第13話 初戦闘
食事を済ませた僕らは、シュナイゼス坑洞の入り口にいた。
その入り口のそばで僕らを待っていたのは、異様に背中の盛り上がった、枯れ枝のように細い手足をした老人だった。
仕立ての良い服に身を包み、結構な高齢なのか、歯はほとんど残っていないらしく、フシュフシュと空気が抜けるような音を立てて笑っている。
うーむ。不気味な人だな。夜とかに出くわしたら、悲鳴とか上げちゃうな。
「オメ様方で、最後ですじゃ。他の方々様は、すでに出発しておられますじゃ。
―――オメ様方にゃ、この道を行って貰いますじゃ」
ネチャつくような声でそう言って、老人が指し示した道は、4つある坑道のうち、僕らから見て一番、左端にある入り口だった。
僕は少し気になって、老人へと尋ねる。
「他のパーティはどの道を行ったんです?」
「それを聞いてどうなしゃるおつもりで?」
「どうもしませんよ。ただ、この試験を受ける際、メリッサさん、に他のパーティ同士、共闘してもいいって聞いてたもので」
「ヒョッヒョ。二尾狼の連中と共闘は、むじゅかしいでしょうな。ギルドの小童どもも同じく、邪魔はせにゅまでも、協力はしゅましゅまい」
うん。二尾狼は無理だな。むしろ、こっちから願い下げだ。
下手すると、あの青い人に拉致られる。
というか、僕が聞きたいのは、そういうことじゃなくて、別々の道を行くなら、初めから共闘のしようがないだろって、ことなんだけど。
ま、いっか。
「しゅましゅまい・・・・」
セリーナが小声でボソッと呟いた。
いや、まー確かに、なんか呟きたくなるけど。しゅましゅまい。
とりあえず、僕らは左端の道を行くことにした。
リコの「まぁ、左端でいいんじゃないかな?」という一声で決まった。
正直、僕としても、どの道を行こうがどうでもいいし。
ま、ちょっとだけ、ギルドの子が進んだ後ろから着いて行けば、安全かなー。と思っただけだから。
「しょれが、よろしいでしょうな。ギルドとしゅても、未来ある若者に死にゃれては困りましゅからにょ」
うーん。どういうこと? 入り口によって難度とか変わったりするのか?
つーか、爺さん。死ぬとかサラッと怖いこと言うなよー。
軽くテンション下がっちゃったよ。
僕達は、装備のチェックをザッと済ますと、緊張した面持ちでシュナイゼス坑洞へと入った。
初ダンジョンである。
この時の僕らは、まさかあんな大惨事が起こるだなんて、予想だにしていなかった。
シュナイゼス坑洞内は、思っていたよりも広く、ところどころ魔力灯が設置されてあって、意外に快適だった。
あちこちに掘削の後があって、足元にはトロッコのレールが敷かれている。
先頭を歩くセリーナが何かを見つけたか「何かいる!」と小さく忠告の声を上げた。
僕の魔力察知には何の反応もない。
とはいえ、魔力察知は読んで字の如く、魔力を孕むものしか察知できない。
ただの野生動物とかになると、魔力量が少なすぎて感知できないことの方が多い。
身構える僕達に、セリーナが、何かへとメイスを近づける。
そのメイスはボウと光を発しており、セリーナの周囲5メルテほどを照らし出していた。
それは、リコの施した付与魔術の効果である。
付与魔術は別名図形魔術とも呼ばれ、指揮棒ぐらいの細く短い杖に魔力を籠めて、空中に略式魔法陣を描き、対象者に飛ばすことで効果を発揮する。
直接書き込むことも可能らしく、今は、セリーナのメイスとリコが自分で装着している左の籠手へと『明かり(ライティング)』の呪文を付与していた。
セリーナの向かう先を僕は、目を凝らして見る。
そこには確かに、壁から手(?) みたいなのが生えているように、見えなくもない。
それは、坑洞内を過ぎる風に、まるで「オイデオイデ」をするように揺れていた。
セリーナは、それをメイスで「てい!」と、叩くとすぐさま、こっちへと戻って来る。
すると、その手みたいなのは、ファサと、地面へと落ちたかと思うと動かなくなった。
うん。それって多分、作業員が落とした革手袋だね。しかも片っぽだけ。
で、他の優しい作業員さんが、落とした人がすぐ気付けるよう木の梁に、引っ掛けといたんだろうねー。
日本の道路でも良くある光景に、ちょっと懐かしくなる。
ちょっとシュンとしたセリーナだったけど、すぐさま気を取り直す。
「暗いから仕方ないですよ」
と、フォローを入れる僕に「うん。ありがと」と返すセリーナ。
相当、恥ずかしかっただろうに、逆切れ一つしない。
セリーナは強くていい子。ちょっとアホでガサツだけど。
気を取り直して僕達は進む。セリーナを先頭に、その後を僕とリヴィが二列になって、殿はリコが務めている。
これはあらかじめ、決めておいた並び順だ。
セリーナが先頭なのは必然として、ダンジョン探索で比較的安全とされる中衛を、回復の要であるリヴィが。
――で、意外に危険な最後尾を、誰が務めるかでちょっと揉めた。
兵方術の使える僕か、魔道具の扱いに精通し、付与魔術の使えるリコか。
能力だけを見れば、僕が最後尾な方が良いような気もするが、何かあった場合、それなりに近接戦闘もこなせる僕でないと、セリーナやリコのフォローに入れないという理由で、中衛を歩くことになった。
やっぱり戦士な人が、もう1人欲しいとこだなー。
とか、思っていると魔力察知に反応があった。
数は5。
こちらをすでに発見しているのか、20メルテほど先、ちょうど曲がり角になっている向こうを、それなりのスピードで近づいて来る。
「敵が来ます。数は5。曲がり角の向こう。こっちに接近中です!」
そう叫ぶ僕に、他のメンバーが緊張の面持ちで身構える。
僕は素早く、兵方術を使って、それなりの大きさの魔力弾を一つ、浮遊させる。
「僕が兵方術で一撃入れますから、セリーナさんは無闇に突っ込まないで下さいね?」
忠告してから、僕は念のため、闇の下位精霊魔術[シャドウアッシュ]の詠唱を開始する。
セリーナは腰のメイスを構えると、いつでも突撃出来るように、腰を落としていた。
敵の数が5匹と多いことで、守勢に回れば不利だと判断したらしい。
やおらして、角を飛び出してきたのは、赤黒い肌を持つ小鬼だった。
大きな鷲鼻に、まるで熾った石炭のように赤い眼。唾液をダラダラと垂らし、肉食獣そのものの牙を覗かせている。
体にはボロ布を巻きつけ、手には刃毀れだらけの手斧や棍棒で武装しており、大きさこそ、僕とさほど変わらないように見えたが、剥き出しの殺気に少し、たじろいでしまう。
こちらへと殺到して来るゴブリンに、僕は魔力弾を放った。
僕の放った魔力弾は、先行する二匹のゴブリンを素通りし、ゴブリン共の只中で爆発した。
魔力の衝撃波がゴブリン共を薙ぎ倒す。
もちろん、僕がそうなるように操作したのだ。
大したダメージには、なっていないようだったけど盛大に体勢を崩したゴブリンへと、セリーナが襲い掛かった。
兵方術による身体強化まで使い、完全にオーバーキルな一撃を叩き込む。
セリーナが瞬く間に、二匹のゴブリンを物言わぬ肉塊へと変える間に体勢を立て直したゴブリンがセリーナへと襲いかかる。
彼女へと手斧や棍棒が、まさに叩き込まれんとした、その瞬間、僕の詠唱が完成した。
「肉は塵に骨は灰に。闇の閃光よ! 我が敵を灰燼へと帰せ![シャドウアッシュ]!」
セリーナへと襲い掛かった二匹のゴブリンは、僕が放った闇の奔流へと呑まれると、ボソボソと崩れ落ちて行く。
ゴブリンは残り一匹。
敵わないと見てか、逃げ出そうとしたゴブリンの首筋へ、セリーナがバックラーの側面を叩き込んだ。
グキッ!
と、骨の砕ける音がして、ゴブリンは地面へと倒れ伏した。
うっはー。何コレ、超しんどい。
ゴブリンぐらいサクサク、ヤれるだろ? とか単純に思ってたけど・・・・・。
いや、実際に圧勝だったけど、それでも、心身ともにシンドイわー。
僕の魔術が間に合ってなかったら、セリーナも大怪我してただろうし。
これを姉さんは生業にしてるのか。
何気にタフだな。
いや、そう言えば、スプラッタ耐性は女性の方が高いって聞いたことあるな。
よし。次からはもっと上手くやるぞ。
「ええーと、ゴブリンの討伐部位ってどこだっけ?」
「右耳だったはずだよ」
「あーじゃ、こっちだ」
「それは左」
「えー。右じゃん!?」
「だから、それはセリーナからみて右だろ。その引き千切った耳は、ゴブリンにとっての左耳だからな」
「んー?」
「何でそこで首を傾げるんだよ? もー。倒れてるゴブリンの足側に立って、ゴブリンが仰向けの時は、セリーナから見て、左の耳が右耳で、ゴブリンがうつ伏せの時は、セリーナから見て右の耳が右耳になるの!」
「んー。何ソレ? 左耳が右耳になる魔法?」
「なんないよ! 常識を教えてるだけだよ!」
「あははー。セリーナちゃんってオモシロイねー」
弱冠キレ気味のリコに、あははー。と、呑気に笑うリヴィ。
いやー。こっちの子はみんなタフいねー。おっちゃん、あまりのスプラッタに吐きそうなんですが。
セリーナが「意味分かんない」と、呟きつつ、ゴブリンの耳をポイと捨てる。
猟奇的すぎるー。
早くオウチに帰りたいのー。
ダンジョン探索は始まったばかりだというのに、すでに僕の心は折れかかっていたのだった。
戦闘シーンは書いてて楽しい。
でも、むずーい。
スピード感とか、出せるようになりたいんですけどねー。
誤字脱字修正[4/15]




