第四十三話 血濡れた者同士
「妹は無事かッ!?」
――という声に釣られ、飴玉は庭先へと目を向ける。
緋蓮が闇夜をくぐり抜け、やってきたようだ。
彼は靴を脱ぎ捨て、勢いのままに縁側へとあがろうとするが。ふと飴玉が立ちはだかり、怪しむようにクンクンと緋蓮の匂いを嗅ぎ分ける。
「な、なんだ!? いきなりどうした!?」
「いえ別に。……どうやら本物の緋蓮様のようですね」
この柑橘にも似た独特な香りは、間違いなく緋蓮。
飴玉はホッと一息をつき、後ろの扉を静かに開く。
「――華鈴っ! よかった、無事だったか……!」
「あ、御兄様っ。ええ。私は大丈夫よ。怪我もないわ」
中では華鈴がちょうど髪をとかしており、緋蓮に気づくや否や――嬉しそうに微笑んだ。
「風呂場の方で変な騒ぎがあったと聴いてな。まさかと思って、こっちに来てみたんだが。やっぱりあれは二人の事だったのか」
「ええ。華鈴様を逃がすために、ちょっと色々と」
「すまない、助けられた。――ありがとう飴玉」
緋蓮の素直な感謝に、飴玉は頬を赤らめつつも。こほんと咳払いをしながら、ゆっくり扉を閉める。
ここは品評会でも使われた、茶室の一角。
何かあった場合はここを使えと、緋蓮から言われていた。
「とりあえず暫くは外を見張った方が良さげかと」
「ああ、俺も一応奴らをボコボコにしたが。所詮は下っ端だ、また来るかもしれん」
「……あの男の子も来そうだけど」
「男の子? なんだそれ」
「変態よ変態! 子供のくせにませてんの。私とお姉様で追っ払ってやったわ!」
「いや変態というか……ま、まあ……変態か」
きょとん、とした顔を緋蓮は浮かべるが。まあいいかというように、彼は華鈴を撫でた。
「しかし奴らは何者だ。何故華鈴の命を……」
「わかりません。ですが、もしかしたら」
そんな二人の横で、飴玉は小難しい顔をしていた。
『飴玉となら手を組めるかもって、『あの人』が折角言ってくれたのにッ……』
「どうかしたのか、飴玉?」
「……いえ。なんでもありません」
少年の言葉が不意に脳裏をよぎる。
――まさか奴らの狙いは、飴玉と同じ――女帝?
仮にそうであれば、手を組むという話も成立する。
が、しかし。飴玉はその事を、誰にも言った事がない。
「(僕が女帝を殺そうとしてる事は、まだバレていないはず。それに仮にバレていたとして、華鈴の命を狙う理由がわからない。……これは受けられない話だな)」
そうして飴玉は、もう一度華鈴の顔へと目を向ける。
「ううん。御兄様、やっぱりせめて体を拭くだけでも」
「昼間にも風呂は入ったろ。大丈夫、匂わないさ」
――守れてよかった。そんな心情とは裏腹に、飴玉の表情は何処か薄暗い。
自分が人殺しを企んでいる事を思い出したせいだろう。
いたたまれず、どうにも……居心地が悪い。
そのうち飴玉は見張りを言い訳にして、部屋から出ようとしたが。ふと華鈴に手を握られ、思わず飴玉は足を止めた。
「わっ。か、華鈴様?」
「お姉様。……えっと、その。お礼を言いたくて」
華鈴は頬を薄桃色に染めながら、飴玉を見上げる。
「ありがとう。貴方が私に向き合ってくれて、本当に嬉しかった」
「……華鈴様。僕はただ、その」
「何も言わなくていいわ。でも、忘れないで。お姉様を専属調香師にするって、私は決めたの。――だから明日は必ず、またあの鍋の様子を見ましょうね」