第四話 在るべき居場所
「――母に会いたいと、思った事はありますか」
同じ日の夕方のこと。一仕事を終え、着替えていた飴玉に師匠が問いかけた。
「よくわかりません。仮に会えたとして、何をどうすればいいものか」
飴玉は先程の女性を思い出しながら、そんな言葉を返す。
「何より子供が僕だけならともかく、あの人にはもう代わりの子が居ますし」
「代わりの子を孕む愚か者だと?」
「そこまでは言いませんけど。……今更何を話せばいいのか、わからないだけです」
鏡に映る飴玉は、いつも通りのすまし顔だった。
むしろ気にしていたのは、何故師匠が今それを聴いたのかという事。
「僕の居場所は、お師様の隣です。今更宮廷なんぞに未練はありません」
……もしかして嫉妬したのか、と思った飴玉は、そんな気遣いを見せた。
相変わらずの凛々しい表情からは、とても心情を読み取る事は出来ないが。他人と親子を演じていた事に、実は師匠が嫉妬してくれたのかも……と。
「お子様には無用の気遣いです。ですが師として、言葉はありがたく受け取りましょう」
だが飴玉の考えは早々に見破られ、師匠は余裕そうな笑みを浮かべた。
その笑みが何故か妙に恥ずかしくて、飴玉はふいっと背を向けてしまう。
「貴方の母は、今の私ほど器用な女ではありませんでした。子の抱き方ひとつすら知らず、ただ無知に子を孕んだ愚かな女です。あの頃の私は、そんな彼女を嫌悪していました」
「……宮廷で働いていた頃の事ですか?」
「ええ。女帝の名に振り回され、我が身を滅ぼした……救いようのない女です」
そんな言葉とは裏腹に。横目に見た師匠の顔は、何処か懐かし気だ。
「それでも産んだ子を忘れるほど、外道に墜ちた訳ではありません。あの女、女帝は今もなお、心の何処かで貴方を想っているでしょう。少なくとも、あの女なりの手法で」
「相変わらずお師様は変な喋り方をするんですね。……でも、ありがとうございます」
仕事とは言え、母の愛に触れた飴玉は――若干の寂しさを覚えていた。
だがそんな全てを包み込むように、師匠はそっと飴玉を抱き寄せた。
「師の胸で慰めになるかはわかりませんが。涙を拭う程度にはなるでしょう」
「子供じゃないんだから……別に今更泣いたりしませんよ」
「いいから拭いなさい、ほら早く。早々に。遠慮は無用です」
「……なんか私情混ざってませんか、それ?」
とにもかくにも。飴玉はこの際、師匠の胸に埋もれてみる事にした。
いつぞやと同じような、その香りに包まれながら。
「(やっぱりお師様の匂いは、他の人と違う。甘くて柔らかい、いい匂い……)」