表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子連れ侍とニッポニア・エル腐  作者: 川口大介
第四章 奇跡が生んだもの
35/41

「ヨシマサよ。お前が非常に精密な技術を駆使し、極度に微妙な調整を施して、この上なく絶妙な力加減で、気光をミドリに注いでくれたおかげでな。蟲たちは、焼かれながらもなかなか死なず、そしてその苦戦の中で、焼かれぬよう進化したのだ」

「俺の、気光で……進化、しただと」

 ヨシマサにも解ってきた。

 そんなヨシマサの反応を楽しむように、ラグロフは説明を続ける。

「お前が、ミドリの体に害を為さぬようにと注ぐ気光から逃れるには、ミドリの体と同化し、そこに紛れ込めば良い。蟲たちはそれを本能で察知して、ミドリの体、つまりわしの造った人造細胞と同化したのだ。蟲も細胞も、わしが作ったもの。相性は良かったであろうな」

 ミドリの細胞と同化した、魔力の蟲たち。細胞と同化したのなら、ミドリが健康に生きている限り、ミドリが飲み食いした栄養を糧として、細胞分裂でどんどん増えることになる。

 この時、レティアナは思い出した。妖怪獣とルファルとミドリとを、纏めて清浄の火で焼いた時のことを。ミドリの体は、確かに人間のものであった。だが、何かが異質であった。

 その答えが、今解った。ミドリの体は、人間と同じ骨、人間と同じ肉、人間と同じ血、などでできている。「人間と同じ」になるよう、「形作られている」のだ。が、「人間」ではない。

 ラグロフはミドリの全身を見て言った。

「蟲どもは、こうしている今も本能により、お前に害を及ぼさぬよう生きている。だが同じく、蟲としての本能によって、増殖は続けているはずだ。あの日から、ずっとな」

 ヨシマサもレティアナもミドリも、声がない。

「今はもう、髪の毛から足の爪まで、全てが増殖した蟲たちに染められていよう。魔力の蟲が変化した細胞で、できている生物……これがどういうことか解るか? もはや、千年に一人どころではない。お前は全世界史上最高の、とてつもない耐魔力の持ち主となっているはずだ」

 ヨシマサは思い出す。魔力研究所の研究員たちが、ミドリの才能を絶賛していたこと。それこそが、ミドリの失われた過去を取り戻す手がかりになるのではないか、と語っていたことを。

 今、確かにそうなった。ミドリの残酷な過去が判明……いや、これは過去ではない。ミドリが生きている限り、現在も未来も続くことなのだ。

「歴史を見ても、だ。偉大な発明や発見は、長い試行錯誤に直結してできるよりも、意図せぬ事故によって、奇跡的に産み落とされることが多い。正に、正に。ヨシマサよ。あの日、お前が斬り込んできたこと、それがわしにとって、事故であり奇跡であった。礼を言うぞ」

 長い話が終わったようだ。

 ヨシマサは一歩進み出て、ラグロフに尋ねた。

「楽しい話ではなかったが、俺たちが求めていた情報は確かに受け取った。で、お前の狙いは、やはりミドリなのだな?」

「無論だ。仮に、わしが不老の身となって、百年千年と研究を続けても。それでも、自力でミドリを造ることは叶うまい。わしの目的を果たすことのできる、空前絶後の唯一無二の至宝。断じて逃がすわけにはいかん」

「俺が、いや、俺たちが、お前にミドリを渡すと思うのか」

 レティアナは、倒れそうになっているミドリの肩を抱いて支えている。そして、ラグロフを睨みつけて言った。

「ミドリちゃんは帰るわ。昨日と同じ、そして明日も同じ、ヨシマサ君との変わらぬ毎日に」

 レティアナの宣言を聞き、その凛々しい眼差しを見上げて、ミドリは涙を浮かべる。

「レティアナさん……」

「もちろん、私とマリカも一緒にね。今更言うまでもないけど、貴方とヨシマサ君との甘い生活を邪魔したりはしない、むしろ全力で応援するから、安心して。ただ、BL小説のネタにさせてもらうだけよ」

「は、はいっ。そんなの、いくらでも、ご覧になってくださいっ」

『……こいつら……』

 流石に、今はドツき倒すわけにもいかないので、ヨシマサは無理矢理に話を進めた。

「さてラグロフよ。今回は、ミドリがこうして俺の後ろにいる。そして、頼りになる仲間が警護してくれている。つまり、お前が手出しをすることは不可能だ」

 ヨシマサは刀を抜き、ラグロフに向けた。まだ距離は少し開いているが、ヨシマサの脚なら文字通り瞬く間に、まばたき一つの間に斬り込める。

 だが、ラグロフは落ち着いている。

「お前が言った通り、わしの狙いはミドリだ。だがな、何もこの手で捕らえる必要はない」

「ふん。ならば、今まで妖怪獣を差し向けていたのは何だ?」

「妖怪獣を使って、捕らえられるならそれで良し。だが、それが叶わずとも、こうしてここに来て貰えれば充分だったのだ。準備は整えてあるからな。整えてあるから、長ったらしい呪文などを唱えずとも、ほれ、これで起動する!」 

 パチン、とラグロフが指を鳴らした。

 途端に、山全体が細かく振動し始めた。地震? 違う。魔術の専門家ではないが、魔力の根源である気光に長けたヨシマサには判る。これは魔力によるものだ。複雑に入り組んだ無数の水路に、一気に大量の水を流したように、今、山全体に魔力が、縦横無尽に走っている。

 この規模は、どう考えてもラグロフ一人の魔力ではない。おそらく事前に、大勢の魔術師たちが魔力を注ぎ込み、また空気中に漂っている微量の魔力を、長い時間をかけて吸い集めたりもして、この山そのものに蓄積させた。そうして溜めた魔力を、一気に起動させたのだろう。

「ぁうぐっっ!」

 ミドリが突然、苦悶の叫びを上げた。肩を抱くレティアナが心配そうにその顔を覗き込み、ヨシマサも振り向いたその時、突然、ミドリを中心に凄まじい力が放射された。

 爆発さながらのその圧力に、ヨシマサもレティアナも部屋の壁際まで吹き飛ばされた。二人とも体勢を整えて着地し、何事かとミドリの方を見る。そこに、異変が起こっていた。

「ぅああああああああぁぁぁぁっ!」

 床全体に、そして壁全面に、弱い力で張り付き、連結されている細かい粒子を、床に立てた細い管一本で、吸い上げているような。山全体を走っている魔力が、ミドリに吸い集められている。魔力から魔術へと変換すれば、見渡す限りの山肌を一瞬で大火災にできそうな量の魔力が、ミドリの小さな体に、強引に流し込まれているのである。

 ラグロフの、この仕掛けの目的は不明だ。だが、今のこれをやる為に、超人的な耐魔力を持つ人間を欲したのだろう、ということは解った。

「ラグロフっ!」

 ヨシマサはラグロフに向かって走った。だがラグロフは余裕の態度で応じる。

「今、術を中断させたら、それこそミドリは死ぬぞ」

 ラグロフの眼前で、ヨシマサの刀が止まる。

「くっ、ハッタリを言うな! とにかく、今すぐこの仕掛けを止めろ!」

「ハッタリなどではない。そういう事故が万一にでも起こらぬよう、わしは部下たち全員を、ここから遠ざけたのだ。それに、もうこの術の進行は、わしの手を離れている。わしがやったのは、ただ門を開けて呼び鈴を鳴らしただけ。後は、呼ばれた者が自分で歩いてくるだけだ」

「何を……んっ?」

 まるで、召喚術でも使ったようなラグロフの言い分だが、どうやら本当にそうらしい。

 ヨシマサにも感じられた。今、ミドリの体の向こう側から、何かがこちらに、近づいてきている。途方もなく強大な、何かが。

『ま、まさか。そんなことが』

 ヨシマサは思った。ヨシマサにとってのザルツは、英雄伝説に出てくる魔王軍のようなもの。が、現実のザルツは犯罪組織なので、これはあくまで例え話だ。現実ではない、はすだ。

 その、例え話の、英雄伝説ならば、これはよくあるパターンだ。世界に二人といない、厳しい基準で選抜された適合者。邪悪な魔術師。アジトでの儀式。つまり……

「さて、エルフの娘よ! 先ほどの疑問に答えてやろう!」

 ラグロフは突然、レティアナに向かって大声で言った。

「魔王の力を借りる、神を降ろす、などといった『宿す』ことならば、確かに女の方が適任だ!元々、体が自分以外の魂を『宿す』ようにできているからな! だが、『宿す』のではなく、強大な力を『放つ』のは、男の方が適している! 『己が身を通して放つ』には、な!」

 ラグロフがそんなことを言っている間にも、ミドリの体の向こう側にいる何かは、今にも出てきそうだ。ミドリの全身を、漂わぬ黒い霧が薄く覆って、その霧が脈打ちながら、少しずつ膨らんでいる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ