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暗闇の虚構  作者: 一宮 沙耶
第4章 テロリスト

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4話 逮捕

翌日、私は、清掃会社のアルバイト募集に応募する。

昔いた清掃会社はひどい扱いで辞めたけど、ノウハウもあるし、別会社に就職したいと。

その会社は人手不足だったこともあり、経験者ならと二つ返事で採用が決まった。


私からは、衆議院議員で好きな人がいて、国会議事堂に行ってみたいと伝える。

すぐに了解との返事が来た。

議員は横柄で、国会議事堂のトイレ掃除は評判が悪いらしい。


週末の夜にトイレ掃除に入る。

守衛さんは、トイレ掃除というと、ああと緊張感もなく私を構内に入れてくれる。

女性のトイレ清掃員なんて幽霊のような存在なんだと実感する。


誰もいない国会議事堂、長い年月が経っている建物で、不気味な空気が流れる。

木目が目立つ机などは、いろいろな人の怨念も染み込んでいそうな気がした。

選挙で落選して、自殺した議員もいるに違いない。


私の足音が廊下に響き渡る。

よく考えてみると、こんな時間のトイレ掃除なら、憧れの議員とは会えるはずがない。

会社も分かったうえで私を送り込んでいるのだと思うけど、それはどうでもいい。


私は、図面の通りにサリンのカプセルをセットする。

粘土のようなもので固定するのだけど、思っていたより簡単だった。

柔らかい粘土で机の裏につけて、ペンライトのようなもので光を当てると固まる。


こんな姿が監視カメラに残れば、私は、犯人として捕まってしまう。

だから、過去に学んだITを駆使して、監視カメラにはさっき撮影した静止画を映す。

もともと誰もいない時間だから、静止画でも誰も不思議とは思わない。


50個のカプセルをセットし終わり、トイレの清掃もしっかりとして国会議事堂を出る。

守衛は、お疲れさまと声をかけるけど、この時も、私のことなんて見てもいない。

小さなテレビからは、大河ドラマの映像が流れている。


こんなトイレ清掃員なんて、人間だと思われていないということだと思う。

でも、だからこそ、私の顔なんて覚えていないに違いない。

まあ、マスクと帽子を被っているから、この暗さでは、どのみち記憶に残るはずはない。


こんなに簡単に、国会議事堂に化学兵器を設置できるとは思っていなかった。

日本の議会政治の中枢がこんな状態なのは、日本が平和ボケしている象徴だと感じる。

国会議事堂の中は監視カメラだけで、警備している気になっている警察は甘い。


ましてや、守衛はテレビを見て、通り過ぎる人を監視できていない。

明日には、自分が仕事を怠ったせいで、その常識が根底から覆ることも知らずに。


翌日、総理大臣の就任挨拶がTVに放映される。


「私が、この度、総理大臣に就任しました近藤 源一郎です。」


大きな拍手とともに、大声でヤジも飛ぶ。

その時だった。あたりは白い煙に包まれ、議員達が次々と倒れていく。

あまりに地獄のような映像に、ニュースキャスターからは声がでない。


その時、そのニュースキャスターのもとに原稿が届けられる。


「ただいま、重大ニュースが入ってきました。国会議事堂が襲撃されたのと同じ時刻に、霞ヶ関にある庁舎が次々と爆破され、崩れ去ったと情報が入ってきました。」


総務省、経済産業省等が入るビルが次々と下から崩れていく。

あたりは砂埃で一面見えなくなり、人が逃げ惑う。

そこに、連射できる小銃から銃弾が飛び、銃弾で人々の頭から血が飛び散る。


テロリストが、サリン攻撃と同時に、官庁街に一斉攻撃を加えたに違いない。

想像を超える悲惨な映像が日本全国に放映される。


「さらに、日本の至る所で、議員の事務所が爆破されているようです。これは襲撃ではなく革命です。日本は、これからどうなるのでしょうか。」


爆破され、粉々になった総理大臣の実家の映像が入ってくる。

ここまで大きな攻撃だとは思っていなかったけど、このテロリスト集団は立派。

私から彼とあの子を奪ったあいつの家にも、サリンが撒かれているのだと思う。

息ができずに苦しんで命を落としたに違いない。当然の報い。


その晩、テロリスト集団から勝利宣言が出される。

でも、翌朝には、公安に全てのテロリストがあっさりと制圧されてしまった。

テロリストの情報が公安に漏れていたという。


公安としては、政治家を一掃し、自分たちの勢力を広げるためにテロを黙認していた。

あとは、テロリスト集団を捕まえれば、もう敵はいない。

テロリストを悪者にし、自分たちの天下になる。


私も早々に捕まってしまった。

コンビニで朝ごはんを買おうと、部屋のドアを開けて出ようとしたときだった。

5人の男性達に取り囲まれて、手を後ろで縛られ、捕まってしまう。


パトカーが、サイレンを鳴り響かせ、アパートの前で待ち構える。

大家さんの老夫婦が、何事かと部屋から出てきて、手錠をかけられた私を見ている。

警察からは、私がテロリストの一味だと聞かされている。

そんな凶暴犯がそばにいたのかと口を手で覆っていた。


公安は、私がテロリストが集まるオフィスから出たことでマークしていたという。

その直後から尾行し、行動の一部始終を把握したうえで泳がせていた。

真っ暗な公安の取調屋で、ライトひとつの机を前に私は硬い椅子に座らせられる。


目の前には公安部長が奇妙な物でも見るような目つきで私に話しかける。


「お前は特別な政治思想とか持っていないようだが、どうして今回の事件に関与したんだ。」

「私の大切な人達を奪ったやつに復讐しただけ。」

「そうなのか。テロリストの一味ではないのだな。まあ、甘いことを言われて利用されたんだろう。おそらく、大切な人達を殺したのは、お前に復讐心を植え付けようとする、そのテロリストだったんじゃないか。私のもとには、政治家関連で、そんな計画を実行したなんて情報が入っていないからな。それなら、お前も、我々と組める余地はあるな。お前の大切な人達を奪ったテロリストを全て逮捕したんだぞ。」


私はテロリストに操られていたのだろうか。

いや、そう考えてしまっていること自体が、公安部長の罠なのかもしれない。

人の弱みにつけこんで、裏工作をする組織のトップなのだから。


また、仮に公安部長が言ったとおりだとしても、どうして政府組織なんかと組めるのだろうか。

復讐を果した今、私は、心穏やかに一人で過ごしたい。

裏の世界で隠れて過ごすのではなく、陽の光の下で、この素晴らしい女性の体で生きたい。


せっかく、女性として生まれ変わったのだから。

隠れて過ごすなら、男性の時に夜な夜な自宅で女装して過ごした時と変わらない。

あんな、苦しい毎日に戻りたくはない。


「お前が殺したかったやつの名前はなんだ?」

「坂本だと聞いた。」

「あ、あの裏工作員の坂本だろう。たしかに、今回のテロで殺害されているが、あれはお前の仕業だったんだな。ただ、あんな下っ端なんて、お前の力ではもったいない。今回も監視カメラを操作する手腕をみると、IT分野でもかなりのレベルだと思う。どうだ、我々の組織と組まないか。日本を我々と支配しよう。」


私のことは、知らないふりをしながらも、かなり調べている。公安だし。

しかも、坂本のことを知っているのは怪しい。こいつが何らかの関与をしているかもしれない。

少くとも、今の私には、日本を支配したいなんて思わないし、公安に協力するメリットはない。


「公安なんて興味はない。」

「実は、昔から、お前の情報は入っていて、公安に引き入れたいと考えていたんだ。でも、政府は、お前を脅威と判断し、組織に従うタイプではないから殺せという意見だった。でも、俺は、お前が我々に役立つ人材だと信じていたから、反対していたんだ。それでも政府は、お前達を公通事故に偽装して殺す計画を進めた。だから、俺は、お前にメッセージを送り、お前を家に引き留めた。その結課、お前が同居する男性と子供だけが死ぬことになった。」


そうだったんだ。本当のターゲットは私だったんだ。

しかも、公守部長なら、あの事故を防げたはず。彼とその娘を見捨てられた。

しかも、話しがどんどん変っていくし、公安部長には、やましいことがあるに違いない。


「もう、われわれはただの公安ではない。日本の政治を掌握した組織だ。我々に協力すれば、上手い汁を吸うことができるぞ。」

「私は、誰のものでもないし、誰かと組むこともない。だから、公安に取り込まれて、手駒として使われることもない。諦めなさい。」


公安部長は、苦々しい顔で、黙って私を見ていた。

テロリストが一斉検挙された今、どうやったら、こいつを殺せるのだろうか。

まあ、生きていれば、チャンスも訪れる。今は、ここから逃げなくてはならない。


「そうか、残念だ。でも、この話しを知ってしまったからには、釈放はできない。テロリストの一味として大勢を死に追いやった罪で、刑罰を受けてもらう。」


私は、抵抗したけど、女性1人の力では、格闘のプロを相手に何もできなかった。

こんな時には、女性の体でいることに後悔する。


大勢を殺害したテロリストの一味として拘置所に連行される。

そして、非常時ということで非公開の裁判で、終身刑の判決を受けた。

公安としては、私の口封じに成功したのだと思う。


ただ、女性に変わる前にラブホで殺害したことはまだ知らない様子。

一香を殺したことも知らない。その後の多くの殺人も知らないと思う。

でも、終身刑なんだから、テロ以外の犯罪が判明しても関係はない。


まだ復讐すべき人が残っているのに、こんな刑務所に閉じ込めるなんて許せない。

もう、私には明るい未来なんてどこにもない。

誰にも見られず、老婆になり果てていくだけ。

事実を知った以上、数年で釈放されることはない。


長い間、裏社会でひっそりと我慢してきた。

復讐を終え、やっと、これから陽の光があたる世界で女性として生活できると思っていたのに。

その矢先に、こんな不幸が待ち構えていたなんて。

しかも、彼とその娘さんの仇を打っていない。


心から怒りが溢れ出した私は、女性刑務官の目を箸で突き刺していた。

食事の時に使った箸の1本を2つに割り、2本とも返したふりをする。

1本の箸を服の中に隠し、廊下で横を歩いていた女性刑務官の目を突き刺す。

目を刺された女性刑務官は、痙攣をおこし、廊下で声にならない声を出していた。


闇に包まれた刑務所での永遠の時間が続き、心を病んでいく。

体操をしている時に、横にいる受刑者の耳にかじり付いたり、騒動を何度も起こした。

もう、平静心を保てない。自分が何をしようとしているのか分らない。

その結果、私は、今では小さく、何もない独房に1人で手足を縛られて拘束されている。


そして、カウンセラーが私の元に訪れる。

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