第一話 捨てられた女帝の子
「――不妊の女帝が、何故に今更孕みおった」
赤子を抱きながら、そんな言葉を吐く男が居た。
「粥に毒も混ぜたというのに、普通に産まれおって。忌々しい小僧よ……お陰で計画が狂ってしもうたわ」
男の傍には、ぐったりと眠る女帝の姿があった。
恐らく出産で相当の体力を失ったせいだろう。
女帝はこの男の狼藉に、全く気が付く様子もない。
「まあよい。今ならまだ隠し通せる。不意打ちの出産だったことを、精々後悔するがいい」
すると男は、枕元にある【香炉】に火を付けた。
「――お呼びでしょうか」
恐らくは合図の一種か。お香の匂いに誘われ、塀の向こうから妙な【狐面】の者共が忍び込む。
「適当な川にでも投げておけ。このガキに用は無い」
……そして一切の躊躇いもなく。女帝の御子は、真冬の川に投げ捨てられた。溺れていては泣き声もあげられない。そういう意味でも、川流しは都合がよかった。
『バッシャァーンッッ!!』
だが川を流れ、いよいよ御子が命を失う寸前の事。
突然現れた人影が、勢いよく川に飛び込んだ。
「……ふんっ。高貴な血を継ぐ者といえど、末路は結局こういうものですか」
その人影は御子を救い、川岸で強く抱きしめる。
「どのみち帝の座を継ぐなど、この有様では無理な話でしょう。ですが正しい導きがあれば、その無意味な命にも多少の価値は生まれるやもしれません」
濡れた胸越しに香る、甘味のある不思議な匂い。御子はその暖かな胸の中で、少しずつ意識を取り戻す。
そしてぼんやりと、その名を耳にした……。
「――《飴玉》。それがこの赤子の名です。……せいぜい愚かなその身に、この名を刻み込みなさい」
後にこの《飴玉》は、彼女を師と仰ぐようになる。
それは人生の師として。同時に、一番弟子として。
彼女の卓越したお香の調合術など。様々な事を彼女から教わりながら、立派な十二歳の男子へと育つ。
……彼女に良く似た、気品のある男の子だ。
『んぎゃっ、おぎゃぁっ! んびっ……んにゃあっ!』
の、だが。今はまだ、赤ん坊に過ぎなかった。
「やかましいですよ、飴玉さん。もっと品性のある泣き方をしなさい」
『おぎゃぁっ……ずびっ……おぎゃぁぁっっ……!』
「全く。この様子では苦労しますね。まあ、宮廷なんぞで生きるより……退屈はしなさそうではありますが」