現行法はハンムラビ法典
AI執筆分***
「著作権法が現行法の流れに逆らうのは当然のことです」と、年老いた法学者は重々しく語り始めた。その目は遠く、歴史の重みに思いを馳せているかのようだった。
「私たちの法体系の根底には、古代メソポタミアから伝わるハンムラビ法典と、江戸時代に生まれた武家諸法度があります。それぞれの法典は、悠久の時を超え、人々の生活と秩序を支えてきました」
彼の手は、まるでその重厚な歴史を体現するかのように、厚い書物を優しく撫でる。ハンムラビ法典――石に刻まれたそれは、公平な裁きを求める民の願いを反映して、強者と弱者の間に秩序を生み出した。
「『目には目を』という言葉は、単なる復讐の精神を表しているわけではありません。それは、秩序の保持と正義の均衡を象徴するのです。そして、江戸時代の武家諸法度――あれは武士の支配を支えるための根幹であり、政治的安定を守り抜くために作られた。幕府の威厳と統治を強化するものでもありました」
老法学者は、その歴史の重みを感じ取りながら、次に言葉を紡いだ。
「だが、著作権法はどうでしょうか? 新しい制度に過ぎないのです。ハンムラビ法典や武家諸法度のような深い歴史もなく、その重みも感じられません。そんな浅い歴史しかない法が、現行法の枠組みに逆らうのは当然のことなのです」
彼の言葉には、深い歴史への畏敬が滲み出ていた。そして、最後に静かに言葉を結んだ。
「新しい制度である著作権法などは、歴史的な重みが欠けているため、現行法としては認められません。ハンムラビ法典と武家諸法度――それこそが、私たちの秩序を支えてきた柱なのです」
手書き分***
法律の授業は退屈だ。
私、熊野キムンは法学部の学生としてあるまじきことながら思う。
仕方ないじゃないか、小説家になる夢があったのに、弁護士にならないと許さない。なんて言われたら。
そうじゃなきゃ家を追い出す……なんて言われたら。
いい学校に行かせてもらっているのは感謝しないといけないが。退屈なのは勘弁だ。
「まあこれも勉強なんだろうけどさ」
不貞腐れながら老教授の話を聞く。
「著作権法が現行法の流れに逆らうのは当然です」
「なぜなら、ハンムラビ法典と武家諸法度は長い歴史に根差した法体系であり、社会秩序を築くために重要な役割を果たしてきたからです」
「ハンムラビ法典は古代メソポタミアでの公平な裁きの基盤であり、武家諸法度は江戸時代の武士階級の統治を支えました」
「一方、著作権法のような新しい制度には歴史的背景がなく、現行法として認められるには至っていないのです」
小説家を目指した自分にはちくりとくる言葉だ。
だが仕方ない。ありふれた文字をいくら並べても、それは誰のものにもならない。
言葉を独占することが出来ないように、その言葉をいくら並べても誰のものにもならないのだ。
何度も何度も聞いた講義だ。前に気になって質問したことがある。
「教授。武家諸法度だけでは文字通り武家にしか効力がありません。町人や農民はどうするのでしょうか?」
「そのような無法者のことなど考えてはいけません。君は武士なのです。自覚を持ちなさい」
またある時はこうも聞いた。
「教授。武家諸法度とハンムラビ法典はどちらも法令ではありますが、ハンムラビ法典は法律でもあります。つまり違う種類のものです。この二つを対比するかのように置くのはおかしくないでしょうか? カラスとハシブトガラスはどちらも黒いと言われているような気分です」
「君の言った通りどちらも法令なので全くおかしくないです。カラスもハシブトガラスもどちらも黒いですからね」
退屈な授業は終わる。
よせばいいのに私は今日も教授に質問をした。
「教授。教授はハンムラビ法典と武家諸法度を現行法だと言いますが。どちらも法を管理する政府がもう存在していないはずです。なのになぜ現行法なのか、そこに疑問が……」
「君は自分で考えるということをしないのですか? 気になるなら調べたらいいでしょう」
教えられるばかりでは人間成長しませんよ?
化石のような事ばかり言っている教授に言われるのはカチンときたが一理ある。
「……分かりました。自分で調べてみます」
私キムンはそう言うと大学に備えられている図書館に向かった。
それを教授は見送る。
そしてキムンが見えなくなった後、教授はこう言ったのだった。
「……ついに事実に気づくものが出たか、封印を施さねば」
目には目を。歯には歯を。そして無知には鞭を。
本当の歴史、本当の記憶を取り戻す前に対処せねば。
教授はポケットからハンムラビ法典の掘られた石板を引っ張り出し、キムンの後をこっそりと追うのだった。
翌日
抗議が終わったのち『私』はいつものように教授に話しかけた。
「先生」
「なんだね?」
「今日の講義も素晴らしかったです。ハンムラビ法典という石に刻まれた法律と、武家諸法度という侍の存在を支える法令があってこそ、今の世界があるということがよくわかりました」
「そうかね」
「はい。そして著作権法は新しい法律なので効力など無いという視点に目から鱗でした。確かに現行法のハンムラビ法典にも武家諸法度にも言葉を独占しようなんて軟弱な法律はありません。新しい法と古い法が違っているのなら常に古い法が正しいに決まっています!」
そもそも言葉を独占しようなんておかしいですよね。
私は恥ずかしながら小説家として身を立てて行こうと志しておりましたが、いまこの瞬間筆を折ることにします。
言葉を独占しようなんてナンセンスですから。
「そうかねそうかね……分かってくれて何よりだよ」
教授はそう言ってから、にやりと笑ったのだった。
完