ヘビースモーカー
橘は喫煙所に行くために、ナースステーションの隣にあるドアの前に並んでいると、いつもの面々が徐々に集まってくる。
「やあ、おはよう」
そう声をかけてくるのは、入院当初から同室の横田信二だ。
「おはようございます、昨日は眠れましたか?」
「いや、相変わらず眠れないよ、参ったね」
などと、毎日、横田とは雑談するのが日課となっている。横田はアルコール依存症で入院しており、入院期間も橘と同様に一年を超えていた。そんな、話をしていると看護師がやってきて、検温をされる。橘と横田は同じグループで、毎日、担当する看護師が同じだ。
看護師が「調子はいかがですか?」
橘は「普通ですね」
そう答えるのがいつも通りのことであった。やっと時間になり、喫煙所に向かうことになった。外出可能な時間は、10時からである。
ふと、ドアに目を向ける。精神科とは何なのか?ただの精神異常者を隔離、治療するためだけの施設なのであろうか。橘は、また、いつものように思考を巡らせる。ドアには鍵がかかっている。つまり、その状態であれば、外へ出ることは出来ない。つまり、アクセス権限がない状態である。その状態から、ロックが解除され、外出権限が上位の管理者から付与される。意外と、皆、この当たり前のことに気付いていないのではないのであろうか。おそらく、医療関係者でも、こういったとらえ方で考える人は少ないかもしれない。つまり、自分たちは、一つのシステムに組み込まれているプログラムに過ぎないということである。
喫煙所に着くとタバコに火をつける。最初の一本が一番うまい。やっと、寒い冬が終わり、桜の咲く季節になっていた。
橘は「やっと暖かくなってきましたね」
横田は「そうだね、これからどんどん暑くなってくるよ」
そんな会話をしながら、次のタバコに火をつける。空は青空である。橘は芝生へ座った。芝生へ座るとアリが地面を歩き回り、必死に仕事をしているのが分かる。このアリたちは毎日休まずに働いているのであろうか。彼らはどんな気持ちで働いているのであろうか。毎日、仕事のためだけに生きて何か面白いのであろうか。アリたちに趣味なんてものはあるのであろうか。アリを見ているだけで、橘の思考は止まらない。自分は働いていない。生活保護を受給し、入院生活をしている。入院生活は確かに窮屈であるが、よっぽどのことや、高齢などの要因がない限り、死ぬことはないであろう。食事も3食出る。しかし、このアリたちは働いて、自分で食糧を調達しなければ食べるものもなく死んでしまうであろう。そう考えると、自分は恵まれている。自然とそういう考え方になるのであった。