悪役令嬢の求婚~婚約破棄されても私はあきらめません~
「あなたが星のように輝いて見えますの。殿下、結婚いたしましょう?」
生徒会室。生徒会長であり、そして私の婚約者、アルフレッド様は私の口説き文句に愛想笑いを浮かべる。今日も不発のようだ。
「ありがとう。でもシェラート嬢には敵わないよ。今日は白ユリの髪飾りなんだね。君の洗練された美しさを一層引き立てている」
愛想笑いはそのままで、私を褒めるアルフレッド様。周囲のいい加減やめてくれと言いたげな顔を無視して私は言葉を続ける。
「あら嬉しい。ならそろそろ、結婚してくださってもいいのではなくて?」
「それはできないね」
間髪入れずに断られた。これで、50回目だ。心の中でため息をつきながら、もう一度口説き始める。
あれこれ言葉を連ねていると、生徒会庶務のユーリ様が時計を見せてきた。
「グレース様。そろそろバートン嬢の講義が終わります」
「あら、もう? ユーリ様いつもありがとう。殿下とお話しているとつい時間を忘れてしまいますの」
「いえ……僕はなにも」
ユーリ様が首を横に振る。アルフレッド様は何やら変な顔でユーリ様を見ていた。
「では、また来ますわ。殿下、次はよいお返事をお待ちしておりますわね?」
アルフレッド様に一礼して踵を返す。
「なんど来ても同じだよ」
生徒会室の扉を開こうとした時、アルフレッド様がそう言った。
「私は婚約破棄されてもあきらめませんわ。……また、グレースと呼んでいただきたいのです」
アルフレッド様と私は卒業と同時に婚約破棄が決まっている。
けれど、私たちは数か月前まで、“アルフレッド様”“グレース”と呼び合う仲のいい婚約者だった。
********
「グレース・シェラート。君との婚約を破棄させてもらう」
眉間にしわを寄せてこちらを見るのは我が国の王太子、アルフレッド様。
私と会うときは執務を忘れたいと絶対に執務室へ呼ぶことのなかったアルフレッド様が私を執務室に呼んだ。
ありえないとは思いながらもアルフレッド様が長期休暇中に割り振られた仕事の手伝いをする覚悟で向かうと、アルフレッド様の隣には憂い顔の令嬢が寄り添っていた。
そして、開口一番、先ほどの言葉だ。
彼女はバートン子爵のご令嬢、ライア様だ。高等学園の同級生で、お茶会で何度か一緒になったが直接話したことはない。
彼女について知っていることはいくつかあるけれど、一番重要なのはアルフレッド様に思いを寄せていることだろう。
「……理由を、うかがっても?」
私の言葉に、アルフレッド様は眉間のしわをさらに濃くして、机の上の紙の束を指さす。
「彼女は、君に長期間嫌がらせを受けていたと証言している。長期休暇中である今も繰り返し学園に戻らないようと圧力があったと」
目の前の机に並べられた紙は、私がしたという悪事の数々についての調査結果のようだ。
「なんのことだか、さっぱり」
私の言葉を皮切りにライア様が泣きだす。
「ひどい……」
ぽろぽろと涙を流しながらそう呟くライア様。この涙で崩れないアイメイクは素晴らしい。どのような配合のコスメなのかぜひ知りたいものだ。現実逃避のようにそう考えながらアルフレッド様の言葉を待った。
「彼女は君がいる学園には戻れないと言っている」
「そうなのですね」
アルフレッド様の言葉に頷く。
「……随分他人事だね」
アルフレッド様の顔が一層険しくなる。今後の展開を予想して、私は少し身構える。
私は侯爵令嬢、子爵家の令嬢に嫌がらせをしたところで罪に問われることはほとんどないけれど、王家の信用問題はまた話が別だ。婚約者のスキャンダルが公になれば、王太子、そして王家に泥を塗る行為になりかねない。
「君は、長期休暇明けも講義には出るな。そして、バートン嬢に接近することを禁ずる。……わかったら帰ってくれ」
アルフレッド様の目を見てすべてを察する。何を言っても無駄のようだ。きっと、次の婚約者はライア様なのだろう。
「わかりましたわ」
一言だけ返事をして、一礼をする。退室しようと顔をあげると、嫌な視線とかち合う。ライア様のものだ。ハンカチと手でアルフレッド様には顔を隠して、私にだけ見せた醜い表情。
――その顔が本性なのね。
私は大きな声で騒ぎたいのをこらえて、笑顔を作る。踵を返し、背筋を伸ばし、侯爵令嬢らしく扉へ向かう。
「こんな悪女だとは思わなかったよ」
私が退室する直前、アルフレッド様がそう言った。
ライア様が“私が我慢できればよかった”“グレース様は本当はお優しい方のはず”だとか言っている。思わず殴りたい衝動に襲われたが、前で重ねた手を握り締めて耐えた。
振り向かずに執務室を出る。扉が閉まる音を聞けば、自然と歩くスピードは速くなる。
執務室から少し離れた廊下で、誰かが立っていた。アルフレッド様の側近見習いでもあるユーリ様だ。
「あら、どうされましたの?」
「……後日、シェラート家に手紙を送ると」
婚約破棄の手続きについてだろう。ユーリ様へ事前に言伝を頼むほど、私と長く話をするつもりはなかったらしい。
「わかりました。ありがとうございます」
これで話は終わりのはずだ。早く帰って、お父様と今後の話をしなくてはいけない。婚約破棄の手続きが終われば、きっとライア様との婚約を発表するのだろう。子爵令嬢に負けた侯爵令嬢のレッテルが張られる前に対応しなくては。
そう思いながら、なぜか立ち尽くしているユーリ様の顔を見る。ユーリ様は何やら困ったような顔で口をもごもごと動かしていた。そして小さくため息をついて、口を開く。
「オレは信じているよ」
それだけ言うと、ユーリ様は去っていった。
後姿を見送りながら、感じていた違和感の正体に気が付く。
――私は、まだ負けたわけではないようだ。
********
長期休暇明け、私は学園の門を一人でくぐる。
いつもアルフレッド様と一緒にくぐっていた門だ。
講義に出ることは禁止されたが、学園に通うことは禁止されていない。学園に戻ることはできる。屁理屈のような理屈だが、いまはそれにすがるしかない。
お父様は烈火のごとく怒っていたが、送られてきた手紙と私の説得で何とか矛を収めてくれた。
婚約破棄は半年後のアルフレッド様と私の卒業を待って発表される。つまり、それまではアルフレッド様とライア様が婚約することはない。
長期休暇が明けるまでの数日間、あらゆる手段を使ってライア様を調べ上げた。
やはり、彼女は計画的に私を陥れていた。彼女こそ、本当の悪女だ。彼女が国母になるなど、とんでもない。
この半年が勝負だ。私がアルフレッド様を救う。
そうと決まれば、私のやることはおのずと見えてきた。
私が休暇明けに取っている講義はない。
もとより高等学園の最高学年は、将来の夢や職業と向き合い、そのために学生各々が一年の目標を決め、主体的に学ぶ年である。一人の教授について、学びを深める者もいれば、実験的に事業を始める者もいる。
取り残していたり、基本的な学び直しをしたいと、講義をとるものはいるが、それも少数だ。
護衛兼メイドのメリアに調べさせたら、ライア様は学び直しをしたいのか、かなりの数の必修講義をとっていた。これなら私の自由時間は多そうだ。
そんなことを思い出して歩いていると、周囲の学生が私の様子をちらちらとうかがっているのに気が付く。
どうやら、噂が広まっているらしい。あの状況で、情報を漏らせるのはライア様とアルフレッド様のどちらかだろう。いや、両方かもしれないが。
学生の視線を一身に受けながら、生徒会室へ向かう。
休暇明けの生徒会はなにかと仕事が多い。きっとアルフレッド様もいるだろう。わたしも生徒会会計の役目を持つ身、やらせてはもらえないかもしれないが、できることはたくさんある。
「ごきげんよう」
生徒会室に入ると、扉の正面最奥に置かれた生徒会長の机。そこに座ったアルフレッド様が驚きを隠し切れない表情でこちらを見ている。
「どうして来たんだ」
アルフレッド様の怒りを凝縮したような瞳が私を射抜く。けれどこんなことで怖気づくのであれば、最初から王太子の婚約者になどなれない。
「あら? 私、講義に出るな、とは言われましたが学園に来るなとは命じられておりません」
「バートン嬢と会うなと言ったよ」
「講義中です。ご存じなのでは?」
「……何をしに来たんだい」
「えぇ、これだけお伝えしに来ましたの」
私は一輪の花を机に置く。アルフレッド様が以前きれいだと言った我が屋敷の庭に咲くマーガレット。
「私は、殿下のお心がどうであろうとも、お慕い申しておりますわ」
殿下、と呼ぶ私に、アルフレッド様の瞳が揺れた。眼光の鋭さが消え、動揺が浮かんで消える。最後に瞳に残ったのはひとかけらの迷い。
「……すまない」
「また来ますわ」
この日から、私が求婚してアルフレッド様が断るというなんとも奇妙なコミュニケーションが続いている。
場所はいつも生徒会室。生徒会室にもライア様が出入りするようになっていたので、時間は彼女が講義に出ている間だけだ。
どうやら、私のやっていた会計の仕事をやっているらしい。求婚のついでに間違いだらけの書類をばれないように直したりもした。
そして、生徒会役員としてずっと続けていた学内のあらゆる事象の情報収集も欠かさない。
学内で流行りの本やコスメ。デートコースの定番が変化してきたことや、学食の新メニューまで。生徒会の仕事にあてていた時間に調査や情報の精査ができるようになってより詳しく深く情報を得られるようになった。
「殿下は学園通りの外れにできた文具店をご存知?」
調べた情報のうち、アルフレッド様が気に入りそうな話は求婚の話のタネになった。
「なんだい? それは」
「様々な魔術インクを配合してくれるそうです。嘘を書くと色が変わるものや、鍵を近づけることで文字が浮き出るインクなんてものもあるそうですよ」
「興味深いね」
以前のアルフレッド様だったらこんな雑談をすれば、すぐに一緒に行こうと誘ってくれた。
それがないのは少し寂しいが、私はあきらめるわけにはいかない。
バラの花束を持って行った日もあった。
愛をつづった手紙を渡した日もあった。
あらゆる手を尽くして求婚していたが、アルフレッド様の意志は固い。
断られるのもついに50回目を超えた。
ここまで拒絶されると少しつらくなってくる。
それに加え、最近は、忙しいと門前払いされ、生徒会室にも入れない日が増えてきた。
生徒会室にも入れない日は、花やお菓子とともに手紙を送ることにした。
花やお菓子も、毎日となると、屋敷の庭の花では種類が足りなかった。そこで、屋敷の料理人に花の形にフルーツをカッティングしてもらったり、花を練りこんだお菓子を作ってもらった。
だんだんと、花モチーフの贈り物のバリエーションが増えてきて、料理人たちの技術も上がった。これを我が家だけのものにしておくのはもったいないと、王都の貴族通りにフラワースイーツのカフェ兼雑貨店の経営を始めた。
花をモチーフにした内装の店内、そして美しいお菓子と雑貨で、貴族の女性に人気の店になっている。特に定期的に行う季節の草花の形のクッキーは大人気だ。
お客様との会話も貴重な情報源になった。
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アルフレッド様が生徒会室にも入れてくれなくなった理由が分かった。
学園で多発している学生の異常行動だ。
酔っぱらったような状態で講義に乱入し大騒ぎした者、学園内で暴力沙汰を起こした教員。講堂で意識朦朧の状態で見つかった学生もいた。
なんらかの薬物を摂取させられていたらしい。
彼らには共通点がある。
皆、シェラート家と対立している家門の貴族なのだ。
秘密裏に捜査しなくてはいけないだろうし、きっと私へも疑いの目が向けられているのだろう。
こんな状況の中、私の求婚を真面目に聞こうとしてくれるわけがない。
求婚はしばらく、手紙と差し入れだけにすることにした。
生徒会室にも行けない、疑惑の家門の一人として、大きな動きもできない。もどかしい期間を過ごしているとき、頼んでいたバートン子爵の調査結果が上がってきた。
バートン子爵は、最近事業を始め、急激に力をつけてきた貴族だ。領地には小さいながらも港がある。
今は海賊が大勢いて治安維持が大変だが、ゆくゆくは貿易港として発展させていきたいと、以前アルフレッド様が言っていたのを思い出す。
彼女との接点はそこにあったのだろう。アルフレッド様との出会いで、ライア様はきっと舞い上がった。アルフレッド様を射止めるために、あれこれ策をめぐらせたに違いない。
結果、彼女の計画は順調に進行中だ。
穏便に私の願いが叶えばそれでいいと思っていたが、そうはならないようだ。
アルフレッド様は頑固だし、ライア様は心を改めない。
それならば、ライア様が私を嵌めたように私もライア様を蹴落とすしかない。
明日の求婚の花は、小さな白い花の冠。
そして、幸福をもたらすと言われる小さな四葉を模したクッキーを届けよう。
幼いころ二人で四葉を探し、冠を作った。アルフレッド様に、あの日を思い出してほしい。
その思いと、少しの仕返しの気持ちを込めた。
――私はまだ負けていない。
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シェラート侯爵家の令嬢、グレース・シェラートが王太子に婚約破棄を突きつけられた。しかし、いまだに王太子にすがっている。
この噂は、半年で学園中に広まっていた。
そして、次期婚約者はライア・バートンに内定していると言う噂もセットだ。
生徒会室でしか求婚はしていなかったが、一緒に歩くことはなくなった。その代わりにライア様がいつもアルフレッド様の隣にいるのだから、しょうがない。
卒業祝いのパーティー。
しかし、入場を待つ私の隣にアルフレッド様の姿はない。
本来の話であれば、ライア様が参加する卒業パーティーに、私は参加できないはずだった。しかし、それは学園にとっても王家にとってもあまり良い状態ではない。
アルフレッド様がライア様を説得したのか、卒業パーティーは参加してくれと言われた。
婚約が続いている状態だからエスコートする。アルフレッド様がそう申し出てくれたのを私は丁重に辞退した。
すると、せめて、ドレスだけでも贈らせてくれと言われた。それを受け入れると、アルフレッド様から深い青色のドレスが届いた。
父は再び激高した。
本来であれば、贈られるドレスの色は白。王族の婚約者の証である真っ白なドレスだ。
私はすべてを受け入れ、深い青のドレスを着た。メイクと髪形もすべて完璧に仕上げられた私はきっと、アルフレッド様も見惚れるに違いない。
もしかしたら、アルフレッド様はライア様をエスコートするのかもしれない。そう思っていたがどうやらそれはしないらしい。
陛下と妃殿下と一緒に入場すると聞いていた。
ライア様はきっと仕掛けてくる。私を表舞台から完全に消すために。
チャンスは彼女が仕掛けてきてからアルフレッド様が入場するまで。
私の計画がうまくいくかは、彼女次第だ。
入場のファンファーレが響く。侯爵家である私は初めに入場だ。
皆がエスコートを受けて、あるいは誰かをエスコートして入場する中、私は一人で歩く。
ユーリ様が一度“僕がエスコートしようか”と言ってくれたが、彼にも美しい婚約者がいるのだ。そんなことはできない。
周囲の視線が痛いが、お父様とお母さまが誇らしげに私のことを見ているので気にしないことにした。
どこか遠巻きにされているのを感じながら、卒業生全員の入場を待つ。子爵家の入場が始まると、少し緊張してくる。
ライア様は兄のエスコートで入場すると言うのはメリアの調べで分かっていた。
彼女が入ってきたのはすぐに分かった。私が1人で入場したときよりも会場が大きくどよめいたのだ。
「随分、派手に仕掛けたわね」
思わず本音が口を出てしまい、慌てて口をつぐむ。すぐに驚きをしまい込み、淑女の顔を作る。
彼女は純白のドレスを着て入場してきたのだ。しかも1人。隣に兄の姿はない。
ライア様は優雅とは程遠い所作で礼をすると、まっすぐ私の元へ歩いてくる。数人のご友人が彼女の後ろについていた。
「ごきげんよう、ライア様」
私が礼をすると、ライア様はわざとらしく己と私のドレスを見比べるそぶりをする。
「どうされましたの?」
周囲の遠巻きな視線を浴びながら小さく微笑む。ここから先、本当の感情を表に出したほうが負ける。
「いえ、お久しぶりですね。学園でもお見掛けしなかったのでどちらに行かれたのかと」
「あら、私も毎日学園にはいましたの。講義はとっていなかったから、あなたとはタイミングが合わなかったのかもしれないわ」
そう言いながら周囲を確認する。王族の入場口からここは一直線で見える。ユーリ様とその婚約者の方が入場口付近にいるのを見て、少し安心した。あの二人は私のお願いを受け入れてくれたらしい。
「……ライア様、そのドレスの意味はご存じ?」
「アルフレッド様がご用意くださったものですが……なにか悪いことをしてしまったでしょうか」
何も知りません、そう言いたげなライア様に口を開けて笑いそうになるのをこらえて、あいまいに微笑む。
専属の講師に教わって数年にわたって磨き続けた所作は、美しく見えているだろうか。
そんなことを考えているとライア様があの日と同じ憂い顔になった。
「私は信じております。グレース様は本当はお優しい方だと……だからこそ、信じられないのです」
遠巻きにこちらをうかがっていた人々以外にも聞こえる大きな声だ。
「なにをおっしゃっているのかしら?」
私の言葉に、ライア様の口角がわずかに上がったのが見えた。
「私はここで、現在学園を騒がせている問題行動者たちの黒幕がグレース・シェラート様であることを告発いたします」
ライア様が高らかに宣言する。
周囲の視線を一身に浴びて、ライア様は生き生きと私がいかにして、学園の人々を操ったかを語り始める。
「グレース様は数か月前から菓子店を経営されています。私の調査で、学園で異常行動をした方々はその菓子店を利用し、同じものを食べていたことが分かりました!」
調査結果を周囲に見せつけるように持ち、ライア様は高く掲げる。
「あら、私の店にはたくさんの方がお越しになっているわ? 被害にあわれた方々だけが食べたものがあって?」
私の言葉に、ライア様は大きく首を縦に振った。
「えぇ、そうです。彼らはクローバーのクッキーを購入しています。数日間、限定で売られていたものですよね」
ライア様の言葉に私はうなずく。確かにクローバーのクッキーは限定販売をしていた。
「彼らはクッキーを食べた数日後、それぞれが異常行動を起こしています。それは彼らが証言しています」
周囲の人が増えてきた。ライア様はますます声を大きくしていく。
「そして、このクッキーを! アルフレッド様や生徒会の方々に差し入れていたのです!」
会場内に衝撃が走る。それはそうだ、生徒会の面々は国の中枢を担う貴族の子息が集っている。そこに毒薬のようなクッキーを届けたと言うのだから。
「私が悪いのです。私が、アルフレッド様をとってしまったから……こんなことをされたのですよね」
そう言ってライア様は悲しげな顔でうつむく。周囲の人々の冷ややかな視線が私を射抜いている。
これで私はもう終わりだとでも思っているのだろうか。
――そうだとしたら随分とかわいらしい。
そう考えていると、ユーリ様が片手をあげてこちらに合図を送ってきた。
もう時間はないらしい。
「……なにか、勘違いをしているようね?」
私の言葉にライア様は私を見る。はたから見れば、正義の名のもとに告発した勇気ある令嬢と告発された悪女の直接対決だろう。
「クッキーを食べたのは、被害にあわれた方々だけじゃないわ」
ライア様の表情が一瞬で固まる。
「確かに限定のクローバー型でした。けれど、クッキーの生地自体はいつも売っているフラワークッキーと同じものよ。後ほど売り上げ記録から正確な数字を出しますけれど……少なくとも同じ生地で作ったフラワークッキーが限定品の倍以上売れているはずよ。もう一度お尋ねするけど、原因はクッキーを食べたことなのね?」
「えぇ……」
「なら、フラワークッキーを食べた人も同じような目に合ってないと、おかしいわよね?」
「いえ、四葉のクッキーにはフラワークッキーとは違い砂糖の装飾がされていたはずです! それに……」
ライア様の言葉が途中で止まる。私と目が合ったからだ。きっと私は今とても恐ろしい顔をしている。
「なぜ、それを知っているの?」
「彼らの証言から……」
「そんなわけないわ」
私が断言したことにライア様はこちらを睨む。
「彼らを疑うと言うのですか!」
「ありえないもの」
もう一度断言する。ライア様が口をつぐんだのをいいことに、私は言葉を続ける。
「店で売っていたのは“三つ葉のクローバーのクッキー”よ」
ライア様の顔から血の気が引いていく。
「四葉のクローバーのクッキーは、殿下や生徒会の方々にのために特別に用意したもの。被害者の方にちゃんと証言をしてもらったのかしら?」
「……それは」
ライア様が次の言葉を発するより先に、ファンファーレと会場の扉が開く大きな音が鳴り響く。
陛下と妃殿下、そしてアルフレッド様の入場だ。
タイムリミットだ。
「何の騒ぎだ?」
入場もそこそこに、アルフレッド様がまっすぐこちらに歩いてくる。
ライア様が目を輝かせてアルフレッド様の隣に立った。
「バートン嬢、これはどういうことだい?」
アルフレッド様がライア様に尋ねる。ライア様は生き生きと、私の告発を繰り返した。
一通り話を聞くと、アルフレッド様は私のほうに一度視線を向け、すぐにライア様に笑いかけた。
「君にプレゼントがあるんだ」
そう言ってアルフレッド様は私なんて気にしてないような様子で、ライア様へ箱に入ったネックレスを渡した。
「アルフレッド様、なぜ、いま?」
不思議そうな顔をするライア様に、アルフレッド様はつけてみてくれ、と笑う。
その柔らかな笑顔にうっとりとした表情のライア様は自らネックレスをつけた。
それを見たアルフレッド様の目が一瞬にして鋭いものに変わる。
「え?」
ライア様はうろたえながらアルフレッド様から一歩離れた。
周囲にどよめきが広がる。
ライア様の白いドレスが、右腕の一か所を残して一瞬にして真っ黒に変わったのだ。
「そのドレスの染料は、特注で作ってもらったんだ。着ている間についた嘘の分だけ、鍵を近づけると黒く変わる。鍵は、そのネックレスだ」
アルフレッド様はそう言ってライア様に冷ややかな目を向ける。
「ライア・バートン、君に聞くよ。薬物を学園に広めたのは君かな」
「……いいえ」
右腕の唯一白かった場所も、真っ黒に変わった。
「君は大ウソつきだね」
「……いつから」
ライア様がうわごとのように呟く。アルフレッド様にも聞こえたようで、私のほうを向いて笑った。
「いつだと思う?」
疑問形で返して軽く笑うアルフレッド様。もうすでに私の隣を陣取っていた。
「私に婚約破棄を告げたときにはすでに気が付いてらっしゃいましたわ」
答えるつもりのない様子をみて、代わりに私が答える。
「言ったじゃないか。“こんな悪女だとは思わなかった”って」
アルフレッド様の言葉にライア様が床に崩れ落ちる。
「ライア・バートン。君には学内に薬物を広めた容疑がかけられている。話を聞かせてもらう」
後ろに控えていた騎士たちに引きずられるようにしてライア様は連れて行かれてしまった。
アルフレッド様の計画通りだ。
「待たせて悪かったね。君にはこれを」
私に微笑みかけるアルフレッド様。私の手にそっと触れてると薬指をなでた。
「いい?」
アルフレッド様に乞われるまま頷くと、レースのグローブを優しく外され、指輪をはめられた。
深い青のドレスは一瞬のうちに、純白のドレスに変わる。
「オレの婚約者は、グレース、君だけだよ」
そう言って柔らかく笑うアルフレッド様。周囲の温かな祝福に包まれて、私はそれを受け入れるのがきっといい流れだろう。
――でも私はこれだけじゃ物足りない。
ユーリ様の婚約者、レナ様に視線を送る。彼女は私がお願いしたものを持って、近くで待機してくれていた。
私はそれを受け取ると、アルフレッド様に向き直る。
「アルフレッド様。お慕い申しておりますわ」
華やかにまとめたブーケとともに笑う。
アルフレッド様は一瞬、してやられたと言いたげな顔をする。しかし、だんだんと口角が上がっていって、そして心底嬉しそうな顔で笑った。
「やっと君の愛を受け取れる」
「ふふ、結婚していただけるのかしら?」
「もちろん」
「素敵なプロポーズ、期待してますわね」
「グレースに負けないのを用意するよ」
そう言って、アルフレッド様は私を抱きしめた。
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