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第18話 パステト

誤字脱字修正・加筆[4/20]

内容に大幅な変更はありません。

すでに読まれた方、申し訳ないです。

 僕はパステトを、じーっ。と見つめていた。

 僕の見つめる先で、パステトは何事もなかったかのように、素知らぬ顔で毛づくろいをしている。


「パステト、こっちおいで?」


 僕が手を差し出すと「にゃおん」と一声鳴いてから、面倒臭そうに、それでも素直に応じてくれる。

 地べたに座る僕の膝へと飛び乗ると、そっぽを向いて丸くなった。

 態度こそ素っ気ないものの、それでも、パステトは二股シッポを僕の手や腕に擦り付けるようにして動かしている。

 パステトの毛並みはベロアのような手触りをしていて、気持ちいい。


 リヴィは僕のそばに座っており、リコとセリーナは闇蜘蛛の解体をしていた。


「よし。魔石、見っけ!」


 セリーナがそう言って、リコへと黒い塊を投げて寄越す。

 それをキャッチしたリコは思わず、感嘆の声を上げていた。


「大きいな。品質も高いし。魔晶石に加工しなくても、そのままで使えそうだ」 


 魔石はそもそも、魔物の主要な内臓器官、主に心臓とかに魔力が蓄積し、物質化したもので、いわば結石みたいなものだ。

 その魔石が大きいということは、それだけ魔力量も多いことの証で、僕の魔力察知に小さな反応しか出なかったということは、闇蜘蛛(ニゲルアラーネア)は何らかの方法で、保有魔力を隠蔽していたということになる。


 ―――っていうか、なんでこんな強力なモンスターが出るようなダンジョンが、新人の採用試験に選ばれてるんだ?

 入り口のフシュフシュ言ってた爺さんが、この道に行くよう指示したんだぞ?

 僕達に経験ないって判断して。

 じゃ、他の入り口はここより危険なのか? 

 二尾狼の連中は別として、ギルドの、あの子ら大丈夫なんだろうか? それとも、僕の心配は杞憂で、もしかしたら余裕シャクシャクにクリアしてたりするのかもしれないけど。


 とりあえず僕は、自分に出来ることから、やることにして、魔石から発せられる魔力波形を必死に覚え込む。

 そうしておけば、不意打ちの可能性を少しは減らせるんじゃないかと思ってのことだ。

 僕の魔力察知に、反応したってことは完全に隠蔽できる訳でもないのだろう。

 たまたま、あの闇蜘蛛だけが魔力を隠蔽するのが下手な個体だったのかもしれないけど。もし、そうなら、僕にはどうしようもない。

 

 さっきの闇蜘蛛にしても、パステトがいなかったら、最悪、僕らのうち、誰かが死んでいてもおかしくなかった。

 そうだよなー。さっきの光も気になるけど、何より、僕はパステトと契約したんだ。

 半分、成り行きだったけど。

 それなのに、僕ってパステトのこと放ったらかしにしちゃってたな。

 僕の従属精霊なのに。


 そう思って、ふと、パステトのほうを見ると、パステトが僕の顔をジッと見上げていた。

 何かを期待するような表情に、僕は『ゴメンなぁ』と、パステトに思念を送る。

 そうすると、僕の脳裏に『ふん。今さら気付いたの?!』と、言いたげな思念が伝わって来る。

 僕はパステトを抱き上げると、


「ゴメンなパステトー。そして助けてくれてありがとー」


 と、頬ずりする。

 多分、パステトは迷惑そうな顔をしているだろうけど、僕のしたいようにさせてくれる。

 子猫なのに、エライねー。見た目だけとはいえ。

 そう思ってたら、肉球で顔をギューッと、押された。


 とはいえ、さっきの光が、どうしても気になるな。

 つーか。パステトって、具体的に何が出来るんだ?


 疑問に思った僕は、さっきみたいに思念を送ってみる。

 ま。思念を送るといっても、ただ単に、心の中でパステトに話し掛けるだけのことなんだけど。

 もしかしたら応えてくれるかもしれない。


 そう思った矢先、僕の中へと一気に情報が流れ込んで来た。


 言葉ではなく、思念として一気に情報が雪崩れ込んで来たお陰で、その慣れない感覚に、ちょっとびっくりする。

 言語に直して情報を整理をすると、だいたいこんな感じだ。

 

 まず、パステトはクーナ=エリクシール=ヴェルゼビュートの加護持ちであるらしい。

 精霊に加護? とも思ったが、まー、あのネコミミの女神様は、闇の精霊を創造した神様だから、被創造物である闇の精霊達は、いわば自分の子供のように可愛いのだろう。

 ―――で、パステトが授かった加護というのが、ソウルイーター、倒した敵の魂を食らうことで、強くなって行くというものらしく、しかも食った敵の、いわゆる固有技(ユニークスキル)を習得することが出来るのだそうだ。


 ちなみにパステトが元々、所有している固有技(ユニークスキル)は、空間破壊(ラウムクレマシオン)という、闇蜘蛛の頭を消し飛ばした技がそうらしい。

 あとは、影へと潜ったり、影の中に異空間を作ったり出来るらしい。

 うむ。チートだ。


 特に空間破壊(ラウムクレマシオン)はエグイ。物理防御無視である。

 固有(ユニーク)に分類されるものの、一応、魔術にあたるらしく、レジストされると効果は発揮されないものの、掛かれば、ほぼ一撃死である。


 へー。じゃ、それ連発したら、ほぼ無敵じゃない?

 と、聞いてみたら『無理』という思念が返って来た。

 なしてー?

 しつこく、食い下がる僕に『無理なものは、無理』と返って来る。

 そっかー。無理ならしゃーないねー。


 ちなみに闇蜘蛛の魂を食べて、手に入れた固有技(ユニークスキル)は『擬態』だそうだ。

 効果を聞くと、周りの光景を自分に投影することで、周囲に溶け込み、その上、気配と魔力の両方を隠蔽するというものらしい。そう聞くと、一見、便利そうな技にも思えるが、動くと解けるうえに、個人専用だそうだ。

 ちなみに、パステトが魂を食べることで覚えた固有技(ユニークスキル)は、どういう訳か僕にも使えるらしい。


 僕が、パステトとの対話を終わらせるのと、闇蜘蛛の解体が終わるのが、ほとんど同じタイミングだった。

 僕の傷は綺麗さっぱり治っている。痕が少し、ピンク色になっているだけで、特に違和感とかはない。

 僕は改めて、リヴィにお礼を言う。


「ありがとうリヴィさん。助かりました」

「どういたしまして」


 エヘヘー。と、照れたように笑うリヴィ。

 その様子を見ながら、僕は立ち上がろうとして失敗した。

 どういう訳か、体に力が入らない。

 リヴィが咄嗟に僕の体を支えてくれる。


「ダメだよユノ君。急に立ち上がったりしたら、傷は治っても体力はまだ回復してないんだからね」


 ちょっと怒ったように、そう言うリヴィ。


 どうやら、毒のせいで、根こそぎ体力を持っていかれたらしい。とてもじゃないけど、一人じゃ動けない。

 こーなったら仕方ないなー。


「セリーナ、抱っこ」


 幼児らしく、甘えた声でセリーナへと両手を伸ばしてみる。


「ええー。ヤダ、わたしだって疲れてる」


 あっさり断られてしまった。

 ふと、リコを見ると、リコは闇蜘蛛のお腹を布でぐるぐる巻きにしていた。


「リコさん、何してるんですか?」

「何って、闇蜘蛛のお腹、このままバッグに入れたら、中でグチョグチョになるからね、こうして液垂れしないようにしてるんだよ」

「へー。―――って、闇蜘蛛のお腹って、何かに使えるんですか? まさか食べるとか?」

「あはは。まさかー。蜘蛛の糸が採れるんだよ」

「糸ですか? あのネバネバの?」

「うん。それも採れるけど、僕はネバネバしてない方が目的かな。蜘蛛の糸ってね。実は一本に見えて数本がより合わさって出てるんだよ。蜘蛛はネバネバの糸と、そうじゃない糸を使い分けてるし。ネバネバの方は、違う内臓器官で作ってるんだよ。その内臓器官を取り出すとね。中には糸じゃなくてネバネバの液体が詰まってるんだ。しかも蜘蛛の種類によっちゃ、神経毒が含まれてる場合もあってね? 取り扱いには注意が必要なんだよ。で、僕が欲しいネバネバじゃない方の糸も実は液体でね。蜘蛛のお尻から引っ張り出して、空気に触れさせると、瞬時に糸状になるんだ。しかも同じ太さの鉄と比べた場合、鉄の数百倍の強度があるらしいんだよ。そしてね。もっとスゴイのは蜘蛛の糸は魔力伝達率が大きいってことなんだ。それはミスリル銀に匹敵するほで、だからあんまり重装備の出来ない僧侶や魔術職の人たちが蜘蛛の糸で出来た服を大枚叩いて買って行くのさ。でも僕が作りたいのは、クロスアーマーじゃなくって、マリオネットなんだ。蜘蛛の糸で作ったマリオネットは、まるで生きてるみたいに動くんだよ。スゴクない? それでね――」


 ああああああー。リコのやる気スイッチが入ってしもーたー。

 リコのスイッチ意外に大きくて、しかもたくさんあるから、結構簡単に押しちゃうんだよなー。


 そのリコの様子に、セリーナが心底うんざりしたような顔をして「ハア」と、嘆息を一つ。

 僕を「ひょい」と抱え上げると、リヴィへと声を掛けた。


「逃げるよリヴィ。走って!」

「よし。わかったよ。セリーナちゃん!」


 突然走り出した二人に、リコが慌てて、闇蜘蛛の腹部をバックに突っ込んだ。

 そのバッグはギュポンという小気味良い音を立てて、僕の胴体ぐらいはある闇蜘蛛の腹部を飲み込んだ。

 バッグの膨らみは変わっておらず、リコが重みでヨロける様子もない。

 おおー。あれも、もしかして魔道具なんだろうか?

 後で、リコスイッチを回避しつつ、聞いてみよう。

 多分、無理だろうけど。



 僕はセリーナの背中に、括り付けられていた。

 あれから、どうにか追いついたリコが僕に重量軽減の付与魔術を掛け、さらに移動速度上昇の付与魔術を自分に掛けることで、範囲化し、全員を強化していた。


「重さ軽減の付与魔術、わたしにも掛けてくれない?」

「どうして? 疲れたの?」


 突然、そんなことを言い出したセリーナに訝しげな表情を浮かべるリコ。


「そう言う訳じゃないんだけど。軽くなったらもっと早く動けるんじゃないかなって」


 どうやら、闇蜘蛛(ニゲルアラーネア)戦のことを気にしてるみたいだ。


「うーん。それはそうだろうけど。セリーナは前衛だからなぁ。あんまり軽いと当たり負けするよ?

 それに本当のこと言えば、移動速度上昇の付与魔術も掛けたくなかったんだよね。体に掛かる負担も倍増するから。体力の前借りみたいなもんだし。

 あんまり調子に乗って走り回ってると、疲労骨折でカカトとか膝とか砕けるよ? それに壁にぶつかったりしたら、それだけで大惨事だし。前歯全損なんてシャレになんないでしょ?」


 そういうリコに「それはやだな」と、しかめっ面をするセリーナ。

 そんな二人を見やりつつ、リヴィが声を上げた。


「ねーねー。ユノ君に重さがないんだったら、セリーナちゃんの代わりに、わたしがユノ君のことオンブしようか?」

「あー、重さがないっていっても、全くないわけじゃないよ? 大丈夫? わたしとしてもユノおぶったままで戦うのって無理そうだから、できればお願いしたいけど」

「大丈夫だよー。こう見えてもわたし、クーシー族だよ? 普通の女の子より体力あるし」

「じゃ、お願いするわ」


 そういう訳で僕は、セリーナからリヴィの背中へと移されることになったんだけど、リヴィって、ガリガリなセリーナと違って、大人なんだよねー。体つきが。ま、ぶっちゃけエッチィのだ。

 それが僕をオンブすることになって、両手が塞がったらマズイから、僕をリヴィの体にロープで固定するんだけど、そんなことをすれば当然、リヴィの体にロープが食い込む訳で。

 しかもリヴィは神官服、地球で言う修道服みたいなデザインの服を身に付けているのだ。見ようによっちゃ、ものスゴク背徳的だねー。


 うん。リコが前屈みになった。





リコとて男の子。

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