第2話 ダンジョンへ電車でGO――とか言ったら年がバレるかな
ガタンゴトン。
電車に揺られて次の目的地へ。
(大人が電車内で新聞を広げる。子供たちはイヤホンで耳を塞いで漫画を読む。そんな光景もすっかり過去のものになったな)
大人も子供もスマホを弄っている。Dボードを弄っている人間もいる。冒険者だ。冒険者ギルドで渡される情報端末。それがDボード。スマホとほぼ同一の見た目だが用途はまるで別物。冒険者をサポートする機能で満ちている。でも映画くらいなら見れる。カイも勿論持っていた。バッドエンドで有名なアニメ映画をヘビーリピートしている。
プシュー。
「ご乗車ありがとうございました。お気をつけて降車ください。次は――」
電車を出て、駅も出る。ネオンライトの下、雑踏に混じる。ビル、アパート、アミューズメント施設、映画館、ダンジョンショップ、冒険者ギルド、ダンジョン対策軍駐屯地、様々な施設を横切りながら、目的地へ一直線。人混みはどんどん厚みを減らし、目的地に辿りつく頃には数える程となった。
(もうすぐ着くな)
ダンジョン対策軍の駐屯地が見える。そろそろダンジョンだなと思いながら歩いているとふいに後ろから声をかけられた。
「おはようございます。犬飼さん」
「ん? ああ、おはよう。紗羅砂ちゃん」
振り向くと、そこには女子高生がいた。如月紗羅砂。以前俺がダンジョンで助けた縁で知り合った女の子だ。明るめの髪色に、天真爛漫な表情。メリハリの利いた体型が健康的な色気を纏っている。見た目を裏切らず明るく素直な性格のいい子だ。俺なんかに笑顔で話しかけてくれるところからもそれは伺える。もう過去の恩なんて忘れてくれてもいいのだが……そこで忘れないのがこの子の優しさなんだろうな。恩で縛ってるようで申し訳ないから本当に忘れてもらってもいいのだが。
「今日も仕事帰りですか?」
「ああ。いつも通りだよ。これから配信するんだ」
答えながら、サラちゃんの体を見る。細く、肉感的。スポーティーではあるが、超人的な力を秘めているようには見えない。だが、その細腕が生み出す力は力士さえも凌駕する。魔力に適応し体を魔力体へと作り替える資格を得た覚醒者だからだ。もちろん俺も覚醒者だ。スキルや魔法だって使える。そもそもダンジョン探索者にには覚醒者しかなれない。
(生物学的には絶対雑魚なんだけどなぁ……魔力体ってのは不思議だ)
思いながら紗羅砂ちゃんの体を見ていると、ふいに体を腕で庇われた。紗羅砂ちゃんは赤らんだ顔を背けて、横目で
「あんまり、じろじろ見ないでください。恥ずかしい……」
「――」
全くの誤解だった。俺は慌てて言い訳した。真意が伝わるようになるべく直接的な言葉を選んで。
「……君の体に欲情した訳じゃないよ。俺もさ、一応経験豊富だから見慣れてるんだ。だから今はもう感情を切り離せる。そこのところは安心してくれ。その上で何で君の体を見ていたかというと、魔力体の不思議に思いを馳せていたんだ。これだけの細腕で、生み出す力はまるで力士。お相撲さんだ。いや、それ以上かな。魔力体って本当不思議で面白いと思う。まだまだ未知の可能性が――」
「ぐす……失礼します……お相撲さん……」
紗羅砂ちゃんはダンジョンの方向に去っていった。べそをかく音がよく響く。人の視線がよく突き刺さる。
「……まぁ、若い子との会話って疲れるからな。面倒臭い人間関係を一つ消化できたと思うか。うん……」
無理やりポジティブシンキング。深呼吸で気分を切り替え再びダンジョンへの歩みを再開した一歩目で再び背後から声をかけられた。俺は再び足を止めた
「よぉーっ! ファッキンドッグじゃねぇか! 相変わらず日本人らしく貧弱な体だな。ハハハッ!」
「……ケビンか」
嫌な奴に声をかけられた。B級冒険者パーティのリーダーのケビンだ。後ろにパーティメンバーのマイケルとミッチェルもいる。ケビンはガタイのいいアメリカ人男性。マイケルも同様。だが少し小柄。そしてミッチェルはスタイルのいいアメリカ人女性だ。全員白人だ。ダンジョン大国たる日本に越境してくる海外の冒険者は珍しくない。ケビン達もその口だ。しっかり日本語は勉強してきたらしくペラペラだ。
「おいおい。ケビンじゃなくてケビンさんだろが。いつからタメ口聞ける身分になったんだぁ?」
「あ、すいません、ケビンさん」
反射で敬語を使ってしまう。社会人になってから俺は本当に腰が低くなった。事なかれ主義が染みついている。
「分かればいいんだよ分かれば。……ふん。相変わらず一人か。日本人らしいぜ。それにその装備。相変わらず金もねぇみてぇだな。日本人らしいぜ。ハハハハハ!」
高笑いを上げるケビンの格好は立派なものだ。全身を覆うプレートメイルに背中にはバスタードソード。どちらもぶ厚く重量感ぎっしり。それを苦も無く引き摺り歩いている。ダンジョン探索者ならではの怪力。だが見るからに鍛え上げられたケビン自身の筋力のお陰でもあるだろう。筋力は怪力に補正をかける。ケビンは自分の装備を見せびらかすように腰に手を当てて胸を張りながら歯を剥いて見下すような笑みを浮かべた。
「へっ! ファッキンジャパニーズは家に帰ってママのミルクにでもしゃぶっときな。それが自分のためだぜ。じゃあな。ハハハハハハ!」
ケビンは機嫌よさげに高笑いしながら去っていった。マイケルとミッチェルも侮蔑の笑みをにやにや笑いながらケビンの後を追った。
「……そろそろいいか」
俺は少し間を開けてからケビン達と同じ方向――ダンジョンへの歩みを再開した。糞上司のねちっこい説教に比べたらケビンの煽りは可愛らしいものだなと思いながら。
「へっ、日本人はどいつもこいつも貧弱なガタイしてるぜ。まるでナードの群れだぜ。ハハハッ!」
ケビンは高笑いをあげた。マイケルとミッチェルも笑う。3人はアメリカではそこそこ名の知れたパーティだった。日本で名をあげる。そんな野心を持って先月日本に越境した。海を越える覚悟があるだけあり、3人の実力は日本のBランク冒険者の水準を大きく超えていた。Aランクの実力があった。ダンジョン潜入のルールにより、基本冒険者は同ランクの冒険者とブッキングすることが多い。ケビンは同じBランクの冒険者と何人も出会い、そして全員が雑魚にしか見えなかった。だからケビン達は増長していた。日本の冒険者を見下していた。
「さっきのカイは雑魚の筆頭だな! DランクでBランクダンジョンに潜りに来てんじゃねぇよ! 自殺志願者が! ギャハハハハハ!」
ケビンより小柄で、蛇みたいな顔つきをしたマッチョのマイケルが笑う。ケビンも笑おうとして、ふいに顎に手を当て真面目な顔を作った。
「……そうだよな。あいつDランクだよな……」
「あ? どうしたんだよケビン。笑えよ。ほら。いつだってニッコニコスマイルだぜ」
「そうよケビン! 笑いましょ! あひゃひゃひゃひゃひゃ!」
マイケルとミッチェルがケビンに笑顔を要請する。本場薬物仕込みの素敵な笑み。ケビンは無視した。
「いつも会社帰りの防御力0のリーマンスーツで、ソロで、貧弱な日本人のガタイで、死んだ目で、Dランクの癖にBランクのダンジョンに潜って、当たり前のように帰還しやがる。ダンジョンってのはパーティで潜るのが当たり前だ。BランクのダンジョンはBランクの冒険者がパーティを組んでようやく適正って意味だ。なのに、Dランクでソロ? んな奴、日本じゃ他に見たことねぇぞ……」
ピタリ。
2人の笑い声が止まった。
「……」
「……」
マイケルもミッチェルも笑うのをやめた。薬物を摂取していないので理性で笑い声を止められるのだ。喉を鳴らしてケビンの次の言葉を待つ。ケビンが口を開く。
「つまり」
「つまり……?」
「……ゴクン」
「……ニッ」
ケビンは呵々大笑して2人の不安を吹き飛ばした。
「とんだラッキーボーイって訳だ! ハハハハッ!」
「そ、そうだな! ハハハハハッ!」
「そうね! あほなジャポン顔してるし偶然に決まってるわ! あひゃひゃひゃひゃ!」
2人は元気を取り戻す。ケビンはもう一度快活に笑って前を向き2人を背で引っ張る。その表情は極めて真面目だった。
(なにもんだあいつ?)




