第17話 レベルUP?
僕はスレイブ状態にした、クレイゴーレムを6体連動させて、動作確認をしていた。
僕を中心に、左右に三体づつ、ゴーレムを分けて、某子供向け情操番組内で踊られていた『ぐるぐる・デ・どっかーん』とか言うダンスを踊っていた。
前世で、6年ぐらい前、その当時、2歳だった甥っ子と一緒に、その番組を見ている内、知らない間に、覚えてしまったのだ。
ま、僕の目的はその後に放送される、アニメの方だったんだけど。
女の子と超古代遺跡と子ライオンが出て来るヤツ。
あと、おいしそうな名前の戦車(?)も出る。
もちろん、僕が一緒になって踊る必要はないんだけど、そこはまー。何となくだ。
とはいえ、勘違いしてもらっては困る。
これはあくまでクレイゴーレムの動作確認のためなのだ。
いわば、必要不可欠な作業なので、仕方がないのである。
そう、仕方ない。これは仕方ない。仕方ないなー。
楽しい楽しくないで、言えば超楽しいけど。
それも我を忘れるぐらい楽しい。
後で実年齢を思い出して軽く凹むんだろうけど。
「あははー。そうやって楽しそうなユノ君を見てると、子供らしくて安心するねー。何の踊りかは知らないけど」
リコがどことなく、嬉しそうに、そう言う。
ほら、リコのストレス解消にもなってるみたいだし。いいこと尽くめじゃないか。
そうこうしている内に、リヴィが目を覚ましたらしく「うむぅ」と呻きながら、上体を起こした。
そんなリヴィの前で、踊り続ける僕とクレイゴーレムたち。
リヴィは寝惚け眼のまま、小さく首を傾げると、
「うーん。何だろ?? ・・・・・ユノ君と変なずんぐりしたのが踊ってる・・・。
―――ああ。夢か。お休み」
一人で、そう納得したかと思うと、再度、夢の世界へ旅立とうとしたのを見て、リコが慌てて止める。
「夢じゃないよ。現実だよリヴィ。 せっかく起きたんなら、寝ないでよ。そろそろ出発しないと。ほら、セリーナも」
と、言いつつ、二人の肩を揺する。
リコの手から逃れるようにして「うーん」寝返りを打つリヴィに、意外にも先に目を覚ましたのはセリーナだった。
目をショボつかせながら、ヨタヨタと覚束ない足取りで立ち上がる。
「むー。どこココー? お母さんゴハンー」
と、呟いた。
僕は思わず、ダンスを中断する。
クレイゴーレム達も動きを止めて、その場にうずくまると、動かなくなる。
ああ。セリーナは起き抜けにご飯とか食べられるんだ。僕は無理なんだよなー。
朝はミルク一杯とかで済ましちゃうんだよねー。
それも、水とかでちょっと薄めないと、すぐにお腹がピーピーになるしねー。
どうやらお腹を空かしているらしいセリーナにならって、僕らもお腹に何かを入れておくことにした。
この後は、5階までノンストップで進むぐらいでないと、期限までに間に合わないかもしれない。
僕達は腹ごしらえを済ませると、これまでの遅れを取り戻すべく、どんどんと進む。
認識阻害はきちんと発動しているらしく、ライティングの光が漏れていても、ほとんど気付かれることはない。
さすがにゴブリンとか、それなりに知能の高いモンスターには気付かれるけど、洞窟蚯蚓とかになると、光を当てられても、気付く様子はない。目が退化しているので、光に反応しなくても当然だろうけど。
クレイゴーレム達は短い足をチョコマカと動かして、僕らの周囲を囲むようにして走っている。
サーチライトゴーレム(命名)その①は 僕らの先頭を進み、サーチライトゴーレムその②は最後尾を務めている。
ちなみにパステトは、よっぽど僕の頭の上が気に入ったのか、背筋をピンと伸ばして、まるで貴婦人のような佇まいで、器用に頭の上でバランスを取っているらしい。
もちろん、その姿を僕は見れないので、どんなカンジなのか、雰囲気しか分からない。
それにしても、ネコの上に猫かー。厳密に言うと、どっちも猫じゃないけど。
それでも自分で見られないのはちょっと残念だ。
ともかく、僕達は特性ゴーレムのお陰で、最低限の戦闘を繰り返し、結構なペースで坑洞内を進んでいた。
見通しが良くなったことで、セリーナとリコの足取りもどこか軽い。
とはいえ、認識阻害が全く役に立たない相手も存在する。
特に闇蜘蛛との戦闘は回避するのが、難しかった。
その魔物は、性質の悪いことに、待ち伏せ専門のモンスターで、周辺の環境に合わせて、擬態し、何も知らない犠牲者がすぐ近くを通るのを、ただひたすらに待つのだ。
そして振動を感知するや否や、突然に襲い掛かって来るのだ。
土蜘蛛はだいたい2メルテ前後の大きさの、蜘蛛で6本の脚に、体を短く黒い毛がびっしりとを覆っていた。
一応、魔力察知に引っかかるんだけど、その反応があまりにも小さくて、それこそザンザーラ並みの反応しかないのだ。
最初、僕はその反応が小さすぎて、何かいることは分かっていたものの、それほど脅威にならないだろうと、それほど注意を払っていなかった。
その魔力反応のそばを、僕が通りかかった途端、闇蜘蛛が僕へと襲い掛かって来た。
このパーティで唯一、魔力察知を使える僕が襲われたのは、むしろ幸運だっただろう。
擬態を解いて僕に襲い掛かってきた瞬間、魔力の反応が突然、大きくなったのだ。
僕は咄嗟に、腰のミスリルダガーを抜き放つと、闇蜘蛛の一撃をどうにか防いでいた。
とはいえ、無傷という訳ではない。左手の甲をざっくりと切ってしまっていた。
大きく弾き飛ばされた僕は、受身を取って、着地はしたものの、そこから動けなくなってしまった。
どういう訳か、体が言うことを利かない。
喉の奥に拳大の石を詰め込まれたかのようで、呼吸ができない。
多分、即効性の毒。全身に痺れるような感覚があって、意識が朦朧としてくる。
「ユノ君! 大丈夫!」
そう言って駆けつけて来たのはリヴィだった。
僕の傷を見て、すぐさま神聖魔法の詠唱へと入る。
リコは機工杖を抜くと、突然現れた闇蜘蛛へとその先端を向け、球状魔法陣に封入されている魔術式を発動させた。
使う意思を持って、ほんの少し、魔力を注ぐ。
その微細な魔力が魔道具発動の引鉄となる。
球状魔法陣により、瞬時にして履行された魔術式は、すぐさま発動すると、弾丸となって、闇蜘蛛へと突き刺さる!
リコが闇蜘蛛へと撃ち込んだ魔術式は、パラライズバインドだ。
撃ち込まれた魔術式は、闇蜘蛛の動きを一瞬は、拘束したものの、あっさりレジストされてしまう。
とはいえ、セリーナには、その一瞬で十分だった。
別に示し合わせた訳ではない。
それでもセリーナは闇蜘蛛へと肉薄していた。
「ふっ!」と、息を詰め、渾身の力で持って、メイスを振り下ろす。
セリーナの一撃が闇蜘蛛の頭を叩き潰すかに思われたその瞬間、闇蜘蛛はその俊敏性を如何なく発揮して後方へと飛び退いていた。
掠めたメイスの一撃が、闇蜘蛛の脚を一本、刎ね飛ばす。
闇蜘蛛は些かの痛痒も感じていないのか、身じろぎ一つしない。
「クソッ! 頭潰してやるつもりだったのに! 兵方術使って、身体強化してるのに、あのタイミングで脚一本なんて、どんだけ速いのよ!」
焦りから思わず毒づくセリーナ。
リヴィは解毒魔法を使い、ユノの体内へと注入された毒を浄化すると、次いで、治癒魔法の詠唱に取り掛かる。
さっきまで魘されるようにしていたユノの表情は、幾分か和らぎ、顔色も劇的に良くなっている。呼吸も落ちついて来たし、もうしばらく経てば動けるようになるだろう。
「ふにゃ~ん」と、猫の鳴く声がして、リヴィが思わず、顔を向けると、ユノの胸の上に一匹の黒猫がいた。
ユノの従属精霊のパステトだ。
パステトは主の容態を心配するかのように、ユノの頬をペロと嘗めると「スト」と胸の上から降りる。
もう一度「ふにゃお」と鳴いてから、二股尻尾をゆらゆらと揺らし、闇蜘蛛へと向けて悠然と歩を進めて行くのだった。
リコは機工杖の球状魔法陣をパラライズバインドからイルシオンチェインへと取替えようとしていた。
イルシオンチェインとは不可視の鎖で対象を縛る付与魔術だ。
リコは闇蜘蛛の行動を徹底的に邪魔して、セリーナの攻め込める隙を作るつもりでいた。
そこを「テトテト」と、歩いて過ぎて行ったのは、パステトだった。
思わず、あっけにとられて、目を向けてしまう。
それはセリーナも同じだったようで、その注意がパステトへと完全に向いてしまっている。
不思議なことに、それは闇蜘蛛も同じようだった。
パステトは闇蜘蛛とセリーナの間にちょこんと座ると、おもむろに「にゃあ」と鳴いた。
それは、まるで「私のこと、忘れてません?」とでも、言っているかのようで。
パステトは不意に、闇蜘蛛を一瞥した。
途端、闇の球体が出現し、音もなく闇蜘蛛の頭に当たったかと思うと、まるでシャボン玉か何かのように、弾け、それと同時、闇蜘蛛の頭部が喪失した。
緑色の体液を噴出しながら、ズンと闇蜘蛛が崩れ落ち、その活動を停止した。
闇蜘蛛の頭は、球体状に削り取られていた。
あまりのことに言葉を失うセリーナとリコの二人。
それはリヴィも同じだったが、それでもユノへと治癒魔術を途切れさせることはなかった。
ただ一人、ユノだけがリコ達と違う意味であんぐりと口を開けていた。
というのも、ユノの見ている先で、闇蜘蛛の体から、魂的なモノがフワリと漂い出たかと思うと、パステトがそれをパクッと食べてしまったからだ。
―――で、問題なのは、その後。
その魂的な何かをパステトが飲み込んだ直後、突然にパステトの体が目映いばかりの、光を放ったかと思うと、すぐさま納まり、そこには「何でもないですよー」と言わんばかりに、澄まし顔をするパステトの姿があった。
何? 今の。まさかとは思うけど、レベルUPのエフェクトとか言わないよね?
もう少し、リヴィを活躍させるつもりが、猫に全部持ってかれた。
ますますリヴィが空気に。




