4話 脳移植
僕は、ネットで脳移植により性転換する手術をする病院を知った。
最近、その技術が確立し、特定の病院で手術が始まったと言われている。
都市伝説のような話しだけど、LGPTQ+の世界では感謝のコメントも多い。
吉祥寺にある病院の住所を調べ、訪問することにする。
主な手術が美容外科であるこの病院は、外見からすると、ごく普通の病院。
そのためか、外来は女性が多い。
病院内は白い壁に陽の光が差し込み、清潔感に溢れる。
待合の椅子が受付を丸く囲み、中央に大きな柱がある。
椅子の両脇には高い壁が作られ、別の客はあまり見えないように設計されている。
それでも、男性の僕は浮いていて、居心地が悪い。
目の前を通る女性達が、男性も美容整形するのかと見下した顔を向ける。
また、男性には恥ずかしい自分をみせたくないと思っているのか、迷惑そうな人もいた。
「今井さん。2番の診察室にお入りください。」
「はい。」
診察室に入ると、ごく普通の病院のような部屋がある。
そこには30代半ばぐらいの医師が白衣を着て笑顔を向ける。
「どうしましたか?」
「こちらの病院では、脳移植によって女性の体になれると聞いて来ました。僕は、自分の体がどうしても認められなくて、女性の体になりたいんです。しかも、女性のことは好きになれずに、男性のことしか想えない。」
「そういう悩みを持っている方が大勢、当院に来られます。当院では、同じ悩みをもった男女が揃い、お互いに同意すれば手術をお受けしています。」
驚くことを話しているはずなのに、医師は淡々と会話を進める。
最近、神経を幼児の時期に戻し、新たな組織に繋げる薬剤が開発されたと話す。
この薬は、手足の移植等にも活用され始めていて、これから医療を大きく変えるという。
「手術は失敗したりすることもあるのですか? そうすると半身不随とか。」
「可能性はゼロではないですが、当院では過去に40件の手術をしていて、いずれも成功しているのでご安心ください。また、本人が依頼すれば、親等の同意は不要です。」
「親は、知らない間に人が入れ替わっているということもあるのですか?」
「親の同意がないと、そういうケースもありますね。親には告知の上で手術をしますか?」
「いえ、秘密にしておきたいです。」
「そういう患者の方は多いので、ご心配なく。」
医師は慣れているのか、澱みなく説明を続ける。
「ここでの手術は、あなたを性転換するのではなく、全く別の女性の体に入るというものです。大丈夫ですか?」
「何が?」
「その人は、これまで全く別の人生を生きてきている。もちろん、事前に、どのような方をご希望かをお聞きした上で、データ上で相互にマッチングできた人が出たら、お会いいただきます。臓器移植と違い、直接、お会いいただき、相互に過去の人生等について情報交換をしてもらい、合意ができれば進めます。ただ、別の人生を歩んできた方として暮らしていくことになるので、知らない過去の友人等と会うこともあって、戸惑う方も少なからずいます。また、性別が変わるので、例えば、女性になったときの生理とか、想定外のことが起こり、苦労する方も少なくはありません。」
「大丈夫だと思います。その人の過去の人生が気に入らなければ、その人のこれからの人生を変えればいいでしょう。それができる範囲の人というのが条件かな。」
「そこまで覚悟ができていれば、大丈夫ですね。」
僕の年齢、血液型、職業、病歴、家族構成、資産、その他多くのことを聞かれ、答える。
「わかりました。では、どのような女性がご希望ですか。まあ、多くの条件を言えば言うほど、見つかるまでに時間がかかります。5年経っても見つからない人もいます。条件を減らせば、減らすほど、早く見つかると思います。ただ、人生は長いですし、妥協するのもよくないと思いますよ。」
「そうですね。まず、同年齢で、独身なこと。結婚とかしていたり、子供がいたら面倒だし。また、僕と同じIT企業で働いているSEがいい。そうすれば、苦労なく、すぐに働ける。容姿などは整形すればいいから、今回はどうでもいいかな。まあ、綺麗でスタイルがいい人の方がいいけど。そう、大事なことは、体が健康な人でないと困る。癌で余命半年とか意味ないし。最後に、借金があるのは嫌かな。」
医師は、僕が言った条件を打ち込み、検索を始めた。
AIでマッチングしているように見える。
時間がかかるのかと思ったけど、10秒もかからず通知音のような音が鳴った。
「今の条件で検索すると、こんなことは滅多にないのですが、1件、ヒットしました。この方は、1年お待ちいただいている方ですが、あなたの条件も、先ほどお聞きした範囲では、その方のご意向に合致しています。会ってみますか。」
「よろしくお願いいたします。」
「では、受付に、ご都合のいい時間をお伝え願います。次回の日程は、先方の方のご都合も聞いてご連絡します。」
僕は、期待が高まり、病院から出る。
もう、女性になった気持ちで、さっきまで気になっていた女性達の目線も気にならない。
やっと女性の体になれることで心がいっぱいになっていた。
井の頭公園に行き、神田川に沿って三鷹台の近くにあるアパートまで歩くことにした。
紅葉の季節で、電車に乗るより歩く方が気持ちがいい。
井の頭公園では、黄色に染まった木々が僕の明るい将来を讃えている。
神田川では、水を飲んでいた小鷺が楽しげに飛び、欄干で一休みをする。
目を下に向けると、鯉のような魚も活き活きと泳いでいる。
ここでは人を恐れずに、生き物達が自由に暮らしている。
これまで感じなかったけど、景色がいろいろな色に溢れていることを初めて知った。
僕も、ここにいる生き物と同じように、これからは自由に暮らすことができる。
陽の光が、僕にスポットライトを当て、まるで物語の主人公になれたようだった。
次回は1週間後との連絡が入り、病院を再訪する。
会議室のような部屋に通されると、そこには女性がいて、僕を見つめる。
かなり美人で、スタイルもよく、これだと整形はいらない。
少しぽっちゃりしているけど、こんな女性になりたいという理想どおり。
女性の方も、僕の外見を見て、容姿については納得をしている様子に見える。
「では、お互いに、納得の上で体を交換できるか、情報交換を行ってください。私は、外で待っていますので、お話しが終ったら、教えてください。」
病院のスタッフは、僕らを部屋に残して出ていく。
僕から話し始めた。
「はじめまして。今井といいます。」
「こちらこそ、はじめまして。伊東といいます。今井さんのデータを拝見させていただきました。私の2歳年上で、IT企業にお勤めとのこと。同年齢で同業種という私の要望に合致しています。初対面なのに失礼ですが、いただいたデータの他に、私に伝えておくべきことはありませんか。長い間、女性ホルモンを打っているとか。」
「女性ホルモンは打っていません。その他、特に、思い当たりませんが・・・。」
ラブホでの殺人とかは流石に言えない。
「逆に、伊東さんは、お父様と2人暮しなんですね。兄弟姉妹もいないとか。彼はいないんですか?」
「今、お付き合いしている人はいません。今井さんはどうですか。」
「女性には興味ありませんし、付き合ってくれる男性はできなかったので、お付き合いしている人はいません。そんな生活をしているので、なんとなく人付き合いは苦手になってしまい、友達とかもいません。親は大分に暮らしているので、今は東京で一人暮らししていて、親には滅多に会いません。宮下さんは、一言で言うと、どんな性格なんですか。」
「正しいと思うことがなされていないと許せない、そんな性格で、周りと対立することもありますが、それ以外は、どこにでもいる普通の女性です。」
何か隠していることもありそうだけど、1人の女性が人生を逸脱する範囲には限度がある。
まあ、人を殺している僕に比べれば普通の人生だろう。
隠し子とかいないことは、この女性の調書に書かれている。
「今井さんは、どんな性格なんですか。」
「地味で、どちらかというと引っ込み思案ですかね。」
「そうですか。まあ、女性に変わりたいのだから、そんな感じかもしれないですね。」
「ところで、借金とかないですよね。貯金とかは全て口座から引き落とし、次の体で使いましょう。」
「それがいいですね。まあ、今回の手術でほとんどのお金を使っちゃうけど。」
それから1時間ぐらい話し、互いに服を脱ぎ、体のチェックも行った。
お互いに合意したと医師に伝えると、医師から最後の注意事項が伝えられる。
「お互いに納得したということは良かったです。では、手術は1週間後に行いますので、11月10日の15時にお越しください。手術は17時から開始します。また、その前に、入院は4ヶ月ぐらいになるので、会社には、癌が発見されて手術が必要になったから4ヶ月の休暇を急遽もらうと伝えておいてください。」
「4ヶ月も入院するのですか。」
やはり、脳移植という以上、かなりの時間がかかるようだ。
「脳からの神経組織がきちんと体に接合されるのに1ヶ月かかります。その後、1ヶ月間体を動かさないことで筋肉等が弱ったことへのリハビリが3ヶ月。こんな感じです。手術代のお支払いは、退院時で結構です。なにか、ご質問はありますか?」
「入院中の服とか、なにか持参すべきものはありますか?」
「言い忘れました。性別も身長も変わるので、手術後の衣服を用意しろと言われても困りますよね。入院中のパジャマは当院で用意しますが、今、お使いの下着、洋服を1日分、その他にコート等をお持ちください。相手が用意した服を着て、退院いただき、それ以降は、それぞれの家にある洋服等をお使いいただきます。また、相手には見せたくない物等が自分の部屋にあれば、処分するか、どこかに預けておいてください。手術後は、あらかじめ申告いただいている住所の部屋も、鍵も、部屋にある持ち物も、すべて相手の物になってしまいます。よろしいですか?」
「わかりました。」
伊東さんが、確認したいことがありそうな顔を僕に向ける。
「今井さん、PCやスマホはどうします?」
「両方とも、使い続けましょう。手術が終わったら、認証データを書き換えればいい。ただ、サブスクとかは料金の請求が相手に行かないように解約しておく必要がありますね。」
「そうですね。ただ、これまで参加してきたSNSとか、どうします? 相手から見ると、ブロックされたように見えるかもしれないし。」
「体が変わるのだから、全て捨てることにしませんか? 昔の同級生に会ったりしても、どう対応していいかわからないし。」
「その方がいいですね。了解です。」
僕らは、病院を出てすぐに別れた。
一緒に飲みに行って、もっと相手を知ることもできた。
でも、変なことを言ってしまい、彼女の決心を鈍らせてしまっては良くない。
彼女も同じことを考えているように見える。
でも、差別されている女性が嫌なら、転職するとか外国に行けばいい。
どうして男性にまでなりたいのだろうか。僕のようにLGPTQ+でもないようだし。
特に病気もないし、借金とかもないと確認できている。
もしかしたら、過去に風俗とかにいて、暴力団に脅されているのかもしれない。
でも、会社の評判も記載されていたけど、そんな風には見えない。
まあ、詮索するのはやめよう。僕も問題が一つもないわけではない。
これだけの覚悟をする以上、なにかあるのが普通。
何かあっても、僕が、対処すればいいだけのこと。
僕は、1週間後に病院に行き、手術を受けた。
そして、さらに1ヶ月後、包帯をとり、自分の体を見た時には震えた。
口から漏れた声は女性独特の響きがする。
下をみると、体に繋がった豊満なバストが見える。下半身を触ると何もない。
鏡の前に立つと、そこには誰が見ても女性だと思う体が映っていた。
やっと、女性になれたことに涙が止まらなかった。




