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榎田順一郎の日常  作者: 大堀英一郎
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第3話

榎田が警察に捕まった日から1週間後。彼は万城目不動産のオフィスに出向いていた。


「いやー。先生のお陰で大事に成らずに済みました」


万城目の社長に褒められているのは、もちろん榎田ではない。隣に座っている御祓い師の江戸川紗英先生である。


彼女は、先程、霊障を起こしかけていたマンションの案件を素早く解決してきたのだ。


冴え冴えとした美貌は幽世を思わせ、美人すぎる霊媒師として、オカルト方面ではちょっとした有名人なのだが、実力も超一流。インチキな偽物も多い中、本物の霊能力を持つ御祓い師なのである。


万城目社長がデレデレになるのも当然である。


「いえいえ、私だけで解決出来た訳ではありません。早期に発見した榎田さんのお手柄ですわ!」


妙齢の美女がそう言って榎田を持ち上げるが、ここで真に受けてはいけない。これは万城目社長を持ち上げるためのキラーパスなのだ。榎田もおっさんなので接待スキルもソレなりに持っているのだ。


「それこそ、とんでもないですよぅ!『丁寧、誠実、確実に!』危なそうな物件はチャぁンと調査を依頼してくれる万城目社長のお手柄に決まっていますぅ!」

「さすが万城目社長ですわ〜!」

「いやいや、江戸川先生にそう言って頂けるとは!『丁寧、誠実、確実に!』が、我が社のモットーですからな!ウワッハッハッハ!」


榎田のアシストで江戸川先生のシュートが決まり、万城目社長も大満足である。なに?この茶番。


社長室では三人が盛り上がっているが、万城目不動産の別の部屋では、碇さんがとある客の相手をしていた。


「ナルホドですネ。テナント管理を委託していた不動産会社が破綻してしまったと……」

「はい。物件自体は回転が早くて収益が良いのです。ですが、このご時世、委託する会社が次々に破綻してしまいまして」

「うーん?もしかして、その物件、曰く付きとかではないですよね?」


不動産には事故物件と呼ばれる物がある。その建物で死亡した経歴があると死因によっては事故物件と言われるようになるのだ。


「とんでもないですよ!中古物件でしたが、書類には何も問題ありませんでしたし、ネットとかでも調べましたから!」


事故物件になれば、当然、不動産の価値は下がる。なので、法的に事故物件とされるのを回避する方法もいろいろと開発されているのだ。


そうして普通の部屋と変わらずに売買や賃貸される物件がある。もちろん問題ない場合が多い。多いのだが、何事にも例外は存在する。特に、この世には科学だけでは説明出来ない現象が存在するのだ。


「分かりました。ただ、念のために、そこも含めて一度調査をさせて下さい。そこについての経費はこちらで持ちますから。お客さまの許可を頂けないと、こちらで勝手に調べる事も出来ませんので、事前準備の一環として、ご協力頂けませんか?」


あくまでも下手にお願いする碇さん。下手になりながらもスルリと相手の懐に入り耳打ちする。


「何なら、お祓いもコチラで手配致しますが……?」

「……え?」

「ちょうど、あの!江戸川先生もお見えになっていらっしゃいますし、ご挨拶だけでも如何でしょうか?」

「えぇ?あの!江戸川先生がコチラに?」


霊的な存在が人に憑依したり、悪影響を与えたりすることを霊障と言う。悪質な不動産屋には入退室の手数料を稼ぐために、あえて霊障を放置して部屋の回転率を上げる事がある。


そうして霊障を放置した結果、更なる惨事を起こす事があるのだが、科学的な証明が出来ないために悪徳業者が絶えることがない。


もちろん、ほとんどの不動産業者は、まともな業者であり、地元の寺社に頼んで儀式をするのであるが、お祓いの実力もマチマチで、確実に霊障を祓えるとは限らない事も事情を複雑にしているのだ。


「それでは、ヨロシクお願い致します!本当に江戸川先生に見て頂けるなんて、光栄ですわ!」


くだんのお客さまは、本当に江戸川先生が現れ、挨拶してくれて、記念にスマホでの写真撮影に応じてくれた事で機嫌よく調査を許可してくれた。


「ありがとう御座いました!」


江戸川先生と碇さん、そして榎田がにこやかに客を送り出す。部屋から出て、エレベーターまで見送りし、部屋に戻ってドアを閉めた瞬間、江戸川先生が叫んだ。


「ぐわああああー!この物件!あの物件でしょ!一棟丸ごとヤバイって噂になっているビルじゃないの!」

「そうなんですよぅ。それどころか、徐々に怪異の範囲が広がっているんですよねぇ。1週間後には実体化しそうですねぇ」

「エエッ?榎田さん!それマジ?ウワサじゃなかったのか!いや、榎田さんがそれ系の話で冗談言う訳ないかー」

「まぁ、チャンと診たワケじゃないのでぇ、確実とは言えませんけどぅ」

「でも、本当に起きると思っているんでしょ?」

「まぁ、そぅでぃすねぇ」


榎田の発言に頭を抱える江戸川先生。さっきまでの楚々とした態度は何処に消えたのか。


「一応、今日のお客さまにも許可を頂けたのでぇ、六割方の部屋に入る事が出来ますしぃ、共用部分も含めればぁ、ほぼほぼ、怪異の起きる場所は診る事が出来ると思いますぅ。そうしたらぁ、原因も特定出来ると思いますよぅ」


玉石混淆の混沌とした事故物件界隈。そんな不確かな業界の中で、榎田は特殊な視力で霊障を確実に「診る」事が出来る貴重な調査員なのだ。診る事が出来るだけで、他の能力は全く無いのだが。


ただし、診る能力に関しては他の霊能力者の追随を許さない。榎田は霊の現状を見るだけでなく、ある程度の過去と未来をも見通せるのだ。そして、過去と未来を見通せる事で、霊障の原因の究明も出来るし、その対策も見る事が出来るのであった。なに、そのチート。


「ぐうぅう!榎田さんの調査があれば心強いけど、榎田さんの話が本当なら、私だけであのビルの霊障を祓うのは無理だわ。最近、スランプ気味なのよ。万城目社長。申し訳ないけど、助っ人を呼ばせて貰うわね」


江戸川先生が万城目社長に断りを入れるのは、予算のお願いだから。お祓いも無料奉仕ではないし、ソレなりにコストもかかるのだ。


「仕方がありませんな。あのビルは、この町の繁華街の中心近くにある。あそこから霊障が広がればこの町自体がゴーストタウンに成りかねない……。……いや!今のは霊とゴーストをダジャレでかけた訳ではありませんぞ!」


偶然発生したギャグにジタバタとする万城目社長。


「もちろん、わかっていますよぅ。社長ぅ!落ち着いてぇ!」

「いや!榎田さんはどうでもよろしいんです!江戸川先生にわかって頂かないと!」


おっさん同士のワチャワチャなど、どこにニーズがあるのだろう?


「しょうがないわね。碇ちゃんは事前調査のお願い。私はこれから助っ人をかき集めて来るわ。1週間ほどで戻るから」


ジタバタする万城目社長は榎田に任せ、江戸川先生は助っ人を集めに出立するのであった。面倒くさいので逃げたしたともいう。


「はいはい。社長も榎田さんも、あんまりノンビリしていられませんよ。既にウワサが広まるくらいには霊障も強くなっていますし、江戸川先生が1週間って期限を切ったんですからね!」

「うむ。確実な被害が出る期限だと思った方が良いだろう。対策を考える時間も必要だろうし、榎田さんも調査を前倒しして下さい。お願い致します」

「はいぃ。そこは碇さんもお手伝いお願い致しますよぅ」

「ムリムリ!私は事務手続きで手一杯ですよ!」


榎田は現地調査をするだけだが、万城目不動産としては、1週間後のお祓いをする時の事前準備をしなくてはならない。無関係な人を巻き込まないようにしなくてはならないからだ。


「うむ。当日の人払いの口実として、ビルの緊急メンテナンスを行う事にする」


万城目社長が対策を考えている。


「事務手続きは全部、秘書課で手配しておく。碇君は榎田さんのお手伝いをしてくれたまえ」

「え?いいんですか?」

「もちろんだよ!任せてくれ給え!」


胸を張る万城目社長だが、碇さんは社長室に直結しているドアからの不穏な圧力を察知していた。もちろん、そのドアの先は秘書課である。


「じゃ、じゃあ、お願い致しますね!榎田さん!さっそく、調査の準備に取り掛かりましょう!アッチの会議室へ行きますよ!」

「えぇ?いきなりですねぇ」

「ささっ!急いで、急いで!」

「ちょっとぅ!押さないで下さいよぅ!」


これからの1週間、警察や消防署や電力会社など各所への連絡や、テナントに入っている店舗への補償も必要だ。その補償には保険を使うのだが、保険会社との折衝と事務手続きもしなければならない。さらに、当日の人払いのために、ガードマンの手配や警備計画も必要だ。やることが山積みだが、それが突然秘書課に降りかかったのだ。


……。


万城目社長の頑張りに期待しよう。


とりあえず、碇さんとしては1週間の間、秘書課のお姉さま達に近づかないようにしようと決心するのであった。くわばらくわばら。

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