第10話 配信事故
:やったぁああああああああああああああああああああああああああ!
:天使ちゃん助かった!
:天使ちゃん天使ちゃん天使ちゃん明日もまた僕と会えるねぇええええええええええええええええええええええええ!
:よくやったリーマン! 家に来て俺の妻をファックしてもらっていいぞ!
:ゴミを押し付けんな
:ゴミじゃねぇ! 有害物質だ!
:なんであいつDランクなの? デスケルベロスてS級でも普通に殺される相手だよ?
:しかも単騎
:実力隠してたパターンだろ。そりゃメタは張ってたけどそれ抜きでも実力おかしい
:しかしメッタメタだったな。殺意すら感じる対策だった
:リフレクト・デスフレイムて
:よく考えたら最初の犬笛も突っ込みどころ満載
:トラウマ刻まれてるパターンか? 探索者には珍しくないけど
:Hooooooooooooooooooooooooooo! Kill Dog! Kill Dog! Kill Dog! Lets Lessonn! Lesson! Lesoon!
:外人さん大興奮で草
:戦い方教えてって言ってんのかな? 可愛いな
:……
:なにはともあれ天使ちゃん助かった。よかった。よかったよぉ……
:天使ちゃんはやっぱり天使なんだ! だから神が助けてくれたんだ!
:天使ちゃんってやっぱ持ってるよなぁ色々と。有名だけど謎多いんだよな。何者なんだろ
:あ、天使ちゃんが近づいていく
:めっちゃ嬉しそうで可愛い
:だけどあの笑顔の向く先にあなたはいない
:やめろ
「む、結構きたな。過去最高だ」
体の深奥、丹田の辺りに熱が吸い込まれるような感覚。デスケルベロスのエーテルマナを吸収した感覚だ。覚醒者はダンジョンを潜ったり魔物を殺すと、覚醒者のみに存在する霊的器官【コアマテリアル】にソウルマナを取り込むことができる。ソウルマナを取り込んだコアマテリアルは覚醒者の体をより強力な魔力体に作り替える。ゲーム的に言えば経験値を積んでレベルアップする。複数人でモンスターを倒した場合、どういう訳か戦闘貢献度に応じてソウルマナが振り分けられる。そういうところも何故かゲーム的だ。
そのせいか、ゲーム感覚でダンジョンに潜る探索者も多いと聞く。大ダンジョン時代の到来の原因の一つ、配信がこれだけ流行った原因ともいわれる。敷居が低いのだろう。ゲームに慣れ過ぎた人間からすればダンジョンに潜るという行為が。生死を賭けた戦いになるにも関わらず。
強力な個体を倒すと通常より多くのソウルマナが手に入る。逆に弱い個体を倒すと通常より少ないソウルマナが手に入る。そこら辺もゲーム的だ。また、【壁を破る】と言われる一線を越えた成長を行うためには、その時点の覚醒者から見てより上質なソウルマナが必要になる。上位ランクのダンジョンの潜入、上位ランクのモンスターの討伐を行わなければ強い覚醒者になれない。
(この感覚、壁を幾つか越えたな。そりゃそうか。適正ランクの遥か上のモンスターをほぼソロで倒したんだ。大金払って対策打った甲斐はあったな。そろそろやっていけるかな。会社を辞めても冒険者として――)
「あの」
「ん?」
後ろから、声。振り向くと、天使ちゃんが笑顔で手を振ってパタパタと俺に駆け寄ってきていた。超可愛い。真っ先に出た感想がそれだった。致し方あるまい。何せ天使ちゃんは超S級美少女配信者。その知名度と人気はワールドクラス。世界美女探索者トップ10入りは伊達ではない。あえて自分以外の配信者の情報をカットしている俺の耳にまで届くほどの圧倒的知名度。日本の全配信者を含めてもトップ3人気を誇る上澄み中の上澄み。俺のような木っ端底辺配信者とは比べ物にならない。広告収入だけで一生食っていける金を既に稼いでいるだろう。何より、その人気の理由が容姿と性格に集約されているというのが凄まじい。探索者としてはAランクという高いには高いが際立って高いわけではない微妙なランク。トークが際立って上手い訳でもユーモアセンスがある訳でもない。これといった一芸がある訳でもない。長所は容姿と性格だけ。
それだけで、天使ちゃんはトップ配信者になったのだ。
極論、おそらくダンジョン配信をやる必要さえない。天使ちゃんが天使チャンネルで自分の姿を配信しているだけで日本トップクラスのコンテンツになるのだ。水着配信などした日にはビルが建つだろう。それ程の美少女。俺は脳がぐらつく感覚を覚えた。落ち着いた状況で改めて間近で見る天使ちゃんはそれ程の美少女オーラを放っていた。
天使ちゃんは天使のような美少女だった。天使の名に恥じぬ超次元美少女だった。
(人間離れしてるよな……同じ種族とは思えない)
「助けていただいてありがとうございます。あなたがいなければ死んでいました。この例は何としてでもします。絶対に。何をしてでも。例え私を――」
「ついでに助けただけだから気にしなくていいよ。それより俺の配信を続けさせてくれ。まだやることがあるんだ」
「やること?」
「ああ」
「……分かりました。お礼は配信の後で」
「あ、うん……楽しみにしてる」
本音が口から零れ出た。
「っ! はいっ!」
天使ちゃんのエンジェリック・スマイル。つい、色々な欲望が滾ってしまう。雄としての反射だ。だが、絶対実行に移さない。そんなことしたら、絶対全世界1億人を超えるファンに所業が知れ渡る。社会的に死ぬ。
だが、実行に移すことはない。そんなことをしたらきっとバレる。そして俺は殺される。天使ちゃんにはたくさんの狂信者がいる。天使ちゃんが配信中に見せた些細な襤褸からたちまちの内に情報を辿って俺の存在に辿り着き殺しにくることだろう。天使ちゃんに手を出すな。それは配信会の不文律だ。配信中にちょっと絡んできた冒険者が翌日ドブの中で死体になって発見された事件はニュースになった余りにも有名な事件だ。天使ちゃんはヤバいのだ。色々、バックが。
(手切れ金でももらって縁を切るのが最善かな……)
思いながら俺は配信の準備をする。まず、戦闘前に脱いだスーツを着て、ネクタイを締める。モンスター講座を行うときはいつもこの格好だ。ギャップ受けを狙っている。さらに、マジック・バッグの中からゴム手袋を取り出し装着。そして短剣を握り、デスケルベロスと向かい合う。
そして、隣に浮かぶDキューブの角度をデスケルベロスがよく見えるように調整する。ついでに部外者たる天使ちゃんがカメラに映らないようにも配慮しながら――天使ちゃんの知名度を利用するのは配信者としてルール違反な気がしたのだ――俺はDキューブの向こう側に少数ながら確かにいるはずの視聴者へと実況を開始した。
「それでは皆さんお待ちかねのモンスター講座を始めていきます。今日の獲物はデスケルベロス。過去最大の大物です。僕も解体するのが楽しみです」
173 名無しのステルス視聴者
お待ちかねのじゃねぇよ
174 名無しのステルス視聴者
待ってねぇよ
175 名無しのステルス視聴者
天使ちゃん映せ天使ちゃん映せ天使ちゃん映せ天使ちゃん映せ天使ちゃん映せ天使ちゃん映せ天使ちゃん映せ
176 名無しのステルス視聴者
禿同
178 名無しのステルス視聴者
モンスター講座なんかどうでもいい。今俺たちは天使ちゃんを求めている
179 名無しのステルス視聴者
使えねーなこいつ
180 名無しのステルス視聴者
何でこの状況でその判断?
181 名無しのステルス視聴者
視聴者の求めるものが分かってねーナ!
182 名無しのステルス視聴者
この人変なところで生真面目なんだよな……多分天使ちゃんを利用したら悪いとか思ってる
183 名無しのステルス視聴者
つまんね
184 名無しのステルス視聴者
悪い意味で根が生真面目なんだよな。よくいるじゃん。物腰は低いし口調も丁寧だし配慮もよく利くけどそれはそれとしてトークが糞つまんないし惹かれないって底辺配信者。普段のこの人がまさにそれ
185 名無しのステルス視聴者
うーん、分かりみが深い
186 名無しのステルス視聴者
おい、キルドッグちゃんねる最終回だってよ
187 名無しのステルス視聴者
どうでもええわ
188 名無しのステルス視聴者
ところでこの人って今天使ちゃんねるで強制同時配信されてるよな?
189 名無しのステルス視聴者
……
190 名無しのステルス視聴者
誰か止めてこい
191 名無しのステルス視聴者
どうやって
192 名無しのステルス視聴者
どうやって
193 名無しのステルス視聴者
近くに誰かいねぇのか
194 名無しのステルス視聴者
いる訳ねぇだろ。いたとしてあんな異常者に近づきたくねぇわ
195 名無しのステルス視聴者
正論言うのやめろ
196 名無しのステルス視聴者
ダンジョン周辺にいるけど今ダンジョン封鎖されてる。冒険者ギルド所属のSランク冒険者の到着を待ってるところあっ
197 名無しのステルス視聴者
あ
198 名無しのステルス視聴者
もうだめぽ
「俺は今日でダンジョン配信をやめます。今まで支えていただいた視聴者の皆様、本当にありがとうございました!」
頭を下げる。今頃みんな戸惑い驚いていることだろう。やめないでと思ってることだろう。だが、俺はやめる。後ろ髪をひかれる思いを振り切って頭を上げる。
「――なんで配信者をやめるか。それは金にならないからです。元々配信を始めたのは弱っちかったころ探索の足しになればと思ったからです。でも、もうその意味はない。おそらく俺は専業でもやっていける。今日の戦いでそれを確信した」
俺は素直な気持ちを吐露する。金にならなければ時間の無駄。だからこそ、配信稼業はこれで終わり。
何故か胸にチクリと痛みが走る。それを誤魔化すように俺は配信に専心する。
「――では、早速初めていきましょうか」
口から流れで前説を終えて、俺はデスケルベロスに向き合う。最後に、視聴者に付け足す。
「今日は生け捕りにできなかったので徹底的にやります。個人的にも恨みがあるので徹底的にやります。今は死体だ。だが、いつかは生け捕りにして、シロが味わった痛みを10倍返しで味わわせてやる。けど今は、これで満足。これで――」
デスケルベロスの顔の皮と肉の狭間に短剣を突っ込む。そして皮を剥いだ。赤グロい生肉が露出する。なるべく視覚的インパクトが強くなるように、俺はデスケルベロスの死体を生きてるものと仮定して拷問を始めた。
「もっとも魔物が痛みを感じる殺し方を今日も解説していこうと思います。もちろん普通の解説も交えます。今まで視聴してくださった方への礼儀です。両方学べるのがキルドッグチャンネルですから。では、始めましょうか。せーのっ」
サク、グチャ、バキ、ドギャ、ガン、ガン、グニャリ、ボキリ、グチャ、グチャッ!
Dキューブの向こうのみんなも今頃喜んでくれているんだろうなと、ふと思った。なんだかんだで配信者としての生活を俺はそこそこ楽しんでいたらしい。Dキューブの向こう側のみんなの笑顔と喜ぶコメントを想像して。
つい、笑みが、零れた。
:やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
:配信事故ナウ! 配信事故ナウ! 配信事故ナウ! キタコレ!
:いやああああああああああああああああああああああああ! 天使チャンネルが穢れるゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
:本物の異常者じゃねぇか! ヤべーぞこいつ! 本物の異常者じゃねぇか!
:死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
:誰か突撃してこい! 天使ちゃんの身が危ない!
:なにわろてんねん!
:凄く……幸せそうです…
:キルドッグってアングラ配信チャンネル専門の過激派Dtuberじゃねーか!
:Hooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo! Lesson! Lesson! Lesson! AHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHUGH! Phew……。 @Fuck Man
:おいこの外人も糞ヤべーぞ! 達してやがる!
:そんな奴どうでもいい! ミュートしとけ!
:あ、え? 嘘、そんなことまで? わ、わわ、うわー……
:時々目覚める奴生まれるの何なんだよ!
:つーか誰か通報しろ!
:もうしてる
:削除見越してREC中
:削除されたらキルドッグちゃんねるにくればいい。アクセスは面倒だけどカメラ映り最高な完全版が見れるぞ
:あ
:やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
:一定数以上のアカウントから通報を受けたためこの配信を強制終了し動画を削除します @運営
:あっあっあっ
「――これで俺の配信を終わります。今まで見てくださった方々ありがとうございます」
俺は最後の挨拶を終えてDキューブの電源を切った。これが最後の配信だと思うと流石に一抹の寂寥感を覚えた。何だかんだあったが、それでも確かに黄金時代と呼べる時があったのだから。
「……さて、帰るか。素材ももう回収してるし。えっと、天使ちゃん。待たせてごめん」
「え? あ、は、はい……」
冒険者なだけあって肝が据わっているらしく、ずっと俺の背後で笑顔を浮かべていた天使ちゃんがやや慌てて応答した。
「帰ろうか」
「え?」
「危ないから家まで送っていくよ」
本音だ。魔法主体の冒険者が魔力が切れた状態でダンジョン内を歩くなど自殺行為だ。家まで送るのは俺のサービスだ。俺は基本優しい。
「……はい」
天使ちゃんが微笑んで頷く。神秘的な美貌のせいだろう。どこか儚げな笑みだった。
「あ、そうだ! Dキューブを回収しないと」
天使ちゃんがパタパタと走ってDキューブをポケットに回収し戻ってくる。やはり壊れていたようで回収する際になんの反応も示さなかった。分かり切っていたことだがその事実に俺は安心する。精々数千人集まればいい方の俺のチャンネルと違って天使ちゃんねるはワールドワイド。そんなチャンネルで俺の業を曝け出す勇気はない。面倒くさい事態になるのは分かり切っているからだ。
「……あの」
「なに?」
天使ちゃんに振り向き応じる。その瞬間、気づいた。
パラ。
天井から、砂粒が――。
「過去に、何か魔物相手にトラウマでも――きゃっ!?」
天使ちゃんを押し倒す。反射だった。俺の真下にある天使ちゃんの瞳が潤む。そして、
「ごめん、なさい。……お詫びと、お礼です。私を好きにしても――」
スタ。
天井から降り立った何者かの着地音が天使ちゃんの言葉を掻き消した。




