第四十四話 一週間が過ぎて……
そして、七度目の朝を迎える。
ここは飴玉の自室だ。
前任者の遺品整理が終わり、空き部屋となったそこが、飴玉の部屋として与えられた。
――とはいえ生活感らしい痕跡は、まだ少ない。
空っぽの本棚、嫌に小綺麗な新品のベッド。
窓際に飾られている香炉やらが、せいぜいの痕跡か。
「……柔らか過ぎるベッドは好みじゃないかもな」
飴玉は髪を結いながら、早速身支度を整えた。
「ん、おはよう。今起きた所か?」
部屋を出ると、妙な顔をした緋蓮と出くわす。
「おはようございます、緋蓮様。本日は何用で」
「まあ用事、って程でも無いんだがな。ほら、今日はあれだろ。お香が乾くっていう」
緋蓮が言っているのは、華鈴専用のお香の事だ。
数日前に抽出した、例のコアジサイの香料。
あれを用いて、飴玉は早速幾つかのお香を作った。
「最近は日照りが続いていましたから、よく乾いたでしょう。もしご希望ならすぐにお運び致しますが」
「や、それはいいんだ。当の華鈴がまだ寝ているしな」
「そうですか?」
「ああ。俺が言いたいのは、つまりその」
緋蓮は言葉を詰まらせながらも、飴玉をジッと見つめている。
「……あの。何か仰りたいので?」
そんな緋蓮の顔を、飴玉は不思議そうに見つめ返した。結んだばかりの三つ編みを、ゆらゆらと揺らしながら、軽く腰をかがめて緋蓮の顔を覗き込む。
「ち、近い。飴玉。顔がそれちょっと近いから……」
「貴方が逃げるからでしょう。何を恥じらってんです」
――任命式の日以来、緋蓮の態度は一変していた。
それは緋蓮だけではなく、もちろん華鈴もそうだったのだが。特に緋蓮のそれは、頬が赤くなったり、食事に誘ってきたりなど。明らかに華鈴とは違う態度だった。
「まあアレだ、お前が襲われてないかと思ってな! 心配で見に来てやったんだよ」
話を逸らしたな、と飴玉は目をジトォ……とさせる。
「……奴らはここ暫く、身を潜めているようですね」
だが追求するのも悪いと思ったので、飴玉は緋蓮に話を合わせる事にした。
「元々遠回しに華鈴を殺そうとしていた訳だからな、つまり出来る事なら、直接手を下すことは避けたい。人目につくやり方では困る、と言う事なのだろう」
「人目に、ですか。だからこそ奴らは、こそこそと隠れながら動いている?」
「ああ。そこが【狐】と奴らの異なる部分だな」
「……狐は女帝の意思で動く。だから派手に動いても、特に困る事はない」
「困らない、というか。厳密に言えば、邪魔出来る奴が居ないだけなんだがな」
――廊下に佇む二人は、そんな風に頭を悩ませる。
だがそんなある時。飴玉のお腹が、ぐぐぅ……と、可愛らしい鳴き声をあげた。
「あっ……」
飴玉は咄嗟に目を逸らし、こっそり恥ずかしそうな顔をする。
「はは。まあなんだ、まずは――腹ごしらえからだな」