第25話 魔人って何? えっ!? 食べれるの?
―――ユノ視点―――
仮面をした自称正義の味方なオジさんが、坑洞の奥に走ってってしばらく。
セリーナは涙の跡もそのままに、ちょっとだけしゃくり上げていたものの、もうすっかり元気になっていた。
勘違いとはいえ、死ぬかもしれないと思い込んでいただけに、助かったことでちょっと変なテンションになっているみたいだ。
メイスをぶんぶん振り回して、なんかヤル気満々な感じである。
それとは対照的に、地面に座り込み、がっくりと項垂れているのはリヴィだった。
「ううう。わたし駄目かもしれない。人間不信になりそう」
そう呟くリヴィに僕とリコは掛ける言葉が見つからない。落ち込んでいる内容が内容だけに僕らが下手に慰めようとしても逆効果になりそうだ。
そんなリヴィの様子に、はしゃいでいたセリーナも少し反省しているみたいだった。
リヴィの傍をしばらくオロオロしていたセリーナは意を決したようにリヴィへと声を掛ける。
「大丈夫だよリヴィ。わたしがちゃんと、衛兵のリカルドさんとネモさんの二人に『そんなでもない』って言っといてあげるから!」
そう言って、なぜか胸を張るセリーナにリヴィが「ぐずっ」と、鼻を啜る。
「セリーナちゃん。ありがとう。ちょっとだけ元気出た。でも絶対に、そういうことヤメてね?」
「ん? うん。なんでか分かんないけど、分かった。リヴィがイヤって言うならやんない」
あっさりとそう言って、セリーナは「行こ」と、手を差し出した。
リヴィは「うん」と一つ頷くと、その手を取って立ち上がる。
うーん。なんて言うか、スゴイねー。セリーナ。僕たちじゃ、こうはいかない。
セリーナと同じことを僕やリコが言ったら、リヴィは余計ヘコんだだろうし、リコに至っては完全アウトだ。
ま。そもそもの原因がセリーナの不用意な一言のせいなんだけど、それでもセリーナに全く悪意がないことも今のズレた発言で明白だろう。
「それじゃ、そろそろ出発しようか? さっき会ったギルドの人も『急いで逃げろ』って言ってたし。
何が起こってるのか、分からないけど、オカシなことになってるみたいだしね」
リコがそう言って、坑道の奥へと続く暗闇へと視線を向ける。
そんな時だった。
唐突に「ふにゃん」と、パステトが鳴いた。
僕の頭から地面へと降り立ったパステトは僕を見上げつつ、僕へと思念を送ってくる。
その思念の内容というのが、
『封印が解けたせいで、魔人が復活した』とか『魔人はパステトの敵』とか『でも今のままじゃ勝てない』とか『力を蓄えたら、やっつける』
と、そんな感じだった。
うん。全く意味が分からない。
パステトは僕を見上げたまま「ウニ」と、ちょっと悪そうなカンジで目を細めると、舌なめずりをする。
うむー。魔人が何なのか良く分かんないけど、食べる気、満々ですねパステトさん?
僕としてはあんまり変なの食べないで欲しいんだけどなー。
とか、思ってたら『好き嫌い良くない』という思念が返ってくる。
えーっと? 栄養のバランス的な話?
―――っていうか、もうご飯感覚なんだ? 魂って。
それにしても魔人って何なんだろうね? 普通、復活するのって魔王とかじゃないの?
『魔王は煉獄にいる』『凄く強い』『魔人は魔王の手下』『ダンジョンに縛られてるから、外に出られない』
へー。何だろう? ゲームで言う、ダンジョンボスみたいなもん?
ボンヤリとそんなことを思っていたら、僕の顔を「ひょこん」と覗き込んだのはリヴィだった。
「どうしたのユノ君? パステトとお話中?」
「え? ああ。すいません。ボンヤリしてしまって・・・・」
「何かあったのかい? ユノ君」
「はい。パステトが言うには『魔人』が復活したらしいです」
「何ソレ? 魔人って何よ? まさか本物の『ムスッペルの怪人』!?」
「んー。魔王の手下らしいですけど。魔人も怪人も似たようなものかもしれないですねー。魔王の手下なら血ぐらい吸いそうですし」
僕の適当な返事に、セリーナが顔色を変える。
とはいえ、魔人かー。まさかアクーラ領内でボス付きの本格ダンジョンとかが出来るなんて思ってもみなかったなー。
アクーラのギルドに冒険者とか山盛り殺到しそう。
うちの財政も潤いそうで何よりですねー。
「ええーっ! もー。結局、狙われるのわたしじゃん!」
「大丈夫ですよ。パステトが言うには、魔人はダンジョンから出られないらしいですし」
「ホントに!? じゃ、急いで逃げよう! そしてわたしは二度と、ここに近寄らない」
そう宣言したセリーナは、僕の首筋をムンズと掴み「ほら、早く」と、皆に声を掛けて走り出した。
僕はセリーナの肩へと後ろ向きに担がれる。
相変わらずの小荷物扱いだけど、ま。仕方ないか。言ってもセリーナだし、無駄だろう。
「セリーナちゃん待ってよー」慌てて、セリーナの後を追うのはリヴィで、パステトはリコの頭上へと一時的に引っ越している。
セリーナが突然、僕を持ち上げたせいで、僕の頭に乗っかるタイミングを逃してしまい、仕方なくといったカンジだ。
むー。浮気だー。とか冗談交じりに思念を送ると、耳をピクッとさせて、僕を気にするような素振りを見せる。
それにしても、パステトって頭の上であんな器用にバランス取ってるのなー。
背筋もピンとしているし、僕の頭に乗ってた時にも爪とか立てたりしなかったしねー。
にしても、ハタから見ると、なんか微笑ましいねー。色んな人の頭にパステトを乗っけてみたくなってきた。
カメラとか欲しい。ないかなー。こっちの世界に似たような魔道具とかあったりしないかな? 後でリコに聞いてみよう。なかったとしても、もしかしたらリコなら作れるかもしれない。
と、魔力察知に反応がある。
数は3。この感じはアンデット。さすがにスケルトンかゾンビかまでは判断が付かない。位置は進行方向右手前方。敵の移動速度は遅い。位置関係からしても普通に走っていれば、やり過ごせる。
「セリーナ! 右前方に敵。アンデット。数は3。この距離なら無視して―――」
―――大丈夫だよ。と僕が続けるよりも早く、セリーナは僕を担いだまま、敵のいる方向へと突貫すると「トゥ!」と、掛け声一発、スケルトンに蹴りを入れた。
数メルテを蹴転がされたスケルトンはバラバラに砕け散る。
もう一体のスケルトンをメイスの一撃で粉砕し、その勢いのまま、残り一体へと、肩に担いでいた僕をブン回そうとして「あっ!? これは違う」と、慌てたように僕を抱き竦めた。
ちょっとだけ振り回された僕に、勢い余ってバランスを崩すセリーナ。
僕は咄嗟にスケルトンへと手を伸ばすと、兵法術で魔力弾を撃ち出すと、スケルトンの頭部を破壊する。
ボロボロのツルハシを振り上げていたスケルトンは後ろへとたたらを踏み、そこへ駆け込んで来たリコがスケルトンへと体当たりしてトドメを刺した。
セリーナは「危なかったー」と、小さく呟いて、思わず安堵の息を吐く。
僕を左手一本で抱き直すと、何事もなかったように駆け出した。
―――って、さっき僕のこと完全に忘れてたよね? しかも咄嗟に「これは違う」とか言ってたし。
これはちょっと、一言、言っとかないとなー。
「セリーナさん? さっき、僕でスケルトンに攻撃しようとしましたね?」
「えっ。そ、そんなことないよー? ユノの勘違いじゃないかなー?」
途端にしどろもどろになるセリーナ。
どうにか誤魔化そうとしているらしく、必死にトボケている。
「へー。僕の勘違いですか? オカシイですねー。セリーナさん。僕を振り回そうとして『あっ! これは違う』とか言ってたように思うんですけど? それも僕の勘違いなんですかねー?」
さらなる追い込みを掛ける僕。
「ううー。可愛いユノが時々、チョー怖くなるー。リコ助けてー」
しくしくと、これ見よがしなウソ泣きをしてみせる。
「うーん。さっきのはどう考えてもセリーナが悪いしね」
僕らのやり取りを見ながら、苦笑交じりにリコ。
「むー。時々リコもイジワルになるー。じゃ、後はリヴィだけが頼りだー」
セリーナはどうやら最後の希望をリヴィに託したらしい。
「うん。頑張ってセリーナちゃん! わたしには何も出来ないけど、陰ながら応援してるからね?」
セリーナの期待とは裏腹に、早々と傍観を宣言するリヴィ。
「応援はいいから、二人でキョアクに立ち向かおうよー」
「へー。僕って巨悪だったんですね? 知らなかったなー」
「ああーっ! ユノがさらに不機嫌にー!」
「あはは。素直に謝ればいいのに。なんでセリーナは、どうでもいいところで変なこと言い出すんだろうね?」
リコが楽しそうに笑い、それとは対照的にセリーナが「ふぇぇ」と小さく泣き声を上げた。
僕はさっきからセリーナに抱っこされてるせいか、彼女の感情が、息遣いとか体のちょっとした反応からダイレクトに伝わって来る。
ちょっと落ち込んだらしく、背中が丸くなったり、逆に強がるみたいにグッと胸を張ってみたり。
それに併せて、表情もくるくる変わる。
なんとなく、
『ユノはまだ小さいし、お姉ちゃんなわたしが、ユノのことを守ってあげないとな』
『でも、戦闘とかで夢中になっちゃうと、ユノのこと忘れがちになっちゃう』
『わたしって駄目だな。もっとしっかりしないと』
みたいな、葛藤が伝わって来る。
さっき誤魔化そうとしてたのも、反省していないからじゃなくて、ただ純粋に、怒られたくないだけなのだろう。
ま、それはそうか。だって、僕5歳だしな。
前世で言えば小学校に上がってもない園児に、そろそろ中学生って女子が本気でダメ出しされてるようなもんだし。
普通なら、キレるかスネるか、やさぐれるかするよなー。前世の僕だったら、間違いなくする。
「もういいですよ。セリーナさんに悪気がないことは解りましたから。次からは気を付けてくださいね?」
僕がそう言うと、セリーナが押し黙ってしまう。
僕の頭へと顔を埋めているらしいセリーナ。
えっ!? まさか泣いてたりしないよね?
そう思った矢先、僕にだけ聞こえる声でセリーナが「ごめんね? ユノ」と小さく呟いた。
彼女の吐息が僕の髪へと籠もり、熱を持つ。
「別に、いいですよ」
何となく照れてしまって、僕はちょっとぶっきらぼうになってしまう。
「ふふ。ユノって、乾きたての洗濯物の匂いがするー」
そんなことを唐突に言い出したセリーナに、僕の頬が朱に染まる。
頭の匂いを嗅がれてたのかと思うと、なんとなく気恥ずかしくなってくる。
というより、生乾きの洗濯物じゃなくて何よりです。
もしかすると、セリーナって兄妹多いんじゃないかな?
何となくそう思う。
「そういえば、セリーナさんって兄妹とかいましたっけ?」
「いるよー? 兄ちゃんが一人に、弟と妹が一人ずつ。なんで?」
「いえ、何となく聞いてみただけです」
「ふーん?」
やっぱりねー。それでか。
セリーナが何かと僕に構うのは、多分毎日のように幼い弟や妹の面倒を見ているからだろう。
何かある度に自然と僕のことを、半ば小荷物扱いとはいえ、抱き上げたり出来るのは、そのためだろう。
前世だろうと、こっちの世界だろうと、年上の子が年下の面倒を見るのは、普通のことだしね。
―――で、兄や姉というものは、弟や妹にとってちょいちょい理不尽な存在でもあるのだ。
そうなんだよなー。
詰まるところ、セリーナって『お姉ちゃん』なのだ。大雑把で忘れっぽくて、ちょっとアホな。
ま、それでスケルトンにブツけられたんじゃ、堪ったもんじゃないんだけど。




