第9話 地獄に落ちろ
「凄、い……」
私は感動しました。目の前の男の技に。もしDボーイが生きてて覚醒者ではない普通の視聴者から見たら何が何だか分からないだろう。だが、覚醒者であり魔力体の肉体を持つ天使には分かった。といってもやったことはシンプルだ。
ただ、デスケルベロスの動きを予兆の段階から全てを見切り、的確な動きでカウンターを決めた。それだけ。誰もが、多かれ少なかれ無意識にやることだ。特別なことではない。
ただし、その精度が恐ろしく研ぎ澄まされている。一ミリの誤差もない。そう確信できるほどに読みも動きの精度も研ぎ澄まされていた。読みの方は眼力系のスキルかもしれないが、動きの方は才能じゃない。修練のみが可能とする身についた動きだった。
だからこそ、凄いと思った。本当の意味で強いと。
(こいつの動画は何度も見た。何度も脳内でシミュレーションした。予測の範囲を1ミリも出ない。そして俺のスキル。間違いない。問題なく屠れる。あとはただの作業だ)
目に魔力を込める。スキルが発動する。魔法とは似て非なる現象。魔法が技ならスキルは性質。魔法が人口の翼だとしたらスキルは鳥の翼。生来的な能力だ。
(発動――アナトミー・インサイト)
網膜にデス・ケルベロスの体内透視図が表示される。そして脳に網膜に移った映像の詳しい情報が叩き込まれる。筋肉のたわみが、骨の軋みが、視線の動きが、魔力の流れが、次の行動を教えてくれる。その通りに、敵が動く。
あとはそれに合わせて、攻撃を叩き込むだけ。攻撃の際にももちろんスキルを使用する。
(クリティカル・キラー)
急所を的確に攻撃した場合、攻撃の威力が10倍になるスキルが発動する。脇腹の一番脆い線にすれ違いざまに短剣を走らせる。鋼鉄よりもなお固い剛毛がクリティカル・キラーの効果が乗った急所狙いの斬撃が切り裂く。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
脇腹の裂傷から血を吹き出すデス・ケルベロス。自慢のスピードが全て急所への攻撃に転嫁されたのだ。たまらない痛みと屈辱だろう。悲鳴が心地よい。いつの間にか俺の口元には笑みが浮かんでいた。
:なんか、デス・ケルベロスって弱くね?
:思った。刃物持った素人が100人いれば勝てそうっていうか
:アダマンタイトを刃物で切り裂ける自身のある人だけ彼の発言に賛同しなさい。ちなみにデス・ケルベロスの体毛はアダマンタイトよりもちょい固いです。
:無理ゲーじゃん
:だからあのリーマンの攻撃力が異常なんだよ。何あの武器? スキル? もう何もかも意味わからん。何がどうなってんだよ……
:つか笑ってね?
:んな訳……笑ってるわ。マッドな感じで
:キルドッグだからな
:だからキルドッグってなんなんだよ
:ハッキング完了。Dランク冒険者カイ・シロスキー。今まで目立った活躍はなし。強いて言えばソロ専で常に無傷でダンジョンに潜って帰ってくること。冒険者ギルドからの評価は秘かに高い @黄昏のスーパーハカー
:このハッカーさんの情報本物?
:嘘。冒険者ギルドのセキュリティはそう簡単に突破できません
:本物だった……顔写真が一致した。カイ・シロスキー。何者だ?
:いやいやいやそのハッカーも何者だよ。
:おい、またデスケルベロスが何か仕掛けるぞ!
:お願い! 天使ちゃんを救って! 相打ちでもいいから倒して!
:酷過ぎて草。
:でも、本当頼む……!
(――そろそろ、かな)
デス・ケルベロスはもう虫の息だ。全身に裂傷を負い首も中央の首一つ。そして、目玉も一つしか残っていない。決着の時は近いだろう。
だが、その前にもう一つ越えなければならない関門がある。
「GURURURURURU……!」
デス・ケルベロスの口内から赤い光が漏れる。ブレス攻撃の予兆だ。デスケルベロスの代名詞たる最大威力の攻撃【デス・フレイム】。プレートメイルで全身を固めたケビンを縦に100人纏めて並べても貫通されるほどの超威力の攻撃だ。魔力消費も相応のデスケルベロスの切り札。それをとうとう切ってくるらしい。しかも広範囲に広がる。回避は不可能だろう。
「また、あの攻撃が……!」
背後で、声。天使ちゃんの天使ボイス。
(そうか、直線状にいるのか)
偶然だがそういう位置関係になっているらしい。
(また、ということは撃たれて、凌いだのか。流石A級最上位。でも、もう防げないだろうな。魔力切れてるのが見えたし。ここは――)
俺は背後に呼びかける。
「その、天使ちゃん?」
「あ、はい。天使ちゃんです」
「……」
俺は天使ちゃんを自称する背後の美少女に対し色々思うところがあったが全てを無視して言い放った。
「俺の後ろにいるといい。見殺しは趣味じゃないんだ。ついでだから助けてやるよ」
「――」
俺は振り返らない。振り返る余裕なんてない。背後で、ゆっくりと天使ちゃんが首を縦に振った。小さな動きだった。今の俺の耳には関節の稼働音さえ届く。それくらい集中している。おそらく、疑いつつも、今までの俺の戦いを見て、あと結局俺を信じる以外にはできることはないと判断しての、消去法的な頷きだろう。人の心理に疎い俺でもそれくらいの推測はできる。
(さて、耐えられるといいんだが)
俺はポケットからマジック・バッグを取り出す。そしてその中から一枚のロール紙――マジック・スクロールを取り出した。、明らかにバッグの体積を超えた長さのロール紙。袋内に魔法の収納空間が広がるマジック・バッグに魔法を封じ込めたマジック・スクロールを収納していたのだ。マジック・スクロールは広げて魔法名を詠唱することでスクロールを犠牲に1回のみ魔法が発動可能な特殊な素材で作られた魔法紙。どちらも値が張る。ダンジョン探索が金がかかるといわれる所以の一つだ。俺が仕事を辞められない原因でもある。
「さぁ、こい!」
「GURUッ――!」
デス・ケルベロスの口内が一際赤く光る。そして、【デスフレイム】を吐き出した。超密度の赤黒い地獄色の炎が広がりながら襲い来る。俺は1000万円払って購入したデスケルベロス一点メタの魔法が刻まれたマジック・スクロールを広げ詠唱した。
「リフレクト・デスフレイム」
特殊な素材で作られたスクロールが物体から魔力光に変化し魔法現象に置き換わっていく。
俺の目の前に六芒星の光の盾が生まれた。
デスフレイムを受け止める。長い長い放流を全て。やがてデスケルベロスの魔力が尽きデスフレイムが途絶える。その瞬間。
六芒星が赤黒く光った。デスフレイムと同じ色に。そして、デスフレイムを勢いよくデスケルベロスへと放出し始めた。
「KYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」
長く、長く、けたたましい悲鳴が上がる。己の最大威力たるデスフレイムをそのまま跳ね返されたのだ。たまらない苦痛だろう。デスフレイムがデスケルベロスを焼く。傷口を赤黒く光らせる。特に深く抉られた額の傷口を。デスケルベロスの絶叫は天井をも揺るがした。
だが、まだ死なない。なぜなら、魔法を扱う存在は己の魔法に強い耐性を持つ。でなければ、範囲魔法など使ったら自分も巻き添えになってしまう。デスフレイムは致命傷にならない。
「ダークネス・エッジ」
そんなこと分かり切っていた。だからこそ俺は駆ける。魔法を詠唱する。未だ燃え続けるデス・ケルベロスにこの手でとどめを刺すために。
闇色の魔力を纏った短剣を振り下ろす。
「死ね」
デス・ケルベロスの額へと。犬系モンスターは概して頭部が弱い。デス・ケルベロスも例外ではない。
額――急所部位に短剣が突き刺さる。
当然、クリティカル・キラーが発動する。
頭蓋を貫通し、脳を穿つ。致命傷。俺は即座に後退する。鼻先に振り乱された前脚の爪先が掠った。少し、血が出る。十分な距離を取ってから血を拭い、俺は滅茶苦茶に手足を振り乱すデス・ケルベロスをじっと眺める。脳を破壊されて尚この動き。Sランクモンスターなだけあり凄まじい生命力だった。流石にビビった。だが、もう長くはない。デス・ケルベロスが今までで一番大きな甲高い叫び声を上げた。
それが断末魔の叫びだった。
「GA……RU……」
デスケルベロスの目から光が失せる。「ズシャァ……」と音を立ててゆっくりと倒れていく。俺はデスケルベロスの絶命をこの目でしかと確認する。そして、この戦闘で負った唯一の傷である鼻先の血を指で拭い、吐き捨てた。
「地獄に落ちろ。糞犬が」




