第7話 転がすってのは隠語だよ。配信中だから気を付けないとね
「ゴリゴリゴリラは今見た通り馬鹿です。ド低能です。腐れ脳みそです。ちょっと頭を使えば軽く転がせます。フェイントをかける。不意を打つ。技で捌く。なんでもいいので頭を使って戦いましょう。腕力だけは一丁前なのでまともに戦うとちょい面倒――ん?」
ダンジョンが、騒がしい。トンネル型の通路の奥の方から反響する悲鳴が響き渡ってくる。言語の体をなさぬままドンドン近づいてくる。そしてカイの下までやってきた。カイは質問した。
「おいあんた、何が」
「逃げろォおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「なんでS級モンスターがぁああああああああああああ!」
カイを無視して叫びながら逃げていく冒険者たち。だがその中に聞き捨てならぬ重要情報があった。
(Sランクだと? 通常ダンジョンは認定ランク以上のモンスターは出現しない。特異固体か。ダンジョンの外まで追ってくるかもな)
特異固体。ダンジョンのあらゆる法則から逸脱した危険個体だ。概して同名の通常個体よりも数段強く、出会ったらまず逃げろと言われる程。その特殊個体が出現したという。
「逃げましょう」
カイは即座に決断した。戦うメリットがない。S級モンスターの特異固体。
勝てる訳がない。
(――とまでは言わないがリスクが高すぎるよな。もっと、絶対確実に屠れると言い切れるくらい強くなってから相手をするべきだ。でないとダンジョン探索なんて命がいくつあっても足りない。ここはまず逃げてその内駆けつけてくるであろうS級冒険者に相手を任せるべき――ん?)
また悲鳴が近づいてくる。知ってる声。ケビン達だ。カイは情報収集を試みた。
「ケビン! いったい何が」
「ああ!? デスケルベロスが出たんだよ! どけやゴミがァ!」
「糞! ゴーレムみたいな鈍重なモンスターならよかったのになんでよりにもよって同ランク帯屈指の俊足で知られるデスケルベロスなんだよ! あのバカ女がいて助かったぜ!」
「どきナァ! アタイの逃走の邪魔だよォ! オラァ! あっだ!」
カイは付き飛ばそうとしてきたミッチェルの手を避けた。バランスを崩して転んだミッチェルが怒声を上げる。
「なんで避けるんだよ! バランスを崩しただろう……が……」
ミッチェルの声が萎む。カイの尋常でない様子を目にして。
「デスケルベロス……シロの、仇……ハァ、ハァ……」
「な、なんだよ。んな凄んだって、怖くないんだからね……!」
「――す」
「ひっ!」
ミッチェルはしりもちをついた。なぜか、自分より低ランクのカイがまるで得体のしれない化け物のように見えたからだ。
「――予定変更だ。屠ってやる」
「ハァ? あんた何を言って――ってそっちは逆走だよ!?」
カイはケビン達が来た方向へと――デス・ケルベロスへと一直線に走り出した。迷いのない走り。突然の自殺ムーブにミッチェルが混乱する。
「ミッチェル! 馬鹿にそれ以上関わるな! 勝手に自殺させとけ!」
ケビンが指示を出す。ミッチェルは冷静になった。
「! そうだね! 真理だ! 犠牲が増えてラッキーだぜ! ひゃはははぁ!」
ケビン達の足音があっという間に背後に。カイは急ぐ。誰かに倒される前に自分が倒す。それが今のカイの思考の全てだった。
また、一人の冒険者とすれ違う。
「あ、カイさん! 大変なんです! デス・けるべろぉおおおおっ!?」
一瞬で如月紗羅砂が背後に消える。本気で走っているから当たり前。カイはひた走る。
天使と魔獣の戦場を目指して。
(ダメ、でしたか……分かってましたが。でも、善戦した方ですよね……)
――私の体はボロボロだった。もっとも私らしい姿だと思って用意した天使型コスチューム鎧はガタガタのボロボロ。その下の制服も大きく裂けてしまっている。大事なところは見えていないが大事でないところは見えている。エンジェル・ロッドは折れてしまった。魔法の出力大幅ダウン。もう、デス・ケルベロスに通用する魔法は放てない。
そもそも、魔力が尽きている。
「GURURURURURURURU♪」
それ程までに自分を使い果たして尚、デス・ケルベロスははほとんど無傷。5体満足のまま、悠々と歩み寄ってくる。もしかしたら嬲り殺されるのかもしれない。そのことに対する恐怖はほとんどなかった。
私はもう一度死んでしまっているから死への恐怖が麻痺してしまっているのかもしれない。
(ああ。でも、悔しいなぁ……夢が叶わないまま死ぬのかぁ……)
Dキューブも破損してしまっている。もうコメント画面が移っていない。最後にせめてコメント欄くらい見たかったなと私はふと思った。空っぽの私にとって、視聴者のみんなのコメントは私そのものみたいなものだったから。
空っぽの器にみんなが中身を注いでくれたから。
(せめて、せめて……)
デス・ケルベロスがにちゃりと笑う。魔物も笑うのだなと思った。そしてやっぱり醜悪だなとも。そして。そして――。
(魔物をこの世から一匹残らず滅ぼしたかったな)
最後にそう思った。デス・ケルベロスが腕を振り上げる。そして振り下ろそうとして――。
「GYAO!?」
(――え?)
耳を、塞いだ。
――冒険者が逃げまどっていた。明らかな異常のサイン。たまたま近くを通りがかったケビンにデスケルベロスの発生を聞いて、紗羅砂ちゃんにその居場所を聞いた。そして本気で駆けること10分。
いた。
俺の仇敵が。
「GURURURURU……!」
デス・ケルベロスが俺を振り返る。犬笛の効果だ。この犬笛は犬型モンスターに飲み聞こえる不快な音を発する。猫だましみたいなものなので一発使ったらもう通用しなくなるだろう。殺されかけている人間がいたので思わず使ってしまったが、もっと有効な使い方があったかもしれないなと俺は反省した。
(まぁいい。どうせ大して戦闘の役に立ちはしない。こいつ一本あれば十分だ)
俺は短剣を右手で構える。さらに動きの邪魔になるコートを床に脱ぎ捨て、ネクタイをぶちりと千切り捨て、もう使わない犬笛も床に投げ捨て、なるべく体を身軽にしてから、デスケルベロスに言い放った。
「かかってこい犬っコロが。転がしてやるよ」
「GURUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
戦闘が、始まる。




