第22話 トロッコは続くよ、どこまでも。
俺達の内、最初にトロッコへと乗り込んだのは、どういう訳かユクドだった。
その様子を見てレインは「決まりッスね」と呟きつつ、トロッコの止め具を蹴っ飛ばすと、身を翻し、トロッコへと乗り込んだ。
その後をフリューゲルが続く。
言い出しっぺのレインはともかく、フリューゲルにも依存はないようだ。
まぁ。フリューゲルがトロッコに乗るんなら仕方ねぇか。
一抹の不安は残るが、置いてけぼりは勘弁だ。
俺はゆっくりと動き出したトロッコの後ろを追いかける。
そんな俺へとバイバイと手を振るのはトロッコの中にしゃがみ込み、顔だけ出してるユクドだった。
いやいや、俺も乗るんだよ。
トロッコへと追いつき、その縁へと足を掛けた俺をフリューゲルが引き上げてくれる。
フリューゲルに引き上げられた俺は、そのまま流れるようにしてレインに首根っこを掴まれ、トロッコの一番前へと落とされた。
いや。別にいいんだが、なんで俺が先頭だ?
まさかとは思うが、斥候だからか?
俺達の乗るトロッコは最初のうちこそ、人が走る程度の速度でゆっくりと進んでいたが、あれよあれよと言う間に、どんどんと加速して行く。
俺はあまりの速度に身を固くし、トロッコにしがみ付いていた。
おいおい、大丈夫かコレ! 横転したらタダじゃ済まないぞ!?
真っ直ぐに進んでいたトロッコが、不意に右へと曲がったかと思うと大きな坑道から逸れ、脇の細い道へと入った。
一気に狭くなった道を等間隔に配置された魔力灯が凄まじい勢いで過ぎて行く。
グネグネと曲がりくねったレールに、トロッコが右に左に大きく傾く。
その度に「うひゃー」とか「うひー」とか悲鳴を上げているのはレインだ。
耳のそばで悲鳴を上げられ、俺の耳がキーンと鳴る。
いつでもどこでもウルセェやつだ。
―――にしても、こんだけアホみたく速度出て、停まる時とかどうすんだ? ブレーキとかねぇのか?
狭いトロッコ内をキョロキョロ見やる俺。
とかやっていると、突然に視界が開けた。
「おおっ!」
思わず俺は声を上げていた。
どうやらトロッコは広大な空間へと出たらしい。
上下左右の岩壁が遥かに遠のいた。
遥か彼方の天井に、数万に及ぶ青白い光が灯っている。おそらくあれは土ボタルの光だろう。
光に寄って来たケイブバットなんかを捕食するのだ。
満点の星空を思わせる幻想的な光景だが、今の俺たちにその光景を楽しむ余裕はない。
木製の高架はトロッコが行き過ぎると、ボロボロと崩れて行く。
トロッコは凄まじい勢いで下っていた。
それこそ、ほとんど落ちているのと変わらない急勾配だ。
内臓がでんぐり返るような感触に、溶解液とは別の酸っぱい液体が喉元にまで競り上がって来る。
トロッコが突然にガインと跳ねたかと思うと、一瞬の自由落下、すぐさまレールの上へと着地し、何事もなかったかのように進む。
うおおおおお!!! 超コェェ!!
喉元まで出掛かった悲鳴を、奥歯で噛み殺す。
そんな俺の耳へと、レインの慌てたような声が届いた。
「ぬあっ! ヤバいッス。今の衝撃でユクドが落ちたッス!」
「なにぃ!? マジかオイ! どうすんだよ!」
トロッコの縁へと、しがみ付いたまま叫び返す俺。
「落ちたもんは、どうしょうもねぇッスよ! ウチらに出来ることと言えば、祈ることだけッス!」
少々薄情な気もするが、レインが言うのも尤もだ。空でも飛べねぇ限り、俺達にユクドを助ける術はない。
どんどんと遠ざかって行くユクドに、俺達は無力感を噛み締める。
「ユクド、済まねぇ」
思わずそう呟いた俺の目に、ユクドへと変化が訪れたのが見えた。
遠目にもユクドの筋肉が大きく肥大化して行くのが分かる。
ユクドの全身を銀色した獣毛が覆い、狼を思わせる口吻に、鋭く伸びた牙爪。獣と人を足して2で割ったかのようなその姿は、伝承に謳われる狼男そのままだった。
説明しよう! 獣化病患者であるユクドは満月の夜と、命の危機に瀕した時、獣と化すのだ!
人を遥かに凌駕する身体能力に、凄まじいまでの膂力。その性は残忍にして狡猾、血と暴に酔うさまは、まさに人の天敵足り得る存在だ!!!
だが、翼とかはない!
そう。翼とかはない。
うん。変身した意味、あんまないかもしれん。
「何よこの状況! なんで私落ちてるのよおおおおお!」
突然、野太い悲鳴が上がる。
獣化することで正気を取り戻す『変わり種』であるユクドはオカマという点でも『変わり種』だった。
狼男ならぬ狼オカマ。
しかも、美意識の高い狼オカマである。
いつだったか、ユクドが「何よ、もー。この体! ムダ毛ボーボー!」と、嘆いているのを聞いた覚えがある。
獣化した時だけ、正気に戻るユクドは、人である時のアッパラパーな記憶は、ほぼ残っていないらしい。
しかも正気を取り戻した時には、何かと命の危機に晒されている場合が多いのだ。
んでも、まー。こんなニッチもサッチもどうにもならん状況は、ユクドとしても初めてだろう。
「ユクドー! こっちッスー! 愛しのフリューゲルさんはこっちにいるッスよー!」
レインが落ちるユクドへ「おーい!」と、手を振って見せる。
オカマなユクドはフリューゲルが好き。
もちろん、言うまでもないがフリューゲルにそのケはない。
レインの声にというよりは、むしろフリューゲルの名前に反応して、ユクドがこっちを向いた。
「はっ! フリューゲル様っ!?」
視線の先にフリューゲルを発見したのだろう。ユクドは『恋する狼オカマ』の目になった。
―――って、どんな目だそりゃ!?
「フリューゲル様ーーー!!! 私の愛を受け止めてーーーー!!!!!」
ムチューッと唇を突き出しつつ、空中を泳ぐユクド。
獣化したユクドの非常識な肉体は不可能を可能にしつつある。
いや、むしろ愛の成せる業か?
どっちにしろ、現実逃避の一つもしたくなる光景だ。
トロッコへと徐々に近づいて来るユクドの、ある意味、常軌を逸した行動にフリューゲルが若干引きつつも「クッ!」と呻いてから、意を決したように手を伸ばそうとした。
フリューゲルの中にどのような葛藤があったのかを俺は知らない。
とはいえ、助けることを優先したようだ。
―――と、その瞬間。
「フリューゲルさん! 何を躊躇ってるんスか! あんな毛むくじゃらのオカマ野郎でもウチらの仲間ッスよ!」
レインが叫ぶ。
それを聞いて、フリューゲルの伸ばそうとしていた腕はググッと縮こまり、ユクドが「あううう」と泣いて、その動きを止めた。
いや、お前ぇこのタイミングで!?
ある意味、スゲェな! その空気の読めなさっぷりは一周回ってある種の才能なんじゃないかとすら思えて来た。
俺が内心で驚愕していると、唐突にトロッコが「ギュイイイイン」と大きくカーブを描いた。
張り出した岩壁を迂回するため、レールがそれに併せて、曲線を描いていたのだ。
もちろん、トロッコはレールの上を進んでいるのだから、それに沿って動くのは当たり前のことだ。
だが、ユクドはそうも行かない。
ユクドは成す術もなく、張り出した岩壁に「ベチッ!」とブチ当たった。
「ユクドー! なんで途中で諦めたッスかーーー!!! ユクドのバカタレちんーー!!」
いや、おい! 本気で無自覚かこの女!?
俺は愕然とする。
トロッコ内を重い沈黙が落ちた。
やおらして「クッ!」と呻いたのはフリューゲルだった。
「済まねぇユクド! 常日頃、獣化したお前を心底鬱陶しいと思っていたせいで、腕を伸ばし切れなかった!」
フリューゲルは、悔いるように顔を伏せた。
だが、それも束の間、フリューゲルは顔を上げる。
「―――だがよぉ。ムカつく野郎が壁に『グチャッ!』て―――、こう言っちゃなんだがスッキリ爽快だぜ!」
と、近年稀に見る晴れやかな笑顔でそう言った。
あー。イロイロと溜まってたんだなー。フリューゲルのやつも。
「ひーあー」と、遠くユクドの悲鳴が尾を引くのを聞いて、フリューゲルが「ちっ!」と、舌打ちするのを俺は聞き逃さなかった。
やがて俺達はトロッコに揺られ、終着地点へと辿り着いていた。
―――んで、どういう訳か、落ちたハズのユクドが獣化したままでの姿で先回りしているという不思議。
その上、ナニゴトもなかったかのように、ピンピンしていやがった。
フリューゲルが盛大に舌打ちしたのは、言うまでもないだろう。




