24 勇者の戦い 1
梓が模擬戦に登場して…
翌日の放課後…
これから梓とロリ長の模擬戦が行われる第1室内演習室に重徳たちはやってきている。見学席のベンチに座る重徳の左に歩美、右に義人が腰を下ろして対戦が始まるのを待っているところ。
重徳の模擬戦を散々見せつけられてある程度耐性が出来ているのかと思いきや、歩美は依然として心配そうな眼差しで重徳に尋ねる。
「ノリ君、梓ちゃんと信長君は大丈夫でしょうか?」
「二人ともそれなりの剣の技術を持っているから、どんな展開になっても大丈夫だろう」
(相変わらず歩美さんは心配性だな。両手を胸の前で組んで自分の試合でもないのにかなり緊張した表情を浮かべているぞ。いつかは歩美さんも模擬戦をしないといけないんだけど、この調子で本当に大丈夫なのかな?)
こんな様子では逆に歩美が心配になってくる重徳。とそこに反対側から二人の間の空気を読まない声が飛んでくる。
「師匠、二人とも強いからきっと大丈夫ッス」
「やはり義人もそう思うのか」
「普段打ち合いをしていれば誰でも気付くッス。あの二人は自分と同じ勇者とはいっても、間違っても同列に語れる存在ではないッス」
(ほほう、義人も身をもって天然物の勇者との違いに気が付いたようだな。確かに俺から見てもロリ長と二宮さん、それに東堂先輩の三人は体から発散されるオーラが普通の人間とは全く別物に感じる。言葉では表現しにくいが、どんな困難にも負けないという強い意志が体の中心に通っているというか… あっ、でもロリ長だけはその意志の裏側にエルフの幼女というさらに強力でドス黒い野望を秘めているんだった)
「まあ確かにそうかもしれないな。それよりも義人は道場の方は順調なのか?」
「相変わらず投げられっ放しッスが、昨日はしっかりと意識を保っていられたッス」
「ほう、順調だな。2日目でそこまでいくとはさすがは勇者だ」
「師匠、照れるッス! でもただ投げられるだけで反撃など一切出来ないッス」
「それがウチの道場では当たり前なんだよ。スパルタで門弟を育てるやり方だからな。あと1週間ぐらいすれば義人にも何かが見えてくるだろう」
「師匠の言葉は奥が深いッス。自分も頑張るッス」
昨日の義人は自分の殻に篭りっきりでなかなか出てこなくて重徳たちを心配させたが、日が変わってだいぶ吹っ切れたよう。元々独学で勇者の必殺技を会得しただけあって、根性だけは人並み以上に備わっているのだろう。
それにしても重徳の模擬戦の折にはAクラスの生徒が30人くらいしか見学していなかったのに、今日は立ち見が出る程の人数がスタンドに詰め掛けている。それも圧倒的に女子生徒の数が勝っているように見受けられる。反対側の正面には昨日の昼食時に押し掛けてきた縦ロール女子が目をキラキラさせて座っているのが目に入ってくる。あの髪の毛は染めているだろうか? 眩しいくらいの金色だからどこに居ても目立ってしょうがない。
こうしてざっと見渡してみても見学席の熱気がすごい。全員が今か今かというムードで対戦者の登場を待っているかのよう。そしてついにフィールドに梓と相手のBクラスの生徒が登場してくる。
「あずさサマーー!」
「キャー! あの人が初の女性勇者なのね!」
「あずさ様、素敵ですぅーー!」
「私のお姉さまになってー!」
見学席のそこいらじゅうから女子生徒の黄色い歓声が上がっている。梓はどうやら昨日の縦ロール女子だけではなくて学年中の女子生徒の憧れの存在らしい。
(全然羨ましくないんだからね! お、俺にはこうして隣にいてくれる歩美さんがいるんだぞ! でもちょっとだけでいいからあの黄色い歓声を浴びてみたい)
こんな重徳の想いとは全く関係なく、試合開始の合図が告げられる。
「二宮梓対沢田彩の試合を開始する。両者中央へ!」
審判が二人を集めて注意を行っている。梓は特に気負った様子もなく冷静な表情に終始しているよう。あの落ち着き振りだったら普段の力をしっかりと出せるだろう。対する沢田という女子生徒は全く無表情でそこに立っているように映る。昨日食堂にやって来た時も同じような表情で一言も発せずに戻っていったし、元々感情を表に出さないタイプなんだろう。それにしても対戦を前にしてあそこまで自分の感情を押さえ込めるのは中々出来ることではない。これはひょっとするかもしれないない。
「試合開始!」
審判の手が振り下ろされて、両者は武器を構えて互いの出方を伺うような一瞬の間が生じる。見学席は先程までの歓声は影を潜めて固唾を呑んでフィールドの二人を見守るような空気に包み込まれる。
梓が手にするいつもの木剣に対して相手は木槍を構える。武器が届く間合いは槍の方が有利だが、懐に潜り込んだら一転して梓が有利になる組み合わせ。開始線上の10メートルの距離で睨み合っていた両者は互いに一歩ずつ距離をつめて、もうすぐ剣と槍の切っ先が届く位置まで接近している。
「ハーッ!」
先に仕掛けてきたのは彩のほう。彼女は一歩踏み込んで梓の胸元目掛けて槍を突き立てようと前進する。たった一歩の踏み込みと突き出された槍の動きだけでも十分わかるほどに彼女は相当な鍛錬を積んでいる。おそらくはどこかの槍術流派の有段者… その中でも天才とか神童と呼ばれるレベルに相違ない。これだけ見事な槍捌きは中々お目にかかれないだろう。
「甘い!」
だがさすがは女勇者。剣先を僅かに動かしただけで槍による突きを左側に払い除けている。この最初の接触で火が付いたかのようにして両者による剣と槍の目まぐるしい攻防が開始される。突いてくる槍を梓が剣で払い除けては懐に飛び込もうとする。だが彩もそれを許すまじと、払われた槍を横なぎに振るう。
木がぶつかり合うカンカンという乾いた音だけがフィールドから響いて、見学席の全員が声も上げずに両者の技に心を奪われるかのような見事な打ち合いが続く。梓を相手にして一歩も引かない打ち合いを繰り広げるだけでも、対戦相手の彩の途轍もない技量が窺えるというもの。力とスピードでは梓が断然上回っているが、それを埋め合わせて互角の戦いに持ち込んでいるのは彩がこれまで培ってきた槍の技術の賜物に他ならない。
(これほどまでの技量を持った槍の遣い手がいるとは、この学園もなかなか捨てたものではないらしい)
重徳ですら感心してしまう程の彩の技術といえばわかりやすいか。こうして互いに決め手がないまま散々梓と打ち合っている彩だが、どうやらこのままではらちが明かないと何事かを決心する。
「さすがは勇者、どうやら生身では倒せないようですね」
盛んに繰り出していた槍を止めた彩が一旦距離を取って気持ちを集中するような素振り。それにしても彼女がまともにしゃべるのを初めて聞いた気がする。やや下向きに視線を落とした彼女が再び顔を上げると、その体内から発散される力強い気を感じ取れる。
(もしや対戦者も自らの流派に受け継がれている気の扱いを会得しているのか?)
重徳の脳裏に一抹の不安が浮かんだ直後…
「ハーッ!」
裂帛の気迫を込めて彩が真正面から槍を突き出してくる。先程よりも段違いに踏み込みが早くそして力強い。どうやら重徳の見立てが的中したよう。彼女も自分の流派に受け継がれたやり方で身体強化を施している。どうやらこの学園では身体強化の技法は四條流の専売特許ではないよう。
「何っ!」
今度は梓が先程までの余裕が嘘のようにギリギリの体勢で彩が繰り出す槍を受け止めている。つい今までは互角だったのが、一気に形勢が不利になって押し込まれる様相。強化された槍の勢いに押されて徐々に梓は徐々に立ち位置を下げて、それを見て取った彩はますます攻勢を強めて目にも留まらぬ速さで次々に槍を振るう。さすがに不利を悟った梓は回り込むようにして相手との距離を開けざるをえない。
「中々面白いスキルを持っているんだな。だが自分だけが使えると思うなよ」
一瞬のタメで梓は身体強化を発動する。その様子を見にした重徳は…
(どうやら俺が教えた呼吸法を二宮さんなりに練習して短時間で発動するようになっているみたいだな。ここは教えた俺がぜひとも一言言っておきたいぞ。「ワシが育てた!」と声を大にして…)
彩は梓が身体強化を発動したのを見て「まさか!」という表情。この試合を通じて初めて彼女の表情に変化が見られた。勇者を甘く見ていたわけではないだろうが、明らかに動揺の跡が窺える。
(槍の技量に関しては俺さえもホレボレするモノを持っているが、どうやら油断したようだな。この俺が呆れるほどすぐにスキルを吸収してしまうのが勇者なんだぞ)
身体強化を発動して再び互角の展開に持ち込んだ梓は徐々に打ち合いの流れを支配していく。強化された彼女の剣が彩の槍をこともなく弾き飛ばす。どうやら体力の値が強化される割合も勇者が大きく上回っているのだろう。天然物の勇者というのはつくづく反則級の存在に感じる。
この様子を見て今の今まで息を詰めて観戦していた歩美がようやくホッとした表情で声を上げる。
「ノリ君、一時はどうなるかと思いましたが、梓ちゃんが押し気味のようですね」
「そうだな、もうまもなく試合は終わるだろう」
武術に関してはまったく素人の歩美にも試合の流れが変わったとはっきりとわかるくらいの状況。おそらくは先に身体強化を掛けた彩に限界が近づいているのだろう。一口に気を高めるとは言ってもそうそう長時間は続かないのがこのスキルの特性。今の彼女ならば3分~5分といったところか。ちなみに重徳はレベルが上がった分15分程度は持つはず。
そしてガックリと動きが悪くなった体を無理に動かしている彩の疲労の色が濃くなってくる。
(身体強化が切れると本当に体が重たく感じるんだ。どうやら勝負あったな)
「これで終わりだ!」
突き出された槍を大きく弾いて、その勢いのままに踏み込んだ梓の剣が彩の顔の手前でピタリと止まる。
「参りました」
眼前に寸止めにされた剣を見て彩は自ら敗北を認めるしかないだろう。この勝負の分かれ目は身体強化を掛けるタイミングにあったよう。彩の猛攻に耐えて後から身体強化を掛けた梓に軍配が上がった形となっている。
「勝者、二宮梓」
審判の勝ち名乗りに合わせて二人は互いに一礼。梓が歩み寄って何かを告げているよう。
(どれどれ、強化された俺の聴力で何をしゃべっているのか聞いてみよう)
「結果的に私が勝ったが、勝負はどちらに転んでもおかしくないいい試合だった」
「改めて勇者というのは強いのだと理解しました。ありがとうございました」
どうやら互いの健闘を称え合っているらしい。こういう後腐れがない爽やかな試合というのは見ているほうも気持ちの良いもの。握手をした二人に見学席から歓声が沸き上がる。
「あずさ様ーー! 素敵ですぅ!」
「いい試合だったぞ!」
「あずさ様! こっちを見てぇ!」
「あずさ様! 格好いいですぅ!」
なんだろう、この圧倒的な女子からの人気は… 黄色い歓声に混ざって時々男子生徒の野太い声も聞こえるが、どうやら女子生徒の声に掻き消される勢い。
「ノリ君、梓ちゃんは大人気ですね」
「女子からの人気を総ざらいしているな」
「師匠、自分も女子からの歓声を浴びたいッス」
「義人…」
重徳は無言で義人の肩に手を置いてゆっくり左右に首を振る。それだけで義人は色々と悟ったよう。
「師匠、そこはウソでも『頑張れよ』と言う所じゃないッスか?」
「すまん、俺はウソがつけない性格だ」
(義人、ガッカリするなよ! いつかはお前にもきっといい人が現れる! たぶん… ちょっと自信はないけど)
だが義人の立ち直りは驚くほど速い。光の速さで立ち直って自らのコブシを握り締めている。
「師匠、大丈夫ッス。自分には例のきれいなお姉さんがいるッス」
「立ち直り早やすぎっ!」
義人のめげない根性は見上げたもの。こういう神経の太さも勇者には必要不可欠なのかもしれない。とここで二人の話題がまったく要領を得ない歩美が話に割り込んでくる。
「ノリ君、義人君が言っている『きれいなお姉さん』というのは誰なんですか?」
「きれいなお姉さんッス」
「義人、それじゃあ説明になっていないだろう。そういうところを直さないと女子との気の利いた会話なんて夢のまた夢に終わるぞ」
「気を付けるッス」
「歩美、きれいなお姉さんというのは最近四條流に入門したカレンさんという人だよ」
「そうなんですか。義人君、憧れの人と仲良くなれるように頑張ってくださいね」
「頑張るッス。まずはお話し出来るところから始めるッス」
「義人、ずいぶん長い道のりになりそうだな」
こんな会話をしているところに梓が戻ってくる。控え室で防具を外したジャージ姿のままで歩美の隣に腰を下ろす。彼女はスラリとしたスマートな体型の持ち主なのだが、胸の辺りが少々寂しいのが唯一の欠点。あれだけ食べているにも拘らず、オッパイにはまだ栄養が回っていないのかもしれない。現時点では将来に期待を賭けるしかなさそう。
「梓ちゃん、一時はちょっと心配しましたけど、無事に勝って良かったです」
「ああ、中々手強い相手だったな。まさか身体強化まで使ってくるとは思っていなかった」
「二宮さんの相手はおそらくどこかの流派でみっちりと槍を学んでいますね。身体強化もその流派のやり方を伝授されていたんでしょう」
「そうなのかもしれないな。四條に呼吸法を教えてもらって良かったぞ。感謝する」
(よっしゃー! 「ワシが育てた!」いただきました! まあ俺は気の循環方法を教えただけで、身体強化が使えるようになったのは二宮さんの努力だけどね)
重徳は心の中でガッツポーズ。いつか梓が魔王でも討伐した際には「俺が身体強化を教えた」と自慢でもするつもりだろうか。
重徳がどうでもいい考えに気を回していると、歩美が声を掛けてくる。とにかく何でもいいから重徳とおしゃべりしたいお年頃といえよう。
「ノリ君、そろそろ次は信長君の登場ですね」
「そうだな、あいつがどんな試合をするのか楽しみだ」
そういいながら見学席を見渡してみると、さっきまで席を埋め尽くしていた女子の姿はすっかり消えている。潮が引くようにというのはまさにこのような状況を指すのだろう。ロリ長女子に人気無さ過ぎ! 梓と同じく天然物の勇者なのに…
重徳が心の中でロリ長のために涙を流していると、ヤツと対戦相手が登場してくる。
(さあ、本日の第2試合がまもなく始まるぞ)
こうして見学席の重徳たちはフィールドを見つめるのだった。
天才的な槍術の使い手である沢田彩を無事に打ち破った梓。さすがは真の勇者とでもいうべき風格が伝わってきます。そして彼女を応援する女子生徒たちが退席してガラガラになった会場では、本日の第2試合でロリ長が登場。果たしてどのような戦いぶりを見せるのか… この続きは出来上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!
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