6話 記者会見
そんな時、楠の食品会社で賞味期限の書き換え問題が発覚する。
賞味期限が切れ、さらに消費期限を過ぎているのに、その先の日付を賞味期限と改める。
担当者が、乾燥した生ハムを真空パックしているので健康上問題がないと判断したらしい。
実態の調査、報道対応等で、楠はここ3日程寝る暇もなく衰弱していた。
ふらつきながら、俺を呼び、相談を持ちかけられる。
「佐々木さん、とんでもないことが起きてしまった。どうしよう。こんなこと相談できるのは佐々木さんしかいない。」
「お父様にはすでに情報が入っているのですか?」
精神的に限界に達していることを知りながら、あえて父親の話しを出して追い詰める。
俺がいなければ生きていけないと洗脳するための最後の罠。
「父の部下がうちの会社の総務部長をしていて、全ての情報を聞いてしまっている。ああ、どうすればいいんだ。」
「で、お父様は何て言っているのですか?」
「今回の不祥事は私の指示で起きたものではないことは分かっている。だから、この事件をどう収束させるか、私のお手並みを拝見させてもらうとメッセージがきた。こんな大事件を私が収束するなんて無理だ。」
楠は、本当に何もできない子供のようなやつだ。
俺が、これまでどんな修羅場を潜り抜けてきたか。
そんな苦労もせずに、ただのうのうと暮らしてきたから何もできない。
もう、あとひと押しで、俺の支配下に入る。
「いえ、これはチャンスです。この事態を速やかに収めれば、楠さんの手腕をお父様に認めさせることができます。」
「それはそうだが、簡単ではないだろう。で、何をすればいいんだ?」
「不正事件の情報は概ね集まったようなので、まず、不正をした社員を懲戒解雇、その上司を出勤停止のうえ降格、配置換えをしましょう。」
「それで?」
「報道機関に全ての事実を公開し、関係者の処分を含めた再発防止策を徹底するという内容で記者会見をしましょう。」
「そんなことをすれば、当社の信頼は失われてしまう。」
楠は悲鳴をあげ、とんでもないことを言うと俺を睨む。
「いえ逆です。こういう問題は、ごまかしたり、隠したりしても、いずれ暴かれ、逃げられなくなってしまうのです。隠せば、消費者庁等が社員に一斉ヒアリングを実施したりしますし、その中で一人でも変なことを言えば、嘘がバレれて、さらに糾弾されるだけです。だから、逆に、全てを開示し、再発防止策を提示して、当社では、今後、このような事件は一切起きないと断言するのです。」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫です。さあ、懲戒と再発防止策の検討をあと3時間以内にしてください。」
「もう限界だ。この3日間、全く寝てないんだよ。」
「何を言っているんですか。お父さんを見返すのでしょう。この3時間を乗り切るだけで、それができるのですよ。がんばりましょう。」
「そうは言っても、私だけじゃ無理だ。」
「3時間後に記者会見をセットするよう私が手配しますし、柚月も楠さんに同行させます。柚月はこんな混沌とした状況でも、落ち着いて立派なシナリオを作成できると思います。妻であるとともに、当社の優秀な社員ですから。だから、すぐに動いてください。」
「分かった。柚月さんも、よろしくお願いします。」
ふらつく楠に柚月を同行させる。
柚月は頭がいい。誰もが納得する再発防止策、シナリオを楠とともにまとめ上げるだろう。
3時間後、記者会見が始まる。
「楠社長、今回の事件は、楠社長が社内で無理な販売ノルマを課し、それを達成できない社員が疲弊して、挙げ句の果てに犯罪に手を染めてしまったと内部通報があったと聞いていますが、本当なんですか?」
「実は、楠社長自身が指示したんじゃないですか?」
「この会社では、ノルマが達成できない社員には、常識では考えられないパワハラや、それでも改善されないと、降格、給与不払いがあるって社員が言っていたと報道されていましたが、本当のことなんですか? それが本当なら法律違反を堂々とする悪徳企業じゃないですか?」
「そんな企業文化だったら、他にもいくらでも不正があるんじゃないですか?」
最初は、楠を攻撃する批判が渦を巻く。
でも、柚月が書いたシナリオと想定問答で徐々に記者たちは落ち着いていった。
「楠社長、今の説明は理解しましたが、このような事件が再発しないということはまだ信じられません。どうなんですか?」
その時、楠は立ち上がり、涙を流して頭を下げる。
「信じてください。私は、これまで不正は決して許さない、不正をして得た利益なんていらないと社内で言い続けてきましたが、今回の事件を起こしてしまいました。これは全て私の不徳のいたす所であり、どうお詫びしても許されるものではありません。今回の事件をきっかけに、初心に戻り、清廉潔白の経営に邁進していく所存ですので、何卒、信頼いただきますようお願いいたします。」
会場は静寂に包まれ、記者たちからフラッシュが次々と光る。
そして、記者会見は終わった。
楠も、やるときはやるじゃないか。
廊下に出た楠は、その場で崩れ落ち、病院に連れて行った。
点滴を打ち、起きるのは次の日のお昼になっていた。
起きた楠がスマホを見ると、お父様からのメッセージが入っている。
やはりお前は期待どおりの立派な息子だ。
これからは、私は引退し、私が経営する会社の全ての経営権をお前に渡す。
今後も、楠家の資産を拡大していってくれ。
そのメッセージをみて、楠は再度、目に涙をいっぱい浮かべ、俺にハグをしてきた。
「佐々木さん、あなた達のおかげで父親に認められました。楠グループの全ての経営権を私に渡すとのことです。本当にありがとうございました。」
「いえいえ、私は、尊敬する楠さんにもっと活躍してもらいたいだけですよ。」
「佐々木さん、楠グループの持株会社の副社長に就任いただき、ぜひ、一緒に経営していきましょう。」
「私のセキュリティソフト会社もあるので、アドバイザリーの位置付けなら副社長を引き受けてもいいですが、どうでしょうか?」
きたきた。これで、楠を完全にロックオンできた。
政治家への賄賂の証拠もあり、ドラッグ依存症の娘もいて、脅迫する材料は尽きない。
これで、楠グループの金をいくらでも引き出せる。
楠グループは、食材、アパレル、住宅、交通インフラ、日本全体を支える。
これを俺の支配下におけば、いくらでも稼ぐことができる。
そんなビジネスを、くだらない楠なんかに任せておくなんてもったいないだろう。
一滴も残らないぐらい、楠の血を吸い上げてやる。
「もちろん、その条件で結構です。年俸5,000万円を出します。よろしくお願いいたします。佐々木さんだけが私の頼りなんです。柚月さんも、ぜひ、うちの会社に来て、助けてください。社長秘書室長というのでいかがですか?」
「夫がいいというのであれば。」
「そうだ、莉音のこともあるし、お二人とも私の家で一緒に暮らしませんか? 家政婦もいるし、食事も毎日、豪勢なものを出しますから。柚月さんの報酬も最低で年俸3,500万円を出します。」
「魅力的ですね。」
まんまと上手くいった。
俺と柚月は、六本木のグランドハイヤットホテルのスイートにいる。
このホテルの最上級のシャンパンで乾杯をする。
窓からは、無数の星のような夜景が広がる。
多くの車のヘッドライトで、首都高は一つの線で繋がる。
冬の六本木は空気が澄み渡り、暖かい部屋との気温差で窓のガラスには水滴がつく。
「柚月、お疲れさま。ここでは紗奈と呼んだ方がいいかな。ところで、お前、本当に優秀だな。」
「今更気づいたの。知っていて、警察から私を逃したと思っていたのだけど。ところで、名前は今更だから柚月でいいわ。」
「いや、柚月が、楠の会社に中途採用社員を送り込んだときは何をしようとしているのか、正直分からなかったよ。でも、その直後に、その社員が賞味期限の偽装を起こした。そんな策略は、俺には考えられなかった。」
俺は、想定よりも遥かに大きいものを手にいれることができて、心から愉快だった。
もちろん、楠に目をつけた俺の先見の明があったのが一番の勝因。
でも、それを柚月が肉づけをし、邪魔な奥様も排除してくれた。
莉音という人質も作ってくれる。
ここまで息がぴったりなパートナーはこれまでいなかった。
柚月となら、他のグループを統合し、更に儲けられるかもしれない。
「いいじゃないか。また、その後の記者会見のシナリオもばっちりだ。本当に柚月と組めてよかった。」
「当然でしょう。初めから仕組んでいるんだから、記者会見のシナリオも争点問答も、たっぷりの時間を使ってすでに作り上げていたのよ。まあ、ドス黒いあなたが、いかにも清廉潔白のように振る舞い、楠の信頼を得ていたことが勝因だったけど。また、あなたの経済詐欺は見事だったわ。すごく勉強させてもらった。」
「男性を持ち上げる、そんな所も、お前のいい所だ。これから一緒に儲けるぞ。」
「それなんだけど、楠に投資をさせて、そのうち、5億円を私にちょうだい。そしたら、この件からは私は身を引くから。」
「5億円なんてケチなことをいうなよ。楠家の50億円の資産を全て貰えるんだぞ。しかも、その後も柚月となら、もっと稼げる。」
「私は、飽きっぽいの。ずっと、同じ人に嘘をつき続けるのは疲れるし。まあ、夫婦喧嘩で離婚したとでも言っておいて。」
「本当にだめなのか?」
「ごめんなさい。」
柚月は、きつく唇を噛んで、決心は固そうに見える。
過去からも、柚月は、一旦言い出したことは変える人ではない。
せっかく大きな夢を描いていたが、諦めるしかない。
まあ、優秀な俺と、俺に支配された楠がいれば、なんとかなる。
アメリカから、俺の2番目のパートナーを呼び寄せよう。
殺人とかはできないから柚月には敵わないが、経済詐欺ではピカイチな女性だ。
ここまで来れたから、そいつが活躍すればやっていける。
「お前がそういうなら、しかたがないか。決心は固いようだな。じゃあ、投資させたらすぐに5億円を振り込むから、それ以降は俺が全ていただく。」
「警察から解放させてくれて、ありがとう。」
俺は、俺が経営すると伝えている3つのペーパーカンパニーに5億円づつ楠に出資させる。
そして、そのうち5億円を柚月の口座に振り込んでおいた。
柚月はその日のうちに去っていく。
ここまでくれば、いくらでも儲かるのにバカなやつだ。




