第11話 二尾狼
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僕らはギルドの用意した馬車にフン詰まり、悪路を揺られていた。
丈夫なだけが取り柄の馬車は、乗る人間への配慮はカケラもされていない。
それだけに乗り心地は最悪だ。
ついでに言えば、同乗者も最悪だ。
薄暗い荷台内に僕ら4人と差し向かいに座っているのは、二尾狼の面々である。
ちなみに彼らの雇い主である坊ちゃんは、自前の馬車で後ろを付いて来ている。
―――で、その貴族の素性だが、僕は馬車の側面に飾られていた紋章を見て、思い出していた。
イクスロード公爵家だ。
イクスロード家の現当主はジグルディア皇帝の叔父に当たる。
先の大戦のおり、王位継承権を返上していたものの、それでもなお、かなりの権力を有していた。
しかも父カフドが準貴族になって、領地を拝領する前の、領地のほんの一部に過ぎなかったが、それでも一応、アクーラを治めていたのもイクスロード家だったはずだ。
うーん。トラブルの予感?
イクスロードの坊ちゃんが、なんでわざわざアクーラのギルドで登録?
よく判らんな。
まー。今の段階じゃ考えるだけ無駄か。
どちらにしろ、今は心を無にして、この地獄のような一時をどう乗り越えるかの方が問題だ。
僕の真向かいに座るのは青い髪の女。
その女の隣りに座るのが、フリューゲルとかいう隻眼の男。
そして、その隣に小太り、痩せと続く。
青髪以外は全員男で、みんなコワイ。
前世の電車とかで、こんなのと向かい合わせになったら、ヤバ過ぎて顔を上げられないどころか、目立たないよう隣の車両とかに移ってるところだ。
つーか。なんでこんなのと、一緒の馬車に乗らねばならんのだ。
子供の情操教育上全く好ましくない。
特に隻眼のフリューゲルさんなんか、馬車移動にイライラしているのか、不機嫌丸出しだったし、殺気がだだ漏れてて、超怖い。
さっきから何か睨まれてるし。こっちは三十路だけど5歳だぞ! オネショとか再発したらどうしてくれる!
んで、青い髪の女、やたらと躁状態でさっきからペチャクチャ喋ってるけど、さっきからその内容が不穏すぎるんだよ!
で、この状況でなんでウチのリヴィさんは熟睡できるかなぁ?
しかも、小太りの男、その顔には瘡蓋のように、顔のところどころに鱗が張り付いていて、僕と眼が合うと、チロと舌を覗かせるのだ。
その舌は異様に長く、紫色をしており、先端が二股に割れているのだ。
僕が思わず「ギョッ」とした表情をすると、小太りが「ニイ」とイヤらしく嗤うのだ。
その笑みは蛇や蜥蜴というよりも、もう少しネバついた蛭を思わせるものだった。
で、その小太りよりも、判りやすくヤバいのは、痩せた男だ。
黒髪黒目で肌の色は前世でいうアジア人を思わせるが、何も無い虚空を眺めやり、何やらブツブツと呟いているようだったし、時折、泣き出したかと思うと、今度は急に笑い出したりと気持ち悪い。
二尾狼の連中はいつものことなのか、特に気に留める様子も無い。
さすが戦場を渡り歩いているだけに、いい具合に煮詰まった連中だ。
ううう。早くシュナイゼス坑洞に着かないかな?
それにしてもこいつら、4人しかいないけど、残りの1人はどうしたんだろ?
昨日ギルドのエントランスホールにはちゃんと坊ちゃん含め、6人いたんだけどなー?
あれか? もう1人は坊ちゃんと一緒なのか?
とか、思ってたら、青髪の女が勝手にペラペラと喋ってくれた。
「にしても、クラウディアはいいッスよねー。今頃、後ろのやたら豪華な馬車でお姫様気分ッスよ?」
「そんなに羨ましいなら、レイン。お前も混ざりゃいい」
フリューゲルが、うんざりしたような顔して言う。
青い髪の人、どうやらレインとかいう名前らしい。
まぁ、本名かどうかは怪しいが。
「ええーっ! 冗談キツいッスよ。フリューゲルさん。娼婦のマネゴトはごめんッス!」
「なら黙って、座ってろ」
「それは無理ッス。喋ってないとウチ死ぬッスから」
なははー。と笑う。
「にしても、ほら。フリューゲルさん。あのケットシーの子。スゲー可愛くないですか? 発情期もまだだろうし。拉致って好事家に売ったら、いい値が付くんじゃないッスか?」
何だこの女? 本人目の前にして売る算段かよー?
それに僕は男だぞ? それともアレか? こっちの世界は童貞でも高く売れるのか?
「ヤメろ。ネコに関わるな」
「ぶー。なんなんスかねー、その意味不明な団律」
少し強い口調で諌めるフリューゲルに、頬を膨らませるレイン。
「ヒヒ。レインは知らなくても無理ねぇな。なんせまだ、お前さんが親父のキ○タマにもいねぇ頃の話だからよぉ」
「ラーチさんには聞いてねぇッス。息がこっちまで匂って来るんで、黙ってて欲しいッス」
小太りがそう言って、レインが毒舌で応酬する。
「手前ぇら、どうでもいいから、少し黙ってろ」
「それは無理ッス。あ、そだ。ケットシーに手、出しちゃダメな理由、教えてくれたら黙るッス」
いや、それ絶対ウソだよね? 理由聞いたところで、喋り続けるよ。この青い人。
でも、僕も気になるかなー。
フリューゲルは、盛大なタメ息を吐いてから「気が進まねぇが、しょうがねぇ」と呟いて、口を開く。
「だいたい20年ほど前の話だ。その頃、デカイ戦があったのは知ってるな?
俺はまだ、駆け出しだったんだが、そん時に参加したのが、ベクトル・ロー城塞の攻略戦だ。その時に対峙したのが、ケットシーの女だったんだよ。
黒猫姫とか呼ばれてる、闇の精霊魔術師だ。そのケットシーの女1人にウチの精鋭1500が仲良く討ち死にした。
その時の俺がどうやって命拾いしたのか知らねぇが、まぁ運が良かったんだろうよ。
―――で、今の団長も、そこにいてな。あんなヒデェ負け戦、後にも先にも経験したこたぁねぇ。それ以来、ネコに関わるなってのが、暗黙の了解になったって訳だ」
ま、まさかとは思うケド、その黒猫姫ってうちのお母さんじゃないよねー。
うん。絶対、別ネコ人だ。
「へー。そんなことがあったんスねー。じゃあじゃあ、アレは? あのクーシーの娘はどうッス? あの娘なら売っ払っていいッスよね?」
「阿呆。教会と揉めたら、死んだ後、地獄行きになるだろうが」
「うっ。そりゃ困るッス」
「そんなに小遣い稼ぎがしたけりゃ、あのエロガキに懐いて小銭でもせびってろ」
「嫌ッス。男は買われるよりも買う方が断然いいんス。
―――もういっそのこと、あのガキ、事故に見せかけて殺して、有り金巻き上げるってどうッスか?」
「底抜けの阿呆か、お前は? 何のために、あのエロガキにクラウディを宛がってると思ってんだ?」
あー。陰謀の予感。ウチにとばっちりが来ませんように。
とか、思ってたら、いきなり「ドンッ!」と、尻を突き上げるような衝撃があった。
どうやら、僕らが座っている方の車輪だけ凹凸に乗り上げたせいだ。
お尻を強打して、ううう。と呻く僕ら。リヴィも今の衝撃で目を覚ましたみたいだ。
クー・フルシェ・ヴォルフの面々がその様子を見て、ニヤリと嗤う。
黒髪黒目のアブナイ奴まで、嗤っている。
うー。何、コイツらのノリ?
ちょっとウザイよ。
と、思ったら、今度は二尾狼側の車輪が跳ね上がって、向こうの4人が尻を押さえる番だった。
当然、嗤い返してやる僕ら。
シュナイゼス坑洞までは、まだ遠い。
ろくな人間がいない。
リコとリコの師匠だけが、この話の良心。




