日常 3
それからも授業は何事も起こらず平和に淡々と進み、昼休みが始まったことを示すチャイムが鳴った。
昼休みは雪鳴に弁当の中に収納されているおかずを奪われたりして色々と大変な時間だったけどのちのちのことを考えればまだ幸せな方で。
五、六時間目も順調に進み待ちに待った放課後。
……というわけにも行かず朝のホームルームに言われた通り、俺は職員室で美幸先生を待っていた。
ただあまりにも来なくてイライラ。
あの人は酔っ払っているかのようにだらだらしているので、頼まれごとで時々来るけど先生が用事を忘れるということが多々ある。なのになぜか生徒から人気なのだからよくわからないものだ。
後五分で帰ろうかな……先生達の視線もやだし……、なんて思いながら待ち続けるほど五分経った時にやっと美幸先生が職員室に入ってきた。
美幸先生は俺に気づくと開口一番、
「おりょ? なにしてるの冬葉」
「あんたが朝のホームルームで来いって言ったんだろうが!」
まさかの忘却。怒った後の無気力が襲ってくる。
よく教師やれてるよなこの人。
「そうだっけ? ……ああそうだったそうだった」
自分の席に座って回転椅子に一回転し、両手でゲッツ。
「ネタ古いですね……」
それ何年前だよ。
「え? そうなの? まだ出てるんじゃないの?」
「CMにごくたまですよ……それより用事って」「ぐすっ」「ああ面倒臭いなあ!!」
大人がマジ泣きしてるんだよ今目の前で……
「だ、だって……もう出てないとか悲しくて悲しくて」
「先生それ本心から思ってます?」
「本当だってば……ゲッツする彼を見るたびキュンとなってたし」
それは恋というのか変と言うのか分からないけどひとまず。
「で、要件はなんです?」
チーン、と鼻をかんだ先生は机の引き出しから封筒を一つ取り出し、俺の目の前に見せる。
「? それなんです」
「お前のじゃないから安心しろ。浅霧のだ」
「浅霧……のですか?」
「何か問題はあるのか」
「いや無いはないですけど」
ただよくわからないんだ、浅霧という俺の隣の席に座っているはずの女子生徒のことが。
入学式は出てないし、時たま姿を見せても机に突っ伏していて顔は余り見たこと無いし、それに欠席か遅刻がほとんどだ。
「資料が大事なものだからな、今日中には届けたいのだが先生は私用で行けないから」
「その私用というのは?」
「うむ、合コンだ」
「もっと生徒を大事にしろよ!」
ダメ教師まっしぐらじゃねえか。
「まあそれは置いといて」
「置いとくなよ」
大事なことだろうが。
先生は手をひらひらさせて、ああわかったわかったと適当に返しながら封筒を俺に渡した。それからペンとメモ帳を引き出しから取り出してはささっと何かを書いている。図面?
「あとこれ、浅霧の家の住所と地図だ。面倒臭くて大雑把だがすぐにわかるだろう」
「大事な資料でしょうがこの封筒……」
本当に大雑把なのだ。シンプルな一本道にここ、って書いている時点で泣きそうになった。
そのくせ宝探しをしている訳じゃないのになぜか宝箱の絵を描いている。これ描くのなら大雑把にするなよ……
「って結構近いですよこの学校から。先生が行ってくださいよ」
「だから合コンがあるから私はム――」
「五分で行けるだろうが浅霧の家!!」
「……まあ学生の頃なんて今の私にはわからないしね」
「え?」
今何を言ったんだ先生は。
「だからまあとりあえずよろ!」
ポン、と俺の肩を叩いて親指を立てた。
「いやいや何自然な流れに任せて人頼ろうとしているの」
「大人には大人の事情があるんだから早く行ってこい!!」
すねを蹴られ痛みに悶え、それが収まる頃にはすでに椅子の上には誰もいなかった。
もう合コンに行ったのか? それにしては早いような……まあ何か準備があるんだろうと勝手に納得する。するしかなかった。
「……はあ」
まあしょうがない。どうせ暇だ。それに届ければいいだけだし。
俺はとうとう諦めて浅霧の家へと職員室を出た。