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第13話 天使パニック

「俺ハココマデダ。ニンジャハ忍ブモノダカラナ。人目ニツケナイ。ジャッ!」


 ダンジョンの入り口で俺たちは謎の理屈をこねるニンジャさんと別れた。それを言うなら猛虎タンメンを食べに行ったのはどうなんだと言いたくはなったが、ニンジャさんに突っ込む不毛さは経験則からよく知っているのでダンジョンの入り口から外に出てそのまま消えたニンジャさんと俺たちはそのまま別れた。


 そして、俺たちもまたダンジョンの入り口を(くぐ)らんと歩き出す。一本道の先、外への脱出口。その先に喧騒がある。出口に近づく程そのボリュームは大きくなる。


「……多分、天使ちゃんねるの視聴者です。過去にも経験があります。私を心配してきたんだと思います。デスケルベロスの戦闘中にDキューブがデスフレイムの余波を受けて壊れたので心配して見にきたのでしょう。その、こういう風に集まられることは何回か経験があります……」


(……そういえば、ニュースで見たことあるな。ダンジョンのバリケードの周りに視聴者が群がってる光景。ちょっと厄介かな……)


「安心してください。誰にも言いませんから。通りすがりの冒険者に助けられたことにしておきます」


「ッ!?」


 何も言っていないのに俺の内心を察してフォローを入れる。天使だ。完全に天使の所業だった。俺はもう天使ちゃんが人間だとは思えなかった。ずっと聞きたかったことを天使ちゃんに聞く。


「天使ちゃん。君は本物の天使なのか?」


「え? 違います」


「……そうか」


「……」


「……」


「ダンジョン、出ましょうか」


「ああ」






 ダンジョンの出口を抜けるとそこは明るい夜だった。


 俺たちは――ダンジョンは包囲されていた。


 ダンジョンへの行き道にも見かけた最先端魔工兵器で武装したダンジョン駐屯軍。冒険者ギルドの職員。ギルド直属戦闘員。夜を照らし戦いやすい戦場を作るための証明器具。事態は思ったより大事になっていた。


 その原因は間違いなくダンジョンを半径300メートルの距離を開けて取り囲むバリケードの向こう側から聞こえる、距離があり過ぎて詳細の知れない大群声――深夜にも関わらず天使ちゃんを心配して集まったらしき天使ちゃんファンの大群にあるのだろう。これだけ人が集まれば国やギルドも相応以上の対応をして事後クレームを潰すための仕事してるアピールをせざるを得ない。


 もちろん根本の原因は俺が来る直前まで行っていたらしき天使ちゃんの配信にあるのだろうが。正直俺は天使ちゃんの人気を舐めていた。ワールドクラスの配信者。その意味を改めて思い知らされた。俺は少しだけ打ちひしがれる。俺がデスケルベロスを100体拷問して殺しても得られない人気がそこにはあった。天使ちゃんが隣でため息をつく。


「また、ですか。どうしよう……」


(また……また、か。ふふ)


 慣れっこらしい。俺は天使ちゃんを羨むとともに少しだけ同情した。これだけ人気になって顔も知れているとなると、そりゃ何かと大変だろう。その点に関しては今の俺のマイナー配信者という立ち位置はある意味では気楽なものだった。


 顔バレしてなくて本当によかった。




 俺たちがダンジョンの入り口で阿保みたいに立ち竦んでいると一人の女性が集団を代表するかのように歩み出て俺たちに話しかけてきた。目の上と肩口で直線状に切りそろえられた銀色のショートカット。キリリと使命感に引き締まった目つき。軍服がよく似合っている。美女だ。女性は俺たちの前で立ち止まるとビシっと敬礼した。


「失礼します。私は東京都ダンジョン探索軍副団長のエレナ・トートロジーです。カイ・シロスキー様とザ・スノーホワイト・エンジェル様ですね?」


「はい」


「ザ・スノーホワイト・エンジェルです」


「確認のため冒険者カードの提示をお願いします。規則なので」


 面倒くさい規則だなと思いながら俺は冒険者カードを提示した。天使ちゃんも。エレナさんは俺の冒険者カードを見て驚いた。通常2ランク上のダンジョンをソロで潜ったりなどしないので当然の反応だろう。にしては驚き方が少し過剰に見えたが、気のせいだろう。俺は人の心理にあまり詳しくない。


「確認いたしました。それでは私についてきてください。カイ様。ザ・スノーホワイト・エンジェル様」


「はい」


「なぜ」


 俺は疑問に思ったので尋ねた。


「え?」


「理由を知りたい。なぜあなたについていかなければならないんだ?」


「……それは歩きながら説明します。とにかく、ついてきてください」


「分かりました」


 説明がもらえるならそれでいい。納得した俺はエレナさんの後についていく。ダンジョン軍の間を突っ切って少し外れにある武器庫の方角へ。左右に並ぶ厳つい軍人たちの視線はいずれも俺の背後に注がれている。エレナさんは、おそらくデフォルトの表情なのだろう。その鋭い目つきで俺を肩越しに振り返りながら説明を開始した。


「ダンジョンの外は天――ザ・スノーホワイト・エンジェル様の配信を見て群れ集まった群衆に囲まれており危険です。無用な接触が行われるかもしれませんし、また、その姿を人目に晒すことそのものがリスクです。間違いなくカメラでバシャバシャ写真を撮られまくるでしょう」


「なるほど。それは遠慮したいです」


「そんなことだろうと思っていました」


 2人の配信者としての経験の差が反応に出る。経験豊富だから天使ちゃんはエレナさんに何も尋ねかったのだろう。俺は納得した。


「なので別の出口から脱出します」


「別の出口?」


「はい。こちらです」


 エレナさんに続いてダンジョン外の武器庫へ。武器庫に並ぶ覚醒者と非覚醒者の戦力差を埋めるためのメイド・イン・国家予算な強力な魔工武器を眺めながら歩いていると、エレナさんが唐突に立ち止まった。


「ここです。ピ・ぽ・パ・ぽ」


 部屋の隅。何もない空間でエレナさんが胸ポケットから取り出した謎の器具のスイッチを謎の呪文を詠唱しながら押す。その間抜けな響きに気を抜かしながら待つこと数秒。


 ゴゴゴゴ……。


「こ、これは……!?」


「地下通路です。別の基地に繋がってます。さぁ、行きましょうか」


 床がスライドして地下階段が現れた。エレナさんが先導して下り始める。天使ちゃんもその後に慣れた様子で続く。もしかしたら以前にも経験があるのかもしれない。そんなことを思いながら俺も階段に足を踏み入れる。


「じゃ、締めます。ポ・ぴ・パ・ぽ」


「あの、その呪文は一体」


「……魔工器具の起動呪文です。それだけです」


「あ、はい」


 気まずい沈黙を床がスライドする轟音が貫く。そして床が完全に締まりかけたその時、群衆の一人が上げたバカでかい野次の断片が俺の耳に届いた。


「よくも天使ちゃんの目を穢しやがったな! 天使チャンネルを穢しやがったな! ぶっ殺してやる! 覚悟しとけ! キルド――」

「殺――キルド――野郎――天使、穢――」


 バタン!。


「……」


 俺は突然猛烈な寒気に襲われた。キルド――の後に続く言葉がまさかヤなんてことはあるまい。キルドヤではなくキルドッグと口にしたはずだ。そういえばキルドッグちゃんねるには普通に天使ちゃんの姿を映していた。どうせ俺の配信なんて誰も見やしない。バズるかも何て期待はどうせ裏切られる。なぜなら全て裏切られてきたから。だからどうせ今回も無風で終わる。それにどうせ最終回だからどうでもいい。天使ちゃんが偶々移った程度で配信が跳ねてたまるか――そんな捻くれた諦観が油断を生んだ。


 ふにゅん。


 頭が天使ちゃんの後頭部にめり込んだ。頭部。なのに、ふにゅんとしか形容しようのない柔らかな感触だった。頭を包み込むどこまでも繊細できめ細やかな髪触りが、薄皮一枚に至るまで柔らかな肌が産んだ奇跡のソフトタッチだ。底なし沼の感触。俺は慌てた顔を離して急に立ち止まった天使ちゃんに謝った。


「ご、ごめん!」


「い、いえ。私も急に立ち止まってしまってごめんなさい。でも、え? どういう、ことなんですか……?」


 天使ちゃんも俺と同じ疑問を抱いていたらしい。呆然とする俺たちにエレナさんが気まずげに伝えた。


「……その、天使ちゃんねる、Dキューブのコメント表示機能と浮遊機能が壊れていただけで普通に配信されてましたよ。そこの彼がデスケルベロスを拷問している最中に動画がBANGされて配信停止になりましたけどね……」


 俺の頭が真っ白になった。天使ちゃんの髪色よりも真っ白だったと思う。




「ポ・ピ・パ・パ」


 別のダンジョン駐屯軍基地の武器庫に出た。そして夜勤担当軍人の天使ちゃんに対する驚きの視線を受けながら基地の外へ。見慣れた道が出迎えた。


 どうやらここは行き道に通りかかったダンジョン駐屯軍の基地のようだった。


「それではお気をつけて」


「帰る前にこれを」


 エレナさんから眼鏡を渡される。天使ちゃんは即座に装着した。慣れている。途端、天使ちゃんの存在感がボヤけた。俺は驚いた。


「認識阻害眼鏡です。装着者の印象を薄める効果があります。あまり注目されると効果がなくなります。気を付けてください」


「なるほど……ありがとうございます」


 俺は眼鏡を装着した。俺ももはや注目される立場。つけない訳にはいかないだろう。


「それではお気をつけて」


 俺たちは見送られて帰り始める。俺は天使ちゃんに行った。


「送るよ。約束したからね」


「あ、その、そこまでしていただかなくても大丈夫です」


「そう? じゃあ、さよなら」


「はい。さよなら」


 俺たちはその場で別れて、互いの家に帰っていった。

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