8話 再会
「一香、あれは一香だ。」
1年ぐらい前から、突然、連絡が取れなくなった一香が目の前にいる。
渋谷のスクランブル交差点で僕の目に飛び込んできた。
「一香、待ってくれ。」
でも、すでに人混みに紛れて、交差点を通り終わる前には見失ってしまった。
あれだけ魅力的だった一香にもう一度会いたい。
それから、渋谷で一香を探す日々が始まった。
でも、なかなか見つけることができない。見間違いだったのだろうか。
ずっと一香を探していたから幻影だったのか。
でも、あれは幻じゃない。確かに、一香の横顔だった。
1年経ったけど、全く変わっていなかった。
一香と過ごした楽しい日々が蘇ってくる。
あの笑顔、はにかむ姿、心が洗われるような笑い声、どこをとっても僕の宝物だった。
だから、見間違うことなんてあり得ない。また会いたい。
僕らって、うまくいってたじゃないか。
どうして突然、連絡が取れなくなったんだろう。
何でも謝るし、言われたことは全て直すから、早く戻ってきて欲しい。
そして、1ヶ月ぐらい経った時、なんと、渋谷駅のホームで一香を見つけた。
ホームを歩いていると、次の電車を待つ人の列に一香が立っている。
白いリブプルオーバーに茶色のチェックのロングスカートで上品さが引き立つ。
髪の毛は、1年前と同じでミディアムボブで艶やかなアプリコットオレンジが美しい。
ワイヤレスイヤホンで音楽を聞き、スマホでSNSを見ていた。
「一香だよね。」
音楽で僕の声が聞こえないのか僕に気づかないので、目の前で手を振る。
「あ、隆一。どうして、ここに。」
目が大きく見開き、何が起きたのか分からない様子で呆然と立ちつくす。
ずっと好きだった、美しい一香が目の前で、僕を見つめる。
「それは、こっちのセリフだよ。どうして急にいなくなっちゃたんだよ。」
「それは・・・」
「少し、声がおかしいようだけど、風邪ひいた?」
声が前と違う気がする。会社を辞めたことと何か関係があるのだろうか。
まさか、姿がそっくりな別人ということはないだろうか。
いや、僕の名前を呼んだんだから一香に違いない。
「そうじゃなくて、喉の病気とかで声が変になっちゃって、嫌われると思って、連絡できなくなっちゃった。」
「そうなんだ。でも、そんなことを僕が気にするはずないじゃないか。」
「そうなの?」
「当たり前だろう。逆に、それだけっていう感じだよ。そんなんだったら、言ってくれればよかったのに。この1年間、急に一香が会社を辞めたって聞いて、そんなこと全く聞いていなかったから、一香に嫌われたって思って辛かったんだよ。」
「そうだったのね。私を見つけてくれて、ありがとう。」
一香と会いたかったという気持ちが怒涛のように流れでる。
久しぶりに見る、一香の笑顔は眩しい。
すぐにでも抱きしめたい。
でも、いきなり再開して、そんなことをすれば嫌われるかもしれない。
僕を嫌いになったのかもしれないし。そんな男性から抱きしめられたら痴漢だと言われる。
そんな雰囲気はないが、まずは、落ち着いて会話を続けよう。
「今、どうしているの?」
「どうしているって?」
「仕事とかさ。」
「喉の病気で会社は辞めてしばらく休み、最近、別のIT会社に転職したの。隆一は?」
「僕は、あいかわらずだよ。そういえば、今年の7月から課長に昇格になったんだ。」
「すごいじゃない。」
「ところで、ちょっと、時間ない? 飲みに行こうよ。久しぶりに話したいこといっぱいあるし。」
「時間はあるけど、彼女とかに怒られない?」
僕はずっと、一香を想い続けてきたんだ。他の女性を好きになることはない。
どうして、一香は、その気持ちを分かってくれないんだ。
いや、分かった上で、僕をからかっているのかもしれない。
「彼女なんていないよ。寿司バーがあったから、そこに行ってみよう。」
「いいわね。」
外人が大勢いて混雑する渋谷の道を歩いていく。
本当は昔のように手を握りたかったけど、嫌われるかもしれず、少し距離をおいて歩く。
15分ぐらい歩いただろうか、井の頭通りを通り、PARCOの先にお店があった。
お店に入ると、やや暗めで席にスポットライトがあたり、大人の雰囲気が漂う。
寿司バーの奥にあるカウンター席に座った。
カウンターの先にある窓からは、光り輝く渋谷の街が見える。
一香からは、昔と同じ香水が漂い、心地がいい。
すべすべの肌、エレガントな立ち振る舞い、いずれも魅力的。
はにかむように、下に目を向ける仕草も、昔から変わっていない。
細い指は、いや、指はこんなに太かったっけ?
指がむくむこともある。1年の間に少し太ったのかもしれない。
たしかに、バストやヒップは少し大きくなり、スタイルにメリハリがついた気もする。
少し疑問もあったけど、話しは昔の僕の失敗談等に進んでいく。
「そういえば、隆一、公園で池に落ちちゃったことあったよね。あれはびっくりしたから覚えてる。でも、冬だったから寒かったでしょ。ドジなんだから。」
「本当に、あれは大変だった。よく覚えてるね。」
「そりゃ。クリスマスにディスニーランド連れて行ってくれたのも楽しかった。」
「あれは、一香に好かれようと、いろいろとリサーチして頑張ったんだから。」
「そうなんだ。私には隆一だけしか見えなかったから、そんなに頑張んなくてもよかったのに。」
こんな話しを知っているのは一香しかいない。
一瞬でも一香を疑った自分を恥じた。
1年も会っていないのだから、容姿が少しは変わることもある。
でも顔は間違いなく一香だ。僕のこともよく知っている。
「当時は、嫌われないか、毎日、すごく悩んだんだよ。それまで何回か付き合ったけど、初めて、この人だと思えた人だったから、一生懸命、背伸びしてたんだ。」
「嬉しい。」
「せっかく再会できたんだから、もう1回、付き合おうよ。」
「こんな声の私でいいの?」
とんでもない。僕には、そんな君じゃないとだめなんだよ。
一香の声が発せられる唇はとても柔らかそうで、桃色ピンクのリップが映える。
僕は、もう一香しか見えなかった。
「声は、そんなに変じゃないよ。というか、昔の一香と少し違うだけで、ごく普通だけど。むしろ、前の声はアニメ声だったから、今の方が大人の女性っていう感じでいいと思うな。」
「あれ、前の声、ディスられちゃった。」
「そういうことじゃなくて、気にしすぎだって言いたいんだよ。僕は、声じゃなくて、一香という人が好きなんだから。」
「本当に嬉しい。私って、心配性すぎたんだね。これからも、私のこと大切にしてね。」
一香の目からは涙が流れ、僕の肩に頬を寄せた。
少し違う匂いなのか、何かの違和感は感じたけど、勘違いなのだと思う。
その日から、僕は、一香と、頻繁に一緒に過ごすようになった。
本当に再会ができてよかった。こういうのが運命というのだろう。
コース料理で5皿目のお寿司が運ばれてくる。
料理なんて目に入らないと言わんばかりの隆一が私だけを見つめる。
おしゃれなインテリアのおかげなのか、カップルが多い。
私達も、その1組で、だれが見ても、愛し合っている2人に見えると思う。
そんな隆一の姿を私は微笑みながら見ていた。
計画通り進んでいる。
私は、お手洗いに行くと言って席を立った。
トイレの鏡には、隆一との再会が思い通りにいったと笑みが溢れる私の顔が映る。
声が違うので、どう対応しようかと思ったけど、私の話しを信じてくれたみたい。
一香とのエピソードなら何でも知っている。
私は、リップを塗り直し、再度、鏡を見て決意を固めた。
席に戻ると、隆一は、堰を切るように話し始める。
やっぱり、あんなゲスな女よりも、私の方がいいのだと思う。
また付き合おうって、当然でしょ。運命なのだから。
私は、ずっと、一生懸命に話す隆一の顔を見つめていた。
憧れの人が、横で、私を見ながらずっと話している。私に嫌われたくないって。
好きだって。ずっと、大切にするって。そう、そういう言葉を待っていたの。
ずっと汚い女に騙されていたのね。
その束縛から解放されて、そんなに饒舌になっているのね。
この時間がずっと続けばいいのに。
でも、今日が終わっても、明日からもずっと一緒なんだからいい。
もう、あんなメス豚に邪魔されることはない。
あのメス豚はもう、この世にいないんだから私の勝ち。
それからの毎日は、本当に幸せな日々だった。そう、夢が実現したの。




