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子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
第四章 奇跡が生んだもの
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 異変。それはヨシマサにもマリカにも、ラグロフにも感じられた。アルガバイアーの内包する魔力が、膨大過ぎて頂上の見えなかった魔力が、少しずつだが萎んでいくのである。

 そもそも魔力以前に、アルガバイアーを見れば一目瞭然だ。その、感情を感じさせなかった目が明らかに揺らいでおり、まるで大型の獣のような、低く重い唸り声も上げている。

 ラグロフは、魔力の流れを読んだ。アルガバイアーの魔力が、削られ吸い取られ、どこかへと流れている。その流れの向かう先は、アルガバイアーと対峙しているヨシマサ、の背後。

 そこに、両腕を縦に大きく広げたミドリがいた。そのミドリの両腕を直径として、薄く透ける黒い光の輪ができている。その輪は魔力で構成されたもの、つまり魔術であり、その術は何かを強烈な力で吸い込んでいた。

 吸い込み、吸い取っているもの、それもまた魔力。その吸い取る標的は、アルガバイアーだ。

「な、なにぃぃ?!」

 ラグロフは目を見張った。確かに、まだミドリの中に、魔界へ通じる門は開いている。アルガバイアーの膨大な魔力全てを魔界から引き込み、そして安定させるのには時間がかかるからだ。無論、その門はただ開いているだけではなく、魔界からこちらへと向かう魔力の流れを作る、つまり「魔界から魔力を吸い込む」機能も備えている。

 その、門の機能を、ミドリが勝手に操作し、逆流させているというのか。

「そ、そんなことが! ……おのれっ!」

 ラグロフは再度、山の機能を作動させた。壁から床から、残存していた魔力が再び集結してミドリに向かい、ミドリに流れ込み、門の機能の操作を奪い返そうとする。

 が、できない。山全体から流れてくる魔力を、ミドリが弾き返している。

「っっ?! なぜだああああぁぁぁぁ!」

 ラグロフは困惑して吠えた。アルガバイアーは苦しんでいる。

 ミドリは、小さな体を震わせながら、それでも強気な笑みをラグロフに向けた。

「……さっき、あなたが言ったことですよ」

「なんだと?」

 まだ困惑は続いているが、ラグロフはもう気づいていた。アルガバイアーの魔力は巨大であるが故に、それがどのように流れているかを読み取るのは、さほど難しくはないのだ。

 ミドリは今、アルガバイアーの魔力を吸い込み吸い取り吸い集め、自分の中の門を通して、魔界へ返している。と同時にその魔力を、もちろん全てではないが可能な限り、自分から食らいついて取り込んでもいるのである。そうやって高めた己の魔力を使って、更に強引に門を操り、アルガバイアーから魔力を吸い上げる。そんな循環機構を作り上げているのだ。

 魔王の魔力を、強引に奪い取る。とてもとても、人間業とは思えないことだ。だが、しかし。

「僕は、千年に一人どころでは、ないのでしょう? とてつもない、耐魔力の持ち主、なのでしょう? だったら、これぐらい……できて、当然……」

 ぷしっ、と音がした。ミドリの眉間に、小さな血の噴水ができた。


「! いかん! もうやめろミドリ!」

 ヨシマサが叫び、ミドリに向かって駆けだしたのと、同時にそれは起こった。

 まるで、ミドリそのものが爆発したかのように。ミドリを中心として、破裂音と共に全方位へ向けて、紅い輝きを帯びた何かが飛び散った。

 それは、ミドリの体の許容量を超えてしまい、ミドリから溢れ出た魔力の粒子。紅いのは、制御の失われた魔力の欠片によって傷つけられたミドリの体、血液。

「ミドリいいいいぃぃっ!」

 全身を紅く染めて、ミドリは人形のように、いや、棒のように倒れ伏した。完全に気を絶してしまったのか、まともに顔面から石畳に激突したのに、声も出さず身じろぎもしない。

 ヨシマサよりも近くにいたレティアナが、ミドリを抱き上げた。

「……大丈夫! まだ息がある! ミドリちゃんは私に任せて、あなたたちは、」

「そーよヨシマサ! 今を逃しちゃダメっ!」

 レティアナはミドリに神通力を使い、傷の治癒と体力・精神力の回復にかかった。

 マリカは忍者刀に気光を宿らせ、アルガバイアーに斬りかかっている。

 ヨシマサも、一瞬だけ躊躇ったがその思いを振り切り、マリカに続いてアルガバイアーを斬りつけた。二人の描く光の軌跡が、アルガバイアーの手に、腕に、胸に、傷口を刻んでいく。

 ヨシマサの手に伝わる感触が、先程までとは明らかに違っていた。気光の斬撃で、ダメージが通っている。アルガバイアーの魔力が低下したのだ。

 とはいえ、まだまだ、分厚いのは確かだ。大幅に削られても尚、魔王の魔力は人間の及ぶところではない。おそらく今のアルガバイアーでも、人間の魔術師が放つ魔術であれば、どれほど強力なものであっても通用しないだろう。巨岩に小石をぶつけても、ダメージにはならない。

 だが、達人の振るう刀は、巨岩を一刀両断にはできずとも、斬って溝を掘るぐらいはできる。今の、ヨシマサとマリカの攻撃が正にそれだ。

 マリカが跳び、追ってきたアルガバイアーの手を蹴って、アルガバイアーの喉に忍者刀を突き立てる。そのまま、柄にぶら下がるようにして体重を乗せ、胸まで一気に斬り裂いた。

「オオオオォォォォォォォォ……」

 地に落ちて土中に沈んでいきそうな、重く低い、アルガバイアーの苦悶の叫びが響く。

 ヨシマサが、マリカが、レティアナも、確信した。勝てる、と。

 その時。アルガバイアーの頭上、天井に穴が開いた。人の頭ほどの大きさだ。

 そしてそこから、人魂のようなものが落ちてきて、アルガバイアーの脳天に触れた。と同時にそいつは、アルガバイアーの頭に齧りつき、頭皮を食い破り頭蓋骨を噛み砕き、あっという間に脳髄まで食い散らかした。

 もっとも、アルガバイアーに人間のような骨や脳があるのかは疑わしい。ただ、アルガバイアーの中身を、そいつが食ってしまったのは確かだ。それも、恐ろしい勢いで。地上界の人間も、魔界の魔王も、天界の神も及ばぬほどの、それら三界のどこにもないほどの、食欲で。

「ガアアアアアアアアァァァァァァァァ!」

 アルガバイアーが悶絶したのは、ほんの僅かの間。五つ数える間もあったかどうか。

 すぐに声は止み、動きも止まった。

「な、何が起こった?」

 同じく、思わず、動きを止めてしまったヨシマサの見ている前で、アルガバイアーに変化が起こった。感情の感じられぬ蛇のようだった目に、感情が宿ったのだ。いや、目の形状自体が、いつの間にか変わっている。瞼があり、瞳があり、睫毛さえ見て取れる。人間の、女の目だ。

 その目を見て、マリカとラグロフが同時に、同じ名を叫んだ。

「ソレーヌ?!」

 そう呼ばれた、アルガバイアー……いや、アルガバイアーだったものは、ソレーヌの目を吊り上げた。怒ったのではない。笑ったのだ。

 目以外に変化はないので、口はやはり爬虫類じみた、大きく裂けて牙の生えた口のままだ。そしてその口から、何種類もが重なって響く異様な声を、だが確かに女の声を、吐き出した。

「成功したわ……遂に! 魔王の力を! あたしのものとしたああああぁぁ!」

 ヨシマサとマリカとレティアナは、気光の流れと質の変化から、事を理解した。先ほど天井から降ってきたモノが、アルガバイアーの体内の魔力防御を破って、最深部まで「食い込んだ」こと。そこでアルガバイアーの魔力の根源……つまりアルガバイアーの気光を乗っ取ったこと。

 それによって、アルガバイアーの魔力を、精神を、アルガバイアーそのものを、我が物としてしまったこと。

「どう、マリカ? これが、最初からのあたしの狙いだったのよ。まずザルツの資金や資料や技術を利用し、あたし自身も協力して、魔王の召喚をさせる。同時に、これもまたザルツの協力を得て、餓鬼界に通じる術を会得する。仕上げに、自ら餓鬼魂と化して魔王に食らいつく」

「……」

 マリカもヨシマサもレティアナも、声が出ない。

 声を出したのは、ラグロフだった。

「そ、そうだったのか! なるほど、確かにそうすれば、万が一にもアルガバイアーに背かれる心配はないな! ソレーヌよ、見事だぞ! これで我々は……」

「あんたはもう用済みよ。ザルツごと」

 アルガバイアーとなったソレーヌは、まるで議論が白熱した時にテーブルを叩くように、手で床を叩いた。そこにはラグロフがいた。

 ソレーヌは、床から持ち上げた手をパッパッと振って赤い液体や白い破片を飛ばす。


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