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暗闇の虚構  作者: 一宮 沙耶
第1章 犯罪カウンセリング

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3話 性転換手術

「あなたが男性だった? 意味が、よく分からないんですけど。刑務官からは、あなたは毎月、生理もあると聞いていますよ。」


何を言い出したのだろうか。

あまりに突拍子のない話しに、頭が整理できない。


「よく調べているわね。でも、私は、数年前、脳移植をして男性から女性の体に移ったの。よくある性器を切ったりして性転換をするのではなく、脳を別の人と交換して、その体に入り込むというもの。」

「最近、話題になっているやつですね。でも、本当にそんな手術をした人がいるなんて。」


だから、体は箱だなんて発想になったに違いない。

体が変わっても、昔からの記憶は残り、別の体で生き続ける。

そんな経験をしてきたのだ。


このことで大学生時代の写真を話題にしたときに嫌な顔をしたのかもしれない。

大学生の頃は男性で、自分の性に対する葛藤の中で生きていたかもしれない。

いつ、脳移植をしたのか、機会があれば聞いてみよう。


ただ、これまで外見で凶暴性を考えてきたが、それは意味がないことが分かった。

犯罪を重ねてきた男性の極悪犯が、いたいけな女性の体に入り込んだのかもしれない。

プロファイリングをゼロベースで見直す必要がある。


日本では男性が身体的攻撃を、女性が仲間はずれのような関係性攻撃をすることが多い。

プロファイリングとして、患者が女性なので身体的攻撃をすることに違和感を感じていた。

でも、脳が男性ということで、疑問は解消されるかもしれない。


「紗奈が、男性になりたいと言い、私が女性になりたいと双方で合意したうえで変わったの。でも、女性になれて本当に嬉しかった。私が男性だった頃、男性の体でいることが本当に嫌だったから。」


性同一性障害だったのだろう。その意味では、男性でも脳は女性脳だったのかもしれない。

その場合でも、脳において身体的攻撃の要素は男性として発達したのだろう。

この患者の身体的攻撃の要素は、あまりに飛び抜けている。


ここまで罪悪感がないのも、男性脳のせいなのかもしれない。

いや、男性と女性の遺伝子が交わることで感情が変化したという可能性はある。

男性として発達した脳に、体から分泌される女性ホルモンが降り注ぐ。

それで周りを人間として見る力が失われたのかもしれない。


いずれにしても信じがたい話しだが、DNA鑑定の件もあり、本当なのかもしれない。

一応、DNAの追加検査をして調べてみよう。

脳だけの移植では難しいかもしれないが、男性だったと検証できる可能性はある。


「驚いたでしょ。しかも、隆一とは男性のときに出会い、とても素敵な人だと思って憧れていた。こんな男性と一緒に暮らしたいと思ったけど、男性の体で言い出せなくて、苦しんでいたわ。だから、女性になって、隆一に愛される体になれたと思って、すぐに隆一のところに行ったの。」


女性の体になったからといって、すぐに女性として振る舞えるわけではないだろう。

おそらく、男性の体の時も、女性として暮らしていたのかもしれない。

メイクをしたり、レディースの服を着たり、女性が話すように話したり。


そんな葛藤の中で苦労してきた人だとは理解できた。

そんな人が女性の体を手に入れた時は、本当に嬉しかったに違いない。

嬉しくて、飛び跳ねるように、憧れの人の元に駆け寄ったのだろう。


でも、隆一さんには彼女がいた。

脳移植までしたのに、願いが叶わない悔しさは理解できる。

一旦、性別を変えたぐらいだから、顔の整形なんて大したことではなかったのだろう。


でも、だからといって殺人までするのは、やはり常識を逸脱している。

ある男性を好きになった女性が、彼に彼女がいたと知ったのと変わらない。

それが彼女の殺人に繋がるとすれば、至る所で殺人が発生している。

多くの女性は、その気持ちにどこかで折り合いをつけて暮らし続ける。


ただ、一つ疑問もあった。

隆一さんは、顔が整形されていたとしても、どうして患者を一香さんだと信じたのか。

彼女とのこれまでの生活の中で、別人だと分からないはずがない。


「初恋みたいですね。ところで、顔を整形しただけで、彼の前で一香さんに成り代わるなんて無理だと思うんですけど、どうやったんですか。だって、隆一さんだって、自分の彼女のことなんだから、話しが合わないとか、違う人だとすぐにわかると思うのですが。」

「1年ぐらい、ずっと2人を後ろから見ていたわ。今日は、どこに出かけたんだろう、何を話してるんだろうって。だから、大体、隆一と一香の間で何があったかは本人たちと同じぐらい知っているのよ。」


自然にストーカーができるのは、その頃から普通じゃない。

だから、ラブホに入ったことが分かったのだろう。

その頃から殺害を計画していたのだろうか。

殺人を考えている人が、暗い中、ずっと後ろからついてくる、そんな光景にゾッとした。


「そうだとすると、彼が一香さんと仲良くしているのを見るのは嫌だったでしょう。」

「そうでもなかったわ。2人の写真で、一香の顔を私の顔に入れ替えたフォトスタンド見た? あの、隆一が捕まった証拠になったやつ。あの写真見て、私は隆一と一緒にデートしている気分だったから、楽しかったかな。」

「あの写真は、そうやって作ったんですね。そうすると、隆ーさんは、紗奈さんのこと、会ったこともないし、話したこともないし、本当に全く知らないんですね。」

「そうね。」


次々と想定外の事実を話し出し、私は混乱をし続ける。

紗奈さんと隆一さんが付き合っていたことは、その写真が決定的な裏付けとなった。

隆一さんは、紗奈さんを全く知らないと言い続けたのに、紗奈さんの殺人犯とされる。

それが全て、この患者の行動の結果とは知らずに。


また、何かの妄想なのだろうか。私を試しているのだろうか。

いや、DNA検査のこともあり、これらの話しは全て事実なのだろう。

しかも、IT会社に勤めていたということなので、そのような写真は簡単に作れたのだろう。


この患者が、フェイクの写真を見て、あたかも隆一さんと付き合っていると感じていた。

笑顔で写真を見て、妄想に浸っている患者を想像すると寒気がする。

どうして、警察は、そのことを炙り出せなかったのだろうか。


隆一さんも困惑したに違いない。

全く会ったこともない女性を殺した罪を着せられて。

しかも、先日、隆一さんは獄中で自殺したと聞いている。


自分の服を窓の格子に吊り下げ、そこで首をくくったと。

無実の罪に耐えられなかったのだろう。

患者のせいで、子供も、仕事も、普通に暮らす生活も、全て失ったことも知らずに。


隆一さんだけではない。この患者のせいで、大勢の人が不幸になっている。

テロでなくなった議員、国会議事堂の職員等にも家族はいる。

亡くなった人だけでなく、その家族も悲しみの崖で突き落とされている。


そのことを、この患者は、全く悪いと感じていない。

一度は愛したことがある隆一さんが自分の行為が原因で亡くなっても、罪悪感はない。

これは、普通の気持ちを持つまでに、かなりの長い道のりがあると感じた。


「裁判では、隆一さんが紗奈さんと付き合っていた証拠がその写真だった。でも、沙奈さんと別れたくて隆ーさんが殺したという結論でした。あなたの話しだと、あなたが一香さんになりすますために、1人で殺害したということだったんですか。」

「そう言っているじゃない。警察にも、そう言ったけど、信じてくれなかったのよ。警察は隆一が犯人だと勝手に思い込み、隆一を犯人に仕立て上げた悪人。本当に、隆一は冤罪でかわいそう。そういえば、最近、隆一は自殺したと聞いたけど、警察のせいね。まあ、私には関係のない話しだけど。」


こんな重大な話しをしているのに、ニヤけている。

自分は言うべきことは言ったのだから、あとは警察のせいで自分は悪くないと。

思いやりのかけらもない。短い時間でも一度は好きになった人であるにもかかわらず。


「私から、警察には言っておきますね。でも、お父様にも、あなたが紗奈さんだったと伝わるかもしれませんが、いいですよね。」

「もう、どうでもいいかな。別に隠す気もないし。もし、ここに父親が来たら、紗奈という女性を産んでくれてありがとうと、感謝の気持ちを伝えておくわ。」


こんな話しをしている患者は、外見からはごく普通の女性に見える。

でも、人間の心を持たない凶暴な生き物だと忘れてはいけない。

どこで気分を害し、暴力を振るうか分からない。


「わかりました。最後に1点、確認させてください。あなたと体を交換したのはいつ頃で、男性だった頃は、なんていう名前だったのですか?」

「いつだったかな。たしか4年ぐらい前のこと。この体の持ち主は伊東 紗奈で、男性だったころの私の名前は今井 隆。もう、そのぐらいしか覚えていないかな。男性のころは死んでいたのと同然だったし、女性になってからは多くのことがあったから。」


男性の頃は、葛藤しつつも普通の家庭にいたのだろう。

実の両親の話しをすれば、少しは人間らしい話しが聞けるかもしれない。


「ところで、男性だった頃に、あなたにも両親はいたのですね。」

「ええ、大分に住んでいたわね。でも、就職して上京後は、遠かったので、ほとんど会っていなかったわ。だから、いなかったのと同じだったかもしれないわね。」

「では、そのご両親には悪いという気持ちはないんですか?」

「私は、何も悪いことをしていないのに、どうして悪いと思わなければならないの? 多分、この体の持ち主が、今では両親として大切にしてくれていると思うし、もう、私には関係のない人よ。」

「そうですか。分かりました。ありがとうございました。本日のカウンセリングは終わりとさせていただきます。」


あまりに、経験したことのない世界の話しに、私は頭を整理できずに刑務所を出た。

刑務所の近くにある銀杏並木は黄色に染まり、さっきの刑務所とは全く雰囲気が違う。

子供達が親の周りを走り回り、笑い声が響き、楽しい雰囲気に包まれる。


最近は、外を歩くのも気持ちがいい。

でも、あの患者のことを考えると、私の周りだけは漆黒の闇が覆う。

これまでの患者とはレベルが違い、あれだけ常識から逸脱しているのは初めて見た。


そのおかげで、毎晩、あの患者に切り裂かれる悪夢に苛まれて、眠れない日々が続く。

私を睨む顔、鋭い眼光で見つめるのを見て、恐怖を感じない人はいないだろう。

いつも、私が問いかけると、急に逆上し、包丁で私が切り付けられる夢を見る。


あの患者を更生する前に、私の精神が壊れてしまうかもしれない。

あまりに普通に話す患者を前に、自分の考えが間違っているのではと疑ってしまう。

最近は、表に出さないようにはしているが、あの患者を見ると体がすくむ。


でも、これが私の仕事。

何が常識かは分からないが、少なくとも、人を殺傷するのはいけないと気づいてもらおう。

重い足を前に出し、なんとか進もうとする。


まず、この患者は、出産をしている。我が子を愛おしいと思わない母親はいないはず。

自分の子供のことから心の闇を解いていくのがいいかもれない。

この患者が、その子を殺していたとしても。

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