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暗闇の虚構  作者: 一宮 沙耶
第4章 テロリスト

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1話 親子

練馬のアパートで平穏な時間が過ぎる。

老人夫婦が経営するアパート。

1年分の現金を出したら、保証人とかもつけずに、すぐに借りることができた。


昔、男子学生の騒音に苦労したようで、おとなしそうな女性が借りることを喜んでいた。

条件は、男性を連れ込んだりしないことだと言われる。

老人夫婦は、子供ができ、夜泣きとかされるのは困るとぼやいていた。


目の前に石神井川が流れ、すぐそばに運動場があるアパートの2階の部屋。

女性だから、洗濯物とか盗まれると困るだろうと2階にしてくれたみたい。

川沿いにはいろいろな花や木々が植えられていて、四季を楽しめると言っている。


私の部屋から川が見え、休日になると家族連れの子供の声とかで目が覚める。

家の裏側には、木々は少なめで、子供の遊具があるぐらいの公園がある。

都会に比べて時間がゆっくり過ぎていく雰囲気は気に入った。


ある週末、近くにある公園では桜が咲き誇っていた。

私は、公園でベンチに座り、満開な桜を見上げる。

今年も、穏やかな春を迎えられたと。


こんな穏やかな気持ちでいられるのは、犯罪から当面は遠ざかろうと決めたから。

これまで、いつも、何かに急かされ、針のむしろの上で緊張感の中で暮らしてきた。

将来、また犯罪に関わることがあるにせよ、今は、この穏やかな時間を楽しもう。

しかも、女性の体になれたのだから、女性として穏やかに過ごすのことは悪くない。


そんな、のどやかな気持ちでいると、いきなり、可愛らしい女の子が目に入ってくる。

お父さんとシャボン玉を飛ばして大笑いしている姿が微笑ましい。


「お父さん、こっち、こっち。シャボン玉が飛んでいっちゃうよ。」

「美海、あまり走るなよ。公園からでると危ないから。」


お父さんと娘さんが、大笑いしながら遊んでる。

お父さんはまだ若そうで、娘さんを愛おしいという目で暖かく見守ってる。

こんな親子もいいわね。私も娘がいたら、幸せだったのかしら。


私にも過去に子供はいたけど、死なせてしまった。

生きていたら、このぐらいの年だと思う。ちょうど女の子で同じ。

そんな我が子と重なる娘さんを見ると、目頭が熱くなる。


シャボン玉は、紫や緑や橙色とか複雑な模様で、陽の光をあびて光り輝く。

お父さんの口元から飛ばされた大小のシャボン玉は、そよ風で流れていく。

それを追いかけて娘さんが大笑いして捕まえようと走っていた。


娘さんは純粋で汚れもなく、かわいい。

ただ、目の前のシャボン玉だけを見つめ、今を楽しんでいる。

私は、ずっと、この娘さんを眺めていた。


そして、お腹も空いたので持ってきたアップルパイを食べることにした。

すると、その娘さんがはずむように近寄ってきて、話しかけてくる。


「おねえさん、そのアップルパイ、とても美味しそう。どこで買ったの?」

「お姉さんが自分で作ったのよ。多めに持ってきたから食べてみる?」

「え、本当! 食べたい。」

「美海、知らない人にねだっちゃだめだろう。」

「いえ、いいですよ。お父さんも、いかがですか?」

「いいんですか?」


女の子も、無精髭のお父さんも、私のアップルパイを笑顔で食べてくれる。

ベンチに女の子を囲んで3人で座っていたから、夫婦と子供に見えたかもしれない。

こんなに子供好きのお父さんと一緒だったらと、少し想像していた。


でも、彼女がいる男性を奪うのは、もう懲りた。

整形し、殺して奪ったけど、なんだか今はむなしい。

そこまでした隆一には、もうなんの愛情もないから。


今は、その犯罪やその後の殺人で警察から追われている。

私には、男性に夢を見ることは神様から許されていないのかもしれない。

本来の性を捨てて異性になった天罰として。

そう思って、最近は、男性とは距離を置いてきた。


でも、不思議とお父さんと一緒にいるのは嫌じゃなかった。

普通だったら、知らない男性が近づいてくると警戒心がわくのに。

娘さんがいたからかもしれない。

アップルパイを食べながら、しばらく雑談をしていた。


「お母さんは、今日は来ていないんですか?」

「いえ、この子には親は私だけなんです。」

「変なこと聞いちゃって、すみません。」

「いえ、いいんですよ。」


このお父さんは、無精髭は生えているけど、肌はとてもきれい。

きれいというより、きめ細やかで、柔らかそうに見える。

シミやシワもなく、紫外線対策とかしっかりしているのかもしれない。


そして、声は男性らしい低音というよりは、少しキーが高い感じがした。

まだ若いのだと思う。


その後、私がシャボン玉をふき、娘さんとしばらく遊んだ。

どうしてか、お父さんとは自然な自分でいられた。

でも、警察が密かに近づいている可能性もあるので、心は完全には許せない。


その日は、それで別れる。

でも、しばらくして、そのお父さんと再会をする。

スーパーで買い物をしていると、あのお父さんから声をかけられた。


「あれ、また会っちゃいましたね。この辺に住んでるんですか?」

「ええ、本当に偶然ね。今日は、お嬢様は一緒じゃないんですか?」

「家で、帰りを待っています。どうですか、娘も一緒に夕飯を私の家で食べませんか?」


お父さんは、女性を誘う魂胆があるなんて全く感じず、ごく自然に私を誘う。

私も、どこにも警戒しない自分がいるのに改めて驚いていた。

でも、そんなに軽い女性だと思われるのもよくない。

男性と近くなっても不幸になるだけだし。


「え、この前、会ったばかりなのに、お宅までお伺いしたらお邪魔でしょう。」

「そんなことありませんよ。娘も喜びます。この前、一緒に遊んでくれたお姉さんと、また会いたいと言っていたので。」

「そうなんですか。じゃあ、今回は、お言葉に甘えて行っちゃおうかな。」

「どうぞ。ご遠慮なく。」


なりゆきでご自宅に行くことになってしまった。

そんな自分がいることが不思議。多分、娘さんと会いたいだけだと思う。

スーパーからお父さんの家に向かう道は、夜桜が街頭の光を浴びていた。


春を迎える華やかな気持ちになれる風景。私は夜桜が好き。

あたりは暗くて何もみえず、桜だけがスポットライトを浴びて幻想的な風景。

一瞬の輝きだから美しく思える。


彼とは付き合う気もなかったけど、娘さんとはまた楽しい時間を過ごしたいと思った。

でも不思議。私が、娘さんがいるといっても男性の家に行くなんて。

少しは気持ちの変化もあったのかもしれない。


「伊東さんは、どんな仕事してるんですか?」

「昔はIT企業で働いていたんですが、いろいろあって、今は会社は休んでいるんです。」

「会社で働くって大変ですものね。無理されないでください。」

「釘宮さんは、どんな仕事しているんですか?」

「僕も最近までIT会社で働いていたんです。でも、娘の美海と一緒に暮らす時間がもっと欲しくて、会社辞めたんです。」

「いいお父さんですね。でも、生活費とかはどうされているんですか?」

「今は、自分の部屋で株式投資をしています。もともと、銀行のトレーディングのシステム開発をしていて、大体の勘所があり、すぐに儲けることができるようになりました。」


優秀な男性なのだと思う。

しかも、娘さんのために会社を辞めるなんて、いいお父様。

男性と関係を持つなんて期待していないけど、少し憧れを含めた笑顔で彼を見上げる。


「すごいですね。私なんて、株式なんてやったこともないし。」

「簡単ですよ。バブルは崩壊しましたけど、うまくやれば、質素に暮らすために必要な稼ぎぐらいなら、すぐに得られます。でも、なによりも良かったのは、娘の美海が、一緒にいる時間が増えたことに喜んでくれること。美海の笑顔を見れるなら、それだけで幸せですから。」

「釘宮さん、とっても素晴らしいお父さんなんですね。」


家に入ると、私が来ると聞いていたのか、娘さんが走って、私の足に抱きついてくる。

くすくす笑って、私の手を掴み、部屋に招き入れてくれた。

とても、清潔感があるダイニング。娘さんと一緒に暮らしているからなのかもしれない。


どう育てたら、こんなに純粋な子供が育つのかしら。

私のことを、全く疑うこともなく、ただ、一緒にいることを楽しんでいる。

おそらく、お父様が純粋で、素晴らしい人なんだと思う。


私達は、女の子を囲み3人でテーブルに座った。

お料理はお父さんが作り置きしていたハンバーグをレンチンしたもの。

私も、キャベツを切って、お皿に盛り付けた。


こんな家庭は、恋焦がれるようなことはないけど、穏やかでいいかもしれない。

このお父さんはそんなに嫌じゃない。

でも奥様はどうしたのかしら。


部屋には、奥様との写真とかはなく、仏壇もない。

病気で亡くなったのではなく、別の男性と一緒に出ていったのかもしれない。

そのことには触れられずにいた。


そんなことを考えながら、私はお酒を交わして陽気にいっぱい話していた。

なんとなく、久しぶりに体が疼く。今夜だけ、そんな関係になってもいいとも考えていた。

女の子は寝る時間になり、お風呂に入って、パジャマで寝室に行く時間になった。


「おやすみなさい。」

「おやすみ、おねえさん。また、明日遊んでね。」

「じゃあ、明日の土曜日には、公園でまた会おうね。」

「絶対だよ。じゃあね。」

「おやすみ。」


可愛らしい娘さん。30分ほど経った。娘さんは寝たかしら。

そんな娘さんがいるのに、私はとんでもないことを考えていたと反省する。

もし、奥様が亡くなっていたら、その家で彼と体を重ねるのは失礼だとも思うし。


私はお酒を傾けていたら、結構、酔っ払ってしまった。

自分の体の欲望をお酒でごまかそうと思ったのかもしれない。

それで、話してしまったの。ずっと誰にも秘密にしてきたことを。

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