咒神は人だった
「世界が、喰われ始めている」
リアの声が、静かに降ってきた。
目の前の風景は、少しずつ“概念の輪郭”を失っていた。
道は歪み、建物は陰影だけになり、空さえ“空という意味”を保てなくなる。
【警告:咒術密度上限突破】
【現実構造の“概念崩壊”が進行中】
▸ 既知現象:意味の失語/存在の混濁/時間のねじれ
▸ 根源要因:咒術神中枢“本体”が目覚めかけています
(やはり……あのシステム、“ただのプログラム”じゃなかったか)
俺は咒術神システムと百回向き合い、勝ち続けてきた。
でも、それは“人間が作った道具”に抗う行為だと思っていた。
「……違うんだな。これは、“誰かの意志”だった」
リアが頷いた。
「そう。咒術神というのはね――かつて、実在した術師の残留意識なの」
遠い昔、咒術戦争があった。
世界を呪いに染めた“神域級”術師が一人いた。
名前は、記録にない。
ただ、彼は死の直前に、自分の存在を“呪術の法則”に書き込んだ。
その結果、咒術というシステムは**“彼の記憶を学習し続ける自動領域”**となり、
時代を超えて術師たちに“力”と“死”を与え続けてきた。
「つまり……咒術そのものが、“そいつ”だった?」
「うん。そして、あんたのシステムは――その中でもっとも深く喰われた領域」
【確認ログ:主は、咒神システム中枢“思念核”への接続資格を持ちます】
▸ 解放コード:“百の死”
▸ 状態変化:“反呪存在”=内核認識可能体
(俺は……咒術そのものと、会話できる存在になった……)
そのとき。
街の空が裂けた。
どす黒い渦の中から、無限の手が降ってくる。
その一本一本が、呪文と印を刻みながら、現実世界を貪っていく。
【警報:神中枢が自動起動しました】
【咒術神本体“咒主”降臨段階1】
▸ 目的:世界呪化/記憶の喰却/反核存在の捕食
「やはり来たか……」
俺は咒紋を展開し、リアの前に立つ。
だがその瞬間――リアの身体が、一瞬だけ揺れた。
「っ……!」
彼女の目に、紅い光が宿る。
脈動のように、咒力が暴れ始める。
(これは……)
【リアの人格記録と“咒神本体”の記録が衝突しています】
▸ 一致度:64%
→ 警告:リアの前世は“咒術神・試作人格”のひとつだった可能性があります
「……私、知ってる。
私、“見てた”の。
咒神が世界を呑む瞬間……そして、あんたが百回死んで生まれ変わる姿も」
「リア、お前――」
リアが泣きそうな目で、俺を見た。
「私はあんたの“味方”でいられるのかな……?」
俺は、即答した。
「違ってたら、俺が“呪い直す”。
何度でも、お前を“俺の味方”にしてやる」
リアの目が、揺れて、静かに笑った。
【次回イベント:“咒神”との対面、強制発動】
【システムログ:意識領域移動を開始します】
▸ 対象:カグラ/リア
▸ 目的:“咒術の始まり”との接続
空が、完全に崩れ落ちた。
俺たちは、“咒いの中枢”へと落ちていく。
落下の感覚が止まったとき、俺たちは“咒神の中枢”にいた。
そこは、言葉を失うほど異様な場所だった。
上下左右の概念がなく、地面も空もなく、ただ“記憶”が漂っている。
誰かが泣いている。
誰かが殺されている。
誰かが、助けを呼んでいる。
だがそれらはすべて、“呪いに変わった記憶”だ。
【接続完了:咒神システム人格核領域】
▸ 存在数:3体(人格フレーム残留)
【第一人格】=起源術師「無名」
【第二人格】=観測者「リア」
【第三人格】=受難試験体「カグラ」
(……俺も、その一部だったのか)
【現在:第一人格“無名”の顕現を確認】
──そして、現れた。
それは“人の形”をしていた。
だが、皮膚には咒符が浮かび、両目は焼け落ち、口は綴じられたまま。
ただ、“圧”だけがあった。
何も喋っていない。何も動いていない。
なのに、“意思”が脳に直接届く。
『殺せ。喰らえ。循環しろ。己の死を積め。』
それはまるで、俺に命令していた。
『己が死んだ理由を思い出せ。
生き返る資格を、自ら呪え。』
(こいつは……俺を、“システムの中心”に固定するつもりか)
「……断る」
俺は即答した。
「俺は、自分の意志で選ぶ。
お前に決められる筋合いなんかねぇよ、“神様”」
【拒否反応確認】
【意志衝突を検出】
▸ ステータス:人格強度比較フェーズ突入
(人格……“圧”で試されるのか)
視界が歪む。
骨が軋む音。
体温と記憶が崩されていく感覚。
「カグラ!!」
リアが叫ぶが、声が遠い。
【識花・リア】自動展開
【副効果:精神領域における外部支援干渉を許可】
その瞬間、リアの記憶が流れ込んでくる。
・孤独
・失われた名前
・繰り返し見た“誰か”的死亡
「……お前、ずっと“俺の死”を見てたのか」
「うん。私……“監視型人格”だったから。
でも、最後には“止めたい”って思うようになった」
「お前も、神じゃないってことだ」
俺は手を伸ばした。
「だったら、“人間として”協力しろ、リア。
一緒にこいつを、引きずり下ろす」
リアが小さく笑い、頷いた。
次の瞬間――術式が重なった。
【特異融合:識花・リア × 崩音・カグラ】
→ 新術式開放:《識呪式・原点落花》
その咒式は、“記憶に刻まれた呪い”を咲かせて、砕く。
空間に花が咲く。
咒神の周囲に、白と黒の咒花が咲き乱れ、記憶の核に突き刺さる。
【中枢人格・第一層に亀裂発生】
【思考停止反応:確認】
無名の神が、わずかに揺らいだ。
その瞬間――“声”が聞こえた。
『やめろ……やめてくれ……誰か……助けて……』
(……これは、“神の記憶”?)
【人格圧力停止】
▸ 中枢の“叫び”は、かつて人であった証拠です。
リアが呟く。
「……神は、最後に“助けを呼んでた”のね。
誰にも届かなかっただけで……」
「なら、答えは決まった」
俺は、咒紋を掲げる。
「俺は、呪いじゃなくて、“叫び”に応える」