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子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
第一章 忍者の里、エルフの里
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 旅支度を整え、ディルガルトを発ったヨシマサとミドリは、海を背にして西へと向かった。一番近い街がその方角にあるので、まずはそこを目指すことにしたのだ。

 道々、ヨシマサはシルヴィから頼まれている件を、ミドリに話した。ミドリも、魔術研究所で読んだ多くの本から、いくらかニホンの知識は得ており、忍者のことも少し知っていた。もちろんヨシマサ同様、実物を見たことはないが。

 

 やがて日が沈み、夜。二人は森の中で野宿をすることになった。たった今狩った獣の肉を、焚き火で炙って夕食とする。

 傭兵部隊としての遠征任務をこなしてきたヨシマサは、こういったことにも慣れているが、ミドリは初めてのはず。だがミドリは戸惑う様子も見せず、食べられる野草などを自分で摘んできたりした。

「本に、絵図と詳しい説明がありましたからね。毒草はちゃんと区別できますよ」

 と、野草を添えた焼き肉を頬張っている。そんな姿に、軽い革の鎧と、腰に差しているレイピア(非力な者にも扱える細身の剣)が、なかなか似合っている。

 向かい合って座るヨシマサは、少し意外そうに言った。

「野宿が辛いとか言って弱音を吐くのでは、とも思ってたんだが。いらぬ心配だったようだな」

「そんな、とんでもない。兄様が僕を、旅の仲間として認めてくれたんですから。その旅が、楽しくないはずがないですよ」

 本当に心から楽しそうなミドリの笑顔に、ヨシマサは安堵する。

 ミドリは、野での実戦経験こそないものの、知識や技術は魔術研究所のお墨付きだ。それに、これほどヨシマサのことを慕い、信頼しているのなら、ヨシマサがそばにいる限り、そう簡単には戦いの恐怖で取り乱したりもしないだろう。戦力として、ちゃんと当てにできそうだ。

 とはいえ、予想外の敵が予想外の時間に予想外の出現をして予想外の戦闘に突入してしまうのが、野の実戦というもの。決して油断はできない。

 ヨシマサは、虫の鳴き声に紛れてしまいそうな小さな声を出した。そんな声を出すなら、ミドリに近づいて耳打ちすればいいものを、そうはせず、ただ声の大きさだけを落としたのだ。

 内緒話をしている、ということを、誰にも悟られたくないかのように。

「ミドリ。今から、俺がいいと言うまで声を出すな。身動きは自由、手や足で音を立てるのは構わんが、とにかく発声は厳禁だ。解ったら頷け」

 ミドリが怪訝な顔で頷いたのを確認すると、ヨシマサは立ち上がった。

 そして、ふらりと歩き出し、焚き火の明かりがギリギリ届く辺りまで進むと、手を斜め上に振り上げた。いや、さりげない動きで居合いを繰り出したのだ。

 振り上げた刀を、鞘に収めずそのまま構えて、素早く後ずさる。一拍、二拍遅れて、ヨシマサの目の前の大木に、斜めの切り口が出現した。そこから木の上部がずり落ち、大きな音を立てて地面に落ちる。

 残っている下部は、ヨシマサの身長とほぼ同程度。それをヨシマサは、刀を構えたままじっと睨んでいる。背後ではミドリが、何事かと口を手で押さえて見ている。

 ヨシマサは、警戒しながら言った。

「……全く反応できなかった、あるいは恐怖で身動きができなかった、というわけではなさそうだな。俺に殺気がないのを見抜いて、あえて動かなかったか」

「ん。そーよ」

 少女の声と共に、大木の皮が捲れた。パラリと、まるで壁に貼ってあった紙が剥がれたように。その紙、いや、捲れた音からして布のようだが、それには大木の表皮と同じ絵が描かれている。この布を掲げ持って、その後ろに身を隠していた、らしい。

 布の裏から姿を現した少女は、自身の全身を隠せるほどの大きな布を、まるで手品のように一瞬で、果物の種ほどに小さく畳み、懐に入れた。木漏れ日ならぬ木漏れ月光に照らされて見えるその軽装は、戦士のものでも魔術師のものでもない。

「ねえ。わたしが、あなたに殺気がないことを見抜いていたって、どうして判ったの?」

「お前の気と、身震いもしなかった様子からだ。その程度のことは読み取れる」

 少女はヨシマサと同じく黒い、だがヨシマサよりもずっと長い髪を、ひっつめにして纏めている。漆黒よりも闇に溶け込む紫紺の装束は、どうやら極端に薄い素材らしく、少女の起伏に富んだ体にぴたりと張りつき、その瑞々しい曲線をこれでもかと強調している。

 薄いだけでなく、露出面積も大きい。よく鍛えられた肉付きのいい太もも、細く引き締まった腕などは剥き出しだ。標準を大きく上回る豊満さと、強い弾力とを兼ね備えて前方に突き出ている胸も、装束が襟元から大きく開かれているので、かなりの部分が夜風に晒されている。  

 そして月光を浴びて映える白い顔の、光る瞳がまた妖しい。女らしく艶っぽい肉体とは対照的に、親しげな笑みを湛えたその目には、やけに幼さを残している。そんな不釣り合いな様が、闇の中の黒猫を思わせる妖しさとなっているのだ。

 美しく、そして何やら底知れぬ少女だが、その目と、全体的な顔つきからして、年齢はヨシマサより少し下であろうと思われる。

「わたしの姿を全く見ずに、わたしの思考まで読み取ったの? 大したものね」

「お前も、俺の殺気のなさを見抜いていたのだから、大したものだぞ」

「あはは。そうかもね」

 少女は、その華奢な背に、刀を斜めに装備している。ヨシマサのものと違ってほぼまっすぐだが、鞘や柄などの造りは良く似ており、「剣」ではなく「刀」であるのは間違いなさそうだ。

 しかし、この少女が何より特徴的なのは、斜め上に向かってピンと尖った、両の耳である。

 ヨシマサと、そしてその後ろのミドリの視線を感じて、少女は言った。

「お察しの通り、わたしはエルフよ。大して珍しくもないでしょ?」

 それはその通りだ。ヨシマサも傭兵任務の中で、何度か一緒に戦ったことがある。

 昔は、森の妖精などと言われていた種族、エルフ。だが多くの者たちが森を出て、人間社会で生活するようになり、人々の認識は随分と変わっている。というか、人間側で誤解していた部分が、どんどん正されていったのだ。

 例えば、不老だとされていた伝承とは違い、実は人間と大して変わらぬ寿命であり、ちゃんと老いること。更にエルフたち自身による考古学研究によると、エルフも人間、あるいは犬や猫と変わらぬ、この世界発祥の生物であり、妖精でも何でもないこと。人間側の感覚としては、ひとつの「耳の長い人種」といってもいいぐらいのものであること。もちろんエルフ側に言わせれば、人間の方が「耳の短いエルフ種」となるわけだが。

 昔と変わらない部分といえば、直に示される彼らの能力である。エルフは人間と比べて、肉体の頑健さ・体力・筋力などで劣る代わりに、敏捷性や動体視力、反射神経などに優れている。また、やはり森の種族であるので、狩りは達者だ。つまり物陰に隠れて気配を消し、忍び足で素早く相手を仕留めるのが得意なのである。盗賊のように。暗殺者のように。そして……

『なるほどな。考えてみればエルフの特性は、「あれ」の適性そのものだ』

 ヨシマサは、過去に見てきたエルフたちの得手不得手から、そう分析した。 

「あ、名乗りがまだだったわね。わたしの名はマリカ。エルフの盗賊戦士・マリカといえば、ちょっとは知られてるのよ」

「盗賊戦士、か」

「そ。あなたはわたしのこと、知らないわよね。まぁわたしの知名度なんて、気光の侍・ヨシマサ殿には遠く及ばないわ。勇者の国の王都から、広くその名を轟かせる英雄様には」

 紫紺の装束を纏う盗賊戦士・マリカは、にこやかに親し気に、笑顔で話しかけてくる。

 ヨシマサは警戒を解かず、刀を構えたままだ。

「それで、俺たちに何の用だ」

 マリカは、ひっつめにした髪を弄びながら、ヨシマサの目を見て言った。

「わたしたちと、組んでほしいの」

「組む? お前『たち』と?」

「うん。もう一人、仲間がいるのよ。あ、次の仕事の為に必要だからってことじゃなくて、ずっと一緒に旅していきたい、って話ね。もちろん、ミドリちゃんも入れての四人組で」

 マリカはヨシマサの後方にいるミドリに視線を向け、ひらひらと手を振った。

 ミドリはヨシマサの言いつけを守り、無言でいる。


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