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第24話 前門の虎、後門の狼。

 フリューゲルの命令を待たず、俺とレインは駆け出していた。

 先行しての露払いと視界の確保が目的だ。

 俺はポーチから照明用の消費アイテムを取り出すと、一本をレインへと投げる。


 それを受け取ったレインはファルスエッジを少しだけ鞘から抜いて、鍔元でアイテムの先端を切り落とすと、その断面に親指を宛がい、魔力を注いだ。

 シュボッという音と共に、赤い炎が灯る。


 俺たちは瘴気に追い立てられるようにして、教会内から脱出すると、上の階層を目指して走る。

 最下層までトロッコで来たせいで、道の全く分からない俺は当てずっぽうで進んでいた。


「アレなんなんスか!? なんなんスかアレ!? あの瘴気、変ッスよ! おかしいッス! あからさまにウチらのこと追って来てるッス!」

「俺が知るか、んなモン! ヤベーもんだよ! ヤベーもん! 口より足動かせ足っ! 追いつかれでもしたら、あの瘴気濃度だ。まず間違いなく障りを受けて『堕ちる』ぞ!」

「ジョーダンじゃないッス! んなメに合うぐらいなら、死んだ方がマシっす!」


 喚きながら走るレインへと、同じように喚きつつ走る俺。

 フリューゲルとユクドは邪神像を抱えながらも、先行する俺たちを追い抜かさんばかりの勢いで走っている。

 俺たちは狭い坑道を右に左に、時には行き止まりにブチ当たり、慌てて引き返したりしつつ、必死こいて駆けずり回った結果、どこをどう進んだのか全く覚えていないものの、どうにか広い坑道へと出ていた。


「ここまで来れば、後一息ッスよ!」


 思わず安堵の声を上げるレイン。

 さすがに立ち止まったりはしないが、それでも俺たちは走る速度を落とし、体力の回復を図る。

 溢れ出した瘴気は未だに俺たちの後を追って来ているようだが、その速度はそれほどでもないらしい。

 全力で逃げたお陰で、それなりの距離を引き離すことに成功していた。

 そのことで精神的に余裕が出来たものの、だからと言って、油断できるほどじゃない。


 あの禍々しいまでの瘴気から、逃げているのは何も俺たちだけではない。

 俺たちのすぐ傍を、巨大ムカデや洞窟蚯蚓(ケイブワーム)闇蜘蛛(ニゲルアラーネア)なんかが、ウゾウゾと這い出し逃げて行く。

 その数百に及ぶ数のモンスターは『俺たち』をというよりは、どうやら『邪神像』を避けているらしく、こちらへは一切、近づこうとすらしない。

 これはうれしい誤算だ。モンスターの妨害を気にせず移動出来るのは有り難い。これなら、どうにか逃げ切れそうだ。


 とか、思ったのも束の間、さらに階層を上がり、モンスターの種類がアンデットへと変わると状況が一変した。

 さっきまでモンスター避けになってた邪神像が、今度はアンデットを引き寄せているらしい。

 俺たちへと、次々にスケルトンやアシッドスラッグを引っ付けたゾンビなんかが殺到して来るのだ。


「だーもーっ! なんて数ッスか! いちいち相手にしてたらキリないッス!」

「何があっても足を止めるな! 捕まったら物量で押し切られるぞ!」

「やべぇぞ! 瘴気の本体が、いつの間にか距離を詰めて来てやがるっ!」

「もうっ! この邪神像、捨てちゃ駄目なの?」

「ここまで来て、そりゃねぇッスよ! 後少しなんスから。ここが踏ん張りドコロっすよ!」


 俺は行く手を遮るスケルトンへと向け、溶解液を次々と吐き出し、無力化させる。

 その脇を走りぬけ、アンデットを一刀の下に斬り捨てているのは、レインだ。

 うちの主力である、フリューゲルとユクドの手は邪神像で塞がっているため、ロクな反撃も行えず、敵の数は一向に減らない。

 どうにか辛うじて、前へと進んではいるものの、その速度はせいぜい、動きの遅いゾンビに追いつかれない程度のもので、このままだと瘴気に追いつかれるのは時間の問題だった。


 クソッ! このままじゃ、ヤベーな。

 俺たちは邪神像をどうするか、選択を迫られつつあった。

 ―――と、その時、ユクドが足を滑らせた。

 たぶん、アシッドスラッグでも踏んだのだろう。

「あふっ」という声と共に、ユクドがすっ転ぶ。

 当然、邪神像は投げ出され、フリューゲルも盛大に体勢を崩した。


「あっ!」とレインが呆けたような声を出したがどうすることも出来ず、邪神像は俺たちが見つめる中、地面へと叩き付けられた。

 邪神像は腰を中心に、上半身と下半身の二つにパカッと割れたかと思うと、その立派な一物が根元からポッキリと折れた。


「はああ! ち○こが、ち○こが、折れたッス・・・・! 邪神像のち○こが折れたッス」


 愕然とした表情を浮かべ、レインの動きが止まる。


「ち○この折れた邪神像に価値なんかないッス! ち○このない邪神像なんて、ただのキモい像に過ぎないッス! だから言ったッスよね!? ち○こだけでも保護した方がいいって! ウチ言ったッスよねー!?」


 そう誰ともなく、叫ぶと「ち○こがー。ち○こがー」と未練がましく呟いていた。


「うるせーぞレイン! 今はそれどころじゃねーだろ! それに一応手前ぇも、うら若き乙女の端くれだろうが! それをさっきから、ち○こち○こ連呼しやがって恥ずかしくねーのか!」

「うっさいのはラーチさんの方ッス! そもそも『うら若き乙女』っていう表現がエロオヤジみたいでキモいんスよー!」


 レインは俺の心を一撃粉砕して、ち○こへと、フラフラ近づくと、おもむろにそれを拾い上げた。


「こうなったら、もうバラバラでもいいッスから、邪神像持って帰るッスよ? 後で繋げればいいんス!」

「いや、それも難しいだろうな」


 そう呟いたのはフリューゲルだった。

「アレ見てみ」と、言いつつ、あらぬ方を指す。

 そちらへと視線を向けると、そこには邪神像へと禍々しい瘴気が吸い込まれて行くのが見えた。

 見る間に生気を帯びて行く邪神像。

 石が肉や骨に置き換わり、ビクビクと痙攣をしたかと思うと、その断面から内腑がデロリとハミ出した。

「うええっ!」

 突然のスプラッタにレインが思わず、呻き声を上げる。

「おいおい。ウソだろ?」

 俺が気配を感じて、顔を向けた先には、邪神像の下半身が、まるで生まれ立ての子鹿のようにプルプルしながら、起き上がろうと躍起になっているのが見えた。

 あ、コケた。


「こうなったら仕方ないッス! ち○こだけでも持って逃げるッス!」


 いや、お前スゲーな。俺が思ってるよる数倍、逞しいな。

 でも、ち○こだけ持って帰ってもイクスロード公爵は金出さないだろうけどな。


「おーお。こりゃ、どうしようもねー。邪神像は諦めるか。せっかく身軽になったんだ。とっととズラかるぞ」


 フリューゲルがそう言って、レインの背中を「バシン」と、平手で叩く。


「ユクド、先陣を務めろ。活路を開け」

「はいはーい。任せて頂戴!」


 フリューゲルの命令に嬉々として先頭へと躍り出たユクドは、その勢いのまま、一息でスケルトンを5体、破砕した。

 ユクドはアンデットをまるでボロクズのように、次々と蹴散らして行く。

 おーお、相変わらず凄まじいな。竜巻みたいなヤツだ。

 そんなユクドのすぐ後ろを付いて走るのは、ち○こ抱えたレイン、その後をフリューゲルと続き、殿を務めるのは俺だ。

 未だジタバタしている邪神像へと、霧状にした溶解液を煙幕代わりに吐き出しておく。

 ま、気休めにもならないだろうが、何もしないよりマシだろう。





 それから、ほどなくして俺たちは受肉した邪神像に追いかけられていた。


 ―――ち○こ置いてけー。ち○こ返せー。


 邪神像から発せられるのは、声ではない。いわゆる指向性の思念波というやつだ。

 感染魔術(コンセンシャスマジック)念話(ロゴス)と呼ばれる魔術に、効果こそ似ているが、恐らく全くの別物だろう。


「ひぃぃぃぃ!!! アイツ超シツコいッス。全然諦めねーッス。邪神『ち○こ置いてけ』ッス!」


 レインが半泣きで叫ぶ。

 邪神像は、瘴気だった頃より、移動速度が上がっていた。

 とはいえ、まだ肉体に慣れていないのだろう、その動きはどこかぎこちない。

 そのお陰で追いつかれずに済んでいるのだから、特に文句はない。


「ええーい! レイン、さっさと邪神にち○こ返せ!」

「いやッス。これはウチのち○こッス! 死んでも離さないッス!」

「お前、なに『童貞が妄想する女に言われてみたい言葉第4位』みたいなこと口走ってんだコラ! そのち○こ、どう考えても後ろの人のもんだろうが! お前のじゃねぇ」


 俺の正論も今のレインには届かないようで、邪神像のち○こを抱えて、離そうとしない。


「ううー。拾ったち○こは拾った人のもんッス!」

「どんな理屈だそりゃ? そもそもち○こなんか、そうそう落ちてて堪るかっ!」


 ―――ち○こ返せー。ち○こ置いてけー。


 邪神が切々とした念(声?)を上げつつ、俺たちの後ろを追って来る。

 いや、男からすれば、その気持ち、痛いほど良く分かる。

 久々に復活したら、ち○こなかった。

 しかも、知らない女が自分のち○こ持って逃げてるってなったら、誰だって慌てる。

 俺がある日、目覚めてち○こなかったら、それこそ泣くね。さめざめと、そりゃもう。

 とはいえ、邪神にち○こって必要なのか? 千切れた体がくっつくぐらいなんだから、ち○こぐらい生えてきそうなもんなのにな。


 俺たちはなんだかんだで、邪神像を引き離すことに成功していた。

 とはいえ、俺たちが何かをしたって訳じゃない。

 ヤツが勝手にスッ転んだだけだ。

 坑洞内に張り巡らされたトロッコ用レールの枕木に、足をとられて。

 しかも、転んだ拍子に、まだ、ちゃんと繋がっていなかったのだろう上半身がドチャッと取れたのだ。


 その間に脱兎の如く逃げ出す俺たち。

 かなりの距離を稼ぎ、ちょっとだけ気が緩みかけたその時。

 俺は、気配を捉えていた。

 前方から、音もなく、それでいて凄まじい速度で何者かが近づいて来る。

 俺の魔力察知には、何の反応もなかったが、その気配の持ち主は、自分の存在を秘匿するつもりなんざ毛頭ないらしい。

 威圧的な気配を伴い、こちらへと向かって来る。

 俺が警告の声を上げるよりも早く、皆はその何者かの接近に気付いていた。

 思わず、足が止まる。

 坑道は大きく曲がっており、先は見通せない。

 気配はその先から近づいて来る。

 後ろの邪神像ほどではないが、前方から近づいて来る気配もなかなかのものだ。

 適当にやり過ごすには、些か難しい相手だろう。



 数秒を置かずして、マントを翻しつつ、姿を現したソレに俺は絶句することになる。

 おいおい、ウソだろ? 何の冗談だ?

 そこにいたのは―――、


「ギャーッ!! 出たッスー! ムスッペルの怪人ッスー!」

「えっ!? アレがムスッペルの怪人!? なんか私好みの筋肉オジサマな気配がするんですけど!」


 そう、ソイツは町で聞いた噂と同じような格好をしていた。ソイツは黒のマントを羽織り、艶の消された黒の革鎧に身を包み、白い仮面で顔を隠していた。

 よし。とりあえず、ユクドの言葉は聞こえなかったことにしよう。


「はーっ!!?? なんてことッスか! 前に『ムスッペルの怪人』! 後ろに邪神『ち○こ置いてけ』! ヤバいッス! ウチ絶対絶命の危機ッス!」


 一人恐慌(パニック)に陥りかけるレイン。


「むぅ。この禍々しき瘴気! ムスッペルの魔人め! よもや復活を遂げたかっ!」


 ムスッペルの怪人が良く分からないことを口走ると、レインが抱えるち○こを見咎めて、さらに声を荒らげる。


「はっ!! それはよもや、魔人の『依り代』が一部か! そこな女! それをこちらに寄越したまえ!」

「うひぃぃぃ!! ヤツもち○こ狙いッスー!!! 勘弁しろッスー!」

「ちっ! レイン、さっさとソレを投げ捨てろ! ヤツらがそれに構ってる間に逃げるぞ」

「うううー。仕方ないッス! どうせ命カラガラ持って帰っても、あのオッサンに取り上げられるだけッス! ウチには1小銅貨の価値もないッス!」


 半ば自分に言い聞かせるようにして、レインは意を決すると、ち○こを振り上げた。


「取って来いッスー!」


 まるで犬に骨でも投げるかのような掛け声と共に、ち○こを俺たちの位置から見て、右方向へと投げ捨てる。


 ひゅんひゅんと、音すら立てて飛んで行く、ち○こ。

「はっ!」と、気合一閃、ひとっ跳びにち○こを確保したのは、ムスッペルの怪人だった。


「はうっ! 逃げる間、稼げなかったッス!」


 がっくりと、項垂れるレイン。


「ううう。ち○こ、返せッスー。もしくはウチら見逃せッスー!」


 ―――つーか。なんて踏み込みだよ!?

 身体能力一つ取ってもユクド並みか、それ以上ってとこか?

 マジで怪人じゃあるまいな?


「貴様ら、もしやギルドの報告にあった『二尾狼』か? ヤツの封印を解いたのは貴様らだな? 誰の差し金かは聞かずともいいか。あの御老体にも困ったものだ。そろそろ隠居してもらいたいものだが、そうも行くまい」


 仮面から覗く眼差しは、猛禽ソレだ。俺たちを無機質に値踏みしている。


「へっ。イロイロと訳知りってか? 手前ぇギルドの特殊職員だろ? 表向きは絶対中立を謳ってる冒険者ギルドも、その実、裏で何をしてやがるのやら。暗殺者ギルドも裸足で逃げ出すってのは、本当なようだ」


 フリューゲルが明日の天気を聞くような気軽さで皮肉を返す。


「正義を成すためだ。多少の犠牲はやむを得まい」


 仮面の男は気分を害した風もなく、ただ淡々と答えた。


「けっ。お前の言う正義ってのも随分、生臭ぇな。ま、どうでもいいけどよ。

 ―――で? これからどうすんだ? まさかアレと殺り合うつもりじゃねぇだろうな?」

「ふん。まさかな。ここにヤツの『依り代』がほんの一部とはいえ、あるのだぞ?

 まずはこれを持ち帰り、封印し、ヤツの完全復活を阻止する。後のことは本部の指示待ちだ」

「フリューゲルさん。そろそろ逃げないとヤバいッスよ! 追いつかれちゃうッスよ!」

「ギルドの仮面ヤロー。一つ聞かせろ。ありゃ一体なんだ? まさかとは思うが『魔王』とか、言うんじゃねぇだろうな?」

「あれが『魔王』? 違うな。あれはただの『魔人』に過ぎんよ。魔王『ムスッペルの炎』に接木(つぎき)されし、哀れなる魂。ムスッペルの魔人。魔王の尖兵だ」

「あれで雑魚だと? やってらんねーな。おい!」


 おおー。珍しいことにフリューゲルがやさぐれた。 







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