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第4話 不気味な街


「あー、むしゃくしゃするわー!」


 ルストの尻尾がブンブン左右に振られているせいで、バシバシと手に当たってくる。任務終わりに報告書を団長に渡し、医務室に向かっていた。


「もう慣れろよ」


 団長室に行くまでに知らない獣人から「獣人殺しが帰って来やがった」と言われたからだ。

 前から歩いてくる垂れた耳の獣人と人間のバディがこちらを見てくる。


「獣人殺し」


 その言葉に「またか」と思っていれば、ルストが獣人の顔面を鷲掴みにしていた。


「けったいなこと言っとらんで、自分のバディのこと考えとけや。殺すぞ」


 腹の底に響くような低い声だった。こんなルストは見たことがない。獣人に「バディなら止めろよ」と訴えた瞳で睨まれたが、そっぽを向いてやった。

 もちろん止めようと思った。しかし、散々言われているのはこっちだ。助ける義理は、ない。


「ひぃっ」


 耳が垂れた獣人をちらり、と見れば尻尾が下に下がる。横にいた人間がルストの耳と尻尾を見て後ずさり、慌て始めた。


「やばいよ。こいつ、自分のバディ、殺したやつだ」


 殺した?

 自分のバディを?

 ルストは獣人から手を離し、長い足を使って人間の顔の横に足の裏を叩きつける。


「それがどうしたん? 弱いから死んだ。それだけやろ? おまんも同じ道、辿りたくなかったら、強くなれや。今のお前なら簡単に捻り潰せそうやな」


 耳が垂れた獣人と人間のバディは、顔を真っ青にして駆け足で去っていく。


「……お前もバディ亡くしてたのか」


 そう言えば、ルストの耳がぴくり、と揺れる。

 今までそんな素振りがなかった。アモルの遺品だって躊躇なく捨てていた。


「そうやで。俺もバディ殺してもうてん。仲間やな」


 にやり、と笑ったルストは医務室とは別の方向に歩き始めた。


「おい、待て」


 ルストの腕を掴んだ。初めて自分から触れた気がする。アモルとは違い、団服の上からでも鍛えてることが分かるくらい硬い。


「なんや、前のバディのことなんて、お前に話す必要ないやろ」


 見下ろされる琥珀色の瞳は、今まで見た中で一番冷たかった。


「医務室、一緒に来てくれ。また医者に小言言われる」


 本当は聞きたいことがあった。だが、ルストの瞳は聞かれたくないと線を引いていた。

 そのくせ、人のことはあんなにズカズカと土足で入って来る。わけの分からない男だ。


「お前がいれば、なんとか免れるかもだろ。おしゃべりなんだから」


 嫌いなはずなのに、バディを亡くした者同士ってだけでルストという存在を知りたくなった。

 ルストの尻尾が揺らりと動き、耳もぴくりとこちらを向いていた。表情も柔らかくなった気がする。


「しゃーない。あの医者じゃかあしいし、一緒に行ったるわ。手でも繋いで行けば小言減るんちゃう?」


 ルストが握ってきた手を振り払う。


「減らんだろ」

「分からんやん。やってみよーや」

「いやだ」

「終わったら食堂行こうや」

「お前と?」

「そやで」


 いやだ、と返すとふわふわの尻尾が脚に触れてくる。


「ええやん。少しは仲良しアピールしようや」

「また他の獣人の顔面、掴むなよ」

「それは向こう次第や」


 あっそ、と返した。その後、やはり医者に小言という名の説教をされた。

 咬傷(こうしょう)は菌が入って危険だと。

 ルストが「そんなん、俺の口が汚い言われてるみたいや!」と嘆いていた。小言かわしに連れて来たのに、全く意味をなさなかった。







 首元の傷が治った頃。レーベンとルストは駅にいた。看板には「エディビリス」。

 駅名は街の名前だ。空は雲を寄せ集めて固めたような暗さがあった。


「ひと雨降りそうやな……それにしても尻が痛いわぁ」

「だいぶ時間がかかったからな」

「団長もひどいんよ。いくら俺らが嫌われとるからって、何度も何度も遠征任務出しおって」

「仕方がないだろ。俺達がいない方が周りの獣人達が落ち着いているんだから」


 先日、ルストが獣人の顔を鷲掴みした一件は、騎士団の中で広まっていた。人間からも獣人からも白い目で見られるようになってしまった。

 仲がいいバディも中にはいるが、中々任務で会えないため、顔を合わすことすらできていない。そいつらだったらきっと、ルストがした行為も理解してくれただろう。

 駅から出ると豪華な馬車が止まっていた。執事らしき男がこちらを見て頭を下げてきた。


「あれやな」

「ああ」

「調査は明日からでええか」

「そうだな。獣鬼がいたら馬車なんてここには来れないだろうからな」


 ルストがぶつかって来る。


「うちに匿名で獣鬼いるかもって手紙、寄越してきたのあいつやったりして」

「そんなの分からないだろ」


 だが、この街の誰かが送って来たのは間違いない。


「案外、領主かもしれないだろ」

「あー、確かに。それもアリやな」


 調査としてここを訪れることが決定すると、領主の方から食事と寝場所に身の回りの世話をしたいと申し出があったそうだ。

 なんて協力的な領主なのだろう。遠征任務となると自分達で宿を探したりしなくてはならない。

 今回の遠征任務は「調査」だ。それだけで食事も宿も付いてくる。完全にアタリだ。

 

「初めまして。この街の領主であるプラエダートル家の執事、マルスノクスと申します。どうぞ、マルスとお呼び下さい。獣鬼特別部隊のお二人をお迎えに上がりました」


 どうぞ、と馬車の扉が開けられる。馬車はなぜかカーテンが閉められていた。空が暗いせいか、まるで地獄へ向かう馬車のようだ。

 今回の遠征任務は、ハズレかもしれない。

 そういえば、団長が王国騎士団が派遣されていない街だと言っていた。そもそもあの金持ち共は、王都に留まってこういう所には来る気はないのだろう。


「不気味な馬車やなー」

「おい、やめろ」


 ルストがちらりとマルスを一瞥していた。同じようにマルスを見たが、失礼なことを言われているのに、顔色が何一つ変わっていない。

 それがまた不気味だった。


「まあ、ええか。飯はうまいんか?」

「ええ、お口に合うと思います」

「寝床はとびっきりふかふかなベッドを頼むで」

「ええ、それはもちろん」


 二人の会話を聞きながら馬車の中に足を踏み入れる。特に変わった作りはないようだ。

 マルスとの会話を終えたルストが乗り込んで来ると馬車の扉が、マルスによって閉められる。


「マルスは?」

「御者の横に座るって言っとったで」


 進行方向とは逆に座ったルストは馬車が動き始めるとカーテンを開ける。

 おい、と足で突くがルストは顎で外を見ろと示して来た。

 鎧戸が閉められた家が多い。何かに怯えているのか。ただ天気が悪くなりそうだから閉めているのか。

 そういえば、と駅に降りた時、汽車の中にいた乗客が哀れんだような瞳をしていたことを思い出す。

 獣鬼特別部隊のエンブレムを付けているからだ、と思ったがもしかしたら違うのかもしれない。


「この遠征任務、めんどくさいことになりそうやな。俺からあんま離れたらあかんよ」

「めんどくさいって、まだ分からないだろ」

「騎士団が派遣されておらん街やろ? もうあかんだろ」


 確かに。

 騎士団がいれば、ここの景色も少しは違ったのだろうか。


「でも、分かんないだろ」

「ほんまに言っとるんか? まあ、ええわ。とりあえず、離れんといてや」


 ええな、と肩に手を置かれ釘を刺されたら頷くしかなかった。琥珀色の瞳が本気でこちらの身を案じている気がしたからだ。

 がたん、と馬車が大きく揺れる。何か踏んだのだろうか。馬車が倒れてしまうかと思った。窓の外に視線を移したルストの瞳が僅かに開く。

 ルストの指が肩に食い込んでいく。


「……ほんま、離れんといてや」


 この間、首の根本を噛まれた時より痛みがあり、顔を顰めてしまう。


「しつこいな、分かったって」


 レーベンはルストの手を払い落とし、街全体が何かを拒絶している姿を目に焼き付けた。


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