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暗闇の虚構  作者: 一宮 沙耶
第3章 洗脳

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2話 投資話し

振り向くと、厳しい目つきの紳士が、にやけた顔で私を覗き込んでいる。

やはり、ただの紳士ではないのだと思う。

同年齢ぐらいなのに、数多くの修羅場を潜り抜けてきた貫禄がある。


「狙いはそれぽっちか。お前には、もっと大金がお似合いなんだけどな。」

「いつの間に。」

「お前の動きは、全てお見通しなんだよ。トラックの事故から。」

「何の事故?」

「お前が、拘置所に搬送されるときに、トラックと衝突して、逃げただろう。その時からだ。だって、あれは、俺が仕組んだものだから。酔っ払った男性をトラックに乗せ、パトカーが見えた時に、あれに向かって突っ込めと言ったら、本当にやるんだから驚いたけどな。」


何を言っているのか理解できない。

私は、その男性の顔を睨み続ける。


「それって、運が悪ければ私は死んでいたということじゃない。」

「お前は幸運の持ち主。そんなことで死ぬなんて思っていないよ。お前の存在は、ずっと調べていたんだ。これまで大勢の人を殺害してきただろう。名古屋のインターネットカフェの火災を起こした時、横にいたんだよ。気づかなかったのか?」


あの事件が見られていたんだ。

そういえば、どこかで見たことがあるような気がしていた。


「そのしばらく後、キャンプ場でトリカブトを使って大勢を殺害したのも知っているぞ。こんなにぶっ飛んだ女性がいるなんて驚きだよ。心が震えたね。そんな女性と一緒に仕事をしたくて、警察から奪い取る機会を探していたんだ。」


ずっと、マークされていたのは分かった。

それで、私と一緒になにをやりたいのかしら。


「で、私と何をやりたいの?」

「今、資産家の息子を騙して、大金を盗み取ろうと計画しているんだ。俺の女房役として、一緒に詐欺をしかけてもらいたい。」

「あなたと寝るのは嫌よ。」

「さっきまで俺と寝るために、このホテルに来たんじゃないのか? 俺って魅力の塊だと思っていたけど、お前には通用しないのかな。まあ、分かったよ。あくまでも演技上の夫婦としておこう。俺は、金を儲けられれば、それでいい。」

「で、どんなやつなの? ターゲットは。」

「人を疑うことができない資産家の息子だ。楠 雄一という。今回、俺が世界でも画期的なセキュリティソフトを開発したので投資をしてもらいたいと働きかけている。で、来週、そいつの家族と、俺とお前で顔合わせをすると考えている。」

「もう、そこまで話しが進んでいるんだ。私と会ったのも計画のうちだったのね。」

「今更、何を言っているんだよ。すべて計画どおりだ。」


頭はいいのだと思う。見た目どおり、緻密に計画を作り、慎重に実施するタイプ。

目の前の男性は、私を手に入れたことに大満足で、大笑いをしていた。


「で、あなたの名前は?」

「名前なんてどうでもいいが、仮の名として、佐々木 一郎ということにしておこう。お前はどうする?」

「そうね、じゃあ、佐々木 柚月とでもしておこうかしら。」

「柚月、いい名前じゃないか。お前の素敵な美人顔にもぴったりだ。」

「ありがとう。じゃあ、まずはターゲットの家に夫婦で訪問ね。」


1週間後、資産家の息子の家で顔合わせをした。

佐々木は、上品な布の3ピースで固め、ビジネスで成功を続けているとアピールする。

私は、白いワンピで清楚さを醸し出す。


「こちらが、私の妻の柚月です。よろしくお願いします。」

「佐々木の妻です。こんな素晴らしいお宅にお住まいなんて羨ましい。」


楠は、本当に騙されやすい人だと、一見しただけで分かる。

奥様は、腕が透ける上品な花柄のワンピを着て、お金持ちの家のお嬢様という感じ。

彩葉だと名乗り、にこやかに挨拶する。

その横で、まだ中学生ぐらいかしら、お嬢様も、莉音だと言って、おじぎをする。


でも、奥様は表面とは裏腹で、本当の姿はくせものの雰囲気が漂う。

楠は自分勝手に活動していると勘違いしているけど、全て奥様に聞いて指示されて動く。

お手伝いさんは、奥様が指示するたびに怯え、完全に奥様に支配されている。


家に入ると、かなり広いことが分かる。

1階には、見えるだけでもリビング、キッチンの他に8部屋がある。

リビングは吹き抜けで開放感があり、清潔感と上品さが溢れる。


リビングから見える広いお庭では、ゴールデン・リトリバーが自由に走り回る。

いかにも裕福だと見せるための作りで、逆に嫌らしく感じる。

人を迎えたときの鎧のような家なのだと思う。


「まずは男性陣でビジネスの話しをするから、女性陣はここでスィートでも食べていなさい。さあ、佐々木さん、横の部屋に行きましょう。」

「ええ。」


自分はできる男性だと虚勢をはり、背伸びをする楠は、見え見えで可愛い。

それを見た奥様はニヒルに笑い、何かあれば後で軌道修正をすればいいと鷹揚に構える。

逆に自分を過信する気持ちにつけ込むのがいい。


女性3人が残され、テーブルに座る。

テーブルには、ツリーのようなフォルムのスタンドに、数多くのスィーツが並ぶ。

紅茶の香りが部屋を包み込む。


「柚月さんは、お子さんはまだなのかしら。何をされているの?」

「まだ子供はいないんです。欲しいんですけど、夫は、仕事が楽しそうで、まだ早いと思っているみたい。彩葉さんみたいな上流階級の幸せな家庭を築きたいわ。」

「いえ、私はごく普通の出身だったけど、雄一にみそめられて楠グループのトップとして期待されている夫と結婚したの。それから、豪華な生活をさせてもらっているわ。」

「彩葉さんの振る舞いは上級階級という感じだから、ご謙遜という感じかしら。でも、毎日、こんなに優雅な時間を過ごせるなんて羨ましい。」


まずは、奥様は勝ち組だとおだてることにする。

下手に出た私の姿をみて微笑み、自分に従っていれば可愛がってやるという表情が漏れる。

本当にしたたかな女性なのだと思う。


「ところで、お子さんは、そろそろ作った方がいいかもしれないわ。女性はいつまでも若くないから。子供も早いうちにつくった方が、優秀な人に育つらしいわよ。」

「ありがとうございます。そうですね。でも、夫が経営するIT会社でセキュリティーの研究をしていて、その仕事が毎日楽しくて、つい時間が経ってしまって。」

「すごいわね。セキュリティーって難しいでしょう。」


私の情報を調べ、どこで使えるかと考えているに違いない。


「そんなことないですよ。他人のコンピューターに無断で入り込むのを防ぐと、次は、それを乗り越えて入り込もうとするという感じで、お互いに頭脳戦でゲーム感覚なんです。」

「私には、難しくて分からないわ。莉音なら分かるかもしれないわね。どう?」

「まだセキュリティーとか分からないけど、ITの業界で仕事してみたいと思っている。」

「そうなんだ。これから仲良くなれそうね。」


穏やかな笑い声が部屋に響き渡る。

表は平和な空気が流れていても、裏では駆け引きが続く。


「莉音さんは、学校は楽しいですか?」

「ええ、みんな優しいし、お嬢様学校だから、上品な振る舞いができていれば、勉強もそんなに厳しいことは言われないんです。だって、百億円以上の資産がある家のお嬢様達ばかりだから、何もしなくても、一生遊んで暮らせるでしょう。ところで、柚月さんは、どのぐらいの資産をお持ちなの?」

「私は、言える程の資産なんて持っていませんよ。」

「またまたご謙遜を。まあ、数10億円という感じかしら。うちには及ばないかもしれないけど、十分に優雅に過ごせるじゃない。これからも仲良くしてね。」


この母親にしてこの娘ありという感じ。

誰からもいじめられずに、ちやほやされて育てば、こんな風になってもしかたがない。

奥様は全てを知ったうえで振る舞っているけど、何も知らずに話すお嬢様はバカ丸出し。


学校では誰からも好かれていないのだと思う。

笑顔で接してくれていれば、それはお嬢様が持つお金に対してに違いない。


どこかで騙され、無一文になるに違いない。いえ、私達がそうすると知らずに笑っている。

そんな心の醜さに相応しい姿にしてやろう。どんな姿がいいかしら。

まあ、じっくり考えてあげる。


「柚月、話しはまとまったぞ。」

「あなた、何を決めたの?」

「後で話すから、今は佐々木さんご夫婦と楽しい時間をすごそう。」

「分かったわ。ところで、佐々木さん、柚月さんと一緒に働いているとか。いい奥様で楽しいでしょう。」

「ええ、とってもできた妻で。」

「まあ、今後のビジネスに向けてシャンパンで乾杯しよう。」


お嬢様はオレンジジュースで、大人はシャンパンで乾杯する。

これから何が起こるかなんて想像もせずに、笑い声が部屋に響き渡る。

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