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第28話 それは実質2です。

「お腹が空いたー。お腹が空いたー。お腹が空ーいてペッコペコー! はーやくご飯を食べないとー、お腹と背中がくっつくぞー!」


 僕はテーブルを両方の掌でバンバン叩きながら、即興で作った歌を歌っていた。

 もちろん『冒険者セット』がなかなか来ないことへの不満を素直に表明した結果である。

 なにせ僕は、お腹が空いたり、眠くなったりすると三十路であることをキレイさっぱり忘れ去り、5歳児丸出しになるのだ。

 特に眠たいのを我慢してる時なんかは、無意識に自分の親指をチューチューとおしゃぶりしてしまうらしい。

 あんまり褒められた癖じゃないけど、こればっかりはどうしようもない。


 ちなみにリヴィのとんでも発言にツボって、軽くチアノーゼ状態に陥っていたリコは、あれからどうにかヤマ場を越え、正気を取り戻していたものの、今なお思い出し笑いという後遺症に悩まされているらしく、突発的に「ぶはっ!」と噴き出したりしている。

 リヴィはその度に「もう。リコ、シツコイ。笑い過ぎだよー」と、可愛らしく抗議の声を上げるものの、リコ本人にもどうにもなんないみたいで「ゴメン。リヴィ、でもしばらく無理っぽい」と、クスクス忍び笑っていた。


 その間にも僕の歌は当然のようにエンドレスで続く。もちろん歌が続くということは冒険者セットがまだ来ていないってことで、それをボンヤリと聞かされ続けているセリーナが、どこかうんざりした表情で口を開いた。


「何その歌? 変なの」

「僕が即興で作った『餓死寸前』って歌ですけど何か?」


 僕は、さも当然みたいな、むしろ『え? 何で知らないんですか?』って感じの驚愕の表情を浮かべてやる。

 セリーナは「んなの知らないわよ」と、小さく呟いて苦笑すると、


「あーもー! ユノじゃないけど、わたしもお腹減ったー」


 唐突にそう声を上げ、テーブルへと突っ伏すセリーナ。

 僕はセリーナのそんな様子に「ふふん!」と勝ち誇ったように胸を張って見せる。

 いや、なんとなくセリーナに勝ったような気がしちゃっただけで、特に意味はない。


「お腹が空いたー。お腹が空いたー。お腹が空ーいてペッコペコー!」


 セリーナを打ち負かした気分になって、軽くテンションの上がっちゃった僕は、歌いながらイスの上へと立ち上がると、テーブルに手を付き、ピョンピョンする。

 うはっ! 何コレちょー楽しいんですけどー!

 そんなテンション爆アゲ状態の僕に、僕の隣に座るリヴィが「行儀悪いよ。ユノ君」と、優しく宥めるように、そう言うのが聞こえてくる。

 ふふん。だがしかーし! 幼児モードに突入しちゃって、イスの上でピョンピョンすることに我を忘れてハフハフしてる僕が、その程度のことで大人しくなる訳がないのである!


 なおさらヒートアップする僕を見かねたらしいセリーナが、おもむろに上体を起こした。


「ユノ? 10数える内に大人しくしないと、ゲンコツだよ?」


 お姉さんぶって、そんなようなことを言い出すセリーナ。

 ほほう。セリーナのヤツ。僕が言っても聞かないと思って、実力行使に出る気だな? いいだろう。受けて立とう。とはいえ、セリーナのバカ力で殴られるのもヤだし、ここはアレだ。セリーナが9を数え終わるギリギリまでピョンピョンして、残り1で大人しくしよう。

 そうすればゲンコツも回避できるし、何より今は1秒でも長く、ピョンピョンしたいのだ。


 一向に大人しくならない僕にセリーナが「いーち」と、脅すような低い声を出して、カウントを始める。

 ふははー。そのカウント速度なら、僕の身体能力だと100ピョンピョンは出来ちゃうよー!

 とか、思った矢先、セリーナが口にした数に僕は衝撃を受ける。


「10! ――はいっ! ユノ駄目ー! ゲンコ決定!」

「ええっ! ズルイー! それ、実質2だし!」


 思わず抗議の声を上げる僕に、嬉々として拳を振り上げるセリーナ。

 僕は思わず「ヒッ!」と、息を呑むと反射的に目を瞑り、頭を抱えてイスの上へとしゃがみ込んでしまう。

 くそー。セリーナにしてやられたー。この借りはいずれ返すからなー。

 と、半ば覚悟を決めた僕だけど、待てど暮らせどゲンコツは落ちて来ない。

 恐る恐る目を開けてみれば、そこにはニマニマと笑みを浮かべるセリーナの姿があった。


「ほらー。駄目でちゅよユノ? お姉さんの言うこと聞かないとコワイコワイでちゅよー?」


 セリーナの揶揄するような口調に、僕は「くっ!」と呻く。

 こ、これは、殴られるよりも屈辱だーっ!

 僕は、羞恥と屈辱に頬が赤くなっていくのを自覚する。

 くそー! 悔やんでも悔やみきれない。どうして僕はピョンピョンの誘惑に抗えられなかったのか! いや、それよりも、むしろ「いち、じゅ」という、実質2カウントで鉄拳制裁に持ち込もうという、セリーナの力技を見抜けなかったのか! 前世で幼い頃、兄ちゃんに似たようなこと散々ヤられたじゃないか! 今世じゃ初めてやられたけど!

 いや、ちょっと待て、僕の中に「どうせアホの子セリーナだし」と、タカを括ってた部分がなかったと言い切れるか?

 そうだ。これは僕の油断が招いたことだ。

 よし。今の情けない僕を、画家に頼んで肖像画にしてもらおう。そして、その絵を枕元に飾るのだ。

 朝な夕なにその絵を眺め、自分への戒めとし「油断しません! 勝つまでは!」と、100回復唱しよう。そして幼児性をさっさと捨て去るのだ!


 ――と、そう固く決意した僕の頭上へと、天啓のごとき声が響いた。


「あいよー。冒険者セット4人前お待ちー!」

「わーい。ご飯だー」


 その瞬間、何もかもが食欲に持ってかれて、どうでも良くなっちゃう僕。

 どうやら、それは僕以外の3人も同様らしく、口々に「わー」と歓声を上げていた。





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