第21話 ラーチとレイン
―――二尾狼視点―――
俺達はシュナイゼス坑洞の3階を進んでいた。
俺が言うのも何だが、坑洞入り口にいたパンチ効いたオッサンに進むよう指示された道を、である。
「疲れたッスー」「暗いッスー」「休憩したいッスー」
と、俺の後ろを絶え間なくボヤキつつ、歩くのはレインだ。
年のころは18ぐらいだろうか。青い髪にヤル気の一切伺えない眼差し、腰にはサーベルの一種であるファルスエッジを下げている。
「うるせぇ」「知るか」「黙って歩け」
と、そんなレインに、いちいち返しているのはウチの部隊長である、フリューゲルだ。
フリューゲルはクーフルシェヴォルフの中でも1、2を争う古株で、腰の獲物は随分と使い込まれた肉厚のファルシオンである。
ユクドは、いつも通り、ぼんやりとした眼差しで中空を見やり、あっちへフラフラ、こっちへフラフラとしていた。脳みそ内のチョウチョでも追っかけてるのだろう。いつものことなので気にするだけ無駄だ。
あんな状態でも俺たちから逸れないのだから不思議なもんだ。
ちなみにユクドは重度の獣化病患者であり、常日頃はああだが、獣化すると逆にシャキッとするという変り種だ。
ま、変り種と言えば、俺もそうだろう。
俺はモンスターと人間のハーフ、いわゆる『忌み人』というヤツで、両親の内、どっちかがリザードマンらしい。生まれながらの孤児なので、詳しいことは知らん。
この部隊で、俺に与えられた役目は、斥候だ。リザードハーフの能力を最大限に活かし、俺はこの隊に貢献している。
斥候である俺は、いつものように隊の先頭へと立ち、ランタンで辺りを照らしつつ、周囲の警戒に務めていた。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・確かに俺の役目は斥候だ。
この役目に不満はねぇ。むしろ誇りだって持っている。
だがよぅ。
だからって、なんでランタン持ってんの俺だけなんだ?
斥候は雑用係りじゃねーぞ?
普通、後一人ぐらい、なんらかの灯りは持ってるもんだろ?
一応、どっちが消えても対応できるように、二つ以上の光源は必要だろうに。
とはいえ、フリューゲルには頼みにくいし、かと言ってユクドはあんなだしな。
となると、やっぱレインか。
クソ。著しく気が進まねぇ。そもそもレインのヤツが俺の言うことに、素直に従う訳もねぇしな。
そうとは分かっていても、声を掛けない訳にもいかない。俺は仕方なくレインへと呼びかける。
「おい。レイン。せめてお前もランタン持って、後ろの警戒とかしたらどうだ?」
「ええー! 嫌ッス。ダルいッス。ゴメン被るッス。―――それにウチ、後ろとか顧みない女ッスから」
レインは案の定、意味不明な言い訳をして「フッ」と笑みを浮かべると、前髪をファサッと掻き揚げて見せる。
いい女ブッてるつもりかしれんが、俺にはアホにしか見えん。
―――で、当のレインは「おほー。今のウチって超イイ女っぽくないッスか?」と、一人騒いでいる。
俺は盛大なタメ息をこれ見よがしに吐いてやる。
「レイン。お前は、もうちょい自分を省みた方がいいぞ? でねぇと、いつまで経ってもアホなままだぞお前?」
「大きなお世話ッスよ。ウチってこう見えて、意外と博識なんスよ?
―――それは、そうとラーチさん。何で、そんなにイライラしてんスか? あんま怒ってばっかりだと早死にするッスよ?」
心底、不思議そうな声音でレインがそう尋ねて来た。
このアマ、本気で言ってんのか?
俺は思わず、頭を抱えたくなる。
「いや。だから、俺を怒らせてんのはテメーだろうが!」
「んー? 何のことだかサッパリっす。どっちにしろ、下らないことでイライラしちゃダメッスよ? ラーチさん。ほら笑顔ッス。笑顔ー」
言いつつ、俺の頭をペチペチと叩く。
俺の身長はレインより頭一つ分は低いから、叩きやすいんだろうが、コイツにはマジで一回、小一時間ほど、目上の者への礼儀というやつを叩き込んでやらにゃならんようだ。
内心で青筋を立てる俺。
―――と、レインが俺の頭をカリカリと引っ掻いているのに気が付いた。
なにやってんだ?
訝しげに思う。
俺の頭には毛がない代わりに――という訳でもないだろうが――、鱗が飛び地のように張り付いている。
レインは俺の頭にある鱗の一枚をカリカリ引っ掻いているようだった。
「おい手前ぇ、何やって―――」
と、声を上げた矢先、鱗がペリッと捲れた。
「痛てっ!」
「あー、ようやく剥がれたッス。中途半端にくっ付いてるのって、見ててイライラするんスよねー。ウチ」
「さっきから、イライラさせられっぱなしなのは俺の方だ。このやろう!」
鱗を剥がされるのは、治りかけの瘡蓋を捲られるぐらいには痛い。
「うおっ! ラーチさんの頭触ったら、手がベタベタっす!」
「手前ぇ! ちったぁ俺の話を聞きやがれっ!」
「だってホラー、何スかこのベタベタ? なんか汚ねーッス!」
「仕方ねぇだろ! リザードマンは体が乾かねぇよう、粘液を分泌して乾燥から体を守るんだよ」
「あー、それでッスか。密林とかでラーチさんが小バエ塗れになってんの。そんな理由があったんスねー。
―――にしても粘液ッスか? なんか嫌ッス。ウチなんとなく汚された気分ッス。なのでラーチさんに慰謝料を請求するッス!」
「何でだよ? 勝手に俺の鱗、剥がしといて、手が汚れたから慰謝料寄越せだ? 頭オカシイのか、お前は?!」
あまりの傍若無人っぷりに、いい加減ブチ切れた俺はレインへと怒鳴り声を張り上げる。
―――と、その途端、気配が生まれた。
俺は咄嗟に気配へと、体ごと向き直る。
そこにいたのは、2メルテほどの巨大な蜘蛛だった。
闇蜘蛛だ!
闇蜘蛛はレインへと襲い掛かった。
「ラーチシールド!!」
レインは声高に叫びつつ、素早く俺の首根っこを「むんず」と、引っ掴むみ、あろうことか闇蜘蛛の前へと放り出した。
飛び掛って来る闇蜘蛛へと、俺は「ゴボリ」と音すら立てて、咄嗟に分泌させた溶解液を、喉の奥へと溜めてから、一気に「げべらぁ」と吐き出した。
それは狙い違わず、闇蜘蛛へと命中し、ジュシューと音すら立てて溶けて行く。
白い煙が立ち上り、異臭が鼻をつく。
闇蜘蛛は「ギギィ」と軋むような悲鳴をあげ、動かなくなった。
「おおー。さすがラーチさんのタン攻撃! いつ見ても汚ねーッス!」
ふっふっふ。そうだろうそうだろう。
――って、このアマ。全く褒めてねぇ!
リザードハーフである俺は、加護こそ持たないものの、固有技を持っている。
俺は分泌腺から、タン―――じゃなかった。毒液を分泌し、吐き出すことが出来るのだ。
あ、あと熱感知とかも出来ます。
―――にしてもここ、闇蜘蛛なんか出やがるのか? そういえば、何となく奇妙な魔力も感じるし、意外とヤバいんじゃねーか? ここ?
「ふー。間一髪ッスねラーチさん? 斥候なんスから、しっかりして下さいッスよー。ウチに感謝して欲しいッス。ウチがいなかったら、ラーチさん死んでたッスよ?」
レインはこちらへと人差し指を突きつけ「貸し1つッスね?」と、ウィンクひとつ。
「お前な! どういう思考回路してんだ? お前に盾扱いされたせいで、俺はついさっき死に掛けたとこなんだがな?」
そう唸る俺だったが、すでに他の事に興味を移したレインは、当然の如く俺の話なんざ微塵も聞いちゃいなかった。
「あっ! フリューゲルさん。あれ見て下さいッス。トロッコっすよ。トロッコ! あれ使ったら、一気に目的地の5階層ぐらい、通り過ぎる勢いで進めるんじゃないッスか?」
レインが指差したのは、確かにトロッコだった。
ランタンで照らして見た感じ、錆が浮いて赤茶色になってたが。
乗ってる途中で底とか抜けねぇだろうな?
つーか、目的地、通り越してどうすんだよ?
ま。俺達の目的地は、ここの最下層だけどな。
イクスロード公爵が、ここの地下にある教会に、安置されているはずの神像が欲しいとかで、わざわざ息子まで隠れ蓑に使い、俺達に神像を盗って来るよう依頼したのだ。
レインに知らせてないのは、ヤツに本当の目的を教えたら、それこそ見境なくあっちこっちで喋っちまうからだ。
とはいえ、トロッコか。レインにしては、意外とまともな提案かもしれねぇな。
何となくそう思ったこの時の俺は、見通しが甘かったとしか言い様がない。
これまでの経験上、レインの提案に乗っかって、物事が上手く転んだ試しなんざ、一切ありゃしねーのである。
俺はそのことをすっかり失念してしまっていた。




