第11話 プラズマ・ニンジャ
【カイの過去】
「――やめろ」
――デスケルベロスが3つの首全てに醜悪な笑みを浮かべる。まるで人間のように悪意に満ちた表情。ゾッとした。
だってその真下にシロがいる。3年間激しい苦痛を伴う不治の難病に耐えて、今日ようやく新しく見つかった治療法を試すために救急車で大病院に運んでいる最中だった。俺が手術するはずだったんだ。ようやく、シロは苦しみから解き放たれて、また昔みたいに元気な姿を見せてくれるはずだった。幸せな笑顔を見たかった。
なのに、なんでこんなことになるのだろう。
体は動かない。もう立ち向かったが前脚一本で弾き飛ばされた。今、俺は死にかけていた。胸板から腹にかけて巨大な爪痕が刻まれていた。デスケルベロスの腕の一振りで横転させられた救急車の底部にもたれかかった態勢。
地獄絵図の特等席だった。
バリ、ボリ、グチュ、グチュ、ポキ、ポキキン、グジュグジュ、ブチリ!!
目と耳と魂に二度と消えない灼熱がこびりつく。
「――」
赤い。全てが赤い。視界が真っ赤だ。血の海に沈んでいる。
沸騰した血が全て顔に上っている。目に集まっている。
シロが真っ赤なんだ。そりゃ世界だって真っ赤になるさ。俺の魂さえも。
赤くて、爆発しそうだ。
「BUHAHAHAHAHAHAHA! BAAAAAAAAAAAAAAAAAAGA!」
シロを拷問して殺したデスケルベロスが俺に前脚を伸ばす。次は俺の番らしい。悔しい。憎い。殺したい。なのに、その力がない。
(力が、欲しい。こいつを、シロと同じ目に合わせてやれるだけの力が……!)
「BOHAHAHAHAHA! GOMONDANOZIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!」
デスケルベロスの爪が俺の股間に伸びる。シロも最初は股間をやられた。同じ方法で痛めつけるらしい。ケツの穴がキュッと閉まる。その先を想像して。滲む恐怖を、しかし俺は噛み殺し、デスケルベロスを睨み返した。その反応が癪に障ったのか、デスケルベロスは爪をさらに鋭利に立てて、突き刺そうとしてくる。
(……万事休す、か)
幾ら殺意を抱こうと結局は俺はデスケルベロスに拷問されて殺される運命。俺の体が勝手に強張る。やがて来る痛みを想像して。だが、瞳は閉じない。睨み続ける。憎悪と不倒の意思を視線に込める。デスケルベロスが鼻息を飛ばして腕を振りかぶる。そして、一気に股間の中央に突き立てようとした。覚悟していても、痛みへの恐怖に視界が閉じかけた。瞳が閉じかかり、そして完全に光を遮断しかけた、その時――。
バチッ。
ガギィイイイイイイイイイイン!
蒼銀の雷光の鮮烈な閃きに瞼を射抜かれて網膜を焼かれ、俺の意識は一気に覚醒した。目を見開いた俺の目の前に――
ニンジャの後ろ姿があった。
(なん、だと……?)
全身を巻く黒い布。首には赤いマフラー。全身各部を覆う鉄甲には金細工が散りばめられている。格好いい。その手に握る短刀は青色のスパークをバチバチと迸らせている。
あの短刀でS級モンスターのデスケルベロスを一撃で弾き飛ばしたらしい。その瞬間、あまりにも早すぎて見えなかった。気が付けば短刀を振りぬいたニンジャと仰け反り弾き飛ばされたデスケルベロスの姿がともにあった。俺は尋ねずにいられなかった。
「あ、あなたは?」
「ヤガテ世界最強ニナル男ダ!」
「……」
誰だか分からないが凄い自信だった。それはそれとして誰だか分からない。ニンジャもすぐに説明不足に思い至ったらしく、こう補足した。
「プラズマ・ニンジャ。SSランク冒険者」
「ッ!?」
日本に10人しかいないSSランク冒険者。その一人。雲の上の超人。ニンジャがシロの死体をチラッと見る。
「――許セン!」
途端、蒼銀のオーラが爆発した。オーラ――体外に漏れた魔力。主に大量の魔力を扱う時や感情の激発時に起こる現象だ。ニンジャが心の底から怒っている証だ。
「――外道ガ。天誅」
ス……。
プラズマ・ニンジャは右手で短刀を逆手に持ち、左手の中指と人差し指を束ねて伸ばし、胸の前で伸ばした。ビキビキビキィ! っと、細身に見えたニンジャの体が筋肉で一瞬にして盛り上がる。上位探索者は全員超人だ。筋肉圧縮程度朝飯前だ。
「忍法――」
「GU、GUGU……GUAOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」
デスケルベロスはニンジャの風格に怯むもすぐに気を取り直して襲い掛かった。一瞬の早業だった。気が付いたらニンジャに前脚を振り下ろしていた。途中経過が全く見えなかった。
「絶影――迅雷!」
一瞬にして無数のブロック片へと解体されたデスケルベロスの残骸を背に、ニンジャが俺に涙を流して頭を下げる。
「スマヌ、スマヌ。チコクシタ……! ムゴイ……!」
「あ、あの、どうやって、そんなに強くなったのですか?」
俺は全てを差し置いてニンジャにそう話しかけた。俺もこの忍者みたいに強くなって魔物をぶち殺したかった。この世から駆逐したかった。ニンジャも俺の気持ちを察してか、真剣に答えた。
「意思ト努力。ソレノミ。ソレノミダ。ダンジョン時代、大事ナノハ意思ダ。ダンジョンハ意思ニ答エル。強クナルソウルヲ抱キ続ケロ」
ニンジャの日本語はたどたどしかった。でも、言わんとすることが熱い思いと共に伝わった。俺は頷いた。
「ありがとう、ございます……!」
「復讐カ。ソレモマタヨシ。強クナルタメナラ、ソレスラ利用シロ。世界一ヲ目指セ。世界一ヲ目指ス人ハ明日ノ世界一ダ。コトワザニモアル。アッタ気ガスル」
「その、俺に戦闘技術を教えてください!」
俺は踏み込み過ぎかと思いつつもニンジャにそう尋ねずにいられなかった。こんなに強い冒険者見たことなかった。この縁を逃したくなかった。
何としてでも強くなりたかった。
「……」
ニンジャは少し悩んでから答えた。
「俺ハ忙シイ。スマン」
「あ、はい。無理言ってすみません」
「タマニシカ見レン」
「! は、はい!」
ニンジャは俺の師匠になった。そして、たまに修行を見てくれた。決まって正気を疑うほどに苛烈な修行を課されたが、身になった。
そして、それから3年。
「ドーモ、オヒサシブリデス」
「あ、はい」
俺は天井から降ってきたニンジャと3か月ぶりに再開した。




