされた腸詰ブリストだ。

 腸詰とはいえ、お肉料理である。

 ウチの領土は平地が少ないので、畜産はほとんど行われていないのが現状だ。動物性たんぱく質は主に魚で補っているため、肉料理はなかなかのご馳走だったりする。

 しかも、体力勝負の冒険者向けのメニューだけあって、ボリュームがえらいことになってる。

 この量が無料って、何気にスゴイなギルド。

 これなら、タダ飯にありつくためだけに冒険者に登録しようとするヤツが出て来てもオカシくないんじゃないかなー。

 ま。食いっぱぐれた冒険者が犯罪に走らないようにとの措置でもあるんだろうけど。


 そんな大人の事情は置いて、さっそくガツガツと食べ出す僕ら。

 何せみんな育ち盛りである。子供同士ということもあって、行儀作法とか気にすることもない。

 スプーンをグーで握り、シチューを口の中へと掻き込んでいく。

 見た目を裏切らない味に、食欲に火が付いて料理が凄まじい勢いで胃の中へと消えて行く。

 遅めな朝食ということもあり、いつもはミルクで済ます僕も、みんなの食いっぷりに釣られてバクバク食べる。

 あー。食べ過ぎたら吐いちゃうし、ほどほどにしないとなー。


 無言でご飯を貪ることしばし。ようやくお腹も落ち着いて来たところで、これからどうするかの話しになった。

 とりあえず、僕らがギルドにおいて、どういう立場にあるのかを再確認することから始めることにした。

 お腹が膨れて三十路の精神を取り戻した僕が進行役を買って出る。

 本当ならパーティーのリーダーであるリコが仕切るのが筋なんだろうけど、本人が辞退したので仕方がない。

 未成年な僕らは、ギルドに登録するにあたり、パーティで行うことが大前提となっていたので、一応、パーティのリーダーを決める必要があったんだけど、そこはそれ、最年少の僕が務めるわけにもいかないし、そうなると後はリヴィとリコの二択なので、そこはまー。消去法に頼らずともリコしかいないだろうということになったのだ。


 ちなみに、しきりにリーダーをやりたいとアピールしてたセリーナだったが、


「大丈夫ですか? セリーナさん。リーダーって思ってるより大変ですよ? みんなの精神的支柱にならなきゃならないんですから」


 という僕の言葉に、


「セイシンテキシチュー??? はい! 大丈夫です! どんなシチューかは知りませんケド、ご飯は残さず食べるのがモットーです」


 とか、吐かしやがったので、満場一致で却下されましたとさ。



「――とりあえず、無事にギルドカードが発行されたとはいえ、僕らはまだ見習いです。

 第十ツェーント級冒険者でも受けられる最低ランクの依頼クエストすら、見習いの僕らは受けることが出来ません。僕達が受けられる依頼は『常時依頼』と呼ばれる、言ってみればまー、雑用みたいなもんです」

「あー、あれね。常時依頼。薬草採取とかゴブリン討伐とか、そういうの」


 セリーナがシチューに入ってるカイム豆、――グリーンピースみたいなの――をフォークで器用に取り除きながらそう言う。

 どうやら、セリーナはカイム豆があんまり好きではないらしい。なんだよー。残さずご飯食べるのがモットーじゃなかったのかよー。んで僕の器に豆入れるなよー。僕もあんま好きじゃないんだよねー。カイム豆、モソモソしててオイシくないの。


「そうです。僕達はランクを上げて正規の冒険者になるまで、その常時依頼しか受けられません」

「はい! ユノせんせー。手っ取り早く、ランクを上げる方法はないんですか?」


 尻尾をパタパタさせ、リヴィが「シュタッ」と挙手をしてそう言った。


「いい質問ですね。リヴィさん。そんなもんありません。

 ただし、第六ゼクスト級までは冒険者専用窓口のお姉さん達による独断と偏見という名の査定により、昇格できるかどうかが決まるらしいので、何かと窓口のお姉さんに媚を売っとくと良いらしいです」


 ワイロとまではいかなくても、甘味を差し入れして心証を良くすることぐらいは出来そうだし。

 ――と、いつの間にか、僕の影から抜け出していたパステトが、どうやら暇を持て余しているらしく、僕の食べ残したシチュー皿へと頭を突っ込むと、しきりにクンクンと匂いを嗅いでいた。

 パステトは精霊なので、基本、僕の魔力を食べてればいいらしく、特にご飯とかは食べなくてもいいらしい。


「ま。どちらにしろ、僕達は、しばらくの間、薬草採取とゴブリン退治しかできないってことだね。

 ―――でも、ギルドが管理してるダンジョンや、一般の人が立ち入りを制限されてるモンスター多発地帯に、大手を振って入れるのは有り難いよ」


 そうなのだ。ギルドカードさえ提示すれば、第十ツェーント級冒険者だろうが、見習いだろうが、自己責任の名の下、どれほど危険なダンジョンだろうと潜り放題だったりする。

 まー。身の程を弁えないと、ガチで死ぬけどねー。


 てゆーか、パステト。なんでリコには、お腹とか簡単に触らせるんだよー? 契約主マスターな僕ですら、あんま触らせてくれないのにー!


「そうですね。アクーラにはシュナイゼス坑洞ほどじゃないにしても、ギルドが危険区域に指定した場所が幾つか存在してますからね」


 ぐぬぬ。と、お腹の中でリコへの嫉妬を滾らせつつも、冷静に言葉を紡ぐ僕。

『リコはナデナデが上手いから好きー』というパステトの思念が伝わってくる。

『あうう。善処します』そう答え、心の中で咽び泣く僕。


「うん。エンデラッフェの湿地帯とかね。あそこなら、ゴブリンの一大生息地だし、薬草も豊富に自生してるって聞くよ。

 出て来るモンスターも強力なのでリザードマン程度だし。何よりここからだとシュナイゼス坑洞より近いから、僕らにとっちゃ好都合だね」


 パステトはリコの手を前足で抱え、あぐあぐと甘ガミしている。


「ふーん。それで、リザードマンって、どの程度の強さなの?」


 セリーナの質問に、僕は「えーっと、ちょっと待って下さいね」と、言いつつ、ギルドから配布されたモンスター図鑑をペラペラ捲る。


「あー、あった。そうですねー。モンスターの脅威ランクで言うと、オークと同じぐらいですね。体力と膂力ならオークに分があるみたいですけど、敏捷さと武器を扱う技術なんかはリザードマンが上のようですね。あとオークより賢いみたいです」


 それにリザードマンは集団戦を得意としているみたいだし、湿地だと場所によってはこちらの動きも制限されるだろうし、条件次第じゃ猪突なオークを相手にするより厳しいかもしれない。


「じゃ、エンデラッフェの湿地帯でいいと思います! というかシュナイゼス坑洞じゃなければ、どこでもいいです!」


 むー。セリーナ。しっかりトラウマになってるのなー。ホント言うとシュナイゼス坑洞がどんな風になってるのか、ちょっと興味あったんだけど。


「よし。じゃあ、エンデラッフェの湿地帯でいいね? とりあえず常時依頼、申し込んどくから皆はここで待ってて。

 あ。それと、エンデラッフェへ向かう前に、一度、ファベル魔道具店ウチに寄りたいんだけどいいかな? 師匠が皆に会いたいって言うんだ」


 え? ファベルさん、戻ってたんだ? 僕らに会いたいって、一体何の用だろう?







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