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第15話 ネコ、猫を飼う。

 さっきから「ふにゅあー」とか「きひー」とか奇声を上げているのは、クレイゴーレムだった。

 僕が見ている先でリコの手により、次々と魔改造されて行く。

 つーか、声とか出せたんだなー。クレイゴーレムって。初めて知った。

 なんか、この世の不思議をまざまざと見せつけられたような気がする・・・・・・。


 見れば、すでに改造を済まされた二体のクレイゴーレムが、今まさに改造されんとするクレイゴーレムを押さえ込んでいる。

 イヤイヤをするように首を振るその様子は、どことなく、悪の組織に改造されてる某ヒーローを彷彿とさせた。


 僕はあらぬ方へと顔を向けると、手の中のカップに口を付け、中身をズズッと啜る。

 水出しのお茶は、香ばしい香りと心地よい苦味を残して、僕のお腹へと消えて入った。

 ほう。やっぱり、日本人はお茶だよねー。

 味はどっちかって言うと、紅茶っぽいけど。

 僕はクレイゴーレムの悲鳴を、極力、頭から追いやって、聞こえないフリをする。


 セリーナはいつの間にか寝息を立てていた。

 リヴィも一緒になって眠っている。

 寄り添って、寝入る様子は姉妹のようにも見えた。

 オッサンの感性全開に、微笑ましいなー。とかって思う。


 リコもクレイゴーレムの改造に忙しく、一息入れる気配すらない。

 お茶でも持って行こうかとも思うが、そのタイミングが掴めないでいた。

 あーでもない、こーでもないと試行錯誤して、魔法陣を付与しては消すを繰り返している。

 作業が行き詰っているようなら、お茶を出してもいいだろうけど、集中している今、それは逆効果だろう。

 ぼくは独り、特に何をするでもなく、魔力察知を展開したまま、原始精霊をぼんやり眺めていた。

 魔力察知で視る世界は、まるで起きながらにして見る夢のようで楽しい。


 ちなみに、僕が魔力察知を使いこなせるようになったのは、4歳のことだ。

 それ以前の僕は、勝手に発動する魔力察知のせいで、夢と現の判断が付かない、茫洋とした子だと思われていたらしい。

 それこそ、生まれながらの物狂いと思われていたようで、上流貴族なら、世間体を気にして、地下室とかに幽閉されてても、おかしくない状況だった。


 まー。そん時の僕は、ふよふよ漂う微生物みたいな原始精霊とか、オーロラを思わせるマナの流れとか、みんな普通に見えるもんだと思ってたし、隠れて精霊魔術とか練習してたから。バレたらどうしようって、挙動不審だったのだ。

 今思えば、赤ちゃんらしくない赤ちゃんだったと思う。それが今や、立派に子供の皮を被ったオッサンへと育っていた。どちらにせよ、親不孝な気がしなくもない。そこはまー。考えちゃ負けなので、考えないことにする。


 僕は、闇のマナを練り込んだ魔力を指先に灯し、それにつられて寄って来た闇の原始精霊を、魔力を籠めた吐息でフッと吹き散らす。

 まるで、集めた花びらを吹き散らすように、真っ黒クリオネが渦を巻いて散る。


 ―――と、闇の中に何かが蠢くのが、見えた。

 ケットシーの目をしても見通せない闇。

 あれは、物質界の存在じゃない。

 熱を質量を伴ったかのような、その闇の塊は、おそらく闇の中位精霊。


 原始精霊や下位精霊よりも高位の存在になると、自我を持つようになる。

 それにしても、珍しい。

 闇の精霊に限らず、精霊達の多くは、中位程度に高等な存在となると、人前に姿を晒すことは稀だ。


 何か用があって、姿を現したんだろうけど、厄介ゴトじゃないといいな。

 そう思った瞬間、僕は一面の暗黒に呑まれた。


 上も下もない暗黒。

 不思議と恐怖心は感じなかった。

 生温い、羊水にでも浸かっているかのような安心感。

 このまま、溶けてしまいたいとすら思う。


[我が名は『原初の闇』にして『始まりの闇』なり、我らが闇の眷属に連なりし『小さき者』よ。我が頼みを聞いてもらえぬだろうか?]


 空間を(どよ)もすような、殷々たる声。

 それは空気を介する振動ではなく、精神に直接響くかのようだった。


 う。なんか、めっちゃエラそうな精霊(ひと)が出てきちゃってるし。

 たとえるなら、万年平社員が突然、名指しで会長室に呼び出し食らったみたいなカンジだろうか。

 僕は緊張のあまり、お尻がキュッとなって、シッポがまるで鉄芯でも入れたかのようにピンとなる。


 あまりにも突然のことで、何の反応も出来ない僕。その沈黙を肯定と受け取ったらしく、始まりの闇と名乗った精霊はさらに先を続けた。


[我が愛し子を、汝へと預けたい。―――これ、ここに参れ]


 その呼びかけは、僕に対してのものではなかった。

 いつの間にか、僕の傍らへと、それは(わだかま)っていた。

 闇の炎とでも言えばいいのだろうか。

 ゆらゆらと揺らめいて、形を成そうとはしない。

 この空間に喚ばれる寸前、僕の前に現れた闇の中位精霊だ。


 ―――にしたって『始まりの闇』ってことは闇の精霊の総元締めみたいなもんじゃないの?

 それが、何で僕みたいな5歳児相手に、わざわざ出張って来た挙句『愛し子』とかいうのを預けようとしてるんだ???


 よし。ここは丁重にお断りしよう。僕には荷が重過ぎる。

 それに、どうせなら身の丈にあった、精霊と契約したいし、押し付けられるのは何となくイヤだ。

 そう思った矢先、姿無き声が機先を制するように、響いた。


[汝と我らの縁は深い。そう無碍にするな。忘れたか? お主がこの世界へと形を成す前『あの方』にお会いしたはずだ。

『クーナ=エルクシール=ヴェルゼビュート』我らが母にして、大いなる創世の一柱]


 創世の一柱って、この世界を造った神様ってこと?

 そんな、スゴイ存在にコネなんかないぞ僕?

 それに、僕がこっちに来る前だろうと、後だろうと、面識ある神様って、小此木亮太として死んだあの事故の時以外にないぞ?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・。

 まさか、あのネコミミの神様が、創世神?


[おお! 思い出したようだの。その通りだ。あのお方こそ、我ら闇の精霊を束ねしお方。ここ数千年お隠れあそばし、そのご尊顔を拝することは叶わなかったが、こうして新たな縁を紡ぐ喜びをお与え下さった]


 どこか、恍惚とした雰囲気が伝わって来る。それだけ、あのネコミミの神様を敬愛しているのだろう。

 ここで、いや迷惑なんで、いらないです。とか、言えるほど、僕の神経は図太くない。

 それに闇の精霊魔術師である僕からすれば、本当なら、感動の涙に咽び泣いて、喜ぶほど栄誉あることに違いないのだ。


[ふむ。どうやら、覚悟は決まったようじゃの。では我が愛し子に、それに相応しき名と、その姿を与えてやってはくれまいか?」


 んー? 名前はともかく、姿ってどう与えるんだよ?


[思い描くだけで良い。精霊と人は、精神の感応によって強く結ばれるのだ。主の思い描く姿は、即ち我が愛し子の思い描く姿そのもの]


 そー、言われてもなー。

 つーか、今さらだけど、この精霊(ひと)さっきから、僕の心読んでるよなー。

 結構、シツレイなこと考えてるから、スゲー、怖い。

 そう言えば、母さんの従属精霊って、どんなだっけ?

 確か、黒豹みたいなヤツじゃなかったか?


 とか、思うと、不意に僕の心へと形が結んだ。

 それは、黒い毛並みと二股シッポを、持つ子猫だった。

 その子猫は実体を結び、僕のお腹の上で丸くなる。


[おお! 形を結んだか! 後は、その姿に相応しき名を!]


 ええー。この姿に相応しい名前って・・・・。

 タマとかクロとかになっちゃうけどいいのか?

 ―――って、良くないよねー。

 じゃ、どうしよ?

 猫かー。猫猫猫。うーん。確か、古代エジプトの神様でパステトって神様いなかったっけ?

 猫の顔した女神?

 もう、それで、いっか?

 若干、面倒臭くなってきた僕は、それでいいことにした。


[パステトか。なんと異界におわす神の名とは! 剛毅なことよ!

 ―――ではパステトよ。幾久しく、かの者と共に在れ。壮健であれよ。小さき者よ。汝の道行(みちゆき)に祝福あらんことを!]


 そう言うや否や、僕の意識は再度、暗転したかと思うと、


「よっし! これで出来上がりだ!」


 という、リコの嬉々とした声で、意識を取り戻した。

 いつの間にか、仰向けになっていた僕は、思わず上半身を起こすと、何かが胸の上からコロンと転がり落ちた。

 見ると猫だった。黒い、二股のシッポを持つ子猫だ。


「ん? 何だいその猫?」


 くあぁぁ。と、大欠伸をしつつ、後ろ足で耳の後ろを掻く子猫にリコが不思議そうな声を上げる。


「え・・・っと。どう説明したら・・・、あーまー・・・、僕の従属精霊です」


 まぁ。ウソは言っていない。

 内心で焦る僕に、パステトは、知らんプリを決め込むかのように、ソッポを向いている。


「ふーん? でも、いつの間に契約したの?」

「あ、今さっきです」

「夢の中で?」

「えっと。僕寝てました?」

「うん。それは、もうぐっすり」


 にっこりと、笑みを浮かべるリコ。


「まぁ。ユノ君は精霊魔術師だからね。気の合う精霊が突然見つかることも珍しくないって聞くし。それに闇の精霊は眠りと密接に関係してるともいわれてるしね」

「え、ええ。そうなんですよ。僕も突然、現れたコイツにびっくりしちゃって・・・・」


 適当に話を濁す僕。

 微妙にウソは言っていないものの、何となくバツが悪い。

 それに耐えられなくなった僕は、話しを逸らすために、リコへとクレイゴーレムの話を振ることにした。


「そうだ。リコさん? クレイゴーレムはどうなりました?」


 その軽率な質問が間違いだった。


 リコは満面の笑みを浮かべると、グイッと、僕へとにじり寄り「ユノ君、よく聞いてくれたね!」と目を爛々とさせて、クレイゴーレムの説明を始めたのだった。







超展開。

オカシイ、ゴーレムの話はどこ行った?

次回、繰り越しです。


エジプトの猫な神様は正しくはバステトだそうです。読者の方からご指摘を受けました。

作者のうろ覚えなのですが、ここは一つ、ユノ君に罪を被って貰うとして、以降もパステトで通させて頂きます。

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