第12話 シュナイゼス坑洞の噂
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馬車に揺られること半日、僕たちはお尻の皮がめくれて血が滲む頃になって、ようやくシュナイゼス坑洞近くまで辿り着いていた。
長かった・・・・。
お尻、痛てー。
ヒリヒリする。
荷台内から開放された僕は「んあー」と大きく伸びをして、心行くまで新鮮な空気を肺へと送り込む。
思わず「娑婆の空気はウメー」とか口走りたくなった。
でもまー。それもそうだろう。
同行者があんなだったんだから仕方がない。乗ったことないけど、囚人護送車の中ってあんな感じじゃないかな。
ま、あいつら傭兵だし、並みの快楽殺人者より人殺してそうだし。
なんか、改めてそう思うと、チョー怖えェな。
帰りはギルドの子らと一緒の馬車にしよう。
今朝は早く着き過ぎて、ギルドの馬車に一番乗りしたのが、間違いだった。
最後にやってきた二尾狼の連中が、二台用意されてた馬車のうち、向こうは6人で狭いからって、こっち乗り込んで来たのだ。
帰りはギルドの子が乗ったのを確認して、そっちに乗ろう。
帰りもあの連中と一緒だったら、ストレスでどれだけ毛根が死滅するか判ったもんじゃない。
とりあえず、僕らは坑洞探索の前に、腹ごしらえをすることにした。
というのも坑洞内に入ってしまうと、ゆっくり食事をしている時間がないと踏んだからだ。
なにせ、坑洞内はダンジョンと化している。
一応、ここシュナイゼス坑洞はもともと、アクーラの所領地だったのが、突如として湧き出た瘴気により、ダンジョン化したことで、ギルドへとその所有権が移った。
最近では瘴気濃度も随分と下がり、地下深くへと潜らない限り、瘴気に侵されることもなかったが、それでも坑洞の外にまで、魔物が出没することも珍しくはなかった。
ま、そんな中で悠長に食事をしている暇はないだろう。
そう考えたのは、どうやら僕達だけじゃないらしい。
ギルドの子達もテキパキと火を熾し、お茶にしている。
二尾狼の連中もそうだ。
とりあえず、奴らの雇い主は元より、坑洞を探索するつもりはないらしく、他の馬車で随行させていたらしい、数人の下男がワラワラと出て来ると、瞬く間に天幕が設営され、そこにエッチな格好したお姉さん共々引き篭もり、出て来る気配はなかった。
あのお姉さんがクラウディって人なんだろうけど・・・・・・。
本気でお前何しに来たんだ?
もしかして、ナニしに来たのか?
ま、どうでもいっか。
父カフドには報告とかしなくても、あんな目立つヤツ、もし事前通知もなく、無断でウチの領内に入って来たとしても、すぐさま父の耳にまで届くだろう。
そんなことよりも、今はご飯だ。
僕は今日最後になるであろう、まともなご飯を、より豪勢にするため、狩りをすることにした。
僕らが連れて来られた場所は、意外と標高が高いらしく、周辺に生えている植物は地面を這うようなものばかりで、背の高い木とかもない。
火を焚くのも、枯れた茨のようなものを集めて使っている。
獲物になりそうな動物も、魔物も見当たらないけど、だからって動物がいない訳じゃない。
ネコな僕の身体能力が人間だった頃にくらべ、かなり上昇している。
その中でもとりわけ、優れていたのは、聴覚だった。
僕の頭上でピコピコと動くネコミミは、――自分でも若干、驚いているんだけど――、これが伊達ではなかったのだ。
今もほぼ無意識に音を捉え、ネコミミがピクリと動く。
何かが、静かに岩場を移動している。
僕の耳は人の可聴域を超えた音を聞き分け、その音を発する物が、どの方向に、僕からどれぐらい離れた場所にいるのかが、手に取るように分かる。
耳から得られる情報が人間だった時とは段違いで、時には視覚よりも当てになる場合があるほどだった。
僕は兵方術で魔力弾を生成すると、素早く撃ち出した。
岩陰へと逃げ込もうとする標的を追尾させる。
よしっ! 手応えあり!
急いで獲物へと近づくと、そこにはクウェイルと呼ばれるウズラみたいな、ずんぐりむっくりした鳥が転がっていた。
僕の魔力弾を食らい絶命したようだ。
「これで人数分ゲットー!」
狩りを初めてから、それほど時間も掛からず、4羽のクウェイルを仕留めた僕は、最悪の場合、猟師で食べて行けるかもしれない。
んー。身体能力だけで言えば、絶対斥候職向けなんだよなー。
兵方術を使えば、今でも十分にやってけそうだ。
ま、魔術師と斥候、両方ともやるという手もあるか。
地球でネコと言えば、魔女の使い魔だったりするし、日本でも霊力高い扱いだしな。
ま、こっちの世界じゃ、どうだか知らないけど。
血抜きを済ましたクウェイルを持って帰ると、みんなで羽根をむしむし毟り、細かい産毛は火で焼き落とす。
内臓を抜き取り、下拵えを済ませると、串に刺すと火で炙る。
火に掛けた鍋には保存食である、カッチカチに焼き固められたバゲットと、ウチの特産であるハーリングの塩漬けに、水を加え、刻んだ干し肉を投入したものが入っている。
それだけ聞くと、あんまり美味しそうじゃないが、これがなかなかイケるらしい。
まぁ、リヴィ曰く、だが。
というか、彼女の作った料理だけど。
むー。あんま、期待しないでおこう。
あと、マズくてもオイシイって言っとこう。
セリーナとかだと、何も考えずに脊椎反射で反応しそうだけど。
鍋の中を木の匙でグルグル掻き混ぜて、煮え具合を確認していたリヴィが、誰にという訳でもなく唐突に話し声を上げた。
「そう言えばさぁ。シュナイゼス坑洞って『出る』って噂、聞いたことない?」
「あー、そんな噂あったわねー。何だっけ? ムスッペルの怪人だっけ。落盤事故で死んだ人の怨念が死霊になって、夜な夜なアクーラの町を彷徨ってるってヤツ?」
「それなら、僕も聞いたことがあるな。青白い顔で、漆黒のマントを羽織り、処女の生き血を吸うってやつだ」
その会話にリコが加わる。
「へー。そんな話があるんですか?」
何か、ドラキュラみたいだな。
「そのムスッペルの怪人は足がスゴく速くてね、100メルテを瞬きする間に駆け抜けちゃうんだって。凄いよねー。狙われたら、わたし捕まっちゃうなー」
「あはは。それだけ足が速いと、みんな捕まっちゃいますよ」
「そうそう。そのムスッペルの怪人に襲われないための呪文があって――、何だっけ?」
「ええーっと? 確か『溶けたチーズをかけちゃうゾー』って3回言うと逃げて行くんじゃなかったか」
うろ覚えなセリーナに代わり、リコが補足する。
何だその都市伝説。
「あははー。なんか可愛いですね。僕なら溶けた鉛とか、かけますけどね」
「ユ、ユノのが意外に怖い。――あ、お母さんがあんなだからだ!」
「セリーナさん、さすがに失礼ですよ。―――でも処女が襲われるなら、僕とリコは関係ないですね」
「あ、それなら、わたしも関係ないよー?」
リヴィが朗らかに言って、リコが盛大に咽た。
塩焼きにしたクウェイルは美味かった。
リヴィの手料理も、意外にオイシかった。
もうちょっとペースアップしたいのに、筆が追いつかない。




