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暗闇の虚構  作者: 一宮 沙耶
第4章 テロリスト

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2話 脅し

「私ね、汚れた女なの。」

「どういうこと。」

「私は、もともと男性だったの。でも、その体と自分が思っている性が一致しなくて、辛い日々を過ごしていた。そんなとき、脳移植で女性の体に入れることを知って、手術で女性になったの。」


誰にも言えないこのことが、後悔はしていないけど、私の心を苦しめてきた。

だから誰かに、過去のことをずっと話したかったから、つい口にでてしまう。

なんとなく、この人なら、受け止めてくれるかなという気もしたし。


「そうなんだ。でも、女性の体になれたんだから、良かったじゃないか。」

「わかってもらえる? あなたは、今は奥様は一緒じゃないみたいけど、結婚してたんでしょう。幸せに暮らしていたのね。」

「そんなんじゃないよ。」

「いえいえ、絶対に幸せな結婚をしてたのよ。」

「実は、僕は女性なんだ。」


私が恥ずかしい思いをしないようにと、そんな嘘をつかないで。

そんなわけないと、すぐにバレるし。


「意味がわからない。だって、ヒゲも生えてるし。」

「僕も同じだったんだ。昔から、女性の体でありながら、女性が好きで、男性になりたくて悩んでた。そこで、勇気を出して男性ホルモンを打って男性として暮らしてるんだ。脳移植で男性の体になれる手術を知っていたら、その手術を受けておけば良かったかな。」

「・・・。」

「信じられないんだったら、これを見てよ。」


そう言って、彼は服を脱ぎ始めた。

下半身には男性としてあるべきものがない。

腰のあたりのくびれも女性らしい。


少し変だとは思っていたけど、バストも乳輪も、たしかに男性のものより大きい。

男性でも大きい人はいると聞いたこともあるけど、それにしては大きすぎる。

声も女性みたいという先日の記憶が蘇ってきた。


同じ女性に見せることに恥ずかしさがないのか、ごく自然に服を着始める。

でも、下を向き、彼は娘さんのことを話し始めた。


「でも、子供は生みたかったんだよ。だから、精子バンクから精子を買って、自分で生んだのがあの子なんだ。だから、娘はいても結婚とかはしていないし、母親もいない。いや、父親がいないと言う方が正しいのかな。」


私と同じ苦悩の中で生きてきた人なんだと共感する自分がいた。

男性ホルモンを打っているせいか、体は女性でも、横にいて嫌な気持ちにはならない。

男性と一緒にいる気持ちがする。


「手術して男性器をつけるとか、バストを切るとかまで勇気はなくて、身体は女性のまま。ヒゲを生やし、風貌は男性ぽくしているだけかな。仕事を辞めたのは、美海のためもあるけど、女性として働いていた会社で男性として生きていく勇気がなかったから。その頃は、これ以上、女性として過ごすことが許せずに、精神的に病んでしまった自分がいた。だから、自宅で仕事をし、男性ホルモンを打って過ごすことで、やっと立ち直れたんだ。これまで、伊東さんに本当のことを言う勇気がなくて、ごめん。」


私が男性だった頃と全く同じ悩みを持っている彼に共感をする。

そう、自分の気持ちと体が一致しない苦しみは、同じことに悩む人にしか分からない。

いくら、LGPTQ+が話題になり、理解をしようと話題になっても、本当の理解なんて無理。


「そんなことない。誰でも、本当の自分を見せるのは怖いもの。」

「勇気をもって自分の本当の姿を語る伊東さんを見て、あなたには本当のことが言える気がしたんだ。」

「私も、男性だった頃に、男性に好きと言えなくて、本当に苦しかった。」

「僕もそう。女性が好きでも声をかける勇気がなくて、今日まで来てしまった。だって、体が女性の僕を好きになってくれる女性なんていないだろう。」


彼は、私と同じ境遇で苦しんできたんだ。

屈折した心情で苦しんできた男性の頃の時間を思い出し、いつの間にか涙が出ている。


「でも、先日、キラキラしたあなたと出会って、あなたのことばかり考えていた。そして、あなたも、僕と同じ苦悩を味わってきたなら、分かり合える気がしたんだ。女性の体の僕には興味ないかもしれないけど、一緒に暮らすことはできないかな? いきなりでごめん。」

「え、突然で、よくわからない。」


別に男性に抱かれたいわけではない。だから、彼の体が女性でも困らない。

でも、女性の体の彼と一緒に暮らしていけるイメージも沸かない。

女性とルームシェアだったら、気を使うし、一人の方がまし。

でも、彼とだったら、気兼ねなく過ごせるような気もする。


「断ってもいいから、ゆっくり考えてみてくれ。」


その晩は、彼は娘さんの部屋に布団を敷いて寝ることにした。

私は彼がいつも寝てるベットで過ごしたけど、たしかに男臭さはない。

とは言っても、同性の匂いのような嫌な気持ちも感じない。

包みこまれるような温かさの中で、ぐっすりと寝ることができた。


朝日が目に入り、私は、冷蔵庫にあるベーコンと玉子をフライパンで焼く。

食パンを焼き上げたころ、コーヒーの香りで目が覚めたのか、彼と娘さんは起きてきた。


「わぁ、お姉さんがまだいた。おはよう。」

「おはよう。よく寝れた?」

「ぐっすり。」

「おはよう。朝ごはん、ありがとう。おいしそうだね。」

「起きたのね。じゃあ、食べましょう。」


彼は、静かに私の横にきて、耳元で小さな声で呟く。


「昨晩は、無理なことお願いしちゃってごめん。いい返事を待ってるから。」

「もう少し、時間をちょうだい。あなたのこと、何も知らないから。」

「待ってる。」


そんな私に、元気いっぱいの娘さんが大きな声で今日のお願いをした。

何の忖度も邪神もない、あどけない子供の声が心地いい。


「ねえ、お姉さん。食べたら、早く遊びにいこうよ。」

「そうね。どこがいいかしら。」

「近くにあるハリーポッタのスタジオに行きたい。お友達も、みんな言っているって言っていたし。お父さん、いいでしょう? 行こう、行こう。」

「そうだね。いいかな?」

「もちろんよ。」


私達は、ワーナー・ブラザース スタジオで思いっきり楽しんだ。

帰り道、道端には、野の花も咲き始めているのに初めて気づく。

小川のせせらぎも気持ちがいい。

心が華やいだからか、周りは色にあふれているのに改めて気づいた。


これまで隠れて暮らしてきた生活とは全く違う。

陽の光を浴びて過ごすことの幸せさを満喫していた。


でも、私は追われていて、いつ、この時間が終わるか分からない。

少しでも、この時間が長く続くように神様に祈った。

今更、神様にお願いができる立場でもないけど、それでもお願い。


私も、これまで極悪非道なことをたくさんしてきた。

でも、彼と娘さんと一緒にいることで、最近は、心優しい女性になっている。

本当の女性になれたんだと、心が晴れ晴れとしていた。


まだ、少し寒いけど、陽の光は温かい。私の白いレースのスカートは風になびいている。

周りからみると、恥ずかしいけど、私の顔には、微笑みがあふれていたんだと思う。

そして、彼の家で過ごすことが増えていった。


私は、彼のレクチャーを受けて、トレーダーとしての経験を積んでいく。

そして、彼の家で、ネットでの株式投資をして、着実に資産形成をする。

ごはんは一緒に食べ、もう一緒に暮らしていた。

こんな生活、悪くはない。これまでと違い、毎日、穏やかに時間が過ぎている。


娘さんのお母さんとして、幼稚園に送り迎えすることも増えていく。

娘さんは、何も言わないけど、お母さんがいないと悩んでいたらしい。

そこに、お母さんが現れ、今では幼稚園で自信をもって遊んでいると先生は私に言う。


彼にも、娘さんにも、期待に応えられている自分が嬉しい。

こんな平穏な生活ができるとは思っていなかった。

これまでの犯罪、殺人は隠し続ける。

何も知らない、この人達とほのぼのとする暮らしを続けるために。


彼の部屋で暮らし、近くの幼稚園の送り迎えをし、時々、公園にいくだけなら目立たない。

ごく普通の夫婦として、街で気配を消すことができる。

何も保証はないのに、どうしてか、しばらくは警察に見つからない気がしていた。


彼は、山を歩くのも好きで、ふもとに別荘を買い、金曜日の午後には車で別荘に向かう。

土曜日の朝から女の子とハイキングをする。

夜には、別荘に引いた温泉に一緒に入るなんて贅沢な時間を過ごした。


朝、起きると、女の子を囲み、彼の横顔がある。まるで家族のよう。

こんな私でも、普通の幸せを得ることができた気になっていた。

心が満たされる日々が続く。

女性どうしでも、外からは男女の家族としてみられる、それが両立できることが。


ずっと、この生活が続くものだと疑うこともなく・・・。


半年経ったころ、家で待っていたけど、いつまでも彼と娘さんは帰ってこなかった。

今日は、何かの用事があると言って、恵比寿の辺りにいくと聞いていた。

どうしたのかしら。今日は、あの子が好きなハンバーグを作って待っているのに。

突然、スマホがけたたましく鳴った。


「あの、釘宮さんのお宅ですか?」

「ええ。どなたですか?」

「警察です。奥様でしょうか? おちついて聞いて下さい。旦那様とお子様が、道路に飲酒運転で突っ込んできた車に轢かれ、お亡くなりになりました。」

「え・・・。」

「大丈夫ですか。恵比寿駅から10分ぐらいのところにある東京共済病院にご遺体があります。今、お越しいただきたいのですが、いかがですか?」

「すぐ行きます。」


私は動転しつつ、電車で病院に向かった。

30分ぐらい経ったころだろうか、目黒川沿いにある10階建てぐらいの病院に着く。

私が入るのを拒むように、冷たく建っている。


私が通された深夜の慰安室には、彼とあの子が動かず寝かされていた。

彼は体が潰され、顔と足だけの状況だった。

娘を守って突き飛ばし、自分は塀の前で車を正面から受けたと聞いた。


あの子は、彼から突き飛ばされたものの、後から来た車に飛ばされたらしい。

頭を打って即死だったと警察は話していた。

今朝は2人とも笑っていたから信じることができない。


これまでいろいろな経験をしてきたけど、初めて人がいなくなって悲しかった。

あの可愛い娘も、顔は傷だらけで、動く気配もない。

ましてや、彼は本人かわからないような状況。


頭と足だけになり、女性としての体が消えた彼は、最後に尊厳を保てたのかもしれない。

いえ、違う。最愛の娘を失ったのだから、悲しんでいるに違いない。


悲しいはずなのに、3人で過ごした楽しい時間が頭の中を巡っていた。

突然、私の肩を叩く人がいた。見ると、警察の人が心配そうに私を見つめている。

私は、無表情で立ち尽くしていたんだって。5分以上、声をかけられても全く気づかずに。


こんな時にはドラマとかでは泣き叫ぶのかもしれない。

でも、今の私には、ただただ信じられず、立ち尽くすことしかできなかった。

頭の中が真っ白で。


その時、高級スーツに包まれ、目つきが厳しい男性が私の耳元で囁く。


「宮崎 -香さん、これで分かっただろう。あなたが、これ以上、余計なことをすれば、これからも、更に大事なものを失うことになる。もう、お金はたっぷりあるようだし、静かに、何も言わずに、私と一緒に仕事をしましょう。」

「どういうことなの? あなたは誰?」

「私は、名乗るほどの者じゃない。政治の世界で、フィクサーとして裏工作をしている者といえば、いいかな? あなたの殺人能力、詐欺能力に魅了された1人です。裏の世界では、あなたは著名人なんですよ。知らなかったですか。だから、あなたの争奪戦が始まったのです。」


私の知らない所で、とんでもないことが起きていたことに気づく。


「最初にあなたに仕掛けたのは私で良かったですよ。このぐらいで済んだんだから。どうせ、関係のない人じゃないですか。どうですか、私と一緒にこの日本を思うように動かしていきましょう。ワクワクした時間が過ごせると思いますよ。」


とんでもないことを言い出した男性を見上げる。

ニヤつき、私をバカにするように見下す。

華奢な女性で、何もできないだろうと思っているに違いない。


いきなり、その男性は私のお腹を蹴り上げる。

私は、突然のことで避けることができずに床に倒れ込んでしまった。

頭を靴で踏まれ、その直後、頭を後ろから蹴られて意識が遠のく。

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