強い言葉
朝からの打ち合わせはダメ出しの連発で、思うように作業が進まない。打ち込んではDeleteの繰り返しで、自分もDeleteしたくなってきたお昼過ぎ。お腹も空いたけど、作りたくないし、出前も食べたい物が思い浮かばない…もう何も考えたくない…
_ピンポーン
居留守を使ってやろうかと考えたが、宅配だったら再配達がまた面倒くさい。泥がへばりついたような足取りでどうにか応答のボタンを押した。
「はい」
「どうもCLEANの内田と申します!」
「あっ、…どうぞー」
(今日だったか、忘れてた…。爽やかイケメンだったな)
ヘアクリップを外して慌てて身なりを整える。
(朝イチに打ち合わせあって良かった。)
「どうも、始めまして内田と申します。本日はご主人からのご依頼で参りました。よろしくお願い致します!」
直に見ると爽やかさは2倍増しで眩しかった。
「あー、…元主人です。」
「えっ!…大変失礼しました。」
「いえ、全然。名字が元々一緒だったから離婚しても変わんないんですよ」
「そうなんですね…」
「本当に気にしないでね。別れてからも仲はいいんでうちは」
「そうですよね!ご依頼内容からも岡田様を本当に心配されているのが伝わってきましたし」
「ふふっ、そういう人なんです」
本当に元夫は優しく聡い人だ。電話で少し愚痴っぽく言ったことを心配して、周りの友人にもそれとなく聞いていたみたいだし。多分私の精神的な部分を1番心配してくれる人に違いない。
「では、章様のお迎えまでの間に清掃を始めますね。キッチンからでよろしかったでしょうか?」
「はい、お願いします」
「えーと、…何かお食べになりましたか?」
食器や調理道具を使った形跡がないことから察したのだろう。
「いえ」
「では何か簡単なものでもお作りしましょうか?リクエストなどあれば」
「…さらっと食べれるもの?」
「畏まりました!」
満点の笑顔でそう言った彼はテキパキと調理し、ほぐした鮭で雑炊を作ってくれた。仕事部屋に戻って食べると、優しい温かい味に涙が一つ零れた。
(よかった、こっちで食べてて)
相当弱っていたのか今の自分にはクリティカルヒットで、心に染みる一品だった。涙を拭って、弱った心を落ち着かせる。午後から頑張ろうと思えた。
転職先で事務をしていたが上司との人間関係に悩まされ、部署も移動願いを出して在宅勤務に切り替えたて約1カ月。できるだけ人との関わりをなくしたかったのに連絡はひっきりなしにだし、仕事量は前に確実に増えてるのに給料は下がるし、週に一度はどうでもいいWeb打ち合わせで顔を合わせてなきゃで個人的な注意を皆の前でされるし…
(交通費が浮いたのに、なぜ給料が下がる?意味が分からん…仕事量だって増えてるのに…)
「はぁーーー…」
(やっぱ仕事向いてないのかな…)
半年前
離婚を気に社会復帰したものの、全然上手くいかない現実に日々心がすり減っていた。
通勤をしていた最後の朝、会社の最寄り駅で降りることが出来なかった。家に引き返そうと降りと駅で目眩がして階段から踏み外し世界がシャットアウト。
気がついた時には病院のベッドで、近くに住んでいた姉が駆けつけていた。
「こんなになるまでなんで話してくれなかったの?!」
姉の泣いている顔を初めて見、初めて自分自身泣くことができた。
それから休職をしたが、復帰して1カ月でこの様に元の場所に戻ってきてしまった。通勤がない分少し気持ちが楽になったが、如何せん上手くいかない。
_コンコンコン
「はい」
「すいません、そろそろお迎えの時間なのでお声がけさせていただきました」
「あっ、ありがとうございます」
小さな可愛い怪獣を迎えに家を出る。
幼稚園
「ママー!」ドゥッ
「っ、章!強いよ〜」
「章くん帽子落ちたよ〜」
「すいません、」
「いえ、じゃぁね〜」
「せんせい、さよなら!」
「はい、さよなら〜」
元夫の意向もあり私立の少しお高めな幼稚園に通っている。通って1年になるがママ友は出来ていない。何だか違う世界の人たちのようで、殆どお迎えにはお家のお手伝いさんらしき人物達が来ているからだ。子供同士で遊ぶ約束をしても「今日は予定がありまして申し訳ございません」とお手伝いさんに断りを何度かくらい、子供たちも学習したのか幼稚園以外で遊ぶ約束をしなくなった。きっと相手の親に止められているんだろう。私としては人付き合いがなくて楽だが、子供にとっては少し悲しい環境だなと感じてしまう。
帰宅
「ママ!知らない人がいる!」
「おかえりなさい!始めまして内田優翔です!」
内田は膝をついて子供の目線で微笑む。
「ふふっ、ただいまです。ほら章、ご挨拶は?」
「…章です。こんにちは」
「こんにちは章くん!章くんって呼んでいい?」
「うん」
「僕は友達からウッチーとか優くんって呼ばれるんだけど、好きな方で呼んでね!」
「ウッチー?」
「うん!名字の内田から」
「ふふっ!ウッチー!!」
「はーい!」
あだ名の響きがお気に召したようだ。
「今からママがお仕事の間僕と遊んでくれる?」
「いいよ」
「ありがとう!」
なので仕事をしなければ、この小さな可愛い怪獣さんのために。
思ったより仕事が捗り予定より早く仕事を切り上げた。夕飯はどうしようかと、内田さんに声をかけようとリビングのドアに手を伸ばす。
_「しねーーー!!」
あぁ、今日も愛しの息子は殺人鬼になっている。
◇
3週間前
「『毎日、息子に殺されるの』って笑いながら言うんだよ!僕、心配で…」
依頼者の元ご主人の岡田さんからそんな相談を清掃中にされ、内田はCLEANのサービスをプレゼントしてみてはと提案した。普段の生活も報告書で分かり、改善点が見えてくるのではないかと。
◇
我が子の可愛い声でそんなこと言われても痛くも痒くもなかったが、幼稚園からの連絡帳には「言葉が強い事が多々見受けられます。他の子も真似するので、ご家庭でも直されるよう試みて下さい。」とか書かれ。それが何度も書かれ頃にはダメな母親のレッテルを貼られてる気がして、すり減った心には笑い話にしないと心が持たないところまで壊れていた。
息子を注意しなければとドアを開ける。
_「強い言葉を使うなよ。弱く見える」_
爽やかイケメンはその顔に似合わない不敵なな笑みで悪役を演じていた。有名な敵の煽り台詞にして、何か考えさせられる魔法の言葉。世代的にも疲れた心の母親はぶっ刺さった。
「アハハ!アハッッ…アハハ!」
笑い転げる母親を息子は呆然と見つめる。
「確かにっ…弱く見えるっ!アハハ!」
息子はこんなに笑う母親を初めて見た。
「大丈夫ですか?!水!」
「はー、ふふっ。ありがとうございます!」
どうにか起き上がり、こみ上げる笑いを抑え水を飲んだ。
「ママ、大丈夫?」
「ごめんごめん!大丈夫!続けて」
こんな私を心配する姿に何だか元夫の面影を感じ、何だか安心した。大丈夫、この子はこんなにいい子だ。
「章くん、何か好きなアニメとか特撮はある?」
「とくさつ?」
「あれ、スパイシーレンジャーよ」
「スパイシーレンジャー好き!」
「そっか!そのスパイシーレンジャーの必殺技とかある?教えて欲しいな〜」
「いいよ!コリアンダーサンダーでしょっ、ハバネロファイヤーでしょ_」
次々と出てくる必殺技。
「凄い!カッコいいのいっぱい知ってるね!次はスパイシーレンジャーごっこしよーよ!」
「いいよ!じゃぁママは可愛いからピンクペッパーね」
「えっ、うん」
息子に悪役ではなく仲間に選ばれた喜びと、初めて可愛いと言われたトキメキで胸がいっぱいになった。
それから息子は不思議と強い言葉は使わなくなり、代わりに必殺技を繰り出していた。幼稚園の連絡帳にもレンジャーごっこを皆でしている様子が報告されていた。
元夫にも今日の出来事を話すと、次の日には実家に置いてあった漫画を全74巻持ってきてくれて、2人で笑い合っていた。
後日、母親はこの出来事をSNSに投稿すると大バズリし、今では子育て雑誌のエッセイコラムを掲載。この出来事のコラムの最後は
「愛染隊長、あの時あの瞬間あなたはどうしよもなく私のヒーローでした。本当にありがとう。
そしてあの時の悪役の似合わないCLEANのお兄さん、命を助けてくれてありがとう、今私は幸せです。」
と締めくくられていた。
これによりCLEANの株は急上昇。内田は名実共にNo.1看板社員となった。
◇
「内田くん!本当にありがとう!新しい仕事まで紹介してくれたんでしょう?」
興奮気味にお礼言う元旦那さん。
「いや紹介したってほどでは、お客様の会社の求人で奥様に合いそうなものがあったので勧めてみただけでして」
内田はiシステムのオンライン秘書の求人を勧めた。元々はハンデキャップのある方向けに開発したシステムだったが、家庭で働きたい子育て世代にも需要があり市場規模を拡大していたタイミングの求人募集だ。顧客はAI秘書の「i子」を活用し仕事を指示し、AIの補えない様な作業は人間に振り分けられるシステムで、対人関係に悩んでいた奥さんにはピッタリではないかと内田は思った。
「元奥さんね」
「あっ、申し訳ございません…」
「ふふっ、変な関係でしょ?」
「とても仲がいいのが伺えるのでつい…不躾な質問かと思いますが、別れた原因はやはりCLEANを活用したせいですか?」
「…そうだね。でも後悔はしてないんだ。今はぐっすり眠れてる。家族とは離れちゃったけど、週の半分は一緒にご飯食べてるし、まぁ上手くやってるよ」
◆
「ゆうくんたーちっ」
「わー捕まっちゃった!」
「つぎ、ゆうくんおにね」
_『青山大臣!まだ質問がっ』
テレビの音に子どもが反応する。
「あっおじちゃんだっ!」
「ん?この人?」
「うんパパとお話してた!あとこのお姉さんもよく来るよ」
「…へぇ~。パパお友達が多いんだね」
「うん!あっこの人も見たことある!」
この数カ月後、青山大臣が失脚した。1人の子供の何気ない一言がきっかけだなんて誰が思うだろう。




