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子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
第一章 忍者の里、エルフの里
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 騎士団の詰所。

 シルヴィの口から出た思わぬ言葉に、ヨシマサは首を傾げた。

「忍者? 俺の国の、か? 実物を見たことはないが、どういうものかは知っている。しかし、あんたがなぜそんなものを知っているんだ?」

「それがな、ヨシマサ。お前の国と、我が国……いや、この大陸との交流は、今が初めてではないそうなんだ。遥か昔に、何人かやってきて、この大陸に住み着いたという記録がある。そしてその中に、【忍者】と呼ばれる者たちがいたと」

「何だって?」

「我が国が建国されるよりも前に書かれた、古い古い歴史書の記述だ。内容の真偽も不確かで、ごく最近まで歴史家の間でも忘れられていたものだったそうだ。そもそも、海の向こうの東の国というもの自体、一般の者は知らなかったからな。私だってそうだ」

 それが最近の、国ぐるみの交易によって、認識が変わった。眉唾だ、誇張だ、作り話だと思われていた色々な記述が、事実でないとは言い切れなくなってきたのである。

「忍者と呼ばれる、並々ならぬ術の使い手たちがこの大陸にやってきて、いずこかに住み着いたという。無論、当人たちはもうこの世におらぬだろうが、その術を受け継いだ者がいたら?」

「……」

「東から来た【侍】を、既に私は何人か見ている。お前ほどの者はいなかったが、皆、かなりの使い手たちだ。気光という、我々には未知の術も習得している。例えば、【侍】の集団を敵に回すことになったら、容易ならざる事態だ。と、我が国の上層部は考えている。私もだ」

「そして【忍者】は、歴史書の記述によると、【侍】に劣らぬ者たちらしい……だな?」

 ヨシマサにも合点がいった。

 この大陸のどこかに【忍者】の末裔たちが里を構え、暮らしているとしたら。その者たちが他国と結び、敵対することになったら。このディーガル王国にとって脅威となるだろう。

 だが逆に、自軍に引き入れることができれば、心強い味方となる。そして今、ディーガルは世界に先駆けて東の国と正式に国交を結んだのだ。現在、【忍者】たちが無所属でひっそりと暮らしているのなら、こちらに引き込める可能性はある。

「いわば俺に、大規模な人材登用を頼みたいということか」

「そうだ。だがそもそも、【忍者】たちが実在するのかも不確かだし、いたとしても現在の彼らに関する情報が、我々には全くない。だからお前に頼むのも、無期限で、いつかどこかで接触することがあれば、だ。時間をかけて信頼を得て、本拠地の情報などを引き出してほしい。そしてその情報を、ここに持ち帰ってもらいたい。だが危険も大きいだろうから、無理をすることはないぞ」

「わかった」

 悩むことなく、ヨシマサは快諾した。

「確かに、既にディーガルの敵国と結んでいるかもしれんし、あるいは秘密独立を貫く意思が強く、本拠地を探る者は殺す、という方針かもしれん。危険はあるな。だが安心しろ、言われた通り無理はしない」

「そうか」

 シルヴィは安堵の息をついた。

「良かった。くれぐれも気を付けてな」

「ああ。心配してくれて感謝する」

「何しろお前は、もう一人ではないのだから」

「そうだな。……え?」

 頷いてから、ぴたりと動きを止め、眉を寄せてしばらく考えてから、ヨシマサは口を開いた。

「ちょっと待て。どういう意味だそれは」

「? ミドリと一緒に、ここを出るのだろう?」

「そのつもりだが、なぜあんたが知っている?」

 確かにヨシマサは、旅に出るにあたってミドリを連れて行こうと考えていた。が、そのことはまだ、誰にも言っていない。ミドリ本人にすら言っていない。ヨシマサ以外、世界中の誰も知らないはずなのである。

「なぜも何も。街の者は殆ど知っているぞ。お前は騎士団の傭兵部隊の中でもとびきり優秀で、短期間に多くの武勲を立てた有名人だからな。お前自身は気づいてなかったかもしれんが」

「いや。そのことは、気づいていたが」

 もう随分前からヨシマサは、かなり有名な存在になっていた。広がる噂に尾ひれがついて、その中には事実と違うことが含まれていたりもした。この街から流れて広がったのであろう、よその街から来た旅人までが、ヨシマサの(誇張された)噂話を知っていたりもした。

 これといった実害はないので、ヨシマサは放置していたのだが。

「だが、俺の武勲が有名になっているからといって、なぜミドリと旅立つことまで?」

 シルヴィが、ぽんと手を打った。

「そうかそうか。お前はここしばらく、街に帰ってきたと思ったらすぐ出て行って、の繰り返しだったから、知らないのか」

「何をだ」

「どこで誰が始めたものかは私も知らないが、今、街で大流行の……」


 とある、狭く暗い路地の行き止まり。埃まみれの壊れた家具やら穴の空いた木箱やら、要するにゴミが積み上げられたその奥深くに、ミドリはやってきた。

 そしてゴミの山の中に、こっそり隠しておいた袋を取り出す。中身は、粗末なローブと長い髪のカツラだ。そのカツラを被り、ローブを羽織り、フードまで被って軽く俯くと、もうミドリの面影は殆どない。

「よし、行くかな」

 変装を終えたミドリは、路地を出て街路を走った。時々、声がかかる。

「おっ、今日も来てくれるんだな」

「仕事が終わったら俺も行くから、待っててくれよ~」

 そんな声に、ミドリは愛想よくお辞儀を返しながら駆けていく。やがて辿り着いたのは、一軒の酒場。まだ夕食には少し早めの時間だが、もう開店しており客も入ってきている。

 入口の前に立ったミドリが、両手で両頬をパチンと張って、気合を入れて、

「今日も頑張るぞっ!」

「頑張るなああぁぁっ!」

 棒状の何かで思いっきり、脳天を真上からドツかれた。

 金槌に打たれた釘の如く、ひとたまりもなくミドリは地面に潰れる。が、頭から痛々しい湯気を立て、涙目になりながらも、嬉しそうな顔をしてミドリは立ち上がって振り返った。

「その声は兄様! お帰りなさい! お仕事、お疲れさまでしたっ!」

 ミドリの目の前には、刀を振り下ろしたポーズのヨシマサがいた。その手にある刀は鞘ぐるみのままであり、つまりこれでミドリをドツき倒したのである。

 ヨシマサは刀を腰に戻すと、ミドリのフードとカツラを毟り取り、素顔を晒した。

「こんな格好で何をしている」

「え、あの、アルバイトですアルバイト。研究所の日当は、生活費を差し引くと殆ど残りませんから。勉強の為の本や実験器具を、貸して頂くのも限度がありますし、心苦しいですし」

「それで?」

「酒場で歌を……その、なかなか評判いいんですよ。僕の歌を聴く為にって、わざわざ来てくれる人も結構いて、酒場のご主人からも感謝されて」

 ヨシマサはミドリの襟首を掴んで、ぐいと捩じり上げた。

「歌というのは、アレか。お前が魔術研究所で、楽しそうに嬉しそうに大声で歌ってた」

「はい、アレです」

 ミドリはにこにこして、大きく息を吸い込むと、笑顔で歌い出した。


♪遠く彼方の異国から 海を越え来た孤高の戦士 

振るう刀は邪悪を滅し 放つ光は弱者を救う 

闘志燃え立つその姿 凛々しく美々しいその風貌

天下に勇者は多かれど 真の英雄ただ一人

それは誰かと旅人が この地で訊ねてみたならば

誰もが答える彼の名を 嗚呼、ヨシ


 ヨシマサは、ミドリの襟首を捩じり上げた右手をそのままに、自分の体だけぐるりと左に半回転させ、ミドリに背中をぴたりと当てた。そしてしゃがみ込み、右手を引き下ろす。

 するとミドリにとっては、ヨシマサという巨大な石に「躓いて転ぶ」形となる。しゃがみ込んだヨシマサの頭上を豪快に越えて宙を舞い、

「げふぉっ!」

 可憐な容姿に似合わぬ呻き声を上げて、背中から地に叩きつけられた。

 ヨシマサはミドリを引っ張り上げて、

「おかしいと思ってたんだ、俺は! 騎士団にだって傭兵部隊にだって、活躍してる奴はたくさんいるのに、妙に俺ばっかりが有名になってることを!」

「勇者の中の勇者、歴史に残るレベルの英雄として、老若男女問わず大人気の、街のヒーローだからですよ。兄様は、かっこいいから」

「俺は言ったはずだよな! お前が、魔術研究所で、その歌を嬉しそうに歌ってるのを見た時に! 恥ずかしいからやめろと! それをこんな、街中の、しかも大勢の人が集まる酒場で!」

「流行の発信地ですよね、こういうところは」

「解っててやってるのかお前はっ!」

「しかも、古い伝承ではなく現役の英雄伝で、だから架空の人物なんかではなく、その存在は騎士団の傭兵雇用名簿による公式保証付きってことで大好評」

 ヨシマサの、鞘ぐるみ刀の雨あられ乱舞が、ミドリをボコボコのけちょんけちょんにした。

「お・ま・え・は・なああぁぁっ!」


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